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水琴のしらべ~謹んでお断りいたします  作者: 麒麟


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scene-03 人生に人との出会いはつきものです!

本作品はフィクションです。

登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。

彩芽は、どこか困惑しながらすっと手を伸ばした。

ラルドが口を開けて、指先をガジガジと噛む。

「あ……」

驚いて手を引くかと思ったが、彩芽はまじまじとラルドを見つめた。

「可愛いかも…でも色を塗るのは……」

近付いたおかげで着色をさせたわけではないことに気付いてくれたらしい。

「あれ…えっと…あ、触っても?」

「もう触ってますけどね」

天輝はクスッと笑った。

彩芽が両手を添えて差し出すとラルドはその上にするりと移った。

エメラルドグリーンの鱗が陽の光を集めてキラキラとしている。

「これ…蛇ですよね」

「龍への進化中の大蛇だ」

ラルドが間髪入れずに否定する。

彩芽が固まる。

まだ蛇が喋るのは戸惑うようだ。

「大蛇?」

…その疑問はもっともだと思う。

「アルビノ系の白い子蛇じゃなくて」

「もう泣いてもいいかな…」

ポツリとラルドが零す。

「あ、それで…何か?」

天輝が慌てて話を変えようとする。

「あ、これから拝殿に入るのですがよろしければ…ご案内しますよ」

「よろしいのですか?」

「ええ。ただ、大学から実習に来ているその子が見学という形になりますけど」

どこか遠慮がちな話し方に、天輝は苦笑した。

感じ的に神職の見習いということだろうか。

どこか幸薄な印象が漂っているのが気になるが…

「構いませんよ。僕でお役に立てるのなら」

ラルドが肩に戻った。


拝殿の脇から掃除用具を片している女性がぺこりと頭を下げた。

大学生というから、天輝(じぶん)とは一回り近く年が離れていることになる。

最近はうっかり年齢を聞くのも気が引ける。

正確な歳は分からないが、年の差を感じてしまう。

そう考えると、ずいぶん若く見えた。

白衣と白袴の女性がトテトテと駆け寄ってくる。

肩口で揃えられた黒髪。

派手さはないが整った顔立ちをしている。

どこか放っておけない雰囲気があった。

胸元には大学の実習生証が下がっている。

彩芽に促されるように小さく会釈した。

「神崎結衣です。よろしくお願いします」

声は柔らかい。

けれど、その表情はどこか硬かった。

無理に笑顔を作っているようにも見える。

初対面の緊張だけではない。

笑顔を浮かべているのに、目だけが笑っていない。

何かを考え続けている人の目だった。

何か別の悩みでも抱えているのだろうか。

どこか心ここにあらず、といった空気を感じてしまう。

「丁寧にありがとう。藏素天輝です」

「ラルドだ」

「お前…」

案の定、結衣の表情が固まった。

目をぱちぱちと瞬かせる。

そして…恐る恐るラルドを見る。

「あの……いま」

「喋ったな」

天輝が頷く。

もう開き直るしかなかった。

結衣の顔色が少しずつ青くなっていく。

「か、かわいい蛇ですね」

結衣の様子を見て、彩芽が慌てて割って入った。

「いや、まず蛇が喋っていることを問題視しませんか?」

「ですよね!」

彩芽が大きく頷いた。

若干のオーバーリアクション気味に天輝は息をのんだ。

「まずそこです!」

もう一度、結衣が力強く頷いた。

「とりあえず中へどうぞ」

彩芽が苦笑しながら話を打ち切った。

そのまま天輝の背を押すようにして拝殿へ案内する。


拝殿へ上がる。

木の香りがふわりと鼻をくすぐった。

決して大きな社ではない。

豪壮な楼門があるわけでもなく、金色に飾り立てられているわけでもない。

でも古刹として不思議と目を引く。

磨かれた床板。

丁寧に手入れされた柱。

長い年月を重ねながらも大切に守られてきたことが伝わってくる。

静かだった。

人の声も風の音も聞こえるが、本当に薄く届くだけだった。

どこか空気が澄んでいる。

天河で感じた神域の空気とは少し違う。

あちらが人を寄せ付けない神秘なら…

こちらは人の祈りを受け止め続けてきた温かさを感じる。

拝殿の奥には御簾が下がり、その向こうに本殿へ続く気配がある。

見えないからこそ、その先に神が鎮まっているのだと思わされた。

円座が置かれ、本宮へと続く階段の真正面に席を準備された。

そこに座ると木の香りが届きそうな階段が見えた。

「さて、気になるものはありますが…時間を優先させていただき」

「え?」

「神様とのお約束ですね」

彩芽はくすっと笑った。

そんなものはない。

ただ拝殿にいつまでもいると参拝者が困る。

宮司が不在ということでお祓いは受けていないのに…

「気になることは社務所で」と彩芽は微笑みかけた。

こほん。

咳ばらいをひとつ。

姿勢を正すように正座をした。

「足を崩していただいて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

天輝は肩のラルドを自分の横に下した。

結衣が何となく円座を持ってきてくれる。

「ありがとう」

ラルドが床に置かれる前の円座に飛び乗った。

きゃっ…短い悲鳴とともにとさっと円座が床に落ちた。

「テン…痛い」

「絶対にお前が悪い」

そんな二人のやり取りを見ながらクスクスと彩芽がのどかに笑う。

「この辺りは昔から水の神様への信仰が深かったそうです」

そんな話から始まる。

禰宜としてふるまう彩芽は凛としていて美しい。

静かな空気感で穏やかに説明していく。

沿革を含めて15分程度の話だった。

洪水で流れ着いた鳥居を祀ったのが始まりだとも聞く。

周辺には古い井戸跡も多く残り、山頂には祭祀遺跡らしき石群も見つかっているらしい。

つまりは昔から、この土地の人々は水と共に生き、水を畏れ、水に祈ってきたのだろう。

「そしてこちらが本殿へ続く(きざし)です」

そう言って、彩芽が拝殿の奥を手で示す。

御簾の隙間を少し大きくするように開けてくれる。

その瞬間、思わず息が止まった。

急斜面に張り付くようにして、一本の階段が空へ向かって伸びている。

七十五段の木の階。

雨風を避けるためだろうか、階段全体を覆う屋根が掛けられている。

その姿は参道というより、人と神の世界を繋ぐ橋のようにも見えた。

階段の先は木々に隠れ、本殿の姿は見えない。

見えないからこそ、その先に神がいるのだと思わされるのだろう。

「では榊を」

「え、いいんですか?」

彩芽から榊を手渡される。

白木の串に青々とした葉が付いていた。

玉串というものらしい。

「こちらを神前へお供えしてください」

小声で説明を受けながら天輝は頷く。

正直なところ作法には詳しくない。

疎いというべきかもしれない。

ただ人生経験でどうにかフォローはできる。

こういう時は詳しい人の真似をするに限る。

結衣の動きを横目で確認する。

結衣が小声で回し方を教えてくれた。

なぜかラルドが頷いている。

玉串を胸の前で持ち、神前へ御簾の内側に進む。

彩芽に教えられた通り、葉先が神前へ向くように玉串を回し、静かに置いた。

それから心持ち下がる。

二礼二拍手一礼。

柏手の音が静かな拝殿に響いた。

最後に深く頭を下げる。

たったそれだけの所作なのに、不思議と気持ちが整った気がした。

『迷惑かけるね』

「また…」

『私とは初めてだけど…』

少し声がむくれたようにこもる。

『それはそうなんだけど』

『あ、私は読み取れるから』

『…盗みききだ』

『君ね』

闇龗神 (くらおかみのかみ)?』

『覚えていてくれていたの?』

『で、何の迷惑?』

『動じないよね。ラルド?って名前にしたんだっけ?』

『みたいだね』

『名付け、認識、それで封が解かれるものもあるの』

「藏素様?」

『とりあえずはそれだけでも伝えておくわ』

「申し訳ない、瞑想に耽っていたかも」

天輝は席に座った。

ラルドが器用に玉串を咥えて奥へと入っていく。


「ありがとうございました」

彩芽が微笑みかけてくる。

視線がちらちらとラルドへ向いていた

その横でラルドが天輝の膝を鼻先で叩いた。

「ワシもやる」

「は?」

「神前だぞ?」

「いや…蛇なのに?」

「龍だ」

当然のように言う。

彩芽は少しだけ目を丸くした。

「……神様の使いでしたら、問題ないのかもしれませんね」

と苦笑した。

「いいんですか?」

天輝が苦笑する。

「私も初めてなので責任は取れませんけど」

結衣が思わず吹き出す。

確か…彩芽の説明を思い出しながらラルドは先へと進んだ。

御簾の内側へと本殿を見上げる。

榊の葉は瑞々しく、指先にひんやりとした感触を残した。

彩芽の案内に従い神前へ進む。

葉先を神へ向けるように静かに回し、祭壇へ捧げる。

ただ枝を置いただけ。

本来ならそれだけの行為のはずだった。

それなのに、不思議と胸の奥に張り詰めていたものが少しだけほどけていく。

神に願いを伝えるというより、自分の心を整えるための時間。

そんな気がした。

『つがいが早く見つかるといいわね』

『えっ、誰?』

『……辨財天様は君に何を教えてきたのかな…』

ため息が聞こえてくる。

『賽銭の大切さ』

『違う!』

即答かつ強い目に否定が飛んでくる。

耳が痛いくらいの勢いで。

『ごめん』

『見聞を広げる処からかな…元気に行っておいで』

『あ、うん』

トコトコと歩いて出てくる。

「えっ」

天輝は唖然とした。

もう一度見てみる。

ラルドの付いていただけの手足が大きくなっていた。

しっかりと床について歩いている。

まだ全体的には白い子蛇だが、小さな龍になっている。

蝙蝠のような羽も何となくかわいい。


とりあえず社務所に行くことになった。

と、その前に天輝は賽銭を入れ、静かに手を合わせた。

願い事はしない。

昔からそうだ。

神様に頼みたいことがあるなら、自分で何とかしろと思っている。

だから感謝だけ伝える。

今日も無事に旅が出来ていること。

それだけで十分だった。

隣ではラルドが真剣な顔で目を閉じている。

「何を願った?」

「秘密だ」

「神様相手にまで秘密主義か」

「龍だからな」

「意味がわからん」

苦笑しながら石段を下る。

まだ旅は始まったばかりだった。

お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。

☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。

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