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水琴のしらべ~謹んでお断りいたします  作者: 麒麟


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Scene-09 人生の消えない記憶は…悪いことかもしれません

本作品はフィクションです。

登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。

一年生の春。

一息つくように結衣は学生会館を眺める木陰のベンチに腰をおろした。

これから通うキャンパスライフをどう過ごそうかと『学生生活の手引き』という冊子を眺める。

基礎講義に加え、専門講義を選択し、取得可能単位数上限までいくつかの講義を選択できる。

結衣は神学関係の講義に加えて心理学を選択することにした。

特にこれといって決め手が有ったわけでもない。

選択しなければ、時間にゆとりが生まれるし、それを選ばない学生も多い。

その情報元になっているのは、オリエンテーションで知り合った同級生。

といっても、グループ分けされ知り合った程度の関係。

大学生活は、友達未満しかいない環境で始まった。

聞こえてくるのは…

「せっかくだしバイト始めたいな」

「車の免許どうする?」

「サークル入る?」

そんな会話ばかり。

その気持ちはわかる。

奈良市北部の丘陵地帯に広がるキャンパスは、少し足を伸ばせば観光地も多い。

大学生活を楽しむには、きっと恵まれた環境なのだろう。

実際、人生最大級に勉強した自覚もある。

公立大学の壁は高かった。

模試の結果に落ち込んだ日もあった。

参考書と問題集に囲まれながら、季節が過ぎていった

だからこそ、遊びたいという気持ちも理解できる。

そのために…バイトをして小遣いを稼ぎたい。

その気持ちもわかる。

高校でできなかった体験ができるのもバイトの魅力のひとつだ。

でも…結衣の中にあったのは少し違う気持ちだった。

せっかく掴んだ場所なのだ。

もっと知りたい。

もっと学びたい。

神学のこと。

昔の人が何を願い、何を祈ってきたのか。

空き時間があるなら、別の講義を覗いてみたい。

そんな風に思ってしまう。

我ながら真面目だと思う。

でも、その真面目さがここまで連れてきてくれたのも事実だった。

何よりも、そう思わせてくれたのはオリエンテーションで登壇した神学部の先輩だった。

『神さまの理解の前に人の心も理解したいよね』

その言葉にドキッとした。

ついでに、自分が選択した方法を紹介してくれた。

見事なほどに、今年のカリキュラムに照らして、基礎学科、専門学科に加えて無理がない。

それも良いよね…と素直に思った。

ただ、周りの反応は少し違う。

先輩の顔面偏差値の高さに、心理学の選択を計算する学生もいた。

その先輩が妙に格好良かったことを否定するつもりはない。

憧れるくらいなら自由だろう。

同じ講義を受けたところで結衣(じぶん)が交際に発展する可能性は低いことも分かっている。

夢見るというわけでもないが、憧れるのはタダだ。

それに、何かと忙しくなりそうだし、やる気に繋がる特典は無いより有る方がいい。

と、建前はそうしている。

その建前と同じ選択をした女子も意外に多く、受講は抽選となった。

案の定というか…心理学選択の学生がオリエンテーション最終日に集められた。

先輩は、自身の容姿について自認しているらしい。

ナルシスト的なオーバーリアクションを加えて登壇した。

「選ばれた結果だから真面目に学ぼう」

その容姿と行動とに似つかわない真面目な顔で言う。

結果はともかくとして、神学を深める上で心理というものに触れるのは悪くないと思う。

もし結果がよければ、先輩の言葉にのるだけだ。

そんな事を思いながらノスタルジックな学生会館を眺める。

時代に残されたような空気感がやっぱり好きだった。

ぼんやりと学生会館を眺めているうちに、視線は自然と木々の隙間へ向いていた。

零れ陽が揺れている。

ふと、綾乃はどうしたのだろうと思う。

合格したのは知っている。

ただ、学部については聞いてなかった。

特殊な学部ということもあり、ここには西日本のいたるところから学生がくる。

加えて公立ということで倍率は高めだった。

正直、自分のことで一杯一杯になっていた。

でも、するべき手続きが落ち着くと…

「と、興味ありますか?」

通りすがりの男性が声を掛けてくれた。

見覚えがあった。

オープンキャンパスのときにパンフレットのことを説明してくれようとした男性だった。

一度通り過ぎてから、巻き戻すように、一歩二歩と戻ってくる。

結衣の広げている資料に視線を落としてから「こんにちは」と。

「あ、声を掛けてもよろしかったですか?」

キョトンとする結衣に彼は言葉を添えた。


「時間、良かったのですか?」

結衣は学生会館へと案内してくれる男性スタッフに声をかけた。

胸元に『枦木(はぜき)』という名前が入っている。

「はい。というか、営業っぽいことも大切ですからね」

屈託のない表情で彼は言う。

人たらしというのは彼のような人を言うのだろうか。

これが技量なら、少しは見習いたいものだと思ってしまう。

いつの間にか警戒心を解いている結衣(じぶん)に驚いてしまう。

「資格には色々なものがありますが、時間は有限ですので…その辺も考えないと後悔することに」

「それって…難しいですよね」

「ええ。だから、僕たちのような職員がサポートにあたります」

「サポート?」

「カウンセリングですね。主に同性で行いますのでご安心ください」

枦木はクスッと笑いながら、学生生協のドアを開けた。

「珍しいですね、枦木さんが女性の案内なんて」

カウンターの向こうで顔を上げた女性スタッフが声をかけてくれる。

「まぁ、僕のように歩く紳士は男性女性に問わずお声掛けいただきますから」

「……はいはい」

女性スタッフは通常業務に戻るかのように視線を落とした。

どうやらこの手のやり取りは普通のようだ。

結衣はくすっと笑いをこぼして慌てて手で口元を隠す。

その様子に枦木はクスッと笑みをこぼして、相談区画へと案内してくれる。

正直なところ、まだ相談できる相手がいなかったから助かったと思う。

パンフレットと一緒に入れてくれていた資格関連の資料は多くよく分からなかった。

特に自分に何が合っているかなんて考えもつかなかった。

オリエンテーションで知り合った同級生とは連絡先を交換sしただけで…

学部が違うというのは、普通に距離が生まれる。

ただ基礎学科が同じなので話を少しずつ深めていく関係にはなれていた。

でも、資格は…まだピンと来ていないようだった。

それは結衣も同じだ。

だから、相談に乗るといわれて安心してしまう。

「珈琲かお茶なら無料で出ます」

席に着くと枦木が笑顔でいう。

テーブルの上に置かれているメニュー表にはオレンジやグレープのジュースもあるが。

「目敏いね」

クスクスと笑いながら、枦木は結衣の正面の席に腰を下ろし手を挙げた。

さきほどやり取りしていた女性がトトッと駆け寄ってくれた。

相談スペースはパーティションで一テーブルごとに区切られている。

観葉植物で区切りの背を高くすることで隣のテーブルにだれがいるのかはわからない。

それでも立ち上がり手を挙げればすぐにスタッフが駆け寄ってくれる。

きっと、そういう配慮がされているのだろう。

本当はオープンスペースを使いたいのが相手側の思いだとは思うが…

「僕は珈琲。彼女は、ごめん、まだ名前きいていなかった」

「神崎結衣です」

苗字(うえ)だけでよかったの」

枦木がクスッと笑い。

来てくれた女性スタッフも「新藤沙耶です」とクスクス笑いながら名乗ってくれる。

「枦木卓郎。フルネームを伝えるのはないから忘れてね」

名刺をテーブルに置いて、スーッと差し出す。

「あ、頂戴します?」

「絶対最後に『?』つけたよね」


珈琲が運ばれてきて、資格についての説明が進んだ。

大学で取得できる資格の多くは受験資格を得るもの。

「そういう意味では高額を払って4年とか6年かけて講座を受けるようなもの」

枦木はそう言って茶目っ気を挟み込む。

卒業をすれば取れる資格も当然ながらある。

そのひとつは社会福祉主事などの資格だ。といっても誰もが取れるわけではない。

選択教科によっては資格書を発行してもらえないこともある。

学生生協で取り扱っている資格講座は、2種類。

通信と面接授業講座だ。

オンライン講座を入れれば3種類になるか、と枦木は苦笑する。

「世代によってはオンラインは大丈夫でもね、まだまだ、コロナの…」

言いかけて言葉を飲み込んだ。

いい思い出ばかりではない。

軽はずみだったと反省する。

「大丈夫ですよ。私は」

「…ごめ…すみません」

枦木は深々と頭を下げた。

沈黙が落ちる。

結衣の反応だけで十分だった。

彼女の身近にも、コロナで傷ついた人がいるのだと伝わってくる。

少し頭を下げたままの枦木をみて、結衣は肩をつんつんと指で刺してみた。

枦木が顔を上げる。

本当に申し訳なさそうな顔をしている。

「ここだけの話、将来に役立つ資格があります」

その時だった。

パーテーションの向こうから、別の声が聞こえてきた。

柔らかい印象の話し方。

笑っている。

それなのに、どこか逃げ場を与えない話し方に思える。

枦木が声の方を見た。

笑顔が一瞬で消えていた。

「まず最初に、それに絡む資格を取っておくのがいいでしょう」

その言い切りに結衣はぞわっとした。

鳥肌が立つような気持ち悪さを覚えた。

「まず、未経験で取れる資格を抑えておきましょう。講習資格になりますが」

その声は、淡々と話を進めていく。

「あ、でも…」

漏れて来る女性の声が上擦っているようにも聞こえた。

どこか怯えているような声に嫌な気持になってしまう。

枦木を見ると下唇を噛んでいた。

こちらと話を進めるゆとりもなさそうにみえる。

それでも動けないのは…上役とか?

結衣は、おずおずと手を挙げてみた。

すぐに新藤が来てくれた。

「どうかした? 酷いこと言われ…」

新藤は軽口を納めた。

枦木の雰囲気が違う。

新藤が、指を使ったジェスチャーで、結衣に奥の席に入らせてという。

結衣は頷いて静かに席を立った。

こっそりと席を空けてから座りなおした。

新藤がスマホを取り出すと、枦木がテーブルに置いたスマホを指さした。

基本的に相談スペースを使うときは録音をする。

録画は天井のカメラがしているが、詳細な音は取れないと。

あとで知ったことだが、それは利用者を守るための仕組みらしい。

「でも…スケジュールの組み方とか」

「大丈夫。僕に任せておけば」

「でも…」

その声に結衣は顔を上げた。

聞き覚えがある。

パーテーション越しでは姿は見えない。

でも…綾乃……?

お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。

☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。

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