その4 無限大の物語
★ 狂騒爆炎ピアチェレディ!
第二話『奇跡は綺譚を紡ぎ出す!』
その4 無限大の物語
teller:凪哉=ラブクラフト
◆
ぶわり、と。
スズベルと打ち合いをしていた魔女の背部から、突如として大翼が広がった。
そのまま魔女は、空へ空へと高く昇り、禍々しい両手を前に突き出して。
その動きに呼応するかのように、荒野に広がっていた他の魔女の残骸が、亡骸が、ぎちぎちと音を立てて動き出す。
残骸どもの細胞がひくつき、それらは小型の魔女に姿を変え、やがては大地を埋め尽くした。
冥助殿の通信が、聴こえる。
『凪哉くん、気をつけて。今生まれた小型の魔女から起爆準備反応を感知した。……あいつら、攻撃すると自爆する仕組みだよ』
「……ああ。彼らからは、殺意を感じる」
『ん? 殺意?』
「……ぼくはモンスターに、心が宿った存在だ。それと同じで、あの魔女どもにも……我が友含めた犠牲者の絶望が宿ったのだろう。ぼくが近しい存在だからか、あの魔女どもからの悲哀や殺意なら、ひしひしと感じるんだ」
ぼくの乗り込むジェーン・ドゥを包囲する小型の魔女を見据え、ぼくは告げる。
「……やらせはしない。友を、罪なき人々を糧に破壊を生むなど! ぼくは、許しはしない!!」
ぼくはジェーン・ドゥを前進させ、加速させ――力任せに、小型の魔女を一斉に殴り飛ばした。
レディとは、心で繋がるものだと。
そう、搭乗前に冥助殿は教えてくれた。
ぼくがジェーン・ドゥと繋がったことで、ぼく自身が持つモンスター由来の怪力も少しはジェーン・ドゥに伝わったのか。
ぼくがジェーン・ドゥを通して繰り出した一撃は、少し面白い進化を遂げた。
拳パーツがぐるぐると勢い良く回り出し、回転を伴ったパンチと化す。
その勢いで殴られた魔女どもは、拳の勢いに対して輪郭を保てずに弾け飛んでいく。
小型の魔女を倒した、と言うことは奴らの自爆の反動でこちらも爆風、爆炎に包まれるわけだが――ジェーン・ドゥの耐久力はなかなかのものらしい。
もしかしたら冥助殿がサポートの一環としてバリアを張ってくれていたのかもしれないが、まあともかく、機体は無事だ。
ぼくは――まあ、爆発の衝撃で少々傷を負ったが、大した問題ではない。
モンスターとして、ただの獣として生きていた頃は。
ぼくは、痛みなどいちいち気にしなかった。
痛みや苦しみを噛み締める知性すら、ぼくにはなかったのだから。
傷は、大した問題ではない。
大した問題ではない、が――痛い。
痛い。苦しい。
それなのに、実に気分が晴れやかだ。
まだ人間を模した身体の感覚が不十分なんだと思う。
まだこの身体は、ぼくの心と馴染んでいないのだと思う。
それでも、痛い。
痛いという感覚を、認識できる。
ぼくは、それが嬉しい。
生まれたこと、生きていること。
それらを噛み締められている。
そんな気がするんだ。
ぼくの荒削りな操縦では、いくらか小型の魔女を逃してしまった。
空を舞う大型の魔女に操られるかのように、小型の魔女どもが統制された動きでジェーン・ドゥの両腕部に群がる。
ジェーン・ドゥの動きを封じようと、奴らは両手の装甲に噛み付いた。
鋭く発達した牙が、ジェーン・ドゥの両の手のひらを貫通する。
そのまま大地に磔にでもしようと言うのか、魔女どもはジェーン・ドゥ機体全体のバランスを崩そうとしてくるが――。
「――温いっ!!」
そんなもので、ぼくとジェーン・ドゥの動きを――否、可能性を封じようなど、片腹痛い。
ぼくもジェーン・ドゥも、無限大の未来と可能性を抱えて生まれた。目覚めた。
そして、此処に立ち上がった。
貴様らのような災禍など、振り切って乗り越えてこその輝かしい未来だ。
ぼくらの希望、潰えさせはしない。
力ずくで、手のひらから牙ごと魔女の群れを弾き飛ばす。
僅かに損壊した、大穴開いた手のひらで、張り手をかますように小型魔女どもを地に叩き付ける。
荒野に這っていろ。災いの魔女どもよ。
そこで、ぼくとジェーン・ドゥの勇姿に恐れ慄け。
奇跡の眩しさを、とくと見ろ。刮目しろ。
瞬き一つ、許しはしない!!
空に居る魔女以外に狩り残しはなかったかと、ジェーン・ドゥのモニターに表示されたマップを確認しようとしたその時。
ぎゅるぎゅると、金属製の物体が激しく軋む音が、響いているような気がした。
『凪哉くん、後ろの魔女、一体だけ目覚めそうだからマップの反応注意ー。たぶん動き速いやつだ。余裕あればマップに追尾用マーカーつけといた方がいいよー?』
冥助殿の指示が通信で聴こえ、モニターを見て後方のカメラを確認する。
こちらに迫っている物体は、暴れていた頃のぼくが息の根を止め損ねたのであろう魔女リカルカの残骸……だったが。
損壊した肉体を修復しようとする際に変質したのか、レディ――スズベルの愛機、ブリキハート――を模した姿となっていた。
魔女の足裏には車輪のような器官が生えており、こちらに向かって一直線に滑走してくる。
ジェーン・ドゥを轢くつもりか? 外道が。
ならば。
「――来い! 災いの魔女よ! 貴様のような闇、ぼくと言う奇跡が、焼き払ってくれよう!!」
◆
teller:スズベル=エメラルダー
『さーって、スズベルくん。凪哉くんが陸地担当なら、あの空を悠々と翔んでる魔女さんは君に任せてもいーかい?』
「はっ、誰にモノ言ってやがんだよオッサン」
『そんな余裕綽々な振りしちゃって……見栄っ張りは後々自分の首を絞めるからやめときな?』
「うるっせえよ!! 見栄っ張り言うな!! テメエ、なんか言う度にいちいち水差してくんのやめろや!!」
相変わらずうるっっせえ冥助のオッサンをぶん殴りたい衝動を、とりあえずは空を制するあの魔女にぶつけることにする。
やたらデカい魔女のサイズ。
凪哉とか名乗った金髪のモンスター野郎が相手にしてる魔女どもへの命令権をあの空の魔女が持っているらしき素振り。
それらを見る限り、今回の敵の親玉はアイツだ。
「……オッサン、あの空の魔女にも自爆する仕組みはあんのか? 自爆器官の解析は済んだか?」
『そっちこそ、だーれにモノ言ってんだかねえ。忘れたの? 俺の時間の流れは他と違う。電脳空間っていう異世界に魂も半身も突っ込んだ俺からすれば、見えてる敵の解析なんて――独壇場、みたいなもんだよ」
通信機越しにカタカタとキーボードを叩く音が聞こえたかと思うと、空から、陸地から、荒野地帯全体から、ガチャリと何かが外れるような仰々しい音が響いた。
『はーい、爆弾解除。ちょちょいっと魔女の体内に忍び込ませてもらったよん。で、ブリキハートの車輪にもちょっちおまじないかけといたけど……後はスズベルくん、ちゃんと倒せる?』
「……バカ言え」
バカ言え。
オレはWITTSの戦闘員だ。
ありとあらゆる魔女リカルカを、この11年で何度も何度も討伐してきた。
爆弾が解除されたなら、もう迷う理由はねえ。
魔女相手に、好き勝手に暴れてやるよ。
操縦桿を握り、コックピット内で思い切りアクセルペダルを踏む。
急発進したブリキハートの速度を調整しながら、足裏の車輪で凹凸だらけの岩の表面をかけ登り、ひたすら突き進んでいく。
車輪には冥助のオッサンが遠隔操作で『調整』を施してるから、岩だろうがなんだろうが、抉るように滑走できる。
そうして空を目指し昇って昇って、昇り詰めて。
生意気にも空を制した気になっている魔女リカルカへと、辿り着く。
弱点である角を隠そうと、魔女の全身が変質目指してわななき始める、が。
さっさと弱点仕留めるやり方くらい、オレのこの腕が、指が、とっくのとうに覚えてる。
いつもコックピットに立てかけてあるクロスボウを、ここぞとばかりに構え、狙いを定め――。
「……正体見たり、ってな!! テメエの勝機、壊してやるぜ!! 『筋書きの破壊者!!』」
これまたひっそり染み付いた、たまに言うとアガる口上と共に、矢を射る。
冥助のオッサンには『かっこつけてる』『ガキっぽい』だの茶化されそうだが知ったこっちゃねえ。
放った矢は、オレの望み通り風を切り裂き、裂いた風さえも味方につける勢いで飛んで行き――。
そうして、魔女リカルカを撃ち落とした。
絶叫と共に、魔女は空から堕ちていく。
今度こそ訪れた消滅を、免れられずに。
射抜いた感覚に、慣れた感覚に、数秒だけ目を閉じて、集中したせいで張り詰めていた息を整えて。
ほら見ろ。見たかよ。
こんなオレでも、これだけは手慣れてる。
オレにだって、やれることがある。
だからオレは、オレの11年を誇りに思うことをやめない。
「さ、てっと……あの金髪モンスター野郎は上手くやってんのかね……?」
野郎の心配、なんざいまいち気が乗らないことではあるが。
あのモンスター野郎が友と呼ぶ人間。
そいつの命に間に合わなかった罪滅ぼしくらいは、何度でも遂げたいとも思った。
――ガラじゃ、ねえけど。
◆
teller:凪哉=ラブクラフト
ブリキハートの姿を模して車輪型の器官を生やした魔女は移動速度が速く、ジェーン・ドゥが幾度殴りかかろうとも攻撃は躱されてしまう。
さらに魔女はこちらを轢き潰そうと強烈な体当たりを繰り返してくる為、衝撃を喰らい続けたコックピットの揺れや、操縦桿を握る剥き出しの手を襲う摩擦により、ぼくの身体はボロボロだった。
頭部から流れる血で霞んだ視界をクリアにする為、一度腕で血を拭う。
痛い、がなんだ。
流れる血がなんだ。
ぼくの心は変わらない。
全てを誕生の喜びの原動力にして、戦い抜いてみせる。
だって誓ったんだ。
我が友が起こした奇跡を、他でもない、このぼくが果たすと。
『うわちゃー……ボロボロだね、凪哉くん。だいじょぶ?』
「問題ない、冥助殿。ぼくの心は折れてはいない」
『身体は折れそうってこと? あー、そんな危なっかしい凪哉くんに朗報。めーすけさんが君のジェーン・ドゥ用に新装備、作っときました』
「新装備?」
詳しく聞くよりも前に、ジェーン・ドゥに向かって大きな直方体が飛んで来た。
それはがちりと、ジェーン・ドゥの両腕部に噛み合うように一瞬で接続を完了する。
直方体が飛んできた方向をモニターを通して見ると、小型の作業ロボが視線に気付いたようにアーム部分をがちゃがちゃと動かしていた。
手を振る挨拶のような、妙に人間的な動き。
『あのロボット、遠隔操作で俺が組み立てたやつね。んで、めーすけさんの意識もあのロボットに侵入させて即席で新装備開発にこそこそ勤しませていただいたってわけよー』
「冥助殿……そんなことも可能なのか?」
『できるできるー。めーすけさん、レディ以外の機械類にも頑張れば意識、侵入可能なんだなあ。色々ワケありなカラダなもんでー』
それは凄い、と素直に感心しそうになっていたら。
冥助殿が、通信を通してその『新装備』とやらの説明を続けた。
『いまジェーン・ドゥの両腕に接続させてもらったのは万能収納装備・ボックスアームの簡易バージョン。スズベルくんのブリキハートにもついてるやつのかんたんバージョンね』
「ボックスアーム……何らかの装備がこの中に入っているのか?」
『そそ。両の操縦桿の横にあるスイッチを押してみな。簡易ボックスアームが開かれて、中にある装備が自然と腕部に接続されるはずだから』
「――承知した」
ここで武器をいただけるのは有難い。
指示に従い、強く握りっぱなしだった操縦桿横のスイッチを両方とも勢い良く押す。
たちまちボックスアームは開かれ、両腕に『新装備』が接続されていく。
右腕部には、鎖付きの鉄球。
ぼくの中に流れ込んだばかりの友の知識を辿ると――これは、モーニングスターというやつだろうか。
そして左腕部には、巨大なドリル。
『ドリルは、さっきのジェーン・ドゥの回転パンチを見て着想を得ました。……戦い方、指示しといた方がいい?』
「……いや。すまない、冥助殿。一度、ぼくの好きにやらせてもらって良いか」
『ん、どーぞ。凪哉くんの戦い方、力押し特化のパワータイプっぽいから……難しい作戦とかあんま考えない方が良さげだしね。よーし、好きに暴れちゃいな? めーすけさんはとりあえず応援しててあげよう』
「かたじけない。……装備の開発、提供等……貴殿のご助力、感謝致す!!」
まずはモーニングスターを握り、未だにこちらを狙って突っ込んでくる車輪の魔女にこちらも正面から突っ込み返す。
鎖を利用してモーニングスターをぐるんぐるんとぶん回し勢いをつけて――モーニングスターを魔女の顔面に叩き込んだ。
正確には、魔女の口、を思わせる大穴に鉄球を突っ込ませた。
器官の一部が塞がれたことで突然の不自由に戸惑ったのか、魔女の動きが一瞬止まる。
向こうが速さを失ったのなら、あとはこちらが叩き込むのみ。
手の部分が巨大ドリルに覆われた左腕部を、掲げる。
風を、空気を、世界を巻き込む勢いで回転のスピードを上げていくドリル。
ぼくも魔女も、散々この荒野を踏み荒らしてきた。
ぼくはそこにもう一つ、罪を重ねようと思う。
ドリルを模った勇敢な拳で、奇跡の証で、この荒野に無理やり刻みつけよう。
我が名を、奇跡を。希望の爪痕を!!
「我こそ、奇跡!! 溢るるままの希望の光、受けてみよ!! 『告名神託』ッ!!」
風を得て、世界の力を得て。
ぼくの心を得て――奇跡を、得て。
この攻撃そのものに、新たな名を与えて。
最上級の加護を受けたドリルを突き下ろし、魔女の胴体に必中会心の一撃を喰らわせる。
回り廻る衝撃に、魔女の胴体は弾け飛び、風穴の開いた身体は脆く瓦解していく。
魔女の消失が、決定づけられたのだ。
怨嗟とも解釈できる絶叫が、荒野に轟く。
それがどうした。
勝負はついていたが、ぼくはドリルの回転を止めなかった。
響け、回転音。
軋め、金属音。
高慣れ、ぼくの心音よ。
憎しみに満ちた断末魔など、掻き消してしまえ。
ぼくが勝ち取ったのは、ぼくが果たしたのは――晴れやかな希望を創る、奇跡だ。
だから荒野よ、世界よ。
どうか希望で満ちてくれ。
今の戦いだけでは無理ならば――ぼくは更なる、奇跡を目指す。
この世界を幸福で満たす奇跡に、ぼくはなってみせる。
そんな生き方を、貫いてみせる。
それがぼくの――凪哉=ラブクラフトという奇跡の、幕開けだ。
ふとコックピットで我に返ると、自分がなかなかに負傷していたことに気付いた。
モンスターの身体とは、やはりわけが違う。
……友よ。
凪也=ラブクラフトよ。
人間の身体は、脆いな。
だけど、いま流れる血液の熱さは、僕の勇気を震わせる。
それが、たまらなく嬉しい。
我が、友よ。
ぼくは、君から貰い受けた命を――今とても、誇りに思う。
◆




