Scene-08 人生は…振り返ることも大事です!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
結衣はそっと彩芽の手を抱きしめた。
「無理しないでも大丈夫よ」
静かに彩芽が応えてくれる。
何も聞かずに寄り添ってくれる。
それだけで心強く感じる。
人は分かり合える。
そんなことを心理の時間に教授が言っていた。
正直、その意味はわからなかった。
どれほど言葉を費やしても、行き違った言葉は修正が効かない。
その前の段階で、そうならないように考えや気持ちを伝えても…
どこかで気持ちを裏切られてしまう。
気持ちだけではない。
態度もそうなのかもしれない。
何か相手の気に触ることをするだけで関係は崩れてしまう。
心理学を学び始めたいまなら、その理屈も少しだけわかる。
実際、結衣には経験がある。
だから、雪解けのように心の警戒を解いてくれる彩芽を信じきれないでいた。
そのことが、自分で分かっているからどこか辛く思えてしまう。
「大丈夫…そんな簡単なことじゃないよね」
「え」
「誰もが、気軽に、周りに助けを求められるわけじゃない」
彩芽はそっと静かに語り始めた。
特別な言葉じゃない。
いま結衣自身がどこかで思っていた言葉だ。
だから驚いてしまう。
結衣は『簡単に言わないで』という答えにたどり着くまでに何度も裏切られてきた。
その気持ちわかるよ。
大変だよね。
頑張ろうね。
どの言葉も、相手にとって都合の良い言葉にしか聞こえなかった。
その度に…心が閉ざされて行くような苦い思いを募らせてきた。
でも、彩芽は、言葉を考えてから零してくれる。
軽快に話をしているときでさえ、会話を止めて考える。
まだ2週間程度の付き合いしかないのに…素直にすごいと思う。
神職だからなのかはわからない。
いや、神職ということで片付けてしまえば、自分に無責任な言葉を投げてきた人たちと変わらない。
「話してスッキリすることもあれば、そうじゃないこともあるから…」
「でも」
「そうね、でも…誰かの温もりを感じたいコトあるよね」
少し自虐的に、少し戯けて口にする彩芽は可愛い。
年齢は聞いていないが、それなりの経験をしていると思う。
でも…やっぱり、でもだった。
いうのが怖い。
理解してもらえないのが怖いのではなく…
最初から否定されるのが怖い。
そう思っていると、キュッと抱きしめてくれた。
「彩芽さん」
「藏素さん。凄いよね」
「えっ?」
「わからないことばかり」
「うん」
「それなのに、まっすぐと相手を受け入れている」
「…龍」
「信じているんですか?」
「動物虐待は…しないタイプに見えたけど」
「……確かに」
「やっと笑みが戻ってきたね」
そう笑う彩芽を純粋にすごいと思う、
純粋…そういえば……
学生会館に初めて行ったのはオープンキャンパスの日だった、
「パンフレットをご希望の方は学生生協までお願いします」
そんなアナウンスに促されて、結衣は建物へと向かった。
人の流れが学生会館に向かうので、どうしても躊躇してしまう。
人混みは苦手なままだ。
少し時間を置いてから…そんな思いで木陰に作られているオープンカフェへと逃げた。
そこに同じように逃げて来ていた綾乃と鉢合わせをする。
オープンキャンパスに来ることさえ知らなかった偶然は何処か照れくさいものがあった。
ただ、その偶然が嬉しかった。
何となく、隙間のある距離…
指先を使ったジェスチャーでお互いが寄る。
気心が知れている関係…それにどこかホッとしていた。
「そろそろ…行こうか」
どちらともなく言い、何となく頷きあう。
そこまで似た行動をとる必要は無いのに…何となくシンクロしていることが嬉しい。
ただの偶然…それを必然に感じてしまう。
ただ、そんな時間を挟んだのに学生会館は賑わっていた。
でも…それでも気にならない程度まで人は減っている。
生協の事務局は…と案内図を確認してから、木造づくりの建物を眺めながら向かう。
古い映画に出てきそうな木の校舎に…古都奈良にある大学だと感動してしまう。
人の話し声が、ゆっくりと遠ざかっていく。気がした。
いつの間にか、話すのも止めていた。
沈黙を持て余すように窓の外へと視線を向けた。
ゆるやかな坂を描くキャンパスが広がっていた。
風に揺れる木々の向こうを、学生たちが思い思いの速度で歩いていく。
白衣姿の学生が土の付いたコンテナを運んでいる。
発掘実習の帰りなのかもしれない。
別の場所では、大きな筒を抱えた学生たちが笑いながら坂を下っていく。
測量機材だろうか。
掲示板の前では、僧衣姿の学生とスーツ姿の教員が何かを真剣に話し込んでいた。
少し離れたベンチで、レポートに追われているらしい学生がノートパソコンを開いている。
どこにでもある大学の風景。
それなのに、どこかだけ少し違う。
歴史を学ぶ場所というより、歴史の隣で暮らしているような空気があった。
「不思議な感じ」
「うん」
独り言ちのつもりなのに…綾乃が相槌を打ってくれる。
「歴史というか、自然というか…」
「ホント」
今度は綾乃の呟きを結衣が拾った。
学生生協の区画は人が引いた後のようだ。
老朽化している建物ならではの味わいがある。
建設当時の最先端。
いまでは、それをノスタルジックというのかもしれない。
その過去と現在が微妙に混ざりあうようにオレンジ色の光が窓から彩を添える。
光の悪戯だと思うけれど、光のフワフワした球体が漂っているようにさえ見える。
「オーブ…」
ポツリと綾乃が口にする。
結衣は足を止めた。
「あ、ごめん…」
「?」
「えっと…」
綾乃は少し困ったような照れたような笑みを浮かべながら頭をポリポリとかいた。
結衣が首を傾げると、何処か諦めたような表情で溜息を短くもらした。
「光の悪戯なんだというのは分かっているんだけど」
「うん」
「夕陽の光が…こうガラスで屈折して、ホコリや水滴に反射してできるんだけど…」
「あ、光のフワフワ?」
「え、結衣にも見えるの?」
「うん。見える瞬間が好き」
「そうなんだ」
綾乃の表情が和らいだ。
「お兄ちゃんが、幽霊とか、怖い事ばかり言うから…つい」
「うん」
「色々と調べているうちに、オーブという呼び方を知ったの」
「オーブ…なんか格好いいね」
「うん。でも写真に収まる程度で、あまり人には見えないらしいんだけど」
「そうなの? でも一瞬しか見えないというか感じないよね」
綾乃は結衣にクスッと微笑みかけた。
きっと、彼女の瞳にも見えているのだと思う。
科学的な理屈付けも知っているのだろう。
だから、その光の玉が…『霊』ではないかもしれないというのは止めておこうと思う。
オーブ=玉響現象ともいわれるそれは、『ゴーストフレア』と呼ぶよりも好きだった。
もちろん、その言葉を教えてくれたのは3つ上の兄だった。
科学雑誌好きのオタク系で、綾乃にちょっと子供じみた意地悪をしてくる兄。
彼はもういない。
流行病の中で、対応策も見つけられないまま、最後にも立ち会えないまま…
思い出さないようにしているのに、些細なきっかけで思い出してしまう。
駄目だと思うのに、声が上擦る。
涙が、視界を歪ませてしまう。
その兄と一緒に遊びに行ったときの写真には…白や、紫など彩鮮やかな光の玉が写っていた。
それを調べたときに、光の悪戯ということも確認した。
でも、天使や高次のエネルギー体からのメッセージやサインといわれることも知った。
最後の家族写真。
それに一緒に写り込むように踊ってくれたオーブは…サインであってほしい。
でも自分一人で調べたところで、勝手な解釈にしかならない。
それが、神道学や民俗学を学びたい理由に繋がった。
通える範囲で。
兄のように進学で家を離れることを、もう両親に経験させたくなかった。
『行ってきます』
兄と家族が交わした最後の言葉は、それだった。
元気で。
頑張って。
また帰ってくるから。
そんな言葉を交わす必要などなかった。
もう会えない。
誰もそのときは思っていなかった。
その理由は誰にも話せていない。
もう少し専門的に学びたいと思って…
「綾乃?」
「ううん。ごめん。何でもない」
「…そっか」
結衣はハンカチを取り出し渡してくれた。
手を繋いでくれて、一緒に学生生協に向けて歩いてくれる。
「大丈夫?」
学生生協の事務センターに近付くと、綾乃の足は急に重くなった
ガラス戸越しに中が見え始めた頃から、結衣の手を握る綾乃の手に力が入っていた。
震えている?
そんな風に思えてしまう。
「…うん、大丈夫…」
その震える声に結衣は足を止めた。
気付かなかったとはいえ、少し後悔する。
事務センターのカウンターが見えたときに気付くべきだったと。
さっきのところで待っていても良いよ…その言葉が喉元まで上がってくる。
でも、それを口にすることはできない。
寂しいお葬式の光景を思い出してしまう。
人はたくさん来ていた。
綾乃のお兄さんの人柄が伺えた。
お葬式というよりもお別れの会だった。
あれから、色々なものが変わった。
少しずつ日常が戻ってきていると言われているのに…
コロナ禍の傷跡のように、カウンターには簡易のパネルが置かれている。
それらのアイテムが残っていることで傷付く人もまだ存在している。
まるで、あなたは汚いから…そう言われているようにも感じてしまった。
まだ、誰もが恐怖の中にいる。
きっと終息したわけでは無く、これからも付き合っていく事になるのだろう。
その事は解かっている。
順応力の高さ…それでも、心は追い付かない人もいる。
「行こう」
綾乃の手に力が入った。
ギュッと握ってくる。
結衣は、目を閉じてから「うん」と微笑んでみた。
正解など解らない。
『大丈夫』は、大丈夫じゃないことが多いのも分かっている。
だからこそ、生活を戻そうと足掻いている。
一歩踏み出すと自動ドアが開いた。
『資格相談』
『就職支援』
『不動産紹介』
そんな案内が天井から下がっている。
「こんにちは」
初老の男性が近付いてきた。
咄嗟に綾乃が結衣の背に隠れた。
「パンフレットですか?」
その張り付けたような笑みには品定めをするような視線が添えられていた。
爪先から頭の天辺まで観察するように視線が動く。
気持ち悪さに鳥肌が立っていた。
でも…それだけで、相手を決めるのは間違えている。
それは分かっているけれど…
愛想の良い笑顔のはずなのに、どこか視線だけが笑っていない。
獲物を物色するような顔が、視線が、結衣の背筋に冷たいものを走らせた。
理由は分からない。
それでも、結衣はその笑顔を好きになれなかった。
ただ…
本能のような何かが、近付いてはいけない相手だと告げているように思えた。
「あ、はい…お願いします」
「はい。参考にしかなりませんが毎年募集されるチラシも入れておきましょうか?」
「…じゃあ、それもお願いします」
「はい。入学をお待ちしていますね」
男はそう言うとすっと離れて行った。
他の学生にも声を掛けている。
奥から別のスタッフが現れてパンフレットを封筒に入れてくれた。
「よろしければ、早い段階で資格試験の方も気にかけてくださいね」
「え」
「うちの学校、資格取得を推しているので。でも、実習の始まる3年生になると…」
「こちらの方にも、パンフレットをお願いします」
「あ、はい。すみません。それでは…またお会いできるのを楽しみしております」
ぺこりと頭を下げてその人も去っていった。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。
☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。




