scene-17 人生とは…戦う先で何かを見つけるもの! と信じたい
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
不意に身体が軽くなった。
あれほどまとわりついていた重さが、嘘のように消えている。
さっきまでの息苦しさもなくなった。
ただ、手を繋いでいるのに、横にいるはずの琴葉が見えない。
そこにいたはずなのに。
ふと右手を握っていた手が消えた。
えっ?
誰かが左手を掴んでくれた。
「不味いな」
ラルドの声が反響して聞こえる。
足元から聞こえてもおかしくない声なのに、どこから響いているのか分からない。
「厄介な事が起きた」
ラルドがパチン!と指を鳴らすとぽわっと光の球が浮いた。
少しだけを辺りを照らす。
きゃっ! 奏が声を上げた。
その声に琴葉が振り返り、慌ててラルドがパチン!と指を鳴らした。
光が消えた。
「「ラルド!」」
見事なまでにシンクロした怒声にラルドは耳を手でふさぎ、しゃがみ込んだ。
「確か…」
声が自分に返ってくるのに若干感動がある。
闇の中で天輝は、ため息をつく。
左手の痛みは相変わらずだが…ほのかに暖かさが戻ってきている。
何かに握られている感覚はあるが、とりあえずいまは何もない。
変な感覚だった。
天輝は地面を確かめるように恐る恐る手を、下へと伸ばした。
その方向が正しいのかさえ不安になる。
!
指先が何かに触れる。
土なのか、小石なのか、整備された床なのか…
それもよく分からない。
それでも確かな足場がそこにはあることだけは解かる。
ゆっくりと…その場に胡坐をかく。
背筋を伸ばし、呼吸を整える。
「惟神…猛振祓」
呼吸に合わせて、言葉を落としていく。
吐いて。
吸って。
また…吐く。
何度繰り返しただろう。
少しずつ呼吸が身体に染み込んでいく。
焦る必要はない。
言葉が途切れた瞬間にそう言い聞かせる。
ここが闇の中なら、それでも構わない。
誰の視線もない。
誰の期待もない。
誰かに言い訳をする必要もない。
自分と向き合うには、案外ちょうどいい場所なのかもしれない。
目を逸らしてきたもの。
見ないふりをしてきたもの。
気付けないふりをしてきたもの。
それらを振り返るには…
その自分の取った行動を見返すには…
目を静かに閉じてみる。
もう闇に目が慣れてもよさそうだが、相変わらず何も見えない。
感覚以前に物理的にも見えていない。
きっと…自己満足なのだと思う。
危険を感じているのだから、目を開けている方が正しいはずだ。
でも、目を閉じる方が集中力を高められそうな気がした。
闇が自分の身体にまとわりついてくる気がした。
知らないうちに手を握ってしまう。
不意に、そこに抵抗が生まれる。
何かを握りしめたような抵抗が…
天輝はゆっくりと長い息を吐いた。
意識を自分の中に向ける。
音が遠ざかるような気がした。
呼吸だけが、音として残る。
身体の輪郭すらも曖昧になっていくような気がした。
闇との境界線が溶けて混ざり合うかのような不気味さ。
まるで呑まれているような感覚に恐怖を覚えた。
不意に、お尻の下に冷たさを感じた。
水だろうか。
いや、違う…
それだけを直感が教えてくれる。
水よりも重く、泥よりも柔らかい。
どろりとした何かが、ゆっくりと身体を包み込んでいく。
不安のせいか…気が付くと手を握っていた。
痛いほど強く握っているつもりなのに…
拳を作ることができない。
力を入れたら、見えない何かも握り返してくれる。
左手だけに痛いほどの返しがあった。
天輝は何となく苦笑してしまった。
何となく頬を撫でるように風が吹いた気がした。
温かくも、冷たくもある不思議な風は、ラルドたちを囲むように吹いている気がした。
まるで異物を捉えるかのような風の存在にラルドは緊張していた。
誰かの世界の中で怪我をすることすら問題がある。
順応力が高ければ、気に留めるような問題ではなくなる。
ただ、これが実力であることが前提になる。
何よりも変化に対処できなければ…最悪、自分の身に戻れないこともある。
それに時間的なリミットも存在している。
周りを確認できないだけに気もしだけが焦っていた。
それに、風だけではない。
ときおり砂粒のような光が巻き上げられ、闇の中に淡く溶けていく。
「できたか?」
ラルドはポツリと呟いてから…息を呑んだ。
そろそろ天輝を探しに行きたい。
闇で感じられないとは思うがゆっくりとだが…確実に空間が狭まっていっている。
と、その事を伝えればまた無茶をやりかねない。
本来なら訓練を積んだ術者でも難しい幽体離脱。
それを、この二人は勢いだけでやってのけた。
もちろん、今後もできれば習得していることになるのだが…
それぞれの身体に幽体を無事に返すというミッションはラルドの役になるだろう。
来るのが賭けだと言っているのだから、少しは遠慮してほしかった。
そもそも、天輝の内なる世界にまでついてくる必要はなかったのに…
なぜふたりともアストラル体を手に入れてまで付いてきたのか。
聞けばきいたで怒られるだろうからから、訊かないが…
「たぶん?」
奏の声が返ってくる。
パチン!
ラルドが指を鳴らした。
ポワンと光の球体が生まれる。
奏も琴葉も自分の身体を見ている。
奏は、どこか安堵したように笑みを零した。
奏は、さっきまでと姿は変わらない。
現実と同じ服装。
スタイルも変わらない。
問題はもう一人だ。
「…は?」
琴葉の姿が揺らぐ。
高校の制服。
部屋着。
リクルートスーツ。
婦人警官。
スポーツウエア。
バニー。
ナース。
数秒ごとに服装が切り替わる。
「おい!」
ラルドは思わず真顔になった。
琴葉は、次々に衣裳を変えていく。
意識が姿を左右するとはいえ…ラルドは唖然とした。
これが安全な所なら…置いていくぞ!というところだが…
置いていくわけにもいかない。
「え」
琴葉が急に動きを止めた。
固まった、と言っても過言ではない。
光が周りの輪郭を取り戻していく。
闇に溶け込もうとしていた身体がしっかりと存在感を見せ始めていた。
「琴…ホント無茶して。莫迦」
奏が琴葉を見て目に涙を一杯溜める。
「ごめん…」
「でも…どうして?」
「え…ラルドよりは私の方が奏に合わせられると思って」
琴葉の一言に、はぁ~とラルドは溜息を零す。
二人分の心魄をシンクロさせるのが大変だった、と。
そもそも過積載になれば制御が大変になる。
今回は偶然うまくいった。
そもそも誰かの内なる世界に飛び込むことなんて…危険以外の何でもない。
アストラル体を失った肉体は、個々の体力にもよるが静かに身体機能を停止していく。
身体を動かすエネルギーが消えるのだから、それも必然だ。
その危険性は…話したところで…
きっと、それでもこの無茶をしただろう。
帰りにも同じ無茶があるから、ついてこなくてよかったのに。
シンクロできている流れの中に乗るだけのつもりだったのに…
本来は、琴葉は琴葉の中に、奏は奏の中に残る予定だった。
いま二人とも幽体離脱のような状況にある。
そうならないように、奏の方に移る時に琴葉の手を離したのに。
…天輝に移る時は、放せなかった。
勝手に琴葉が自分の身体に戻れるとは思えなかった。
そもそも微調整を重ねて、意識を重ねているのに…
辿り着いた天輝の内なる世界でコスプレショーを見せられるとは…
微塵も考えていなかった。
愉しくても、駄目なものは駄目だ。
「そのラルドは?」
「え」
琴葉は足元を見た。
蛇はいない。
その代わりにいるのは…
小柄で華奢な体つきの少年。
年の頃は十歳前後…だと思う。
雪のように白い肌は、触れれば壊れてしまいそうなほど儚い。
柔らかな黒髪が頬にかかり、顔に影を落としている。
光の玉がこぼす灯に照らされるとその黒髪に変化が見えた気がした。
漆黒のような深みのある黒髪の奥でエメラルドグリーンの輝きが揺らめいた。
そして……瞳は、深紅。
宝石のような赤ではなく、静かに燃え続ける焔を閉じ込めたような色…
それだけで息をのむ美しさがあった。
その眼差しは無邪気な少年のものにも見えれば…
達観した老齢者にも見える。
ただ、その紅い瞳を見た瞬間、奏の胸の奥が小さくざわついた。
その独特の光を零すのは一人だけだった。
初めて会ったはずなのに、何故か知っている気がする。
その瞳の色だけがふたつの存在を繋いでくれている気がした。
鼻筋はまだ幼さを残し、唇は薄く整っている。
笑えば年相応の愛らしさが目を惹く。
少し照れたように口元を緩めるだけで、周囲の空気まで和らぐような人懐っこさ。
だが、ひとたび真顔になれば空気が一変する気がした。
子供にしか見えないのに…
本能が違うと告げていた。
その矛盾に戸惑ってしまう。
紅い瞳に宿る静かな威圧感は、大人でさえ思わず言葉を飲み込むほどだった。
それなのに…可愛い。
そう感じた次の瞬間には、その考えを飲み込んでいた。
どこか人っぽさがない少年。
人…本当に人は見たいものを見るようだ、と琴葉は息をのんだ。
人ではない。
あまりにもお気楽でうっかりとしてしまいそうになる。
彼は…まぎれもなく…オスの神獣。
そう思うと…神域へ足を踏み入れてしまったような畏れだけが胸に残る。
天輝の内なる世界だとは思うが…
それでも、そんな矛盾した存在感を持つ少年だった。
そうやって考えるとその黒髪の中に感じる緑色の輝き。
まるで龍の鱗が髪へ溶け込んでいるかのようにさえ思えた。
つまり…その赤い瞳も、何百年ものときを見つめてきた神獣のものに感じられる。
「おい! 今度は何を固まっている」
「…ラルドは何処かな。ねぇ、君は何処から迷い込んだの?」
琴葉が少年の顔を覗き込みながら訊いた。
「おい…無理があるだろう」
「だって…美男子とか駄目でしょう」
「?」
「裸見られたし…」
「そ、それは…」
ラルドは慌てて顔をそむけた。
二人に背を向けた勢いで揺れたのは、尻尾ではなかった。
その初めての感覚に戸惑ってしまう。
身体のどこかが妙に落ち着かなかった。
…人の身体とは厄介なものだ。
「まぁ、いちゃつくのは良いとして…ラルドは服着ないの?」
奏が苦笑を添えて言う。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




