scene-23 人生とは… 成長がなければ…繰り返します
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
黒い男は、ゆっくりと首を持ち上げた。
丸眼鏡の奥で、濁った瞳だけが天輝を見つめる。
その目には怒りもない。
憎しみもない。
あるのは、自分だけ助かりたいという浅ましさ。
そんな風に見えてしまう。
見え隠れするような打算的な行動。
その打算だけが、顔の端々に滲んでいるようにも思える。
ここにきて、これが誰が自分の中へ落としていったモノなのか、判った気がした。
フラッシュバックするかのように幾つもの記憶が浮かび上がってくる気がした。
誰かを踏み台にしても構わないという行動。
失うことへの怯え。
孤独への恐怖。
自身では持つことのできない権威への執着。
それらが浮き彫りになっていく。
自分を強く見せるために、女性に突っかかる性格。
弱みのひとつを見つければ、そこだけを抉り続ける執拗な執着。
いまどき平然と男尊女卑を口にできる性格。
そして、追い詰められれば背を向けて逃げまわる狡猾さ。
その浅ましさが、姿になっているのだろうか。
いや、最後に見かけたときと変わらない姿だった。
あのときも感じた違和感。
人に見えない醜悪な存在。
ネズミ男…口からそれが漏れた。
言い得て妙だった。
口から漏れたとはいえ、よく気付いたものだと自分に感心する。
ただ、ねずみ男は妖怪として存在していない。
架空の妖怪…でも、もしかしたら、存在するのかもしれない。
ただ、その手の妖怪はきっと目撃されているはずだ。
その存在を見た誰かが表現するから…誕生する。
それと重なり過ぎているから…ソイツの顔を忘れることはない。
自分の中に深々と棘のように刺さる後悔。
ギュッと天輝は拳を握り締めた。
「奏?」
琴葉は青ざめた表情の奏を見つめて言葉をこぼした。
返事がない。
ついさっきまで暴走していたばかりだ。
また何か起きたのではないかと胸がざわつく。
ミニ奏が奏の手をキュッと握る。
「あ、ごめん」
心配そうな視線に奏はその場にしゃがみ込み、きゅっとミニ奏を抱きしめた。
「知り合い?」
琴葉が恐る恐る尋ねる。
知り合いといえば…そうなのだろうか。
天輝の取引相手だった。
ただ直接的なものではなく、会社が請け負うクライアントのひとつに過ぎない。
会社としても、別に契約を切るのはやぶさかではない。
それほどまでに、会社は天輝を辞めさせたくなかった。
それはそれで天輝にとっては大きな足枷になった。
元々、古風な男だ…性格的な部分で。
借りは借り、恩は恩として忘れない。
貸しても、恩に着られてもすぐに忘れるくせに…
奏の転勤が決まるまで勤めた。
あれ…世間で言うヒモというやつ?
「奏?」
「止めてよ。知っているのも認めたくないわ」
その返事に琴葉は苦笑する。
「それにしても、醜悪というか…」
ラルドがポツリと呟いた。
「醜悪って…胡散臭い顔なだけだと…えっと、詐欺師顔なだけだよ」
「…心の醜さが顔になっているということだぞ、琴」
「………解っているよ……気持ち悪い」
琴葉が思わず口元を押さえた。
ミニ奏は琴葉の服をぎゅっと掴み、小さく震え始める。
奏もまた眉をひそめた。
誰も声を出せなかった。
空気が重い。
息を吸うだけで胸が焼ける気がする。
離れているはずなのに、生臭い悪臭だけが鼻の奥へまとわりついてくるようだった。
「この人…やっぱり」
奏の口から、ぽつりと自然にその言葉が漏れる。
嫌な気分だけが蘇ってくる。
知っている。
会いたくない。
身体が勝手に拒絶していた。
嫌な記憶だけが、ゆっくりと胸の奥から這い上がってくる。
臭気が届き始めた。
天輝は顔を少ししかめながら背けた。
異臭…腐臭?
漂ってくる臭いだけで気分が悪くなる。
ゆらゆらとしている黒い霧が晴れていく。
いや、本体と思しき塊に吸い込まれていく。
見えているものの輪郭がはっきりとしてくる。
残念だが…見間違えるはずがない。
ぼそぼそと喋る、あの男だった。
「何? この臭い」
琴葉はラルドの方へと視線を向けた。
明らか過ぎるほど嫌悪感を露わにしている。
こういう部分だけでも奏を見習ってほしい。
そう思いながらも「よほど性格がねじ曲がっているんだろうな」と返す。
「?」
「あの黒い塊は、魔素。その発生元の特質の塊と思えばいい」
「特質?」
「負となる感情の集まりだからな。この悪臭も本人が気にすれば…」
「負の感情? 随分身勝手ね」
「負の感情は…身勝手以外の何ものでもないだろう」
ラルドは面倒くさそうに返した。
「負の感情…元はそうだとして…どうして天輝の中で生まれるの?」
奏がラルドに挑むような視線を向けた。
このメスはまた…
ラルドは溜息を零す。
言い方ひとつ間違えれば、また天輝のために身を挺するだろう。
そうなれば、天輝に文句を言われるのはラルドということになる。
「魔素が育つのは…悪意によるものだ」
「悪意…」
「誰もが抱くものだろう?」
ラルドは静かに言った。
悪意は特別なものじゃない。
日々の時間の中で、負とされる感情を抱いたときに零れ落ちる。
ただ零れるだけのものであっても、それを糧にするものもある。
悪意の欠片とでも言うべきか。
それが心の中で募れば悪意へと変わる。
最初は小さな欠片だったはずだ。
恐れ。
執着。
妬み。
挙げれば限がないほどに出てくるだろう。
ただ、育った悪意に支配される人も少ない。
自分の中で折り合いをつけるだけの力を人は持ち合わせている。
そう言う意味では、天輝の器は大きい。
「それは…」
奏に痛いほどわかる。
間違いなく天輝を危険に晒した。
そこにあったのはどす黒い感情だったと思う。
「言っておくが、聖人と言われる者であっても…だぞ」
ラルドが静かに呟く。
それが慰めになるのかも分からない。
次の言葉が思いつかない。
そんなとき、ミニ奏がトトッと駆け寄り手を握ってくれた。
「ミニカナ…」
「?」
ミニ奏は黙ったまま、ラルドの頭をキュッと抱きしめた。
ミニ奏の心配してくれる心がじんわりと伝わってくる。
温かい。
きっと…これが奏の強さなのだと思う。
奏の意識から、なぜ、それが零れたのかは分からない。
別に奏から感情が消えたわけでもない。
まるで新しい感情として生まれたようにすら思える。
魔素と同じ…存在。
違うのは…暖かな感情。
光素とでも言うべき存在なのかもしれない。
…ほんと、人という存在には色々と学ばされる。
ミニ奏の中には、見栄も嫉妬も存在していない。
「だ…い…じょ…う…ぶ…」
「えっ」
「ん~…大丈夫?」
「…ああ。大丈夫」
「琴…」
「う、うん…話したね」
「うん。可愛い」
「え? そこ?」
「他には?」
琴葉は目を丸くして奏を見た。
こういうところまで天輝に似てきている。
「まぁ…いいけどね」
琴葉は、はぁ~と溜息を吐いてからラルドを見た。
「何を求められているんだか…」
「別に」
「まぁ、疑問がでるのは仕方ないよな。ワシもだし」
ラルドは苦笑いする。
「…知らないとか?」
「知っていると思うのは早計だぞ」
ニヤリと笑って見せる。
「でも…」
ラルドはミニ奏を見詰めた。
「ミニカナを見ているとさ…」
「うん」
「エネルギーって、心だと思わないか」
「心…」
「いまの俺たちの身体は、アストラル体だというのは理解しているよな?」
「もちろん」
「感情と感覚…そこに純粋な欲が混ざれば、成長するのかもしれない」
「…どういうこと?」
「ミニカナが感情を見せ、話して、心配してくれる」
「あ…うん」
「魔素が食べるのとミニカナが食べるものは真逆かもしれないが…」
ラルドは言葉を区切り、琴葉を見詰めた。
「『成長する』という理屈だけは同じなのかもしれん」
「…同じ理屈で、正反対に育つ…」
琴葉はクスッと笑った。
「奏」
「ん?」
「手」
琴葉は奏に向けて手を伸ばした。
奏は照れ臭そうに手を伸ばしてくれる。
キュッと握った。
「え?」
「ごめん」
「何」
「何も無い」
琴葉はそう言うと、奏の手をしっかりと握りしめた。
手を握った理由は言えない。
ミニ奏がスッと近付いてきた。
その隣にはラルドも…「?」な顔でいる。
ミニ奏は、ラルドと握っていた手をそっと二人の手へ重ねた。
ふわりと温もりが伝わってくる。
ミニ奏を見ると嬉しそうに微笑みかけてくれる。
その小さな手を重ねてくれる優しさに琴葉の目から涙がこぼれた。
奏を護りたい。
天輝は逃げろと言っている。
無邪気に天輝を信じている二人を前にすると…
自分だけが奏を止めようとしていることが苦しかった。
「無理するのは…お前もか」
ラルドは小さく息を吐いた。
そして、そっと琴葉の肩へ手を回した。
(絶対に聞こえているのを分かって言っているよな…)
天輝は苦笑を浮かべた。
正直、これと向き合うのは気分が悪い。
魔素に絡みついた魔気。
その元凶は天輝自身の悪意の欠片なのだろう。
それを喰らい増殖させたのか増大させたのか…
…本当につまらない存在だ…
愚痴の中に紛れる無垢な思い。
それを喰らって成長する。
餌を与えてしまった天輝自身の罪なのかもしれない。
元が何であれ…
自分の中に紛れ込ませたのなら、その責任を持つのは…
天輝は剣を中段に構えた。
呼吸を整える。
ぼそぼそと何かを口にしている。
聞き取れない。
成長したとはいえ、本体からの情報は手に入れられないのだろうか。
幼さを感じさせられる。
たん!
一瞬だった。
天輝が飛び込み、切っ先が一度上へと跳ねる。
そのままの勢いで上から剣を振り下ろす。
菜男が反応するより早く剣が閃いた。
一閃。
黒い存在は、収束するように集まり消えた。
「あっけなくない?」
ポツリと奏が琴葉を見た。
琴葉はラルドを見る。
ラルドはミニ奏を見た。
見ただけだった。
ミニ奏はポカンと口をあけて天輝をみていた。
「ラル?」
こほん。
「あれは悪意そのものじゃない」
ラルドは首を横に振る。
「悪意は、もっと純粋だ」
「純粋?」
「ああ、その時々に生まれる感情の端切れのようなものだ」
ラルドはニヤリと笑う。
「…あの鼠みたいな男が育てた魔素は、人の純真を喰らった」
「人のって…天輝のじゃないの?」
「いや、天輝が触れた人たちの心もだ…砂に水が浸み込むように」
「心にも言葉が浸み込む?」
「そうだな。優しい奴ほど…厄介だな」
ラルドは、黒い影が消えた場所を見詰めている天輝の背を見詰めた。
「誰かを羨み、自分だけ助かろうとする心。その小さな欠片などが魔素の餌になる」
「え?」
「ん? あ~さっきの魔素な…何かがあれば誰かのせいにするように見えたから」
「ラルド、分析もできるの?」
琴葉はクスッと笑う。
「勝手な印象だけど…そういう弱さが、積もり積もって形になったのは間違いがない」
「でも…切られる瞬間…」
ミニ奏がラルドの方を見た。
「汚い鼠さん…えっと…オス?」
「男ね」
奏が苦笑しながら教える。
ついでにラルドを見る。
「男…奏は女…琴も…ミニカナも…女っていうんだぞ」
ラルドが奏の視線にオドオドとしながらミニ奏に説明をする。
「そ…れで?」
ラルドはミニ奏に話を促す。
「えっと鼠の男…笑ってた。にやって」
その顔を奏も琴葉も見ていた。
あの笑みは愛嬌ではない。
相手を見下し、嘲り、利用するためだけに浮かぶ笑みだった。
「魔素は、最初はびっくりするほど弱い」
「えっ? ボスキャラじゃないの?」
「モブキャラだね」
「…なんでいるの?」
「精神を乗っ取るまでに成長ができなかっただけだ」
「乗っ取る?」
「ああ…乗っ取られた人は犯罪に手を染めるのが多いぞ…物欲なら泥棒」
「暴力的なら…?」
「殺人とか…」
「さっきの奴なら、詐欺や……詐欺だな」
「それ同じだよね…」
「笑うな。ああいう小さな悪意ほど、放っておくと厄介なのだ」
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




