scene−22 人生とは…
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
光の粒が、雪のように空から降り始めた。
世界は先ほどまでの黒を忘れたかのように淡く輝きはじめている。
「綺麗」
「うん」
奏のこぼした言葉に天輝が反応をした。
特別な場所にいることさえ忘れて、二人は同じ景色を見つめていた。
琴葉はその背中を見つめ、小さく息を吐く。
どこまでいっても子供のようなままの二人だ、と。
「どうした?」
ラルドは、琴葉の手をキュッと握って声をかけた。
「いいな~って」
「つがいとは…良いものか?」
「…ラルドは憧れる?」
「……難しいな。愛したところって…先に逝くからな」
「………」
「進化に入ってからは出会うこともない」
「そう」
「ただ、寄り道をする時間は…お前たちと過ごしたいものだ」
「…私も入れてくれるんだ」
琴葉がクスッと笑う。
柔らかな笑みが、ふわりと落ちた。
あ~、きっと、琴葉は気付いている。
ラルドとの時間は、ラルドにとっては瞬く間であることに。
そこに余計な言葉を付けない。
寂しさが混ざるのを避けるように…
やはり…とそこまで思ってラルドはふと考える。
龍のつがいは人でもいいのか?
龍は人になることができる。
人化というものだが…残念なことにラルドはまだ身に着けていない。
そもそも…まだ神龍にもなっていない。
それ以前に大蛇から神龍になるのは可能なのか?
そちらが気になってしまう。
「でも、ほんと綺麗ね」
琴葉は空を見上げた。
この世界は美しくなっていっている。
それを浄化というのかはわからないが…光が溢れていくその様は美しい。
「昇華の光だからな」
「え?」
「昇華」
ラルドも昇華を見るのは初めてだった。
知っているのは理屈だけ。
見たことがあるのは浄化まで。
それも…天河大辨財天社に祓いに訪れた人の中で、ごく稀に目にする程度だった。
浄化がいる人が少ないわけではない。
ただ、神社という神域に入るにあたって順路を守っている人には起きない。
参道にはそのための準備が施されている。
残念なことに、ラルドが見られたのは浄化までだった。
それも天河大辨財天社へ祓いに訪れた人の中の一部に過ぎない。
浄化を必要とするが少ないわけではない。
ただ、神社へ入る者の多くは、知らず知らずのうちに清められている。
「参道ってあるだろ」
一応、説明しておこうと思う。
「うん」
「ただ歩くだけの道じゃない…というのは?」
「知っているよ。でも、最近は…」
琴葉は苦笑いをする。
参道に敷かれている砂利には浄化の意味がある。
中央に石畳を敷いているときはそこは神様の通り道という意味もある。
右側通行だの左側通行だのしきたりのようなものもあり少し面倒にも感じる。
そういうときは、しれっと自己流でお参りをする。
ただ最近は舗装しているとこもあり、風情というものにかける場所も増えている。
それはそれでどうしようもなく寂しいものだ。
それを伝えたところで、ラルドには解らないかもしれない。
人のする都合への理解を求める?
古からの習わしを軽んじたわけではないはずだ、と。
でも、結局、便利さの中で何かを犠牲にする選択をした。
何を言っても、ラルドは首を傾げそうな気がした。
「続きはいいのか?」
「そうね。意味ないかな?って」
「…気遣いとかいうやつだな」
ラルドはニヤッと笑った。
琴葉の言いたいことは何となくわかる気がする。
天河に訪れた祓戸の神が愚痴っていたのを聞いた。
寂しそうに一升瓶を傾けながら…
伝統や格式を重んじるべきだという気はない。
古からのしきたりや習わしにある意味を考えてくれれば…と。
そのときにラルドは市杵島姫命に教えてもらった。
神社の参道に施されている意味を。
参道は、神域へ近づく間に、少しずつ穢れを落とすための道になっている。
玉砂利を踏みしめる音。
木々の間を抜ける風。
鳥居をくぐるという境界。
それらすべてが、人の気持ちを切り替える役目を持っている。
「役目…」
「ああ。役目だ。それを果たせるのは…人が立ち寄るときだけだ」
ラルドはニヤッと口角を上げる。
したり顔がドヤ顔に見受けられる。
「ラルちゃんが決めたわけじゃないのに、偉そう!」
くすっと琴葉は笑った。
「最後の砦になるのが『手水舎』になるな」
ラルドは胸も張ってみた。
手と口を清めるのは身体だけではない。
神前へ立つ覚悟を整えるためでもある。
「古い神社には、祓戸神を祀る場所や、禊の名残を残す場所もある」
そこを通るだけで、魔気や穢れが少しずつ削がれていく。
本人が気付くことは、ほとんどない。
「だから本宮に着く頃には、浄化するほどの穢れは残っていない」
「…それって祓いする意味ない?」
「穢れを払うのは、ないかもな」
「それ以外には意味があるんだ」
「信じるか信じないかは、その人によるからな」
「…占いみたいね」
「違うのは、頼まれたものを伝える過程だ」
ラルドは、世界の空気が変わっていくのをその身に感じ始めていた。
身体が軽くなっていく。
疲れらしきものも無くなっていく。
その感覚を知っている。
大蛇から卵になり、誰かのぬくもりをもらって孵化をした。
そのときにあった変化と同じものを感じる。
安心できる穏やかな空間。
「ねぇ、ラルちゃん…暖かいよね」
「ああ。暖かい。たぶん、ふたりの優しさに満ちているんだろうな」
「………きざ」
「オスというものはメスに格好をつけるものだ」
「そういうものかな」
「きっとな」
「それで…昇華は?」
「……まだ分からないのか」
ラルドがため息をつき、オーバーリアクションでダメダメと表現をする。
見てきたので、全く知らないというわけではないが…
ただ、明確なことは知らない。
格好をつけた分引っ込みがつかなくなってしまった。
正直、いま起きているのは…神秘的な光景。
それを見ているだけで身体が震えている。
ミニ奏の手に包まれた石は周りの黒い粒子を確かに集めている。
それを吐き出すように光の粒子が上へと飛んでいる。
それは…綿雪のようにゆらゆらと降りてくる。
神社で宮司がしてくれたところでこういう光景を見ることは少ない。
少なくともラルドは見たことがない。
「昇華…」
ラルドは降り注いでくる光の粒子を眺めながら呟いた。
「ラル?」
「ん?」
「昇華って…負の感情が価値あるものに変わる現象だっけ?」
「…言いたいことはわかるけど」
ラルドは苦笑をした。
どう伝えるべきか、思いつかない。
そもそも…いま光が溢れているこの状況を昇華といっていいのかも自信はない。
似ていて非なるもの。
そんな風にも思えなくもない。
綺麗に世界が光に染まっていく。
闇に沈んでいたのが噓のように、光が世界を塗り替えていく。
その光景は圧巻だった。
それにしても…誰が、この昇華を引き起こしているのだろう。
負のエネルギーに満ちていたこの世界は、縮小を始めいたのに…
心なしか大きくなっているように感じた。
天輝が何かを見つけたように視線を向けた。
黒い塊がある。
そこに黒い粒子たちが逃げていこうとしているようにも見えた。
魔素。
それが何なのかは、後で聞くしかなさそうだ。
ふたりの空気は何ともほのぼのとしている。
とはいえ、それを許してくれる時間はないようだ。
中央へ吹き込むように動いていた風…黒い粒子は吸い尽くされたように消えていた。
風が一変して逆方向へと流れ始めた。
世界は収縮していたはずなのに、いまは逆に膨らみ始めているようにも感じる。
その原因は、闇が光へと変わっていくせいだろう。
それでも…
あの黒い塊だけは、微動だにしない。
見つめるだけで、本能が警鐘を鳴らしていた。
危険。
でも、それを放置していいとは思えない。
「琴…奏を頼む」
「…奏の方が強いけど…」
「…えっと、俺も行ってくる」
「え…」
「あ、ちょっとだけ。すぐに戻る」
ラルドはそう言うと駆け出した。
「え、あ…もぅ!」
「一人で格好つけるのか?」
ラルドは天気に並んだ。
ちょっと小走りにならないといけない。
「まぁ、俺の内側だし…何かある?」
「いや、魔素だけを狙え」
「魔素だけ?」
天気が怪訝そうに表情を曇らせた。
「命あるものが抱く負の感情…あの黒い粒子のようなものだが…あれが魔気」
「…そうなの?」
「ああ…その粒子が集まり地に足を付けるとき魔素が生まれる」
「………」
「黒い粒子…魔気が集まって結びついたものがそれだ…それが集まるのが…」
「魔素」
「いや、魔素は悪意の始まりだ。魔気に呑まれたものがまき散らす悪意」
「…面倒な感じが」
天気は苦笑した。
ラルドもそれに合わせて苦笑で返す。
「誰の悪意を飲み込んだかは…魔素を見ればわかるぞ」
「…そうなの?」
「まぁな」
ラルドは黒い塊まで十分な距離を残したところで足を止めた。
天気は剣の柄を握りしめた。
「?」
「なんだ?」
「こないの?」
「あ、ワシはここまで。必要な情報は与えたから」
「………」
「いや、別に怖いとかじゃないぞ。万が一があったらあの二人を」
「…正論だね」
天気はクスッと笑った。
「要するに誰かの悪意『魔素』が俺の中で負の感情を食べて大きくなった」
「そうだ。だから、切り落とすべきは…合図したら一気に行くぞ」
「ああ」
「れでい」
「それ言いたいだけだろう?」
ラルドはクルッと背を向けた
「ごう!」
天気はその声に反射的に走り出した。
ラルドもタイミングばっちりに走り出す。
琴葉に向かって。
……悪くない。
誰かを守るために走るというのも。
胸の奥が、ぽかぽかと温かかった。
黒い塊が小さく脈打ったように見える。
何が起きているかはわからない。
ただ光が強まった分余計なものをそぎ落としていることでそう見えるのかもしれない。
何となく輪郭が浮き上がってくる。
そう思ったら、表面がどろりと崩れる。
スライム化?
そんなことを思うと足が止まる。
霧や靄だったら…
本当にどうにかできるのか不安になってしまう。
黒い粒子を集めきったそれが、うねうねと動きながら大きくなっていく。
まるで泥人形を誰かが内側から押し広げているようだった。
ゆっくりと人型に…
丈は天気と変わらない程度で落ち着いた。
細い腕が伸びる。
細い脚が地面を踏む。
異様に長い鼻先に…猫背。
ぼさぼさだった髪は、抜け落ちるようにまばらになっていく。
肩まで届く薄汚れた縞模様の衣。
その姿を見た瞬間、天輝は思わず眉をひそめた。
「なんだ?」
どこかで見たような。
いや、見たことはない。
フードをかぶり、ところどころ衣装が破れている。
よく見たところで覚えが…
ただ、妖怪に似た奴がいた気がする。
貧相な男。
その印象だけが頭をよぎる。
そこへ丸い眼鏡が鼻の上へ収まった。
「あ…」
嫌な予感しかしない。
「…ねずみ男?」
思わず口から漏れる。
いや……本人に失礼か。
あんな愛嬌はない。
そう感じた次の瞬間、その考えは消え失せた。
本能が、弾けるように警鐘を鳴らしはじめた。
似ているのは形だけだ。
目だけが違ってみえる。
そこには、生き物の目ではなく、底なしの悪意だけが宿っていた。
ましてや妖怪がまき散らかした悪意が具現化したとも思えない
悪意は人がこぼすものだ。
それだけに、気分が悪い。
見ているだけで、吐き気が込み上げてくる。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




