059_通学路とわんことやくざの子
なんか新キャラがいっぱい出て来るけど、基本放置で構いませんので。
ただ成り行きで登場しただけですので・・・でもそういうのに限って?
朝一番に五十嵐は言った。『 三年になってからは一度も男装してないわね?』と。
朝一番に俺は思った。 それを言うなら、『 毎日女装なのね?』 ではないのかと?
・・・・・・・・・
別にいいけどね。 実際にそうなんだから。 呼称なんかどうでもいいことだし。
三年生になってから、更に言うなら二年生二月の中盤からは女装しかしてないし。
俺のクローゼットから男子制服が消滅してたくらいだし。 犯人は勿論沢瀬だし。
・・・・・・・・・
要は俺の衣服の選択を沢瀬がするようになったのだ。 前職の田辺を押し退けて。
KAGUYAをプロデュースするのは専任マネージャーである自分の仕事だと言って。
色々と突っ込み処があるが、俺にはどうにも出来ない。 沢瀬が決めた事なのだ。
黙って・・・というか、諦めて受け入れるしかないのだ。 沢瀬の趣味ばかりは。
「 ・・・あんたも、おかしな苦労をするわねぇ 」 五十嵐に同情されてしまった。
「 でも男装よりはずっと似合っているものねぇ・・・」 同調もされてしまった。
そう・・・同調。
困ったことに、俺には男子の制服よりも、女子の制服の方が似合ってしまうのだ。
残念なことにこれは客観的な事実。 常識人二人に聞いても同じ応えが返るのだ。
姉ちゃんに確認しても俺の男子制服姿は、よりマニア仕様になるだけらしいのだ。
「 だからもう気になんないよ。 いい事だってあるしね 」 「 いい事って?」
「 昂輝の食生活改善!」 「 ・・・ごめん、全く意味が解かんないんだけど?」
五十嵐が首を傾げるのも無理は無い。 昂輝の食生活と俺の飾生活には、直接的な
関係なんかは無いからだ。 詳しく話せば長くなるから簡単に説明するとこうなる。
「 昂輝がうちで朝夕食を摂るようになったんだよ 」 「 簡単過ぎて解からんわ!」
確かに五十嵐の言う通りだ。 面倒だけど、最初から説明をした方がいいのかも?
「 姉ちゃんがサークルの人達と飲み会をした時の事だけど、ある人の一人暮らし
時代の食生活を知って衝撃を受けたらしいの。 そん時に昂輝の食生活が心配
になったんだって。 そんで昂輝にきちんと食べているかと問い質したんだよ 」
「 そういえば、藤堂ってお父さんと二人暮らしよね? しかもかなり忙しい?」
「 そうだよ、そんで二人共自炊をしないらしいんだ。 一緒に食べる機会も滅多
に無いから、どうしても各自が簡単に、適当に済ませる事になるらしいんだ 」
「 ・・・藤堂の食生活が想像出来るわ 」 「 うん、かなり酷いモノだったよ 」
「 食べ盛りの育ち盛りがソレじゃ駄目だと、うちで食べることになったんだよ 」
「 茜さんならそうするでしょうね。 で、ソレがどうしてあんたの服装に影響
してくるのよ? まさか藤堂がアレコレ注文を付ける訳でもないんでしょ?」
「 昂輝は沢瀬の痴漢ガード役なんだよ。 だから昂輝に合わせて沢瀬もうちで
食べてくことになったん。 おかげで沢瀬の服装チェックが強化されたんよ 」
俺の言葉でようやく納得出来た様で、 しきりに『 そういう事ね 』と頷いている。
横で聞いていた伊藤も昂輝に顔を向けたが、昂輝の頷きで状況確認が済んだ様だ。
「 でも沢瀬ならそこいらの痴漢程度、軽く撃退しそうに思っちゃうんだけどね?」
「 そういう目で見られるだけで、相手の目を潰してやろうか!とか思うらしいよ。
流石にそこまではやんないだろうけど、骨の一本や二本は砕きかねないよね?」
五十嵐の当然な疑問に、あまり当然ではないと思う、本人から聞いた答えを返す。
「 ・・・それは・・・本当に痴漢ガードが必要になりそうね 」 「 でしょ? 」
蛮族の女王は地味な見た目に反して至って凶暴だから、周りの馬鹿が危ないのだ。
◇ ◇ ◇
ちょっとした事件が発生した。 電車が止まったのだ。 踏切に自動車が突入して
電車と接触、というか跳ね飛ばされて遮断機とか色々壊してしまったらしいのだ。
幸いにして死者は出なかったらしいが、結構な大事故だった様で交通への影響大。
復旧の目途は今の処不明。 代替輸送で南海本線とかJR線とかを利用出来る生徒は
ソレで、出来ない生徒はマイカー通勤の教職員総出で帰宅を支援する事になった。
そういう事態なので、通常授業後の補習や部活は全て中止。 強制帰宅となった。
「 天下茶屋駅迄近いから、実質的に影響を受けるのは高野線下り組だけだね 」
それでも全生徒の一割強には影響する。 俺の周りを見たら俺と田辺、沢瀬に昂輝
に江澄さん、そして映研新人の手島君に泉さんと七人もいる。 その中で一番遠い
のが初芝から来ている手島君だ。 彼は俺一番のお気に入り新人だったりもする。
「 昂輝と沢瀬は俺んちに泊まることになったけど、三人も一緒に泊っていけば?
遠慮なんかは要らないよ? 気遣いも要らないし? 居心地もいいらしいし?」
俺は部室に集まった映研部集団の、高野線下り組の三人に声を掛けることにした。
「 JRで帰れるので・・・ 」 江澄さんの動向は五十嵐次第といった感じだからな。
いつの間にか五十嵐にむっちゃ懐いていて、いつも一緒に居る感じになっている。
「 みーちゃん先輩が帰るのでしたら、私も歩いて帰ります 」 泉さんは江澄さんに
懐いている、というよりは彼女への保護者的言動が多々見られる年下お姉さんだ。
「 僕はバイトがあるし、妹も待ってますので 」 手島君は俺が望んだ、正に理想的
な奨学生であり、大の映画好きでもある。 映画観放題・借り放題に惹かれて映研
に入ったのだから理想的な映研部員でもある。 しかも三人中唯一、俺より低身長。
正に、俺にとって、理想的な後輩なのだ!!!
「 私は絶対お泊りします! あぁ、楽しみだなぁ、美倉先輩のお部屋でお泊り!
からの、押し倒しいぃ! 」 「 お前は呼んどらん! とっとと一人で帰れ!」
俺を抱き抱えているクソデカ剛力女は花房、一年で185cmもあってスポーツ万能で
映画に興味も無いのに映研に入部した凶悪馬鹿女だ。 四席入学なのに馬鹿なのだ。
「 駄目ですよ、蒼君、可愛くて優秀な後輩をそんな風に邪険にするなんて・・・」
「 ですよねぇ、沢瀬先輩! 今夜は二人で目一杯美倉先輩を可愛がりましょう!」
「 待って下さい! 私も混ぜて欲しいのです! 藤堂先輩も一緒に 5Pなのです!」
「 「 お姉様! そういった事情でしたら私たちも是非ご一緒させて頂きます。
そして就寝時には、私たち二人が責任を持ってお姉様をお守り致します 」 」
「 お前ら全員黙れぇ! そんで花房は俺を降ろしてからさっさと帰宅しろ!
お前んちは徒歩5分のご近所なんだから、電車なんか全く関係無いだろ!」
そうなのだ。 馬鹿女の家は学園にむっちゃ近くて、毎日徒歩で通っているのだ。
そんで油断をしたら直ぐに俺を抱き上げて、自宅にお持ち帰りしようとするのだ。
最初は冗談だろうと思っていたが、実際に自宅にお持ち帰りされてしまったのだ。
そんでベッドに放り投げて直ぐ服を剥ぎ取りにかかるのだ。 沢瀬が撮影するその
目の前でだ!・・・昂輝がその場で止めてくんなかったらどうなっていたことか?
というわけで、こいつは沢瀬や櫻崎先輩以上に危険人物なのだ! だから降ろせ!
「 「 あぁ、ジタバタ暴れるだけの無力なお姉様! 堪らなくお可愛らしい ♡ 」 」
◇ ◇ ◇
何でこいつが素行不良で撥ねられなかったのか? そういや内部進学者だったか。
・・・・・・・・・
内部進学者にも内申評価と面接を行う様になったとしたら、絶対こいつのせいだ。
それ程にこいつの素行には問題しか感じられない。 山田や田辺が可愛らしいぜ。
「 くんくん、あぁ美倉先輩の甘い香りぃ~ ♡ 性欲がそそられますねぇ~ ♡ 」
「 変態発言は止めろ! そんで後ろから抱き着くのも止めろ! 暑苦しい!! 」
現に今だって、公衆の面前でいきなり抱き着いてきては変態発言を繰り出すのだ。
それに俺はムシューダなんだよ! 甘い香りってのはシャンプーの香りなんだよ!
お前はシャンプーに発情する変態ってことなんだよ! 解かったか! 馬鹿女!!
「 花房さん、その発言は感心しませんよ。 帝山生としてもっと節度ある言動
を心掛けて下さいね。 ですが嫌がるお姉様のお顔は愛おしくて堪りません。
その点に関してはお礼申し上げます。 眼福です。 ありがとうございます 」
真面目っ娘仁宮さんも馬鹿女を窘めている。 少し窘め方が微妙にも思えるけど。
「 花房、いい加減にしろ! これ以上世間に恥を晒すつもりなら通報するぞ 」
スマホをまるでイエローカードの様に突き付けて、泉さんが馬鹿女に警告をする。
あとは指一本動かすだけで110番が完了する。 そんな画面を見せ付けての警告だ。
そして話す表情は完全に本気。 脅しなんかではなくて、本当に最終警告なのだ。
・・・・・・・・・
泉さんは馬鹿女に辛辣だ。 嫌っているのかも知れない。 それは多分、馬鹿女が
たまに江澄さんや手島君にもちょっかいを掛けるからだ。 いや、手島君の場合は
歯牙にも掛けていない様だから、恐らくは江澄さんにちょっかいを掛けるからだ。
だから泉さんは馬鹿女に厳しいのだ。 と思われる。
でも泉さん以外は、誰もが揃って馬鹿女に甘いのだ。
田辺はにこにこ微笑んでるだけだし、沢瀬は俺が嫌がるのを楽しんでるだけだし。
小田部さんは外だと無口になるし・・・いや、普段からかなり無口な子だけどね。
でもお前が黙り込んでどうするんよ? 最上級生で一番デッカイ図体してるのに!
「 昂輝! お前も黙って見てないで、この馬鹿女にもっとビシバシ注意しろよ!」
「 ・・・どうして? 櫻崎先輩や田辺と同じレベルの言動だから放置なのでは?」
「 そうですね。 蒼君はどうして花房さん相手の時だけそんなに怒るのですか?」
「 考えてみたらそうなのです? 花ちゃんは当たり前の事しか言ってないのです」
田辺の発言はスルーでいいとして、昂輝と沢瀬の認識には問題が有る。 ぱっと見は
同じレベルかも知んないけど、掴まれた時のパワーが違うのだ。 沢瀬以上の腕力に
全く抵抗出来なくなるのだ。 この馬鹿女は超危険な野生動物と見做すべきなのだ。
「 野生動物扱いは酷いなぁ ♡ 」 「 人扱いされたかったら、人として振舞え!」
その笑顔が確信犯ではなくて、故意犯である証拠だろうが! そこが嫌なんだよ!
◇ ◇ ◇
初めての徒歩帰宅になるわけだが、実は俺の家と学園はそんなに離れてはいない。
ゆっくり歩いても15分は掛からない近さなのだ。 体力に問題が無ければ、徒歩か
自転車通学が最善だろうと思われる距離。 俺だから態々電車を使っているのだ。
そして泉さんの家は方角こそ同じだけど、俺の家より更に10分程歩く必要がある。
だから途中迄五人一緒で、家に着いてからは昂輝が泉さんの家迄送る予定だった。
なのに結局は馬鹿女とにやこたの、予定外の三人と一緒に帰宅の途に就いている。
・・・・・・・・・
にやこたの二人は成り行きで俺の家に泊まることになったのだけど、お泊り頻度の
高さに家族仲が心配になってくる。 田辺に聞く分には至って良好らしいのだが。
共に両親揃って一人娘に激甘で、どんな我儘でも聞いてくれるのだとか。 そして
小田部さんには年の離れたお兄さんもいて、両親以上に激甘シスコンなんだとか。
「 でも男の人の家に遊びに行くとなると、間違いなく家族全員大反対なのです!」
・・・当然の様に語る田辺には反論する気にもならん。 女扱いには慣れたのだ。
・・・・・・・・・
そんなことよりも、問題は馬鹿女なのだ!
「 もういいからお前は自分ちに帰れよ 」 「 嫌ですね、絶対に付いて行きます 」
隙あらば俺にちょっかいを掛けてくるから、無駄な時間が掛かって仕方ないのだ。
泉さんの制止で変態発言は減少したけど、お触り・抱き着き攻撃は減らないのだ。
「 まぁ、それくらいなら女子同士のコミュニケーションの範疇ですから・・・」
今更女子云々に突っ込もうとは思わないが、江澄さんの時は直ぐに制止するのに?
「 美倉先輩は自分で怒れるけど、みーちゃん先輩は泣きそうになるだけなので 」
・・・成程。 実に合理的で好ましい判断だと思う。
「 それに諸先輩方の反応から、あまり制止するのも宜しくないと思いますので 」
・・・成程。 先輩を立てたわけか。 これまた好ましい判断だろうと思う。
「 「 あぁ、滅多に見ること適わなかった、お姉様のきゃんきゃん怒り顔 ♡ 」 」
・・・・・・本当に好ましいのかな?
◇ ◇ ◇
「 あれ? 美倉先輩のマンションって、ここを右に曲がるんじゃないのですか?」
「 こっちでいいんだよ 」 何でこいつが俺の家を知っているのか? という素朴
な疑問はスルーして千代池公園に向かう。 目的は散歩中のわんこと出会う事だ。
「 蒼は犬と遊びたくて、公園で寄り道をするみたいだけど。 泉はどうする?」
流石は昂輝、云わなくても俺のしたい事が解かっている。 沢瀬も田辺もだけど。
そんで泉さん、少し悩んでこのまま帰ることにした。 制服が汚れることを嫌った
様だ。 勿論昂輝は泉さんを送る為わんことは会えず。 残念だったなイケメン。
・・・・・・・・・
昂輝たちと別れた俺たちは、千代池公園のベンチに陣取ってわんこの周回を待つ。
池を一回りするのがこの公園の定番散歩コースだからだ。 つまりは待ち伏せだ。
そして今現在の時点で、この待ち伏せ作戦は大成功を収めているのだ。
「 おぉ! ロッキーに犬王丸にしらたま、おこげとあげたまに万十狼まで!!
向こうの方にはボギーとうなちゃん、その先には若様とまんまるが見える!」
いつもよりずっと早い時間帯なのに、いつものメンバーが勢揃い状態だったのだ!
正にウハウハのワハハ状態だったのだ! わんこハーレムよ!!
( うん、これはこれで素敵だ! ) ( ( はわぁ、お姉様が可愛過ぎるぅ ) )
( わんこを成人男性と置き換えれば・・・最高に萌えるシチュなのです!! )
( ・・・・・・・・・ )
暫くわんこ達と戯れていたら、コン助と飼い主のお兄さんが駆け足でやって来た。
「 良かったぁ! かなり遅れたけど、まだ蒼ちゃんが残って居てくれたぁ!!」
「 えっ? いつもよりかなり早い時間ですけど?」 「 いやAチャットでね 」
「 Aチャット?」 「 あ、いや、何でもなくて、ただもっと早く来るつもりが 」
「 つもりが? 」 「 いやいや、ホント、今日はそんな予定だっただけなんだ 」
「 そうですよね、皆さん!」「 「 「 「 そうですね、アハハ・・・ 」 」 」 」
・・・ ? ・・・なんかよく判らんがそういうことらしい。
俺としてはわんこさえ健在なら、他はどうでもいいことだが。
・・・・・・・・・
そんな事を考えていた俺の耳に、コン助パパの口から超特大の朗報が入って来た。
「 そういえばこの時間帯なら、そろそろ保護者さんが来る頃合いじゃないかな?」
「 あー、そうですね、そろそろでしょう 」 「 保護者さんは時間に正確だから 」
「 保護者さん?」 会話に登場する初めて聞いた人の名前(?)に首を傾げる。
「 あぁ、蒼ちゃんは知らなかったね。 大勢の保護犬の面倒を看ている、とても
優しい人なんだよ。 いつも今くらいから何度も此処に来ては散歩してるんだ。
噂をすれば何とやら、向こうから来る背の高い眼鏡を掛けた人が保護者さん 」
コン助パパの指差す方向から、伊藤くらいの背格好をした優し気な眼鏡兄さんが、
大小六匹ものわんこに引き摺られる様に歩いて来る。 六匹ものわんこ様登場だ!
ハスキーにゴールデンに秋田犬にポメ、そしてパピヨン風のMIX?に柴っぽい子?
ひょっとしたら紀州犬だろうか? でも凄い! 六匹が力を合わせて飼い主を翻弄
してるよ! 凄いチームワークと可愛らしさ! 早くここ迄引き摺って来るんだ!
「 「 「 「 「 「 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッハ・・・ 」 」 」 」 」 」
「 ちょっと君たち! どうして散歩の時だけそんなに一致団結出来るんだい⁉ 」
・・・・・・ずるずるずるずるずる。 保護者さん、犬橇モードで初(?)登場!
◇ ◇ ◇
蒼君が総勢 17匹ものわんこに囲まれて御満悦です。 多分はその十倍の美男美女に
囲まれても見せないであろう満面の、女神の笑顔を惜し気もなく晒して、この場に
居る全員の目を釘付けに、心を鷲掴みにしています。 本人は全く無自覚なままに。
・・・何とも言えぬ可愛らしさと麗しさ、蒼君ならではの表情で魅せてくれます。
・・・狂おしい程に魅せられてしまいます。
これがカリスマの巣窟・芸能界に在ってすら、ひと際眩い存在である蒼君の魅力。
本当に困りますね。 目が離せないし、映像を撮る手を休めることが出来ません。
隣で佇んでいる保護者さんの素性を、少しでも早く調べる必要があるというのに。
・・・・・・・・・
仕方ありませんね。 そこは美倉の影に託すとしましょう。 私は今出来る事だけ
に集中します。 この保護者さんが、蒼君にとって危険な人物であるかどうかを、
ただそれだけを見極めることに集中します。 だって蒼君の撮影があるのだから。
片手間に出来る事なんてその程度でしかないのだから。 本当に仕方ないのです。
・・・・・・・・・
先ずは身体。 遠目には細身に見えましたが、寄ると胸板の厚みに驚かされます。
相当に鍛えられた肉体ですね。 拳にタコが無いので空手ではないと思われます。
空手で無いのは幸い。 この肉体で空手なら、完全に私の上位互換でしょうから。
ならば合気道か柔道、それとも剣道? 前者であれば接近戦は要注意、中距離から
脚を狙うしか攻め様が無い難敵。 馬鹿兄の様な素人と違い、格闘技経験者は打撃
を上手く往なしてくれますからね。 フェイントからの急所狙いしかありません。
・・・戦闘シミュレーションは私が不利。 藤堂君と離れたことが悔やまれます。
・・・・・・あれっ⁉
えーと? 私は何を考えているのでしょうか? どうして戦闘前提なのでしょう?
・・・・・・・・・
いけませんね。 闘う事を前提にする前に、如何に闘わないかを考えるべきです。
というか、闘う必要がある相手かどうかを見極めることが、何より重要なのです。
相手の肉体を見て、直ぐに戦闘力を測ろうとする等、少年漫画の世界だけで十分。
・・・私としたことが。
ということで、次はお顔とその表情をチラ見することにします。 それと姿勢も。
お顔は地味ですが綺麗な顔立ちをされています。 特徴は無いが整っているお顔。
蒼君でなくても覚えて貰い辛く、忘れられ易い、そんな少し可哀想なお顔ですね。
唯一の特徴は穏やかで優しそうな目。 それを何故あんな厳ついデザインの眼鏡で
隠してしまうのでしょう? 蒼君並みに自分が判っていないアウトローへの憧れ?
・・・少しばかり性格面には難が、というか幼さがあるように見受けられますね。
・・・・・・・・・
でもまぁ、男なんて皆そんなものでしょうし、蒼君よりは遥かにマシでしょうし。
次は姿勢を確認。 手にも肩にも力が入っていません・・・見事な自然体ですね。
自然体ですが、少し俯きがちなのが気になります・・・いえ、蒼君を見ているから
視線が下を向いているだけでしょう。 多分。 つまり行動準備の無い状態です。
結論、蒼君への害意は無い。 そして犬好きで、周囲から好人物と見做されている
事からも、それ程の警戒が必要と思われず、普通に付き合っても問題の無い人物。
それでは最後ですね・・・会話をしてみましょう。
「 あの子たちは皆、保護犬なんですか?」 唐突ですが声を掛けてみます。
「 えっ⁉ あっ、は・はい、そうですね。 皆、捨てられた子なんですよ 」
少し驚かせてしまった様ですね。 でも、それだけ気を緩めていたという証左です。
益々安全な方の様に思えてきました。 ですがもう少し探りを入れるとしましょう。
「 何度も散歩に来られると聞きました。 あの子たちの他にも保護犬の面倒を?」
「 えぇ、今は全部で32匹居ます。 里親さんの募集はしているのですが・・・ 」
そう語るこの方の目は本当に優し気で、そして僅かな憂いが含まれたものでした。
「 さんじゅう・にひき!!! 」 突然聞こえた可愛らしい声は蒼君のものです。
わんこともみくちゃな状態の蒼君が、キラキラお目目でこちらを見上げています。
まるで ”おやつ” の一言を聞いためん太やきなこ丸のお目目です。 いけませんね。
この目にだけは抗えません。 こんな目をされたら『 待て! 』すら出来ません。
「 会ってみますか?」 「 うん! 会う!!」 保護者さんが蒼君を誘います。
もう少しこの方の人品を見定めたかったのですが、こうなっては仕方ありません。
わんこに狂った蒼君を止める事なんか、この場の誰もが適わぬ事なのですからね。
・・・後は出たとこ勝負です。
◇ ◇ ◇
《 任侠団体 相河連合 総本部 》 大層立派な門に掛けられた看板に書かれた言葉。
大きく開かれた門からは、立派な武家屋敷風の御屋敷を確認することが出来ます。
・・・・・・・・・
今時珍しい程にテンプレな佇まいを保ったヤクザ屋さん、といった処でしょうか?
「 若、御勤めご苦労様です!」 「 いや御勤めって、ただの犬の散歩だからね?」
そして保護者さんは此処の後継者みたいですね。 優しいお顔には不釣り合いな程
鍛えられた肉体にも納得です。 目の前に居る古橋さんの様な巨漢を従えるには、
鍛錬が必須となるのでしょう。 それは恐らく知性という面でも同様でしょうね。
・・・この方の穏やかな物腰は、鍛錬で積み重ねた自信の表れという事でしたか。
考えていた以上に油断のならないお方みたいですね。 早くに知れて幸いでした。
「 ところで若、そちらの皆様は?」 「 僕の客人だよ、失礼の無い様にしてね 」
そうそう、客人として招待された私たちですが、流石に蒼君と瑠香ちゃんは平然と
していますが、仁宮さんと小田部さんの二人はかなり緊張している様に思えます。
そして花房さんは、如何にも小心者の彼女らしく、顔面蒼白といった感じですね。
・・・・・・・・・
思考が正しい情報と正確な計算よりも、イメージに支配されているという事です。
つまりはまだまだお子様という事、最近迄中学生だったのだから仕方ないですね。
・・・・・・・・・
考え無しに動く末端のチンピラならともかく、組織の上層は考えてから動きます。
そんな方たちが十二支会の至宝に手出しをすること等、到底考えられない話です。
このお馬鹿さんは、そんな簡単な事にも気付けない、考え無しのお子様なのです。
・・・これは思っていたより早く、簡単に、お馬鹿さんの教育が済みそうですね。
もう少しの間、蒼君の愛らしい怒り顔を鑑賞したかったのですが。
・・・少しばかり残念ですね。
ムシューダ :015を参照。
確信犯 :かなりの高確率で意味を誤解されている言葉です。
故意犯と合わせて、意味の再確認をお薦めします。
Aチャット :沢瀬が管理する蒼出没を知らせるグループチャット。
対象は千代池公園で犬の散歩をする蒼のファン集団。
蒼の体調に合わせて散歩時間を調整する意味もある。
古橋さん :044を参照。




