scene-0 【prologue】人生の転換期は思い立ったときです!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
人生の目的はどこに持つべきなのか。
そんな事を考えたくなる出来事が不意に降りかかってきたらどうするだろうか。
面倒すぎる人間関係に嫌気を覚えて会社を辞めることにしたのは…
過度に繰り返されるパワハラ、モラハラが原因だった。
少なくとも、ハラスメントの多くを解決してきた…仕事として…立場として馬鹿らしくなった。
人という生き物は、自己防衛のために簡単に人を騙す行動がとれる。
全てとは言えないが、大なり小なり、誰もがその経験を持っているはずだ。
——となれば、例外なく人はそういうタチなのかもしれない。
そう考えが行き着いてしまうと働くのが莫迦らしくなるのは致し方がない。
とりあえず、退職願を出すことにする。
届ではなく願いを出すのは、わずかに残っていた温情のような気がする。
別に、今日限り辞めても問題はない。
それなのに、急にいなくなるのは色々と困るだろうという考えが頭を過ったからだ。
それも件の老害を調子つかせる原因となっていたのかもしれない。
と、若干の反省をため息とともに吐き出し藏素天輝は空を見上げた。
雲一つない晴天だ。
晴れ晴れというには、空の蒼さが少し怖く感じられてしまうほどにどこか深い色合いだった。
さて、と…スマホを取り出すとメッセージアプリにメッセージが届いていた。
さっぱりとした内容だ。
《仕事辞めるんだって 人手が足りない 少し手伝え》
取り敢えずすることもないし…と思ってから、ひとつだけするべきことを思いだす。
まぁ、別に慌てているわけでもないか…。
《いつから?》と返した。
天輝は、仕事の引継書を提出すると有給休暇の申請をした。
と、いっても色々とすることがあるので満足に取れる予定はない。
ただ労働法に従って有給休暇の申請をする。
ちなみに就職してからこの方有給休暇を取ったことはない。
立場的なものもあるが…よくもまぁ働き続けたものだ。
有給休暇は労働者の権利というよりも…
5日間の取得というか使用者【社長】に課せられた義務になる。
残有給休暇数40日。
これはこれで問題なので、という気遣いなのだが…。
制度を理解することを怠ってしまえば、取得させる義務については考えも及ばないのだろう。
確か経理コンサルを個人事業主としてしているはずだが…顧問先は大丈夫なのだろうか。
ついでに、有給を取らせる気は無い!と発言をしたらしい。
関係法令に従えば罰金対象ではあるが。
ついでに…『解雇』という言葉も気軽に使ってくれていた。
新しい制度にも、人の話に聞く耳も持たない存在らしい。
つくづく老害という言葉がしっくりとくる生き方をしているらしい。
他人を傷つける行為をして何が楽しいのだろう。
ふとそんなこと考えてしまう。
ただ、楽しいからしているのだろう。
偶々ではなく、継続的にしてきたことは、その顔が物語るという。
そういう意味では、初めて顔をあわせたときにはすでに妖怪顔だった。
妖怪の方に申し訳ない気がするが、人相というのは不思議なものだ。
穏やかに生きれば穏やかな顔になる。
逆に他人を踏みつけて生きてきた人間は、それなりの顔になる。
件の老害の顔は、まさに後者だった。
鬼瓦に似ている。
いや、鬼瓦に失礼かもしれない。
家を守るという役割がある鬼瓦に…
人は、過ごした時間のままに肉体に変化を及ぼすというのは本当らしい。
穏やかな人になるのも、醜い妖怪になるのもその人の歩んできた人生の結果なのだろう。
老害の嫌がらせというのは何ともしつこいものだ。
セクハラをしても、していないと言い張れる図太さがある。
パワハラをしても、知らないと言える無知さがある。
本当に知らないのなら、それはそれで問題だろう。
ただ知っている顔で、間違えた知識をひけらかさなければいいのだが…それはできないらしい。
自分たちにとっての都合の良い行動。
散々守るべきルールだと言ってきたものを平然と破れる面の皮の厚さ。
実に爽快に感じられた。
弱き者にへつらい、強きものに媚びを売る。
そんな生き方しかできないのは――実につまらない生き物だ。
とはいえ、優先事項が発生してしまえばそんな事を考えるゆとりなど霧散する。
天輝は日々の仕事を終えると納車されたばかりのアルファードの内装をいじるのが日課になっていた。
セミリタイアを決め、車で旅をしようと思った。
どこか気に入った土地でのんびりと過ごすのも悪くない。
幸いなことに幾つか仕事の依頼が届いている。
どこで聞いたのか連絡をくれる。
旅路の流れの中に立ち寄れる昔のつてに感謝したいものだ。
とはいえ、カレンダーの予定が埋まっていくのはちょっと焦ってしまう。
…がんばろっと
内装を一度外し、耐震シートや断熱材を施していく。
大きく中を変えるわけでは無い。
ルーフキャリアにソーラーパネルを装着する。
車中で電気が使え、快適に眠れるように道具を積み込む。
とはいえ、キャンピングカーにする予定はない。
運転席側のセカンドシートはフラットにして、ベッドを乗せるための足場を組んだ。
シングルベッドにしては幅は少なめだが、放浪生活をしてきた身としては出来過ぎだ。
窓にもソーラーパネルを目隠し代わりに設置して、ポータブルバッテリーにつなぐ。
YouTubeを見る限りすぐにできるつもりだったが、意外と時間が掛かるものだ。
仕事の引継ぎと行われていく事のずれに一言を呈する程度にして自分の時間を大切にする日々。
充実しているのだろう。
辞めるとは聞かされていない同僚たちから、いい顔をしていると言われるようになった。
社畜とまではいかないが、事業を軌道に乗せ、赤字を出すこともなくまじめに働いていると…。
知らず知らずに気苦労が顔に出るワーカーホリックだったのかもしれない。
それはそれとして、準備は着実に進み、新たに導入したキャンプ用品を積み込み終えた。
同時に整理を終えた部屋の荷物を倉庫へと運び込んでいくのは寂しさと期待が入り混じる複雑な気分だったが、不動産会社にマンションの賃貸依頼の最後の手続きを済ませるとすっきりとした。
何かの区切りに掃除をすると言うのはいいのかもしれない。
そういえば…区切りには掃除をしたほうが新しく始めることがスムーズに流れる気がした。
そして、静かに職場から去っていく。
それは、誰に言うでもなく、ただ思ったことだった。
…そろそろ、変わらなきゃいけないんじゃないか…
誰かとの会話の中ででもなく、何か大きな出来事があったわけでもない。
ただ、頭の固い老害の存在が…
自分が少しずつ古くなっていく感覚が…
いつもより静かに沁みてきたのを感じた。
…だから旅に出ようと思った。
目的なんて、あってないようなものだった。
だけど、いま思えば、あの時、心はすでに行く先を決めていたのかもしれない。
突発的な行動とはいえ、朝早すぎる気がする。
「さて…行きますか」と独り言が漏れた。
いつもと変わらない景色が輝いて見える。と言ったところで朝陽もまだ出ていない。
車に、運転席に乗り込んで後ろを見る。
一応、助手席のライン3席は人が座れる。ベッドは設置したまま。そこにリュックが一つ。
新しい時間はこんな感じで始まるのか、と何となく感涙してしまう。
エンジンスイッチを押して車を走りださせる。一応、住んでいたマンションの周りをぐるりと。
明日には入居者が入るらしい。今日クリーニングを入れると言っていたな…と。
アルファードが向かう先は、奈良県吉野郡にある古廟のひとつだ。
噂によれば『呼ばれないと辿り着けない神域』とされている場所になる。
そこに向かうのは、少しお世話になったホテルのバーでちらりと話が出てきたからだ。
ちょっとまとまったお金が欲しくて行った短期のバイト。
カウンターに座っていた客が神社にまつわる話をした。
それ自体にはそれほど興味はなかった。
ただ辨財天という単語に興味がそそられた。
何とも心の落ち着く音に感じられた。
そして鎮座する場所が『呼ばれた者しか辿り着けない神域』とくれば…
というわけで、奈良県にある天川村。
山の奥、霧に包まれたその神域に、天川大辨財天社は佇んでいる。
朝靄が足元を隠し、神秘性が色濃く出ている気がする。
駐車場から、境内に入ることもできるが、折角なので表へと回ってからはいる。
無作法モノとはいえ、それなりに礼儀は心得ているつもりだ。
鳥居の前で一礼をして、手水舎で清めをしてから本殿へと向かっていく。
階段を上がるにつれて、何か冷たさのようなものを感じている。
それを冷気というかは知らないが、まだ陽も登らないうちから拝殿には何人かの人がいた。
そういえば駐車場には数台車が止まっていた、と天輝は思い返す。
間もなく朝の拝礼が始まるそうだ。偶然とはいえ、折角なので聞いていく事にする。
拝所は、すこし急な階段の前にある。
拝殿の奥に続く階段。その上に本殿がある。
そこに神は住まうという。
朝のひとときは静かに動き出す。
神主の祝詞がひびき、参列する人たちが頭を垂れている。
厳かな空気の中でふと『よくきたな』と声が聞こえた気がした。
周りを見たところで、話しかけるような人はいない。
独りで来たのだし…
風が木々を揺らし声を届けてくれたのかもしれない。
って誰の…?
不意に音が止んだ。
『驚かせたのならすまぬ…私も驚いている…』
その柔らかで暖かな声は女性のようだった。
問題は誰なのか分からないということだ。
音はほとんどない。
ただ、聞こえる気がする。
…水の奏でる、琴のような声が。
その声が、天輝の旅路を大きく変えることになるとは、この時はまだ知らない。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。
☆回収作品となりますので…既存話が古い時代の投稿になっています。




