scene-07 人生は…予測不能だからこそ苦しい…でも…よくみれば…
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
少し開けた窓の隙間から風が舞い込み頬をくすぐるようにして起こしてくれる。
隣で眠っているはずの奏の気配はなく、温もりだけがベッドに残っている。
まだどこか重さを感じる瞼を擦りながら身体を起こすと見慣れた光景が見える。
食卓にはいま焼きあがったばかりの魚が香りが漂っていた。
「起きた?」
「うん、おはよ」
天輝はゆっくりと身体を起こしながら答えた。
「もうすぐできるよ。顔、洗ってきて」
「は~い」
気の無い返事を返すのは、二時間近く続いた説教の所為だった。
どう考えたところで、天輝に非があるとは思えない。
もちろん、それを口にすれば睡眠時間が削られるのでしない。
付き合って十年以上、それなりに悟る部分はある。
もっとも、昨日ばかりは味方がいなかった。
そもそも騒ぎの原因を作ったのは琴葉なのに、途中から奏側に回って説教に参加した。
面白がって参戦してくるあたりが、なかなか質が悪い。
そこにラルドまで…
誰が原因か分かっている? と何度聞いたことか。
最終的な結論を、琴葉と二人して「テンが悪い」と頷いていた。
その二人は…姿が見えない。
気を遣うように、隣の部屋に消えたのは昨日の番だが…
奏がすっきりしたのを、琴葉が見極めたのだろう。
部屋に二人残された。
仲直りくらいしろ、とでも思ったのだろう。
「……余計なお世話だ」
そう呟きながらも、天輝は少しだけ口元を緩めた。
おかげで…少し睡眠不足だ。
逃げるが勝ちというのを…たまに実感するのも悪くない。
天輝はフラッとベッドから降りてテーブルへ移った。
徒歩2歩の距離…それでもだるさを感じるとあるのを忘れてしまう。
テーブルに座ると、みそ汁が出てくる。
その匂いにつられるように、客間を占拠し続けている琴葉が顔を出す。
おもむろに近付いたかと思うと、天輝の前の席に座った。
「おはよ」
「昨日…煩かった」
その一言に奏の方が緊張してしまう。
「うん、煩かった」
天輝も返すように言う。
「わ、私は、何もない」
琴葉が即答するのに、奏がみそ汁\を拭きだす。
その音に三人の視線が奏に向けられた
「どうかした?」
昨日の仕返しとばかりに天輝が尋ねてみる。
琴葉は黙々と味噌汁をすすっている。
返事を探し中なのだろう。
ラルドと目が合う。
気恥ずかしそうに目を逸らす。
初めての恋で、初めての夜を過ごした初心か!
突っ込みそうになって止めた。
過ぎた時間が思い出されて苦笑が漏れてしまう。
いつもと同じ、最後の注意。
寄り道禁止。
知らないものを拾わない。
電話は途中で切らない。
最後には「反省した?」と聞かれ、「はい」と答えるしかなかった。
それでも朝になれば、いつも通りだ。
いつもと違うのはおまけが二人いるくらいだ。
でも、その空気が妙に心地いい。
テレビから流れていた朝の情報番組の雰囲気が、不意に変わった。
「あれ、これ…」
琴葉の声で三人の視線がテレビへ向く。
スーツ姿の男性がカメラをまっすぐに見据えている。
届いたばかりの原稿を手が震えているのが何となくわかる。
キャスターの左後ろには、数名の男性が長テーブルを前に並んで立っている。
『学生の皆様ならびに関係者の皆様に』
言葉が区切られた。
話しだした男は、ハンカチで顔を頭を拭いて、光るフラッシュに怯えている。
『多大なるご迷惑をお掛けしましたことを深くお詫び申し上げます』
意を決したように言う。
画面下に掲示されるテロップ。
《奈良県立飛鳥総合大学学生生協 資格講座を巡る問題 会見》
「昨日、天輝が話していた……神崎結衣さんの学校?」
奏も静かに頷いた。
天輝の箸が止まる。
キャスターの話によると、昨夜開かれた緊急会見のようだ。
画面には学生たちが支払った受講料に関する情報がフリップで出されている。
公的資格に民間資格を混ぜ込むことで無意味な資格が有用に見せかける手口。
それを巧妙な誘導で学生に受けさせていた職員がいると説明されている。
それを『説明不足による学生の勘違い』に転嫁しようとしている発言が報じられている。
「思ったより大きな話だったね」
琴葉がぽつりと漏らした。
「ん?」
「正直、勘違いだけなら学生も悪い…と思っていたよ」
琴葉が冷たく言葉を区切った。
琴葉にも覚えがある。
大学が違えど、学生に向けた資格講習は天輝たちが通う大学でもあった。
就職に有益とされる資格もあれば、そうでない資格もある。
趣味的な物でしかないものもある。
確かに字が綺麗になったら就職にも役立つとおもってボールペン講座も受講した。
冷静さを欠いていた。
そう言われれば、そうでしかない。
少し考えたらわかるよね。
そう言われた琴葉の味方になって動いたのは目立ちもしない冴えない天輝だった。
奏の恋人じゃなかったら惚れていたかもしれない。
理路整然と事務員を静かに攻め、上役を引っ張り出し、説明不足の謝罪と返金に応じさせた。
以降、母校では抱き合わせでの資格関連説明は禁止された。
だから、天輝が、参拝を中断した理由を聞いたときにも驚きはなかった。
どちらかと言えば嬉しかった。
でも、何もなく同情はできない。
そんな風に思っていた。
同じ頃。
神崎結衣は社務所の休憩室で、その会見を黙って見つめていた。
画面の向こうでは「説明不足でした」という言葉が何度も繰り返される。
でも、多くの学生が欲しかったのは謝罪なんかじゃない。
返してほしかったのは、お金だけでもなかった。
資格のために費やした時間。
アルバイトを増やして捻出した受講料。
信じて頑張れば報われると思っていた気持ち。
そして……
騙されたと知ったあの日から失ってしまった、自分自身への信頼。
『説明不足でした』
その一言で片付けられるほど軽いものじゃない。
悔しくて涙がこぼれた。
それを見て、彩芽がそっと肩を抱きしめてくれた。
奈良県立飛鳥総合大学。
古都奈良に点在する寺社や史跡と連携しながら学ぶ、少し変わった公立大学といえる。
仏教学や神道学を学ぶ学生がいれば、文化財の修復を志す学生もいる。
発掘調査に参加する者。
古文書を読み解く者。
地域の祭りや伝承を記録する者。
神社仏閣での実習をする者。
それぞれが違う時代を見つめながら、同じ未来を目指していた。
過去を守ることは、未来を守ることでもある。
そんな考え方が、大学全体に静かに根付いているのが魅力とされていた。
結衣がこの大学に惹かれた理由だった。
オープンキャンパスで初めて訪れた日を今でも覚えている。
神道学部の学生が白衣姿で歩いている。
仏教学科の掲示板には写経体験の案内が貼られている。
中庭では考古学科の学生が発掘実習で使う道具を手入れしていた。
この大学では、それが特別な風景ではない日常。
サークルは幾つか趣味に走り切っているものもあったがそれも魅力に思えた。
声を掛けてくれる先輩たちの熱心さにこの大学で学びたいと思った。
千年以上前の人々の営みが、今も当たり前のように隣で息をしている。
そんな場所が好きになった。
…ここで学びたい。
そう思った。
正直、公立大学の壁は高かった。
だから人生で一番勉強した。
自分で決めて、ようやく手に入れた場所だった。
それなのに…悔しい。
少し時間を遡る。
天輝が名古屋へ向かい高速道路を車で走る頃――。
昼休みを終えた学生たちが学生会館へと集まってきていた。
不安や怒りの入り混じった声があちこちから聞こえてくる。
その中心でメガホンを持った男子が声を上げている。
ひとりひとりでは誤魔化される!
その言葉に多くの学生が鼓舞されていた。
騙されていた事実が恥ずかしくて声を出せない人もいる。
そんな人たちもそこには集っている。
その騒ぎをよそに一人の女学生が会館の中へと入っていく。
ガラス越しに見えるカウンターをドア越しに睨みつけている。
結衣の幼馴染で、結衣にも資格取得を薦めた杉山綾乃だった。
スマホを握りしめ結衣に電話をする。
手が震えている。
怖くて仕方がない。
騙されていると解ったとき、結衣は綾乃を責めなかった。
一緒に何ができるか考えようと言ってくれた。
だからこそ、結衣の優しさに甘えてはいけないと思った。
『どうしたの?』
「ごめんね実習中に」
『休憩時間だから』
「今日色々と起きるみたい」
『?』
「抗議が一杯で、生協が対応するって」
『え、よくわからないけど…』
「ごめん私も…」
その声に震えがこもっていた。
『無理しないで』
結衣の優しさに綾乃は涙をこぼした。
自分に何ができるのかわからない。
それでも逃げたくはなかった。
結衣が一人で戦う姿だけは見たくなかった。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。
☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。




