scene-01 人生に憩いの場は…きっと必要です!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
天輝は、いつものようにふらりと神社を訪れている。
流行りのような御朱印集めをしているわけではなく見かけるとふらりと迷い込む。
作法を知っているわけでもないし、作法を知ろうとも思っていない。
ただ、神社に行くだけで身体が軽くなる気がした。
気のせいかもしれないが、そういう感覚は大事にしたい。
石段を上がる。
朝の空気は澄んでいて、木々の間を抜ける風が心地いい。
こうして神社を歩いていると、いつも思い出す人がいる。
それもこれも…藤代奏の影響だ。
奏は、目立とうとしているわけではない。
不思議とそこにいるだけで視線を集める人だった。
華やかというより、静かに整っている。
余計なものを削ぎ落としたような美しさがある。
長い睫毛の奥にある瞳は穏やかで、誰かの言葉を遮ることなく最後まで聞く。
でもその穏やかさを優柔不断と勘違いした人はすぐに気づく。
彼女は柔らかいだけの人ではない。
譲るべきところと、譲ってはいけないところを…
誰よりも冷静に見極めている。
声を荒げることはない。
感情的に責めることもしない。
ただ、静かな声で事実を置いていく。
それだけで、場の空気を変える強さがある。
受け止めたうえで、揺らがない強さ。
そのうえで、優しさの中に芯がある。
いや、芯があるからこそ優しくいられるのかもしれない。
そんな彼女は天然な部分を持ち合わせている。
同じ学部、学年というだけで天輝を恋人に選んだ。
告白をされたときに、ポカンと口を開けたまま固まったのをまだ覚えている。
恋人いない歴=年齢が初めての告白を受けた。
奇しくもサークルの先輩に頼まれ断り切れずに出たミスコンの日だった。
優勝者に渡される花束付きで告白してくれた。
舞台の上で…
ほとんど公開処刑だ。
イベントスタッフを頼まれるべきじゃなかったと後悔した。
当然、断ろうと思った。
自分には釣り合わない。
そう考える方が自然だったからだ。
でも奏は首を傾げた。
上目遣いで訊いてくる。
「どうして?」
そう聞かれて言葉に詰まった。
どうしてと言われても困る。
自分より優れた男など周りにいくらでもいる。
見た目も、将来性も。
そう答えると、奏は少しだけ呆れた顔をした。
「私が選んだのに?」
奏は本当に不思議そうに聞いた。
天輝にはその意味が分からなかった。
自分より優れた人間などいくらでもいる。
そう答えると奏は少し考えてから言った。
「それ、藏素くんが決めることじゃないよ」
「え?」
「私が好きになったんだから」
その言葉に返事ができなかった。
誰かに価値を認められることに慣れていなかったからだ。
断る理由を見失ったまま付き合うことになった。
ミスキャンパスと付き合っていること自体が七不思議と揶揄された。
気にする性格じゃないと思っていた。
ただ思った以上に辟易としていたらしい。
そんな頃だった。
遊びに来てくれた奏が町の神社で足を止めた。
「お願い事をするの?」
そう聞いた天輝に、彼女は不思議そうな顔をした。
「別に?」
「じゃあ何しに」
「気持ちいいから」
それだけだった。
拍子抜けするほど単純な理由だった。
でも木々の音を聞きながら境内を歩いていると、不思議と肩の力が抜けた。
その日からだ。
神社を見つけると立ち寄るようになったのは。
神様を信じたわけじゃない。
ご利益を期待しているわけでもない。
ただ、少しだけ心が軽くなる気がした。
それだけで十分だった。
そこから何かが変わった。
見た目は奏の改造計画とやらで強制的に変えられたが…
肩の力が抜けたことで、人付き合いも増えた。
昔みたいに、『自分なんかが』と思うことも減った。
奏が隣にいることを誇らしく思えるくらいには、自分を嫌わなくなった。
自信なんて大層なものじゃない。
ただ、自分を否定することが減った。
それだけで、世界はずいぶん生きやすくなるらしい。
ただ一度として声が聞こえたことはない。
気のせい?
幻聴?
どの言葉がいまの天輝に合うのか分からない。
もしかしたら…何度か通っているところなら声が聞こえるのかもしれない。
でも、今回は…
予定したわけでは無く…予定したのか?…とりあえず初めての地に来ている。
縁もゆかりもないはずの場所に。
それなのに、妙に心がざわついた。
静寂に身を置くと不思議と耳が研ぎ澄まされる。
のかもしれない。
水の音、鳥の羽ばたき、遠くの風。
そして……小さな鈴の音。
朝の拝礼が終わり、お神酒を配ってくれる。
車の運転はあるが…うっかりと頂いてしまう。
とりあえず本殿をそそくさと逃げるように後にすることにした。
気のせいだ。
そう思うことにした。
そうでもしなければ……
本当に誰かが話しかけてきたことになってしまう。
石段の途中で振り返る。
気にしないつもりでも、どこかで引っかかっている。
山々の緑が幾重にも重なり、その向こうに朝靄がゆっくりと流れていた。
その奥には人の踏み入れない世界が続いているようだった。
境内には人の姿もあるのに、不思議と物音は少ない。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、張り詰めていた何かが静かにほどけていく気がした。
なるほど…
こういう場所なら『呼ばれた者しか辿り着けない』と語られるのも分からなくはない。
聞こえてくるのは風に揺れる木々のざわめきと、どこかで流れる水の音…
耳を澄ませば、水の音がする。
川の流れなのか、湧き水なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
ただ、その音だけが妙に心に残った。
本殿から外れた場所に禊殿が存在している。
そこへと向かう。
まるで風に誘われるように、水音に導かれるように天輝は足を向ける。
どこか寂れた田舎町を、いや村を歩いているのは不思議な感じがした。
(ん? あれは…)
社から少し外れた石段の奥、木々に隠れるようにして、名もなき祠があった。
朽ちかけた屋根が気にかかる。
それなのに注連縄は新しく、誰かが手入れしている気配がある。
ただ、その場に立った瞬間、不思議と誰かの視線を感じた。
(せっかく来たし)
天輝は、祠の前に座って手を合わせる。
『おい!賽銭』
「えっ?」
『賽銭もなく旅の無事を祈るな』
「いやまだ何も祈っていない」
『…いや、確かに』
「っていうか男?」
天輝は立ち上がり周りを確認する。
「あれ…誰もいないよな」
『いやだから…お前が拝んだだろう』
天輝は視線を祠に向けた。
『そう、それで合っている』
天輝は祠の後ろも確認する。
赤外線装置のようなものはない。
スピーカーもない。
仕込みにしては雑だ。
ただ村人らしき人の視線が自分に刺さっているのはわかった。
よく考えれば不審な行動をしている。
急に恥ずかしさで顔が真っ赤になっている気がしてきた
「よし、幻聴だ」
『まて…返事をしていてなんだそれは』
「まじで言っている?」
『……もちろん』
「えっと…で?」
『おっと上から来たな。まぁいい、賽銭』
「なぜ?」
『世知辛い世の中だ。何をするにも金がかかる』
「名もなき神だから?」
『おい、それ傷つくな』
「って、俺…疲れているの?」
『ふふふ…お前には一つの願いをやろう』
「宝くじ?」
『違う』
「仕事?」
『違う』
「恋愛成就? 間に合っているけど」
『近い』
「え?」
『悩める龍の恋を成就させてこい』
「俺のじゃねぇ!」
『願いをやると言っただろう』
「まぁ、確かに…って、おい、ふざけんな!」
『不幸が訪れるぞ』
「まてまて、まて…とりあえず参拝してくるわ」
『お~い』
「聞こえない聞こえない」
天輝は足早に禊殿へと向かう。
天の川に沿って歩く。
それだけで心が穏やかになっていく。
ただ耳残りしている声が鬱陶しい。
『だから…ワシの話を聞け』
まだ幻聴が続いている。
それもすごく近くから話しかけられている気がする。
でも、一体…何だろう。
初体験が積み上がり過ぎている気がする。
どんなことでもコツコツと積み上げるのが肝心だ。
自分に言い聞かせてみる。
名もない祠に、名前のない神がいた。
気がする。
神とは思えないほど人間くさく、がめつい。
そんな印象だった。
でも人には持てない静けさがあった気がする。
随分と子供っぽくはあったが。
禊殿を前に石段の前で足を止める。
軽く拝礼をしてから、階段を上がっていく。
石の鳥居の上に小石が載っている。
うまく乗せられると願いが叶うらしい。
そういう話で、皆、石を投げているようだ。
鳥居をくぐる前に「あがります」と呟く。
『意外だな』
「なにが」
『お邪魔します…というやつが多い』
「ああ…奏が神様の家に上がるから『上がります』って、おい」
天輝は肩に乗っているエメラルドグリーンの鱗の龍?を見た。
玩具のように小さい。
威厳は残念ながらない。
いや…そうじゃなくて…話しかけてきている。
『探していたみたいだから』
「…さっきの?」
『おう』
「なぜ肩に?」
『移動手段』
「歩け!」
『龍神の宝玉の力で進化中だ。無駄な体力は使わん』
「進化?」
『長年生きてきた蛇は龍になるのだ』
「蛇じゃねぇか」
ぽつりと天輝が呟く。
『未来の龍だ!』
「まぁいい…参拝の邪魔をするな」
『…お、おぅ』
禊殿は森の奥に溶け込むように佇んでいた。
差し込む朝陽は木漏れ日となって降り注ぐ。
水面に映る光は細かな鱗のように揺れている。
絶えず流れる清水の音だけが辺りを満たしている。
その音に耳を澄ませていると、自分が立っている時間の感覚さえ曖昧になっていく。
冷たい空気は肺の奥まで澄みわたっていく。
胸の内に溜まっていたものを静かに洗い流していくように身体の中の空気が変わっていく。
神気というものだっただろうか。
変な疲れが消えていく。
ここでは誰もが少しだけ言葉を失うのかもしれない。
天之常立大神、宇賀御魂大神、天之安河大社大神をはじめ、百柱御神霊が祀られているらしい。
鎮魂殿とも呼ばれるこの宮は不思議な力で満ちているのかもしれない。
さて、整理するものはいくつあるんだろうか。
左肩を見る。
丁寧に上半身を起こしてお辞儀をしている。
よく見れば蛇にしか見えない。
角らしきものはあるが、ごみ?と思える程度。
手足も少し顔を出しているようだ。
爬虫類は得意ではないのだが…
天ノ川の水は澄んでいるが、そこに映る自分の心は、少し濁っている気がしてしまう。
人の恋に、ましてや龍の恋に首を突っ込む理由なんて、ないはずなのに。
呪われるのは遠慮したいものだ。
それにしても、なんて出会いだ。
奏なみに突拍子もない出会いだ。
ただ何を言っても天輝は出会ってしまった。
最初は何の冗談かと思った。
次に、面倒だと思った。
そして最後に…なぜ、こちらの意思の確認はないのだろうと思ってしまった。
『ワシもついていくから心配するな』
「…断る」
『どうして?』
「怖いぞ、肩に蛇を載せて歩いてるおっさん」
『ワシ、キュートだぞ』
「そういえばさ、恋愛経験は?」
『ない』
「は?」
『ない』
「お前の恋じゃねぇだろうな」
『違う』
龍はプイっと顔を明後日の方へと向けた。
名もない祠は放置でいいのか?
不吉さを抱えながら一緒に行くのか?
こうなると最初に語り掛けてくれた女性は一体……
そちらの方が気になってしまう。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。
☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。




