scene-16 人生とは…賭けに勝ったものから笑います!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
琴葉の身体を氣が駆け巡る。
あぁああああ…
思わず喉から声が漏れた。
奏の身体を氣が駆け巡る。
きゅっと舌唇を噛んで天輝を睨んでいる。
全身から汗が吹き出しているのがわかる。
それでも、目だけは決して逸らさなかった。
その瞳には、天輝を想う気持ちだけが宿っていた
ラルドは天輝を見た。
顔から血の気が引いている。
正直、やばい状態だと思う。
何が起きているのかは知らんけど…
危ないことだけはわかる。
そういえば、これが関西では流行りらしい。
『知らんけど』
どんな意味かは、あとで天輝に聞いてみよう。
それにしても…果報者だな。
こんな美人と可愛い子に命を賭けてもらえるなんて…
少し羨ましい。
もう少しだけ、苦しい思いをさせても罰が当たらない気がする。
と…そのゆとりは本当にないらしい。
琴葉の視線に殺意を感じてしまう。
「呼吸を合わせろ。呼吸が合えば心拍が近付く…気を混ぜても爆発はしない」
「………」
「あ、爆発というのは弾かれてビリビリ来る程度だけど痛いと思う」
「温かいご飯…抜きにするよラルド」
奏が冗談をこぼす程度に落ち着いてきたらしい。
数分前のラルドの覚悟を返してほしいくらいだ。
原因の一端が自分にあるだけに、とても口にはできなかった。
琴葉の呼吸のテンポが奏に合い始めていた。
奏の呼吸のテンポが天輝に重なり始めていた。
ラルドは二人を見つめ…慌てて目を閉じ琴葉の心音に鼓動を合わせた。
はじめよう。
三人で一人を助けるなんて、ずいぶんと贅沢な行為だとは思うが…
暗い…
何が起きているのかはわからない。
ただ、奏がいないことにホッとしている。
突飛由もなく、意外に無茶をする人だけど…
暗い所は怖い。
こんなところに入り込んだら、小さくなって泣いているだろう。
もし、そうなら、早く見つける必要がある。
いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
天輝は立ち上がった。
手探りで出口を探す。
本当に歩けているのか不安になる。
意識を重ねる。
それは気持ちのいいものではない。
相手の意識に呑まれないようにする必要があった。
と、言ったところでラルドが呑まれることはない。
一際大きな光の玉にラルドの光の玉を重ねる。
意識を乗せるように、そっと自分の身体から離れるイメージを持つ。
ゆっくりと身体からはがれていくような感覚があった。
できて当たり前。
とはいえ、ラルドは緊張していた。
数十時間前まで、ラルドの身体はアストラル体だった。
人の学問…とかいうものでは、そう呼ぶらしい。
血肉ではない身体。
魂そのものとも少し違う。
感情や意思、記憶や願いを映し出すもうひとつの器。
それはエネルギー体としてみる方がしっくりと来るのかもしれない。
神獣や精霊にとっては、むしろこちらこそが本来の姿に近い。
誰かの認識があり、その誰かの記憶を借りて、肉体が生み出される。
そういう意味では、天輝の認識で、龍とはこの状態になる…のか。
肉体とは器の殻のようなものだ。
このアストラル体があってこそ…この身体の上に肉体を羽織っている。
だからといって、それを脱ぐわけにはいかない。
そこから抜け出すことが必要になる。
失敗すれば、本当に肉体が爆発するかもしれない。
失敗事例を訊いていないだけに怖くないというのは噓にしかならない。
だから、正直に怖いと認める。
怒れば揺らぐ。
悲しめば沈む。
恐れれば濁る。
人が霊気や魔気と呼ぶものも、その変化が外へ滲み出した結果に過ぎない。
無事に天輝を引き戻したら、その話もしないといけないな。
他のことを考えたところで緊張が積み重なっていく。
ただ、ラルドには根拠のない自信がある。
ラルドがラルドになる前に教えてもらった。
市杵島姫命は、それを水面に例えていた。
心が穏やかなら、水は空を映す。
怒りや悲しみを抱えれば、水面は波立ち、やがて濁る。
そして…濁りは、自分だけではなく周囲の水まで曇らせていく。
ときには飛んだ雫が綺麗な水を腐らすこともある。
だから心を育てなさい。
揺れずに、大局を眺めるように見て、考え学びなさい。
目に見えるものだけではなく…
その裏側にあるものを…
仕草、言動から、読み取り、心の眼を磨きなさい、と。
それが神眼へと繋がる道なのだ!
その言葉の意味は、そのときはよく分からなかった。
彼女はクスクスと笑っていた。
少女のように楽しそうに…
でも、いまは、少しずつ分かるようになった。
何の駆け引きもせずに命を天秤に乗せる莫迦なメスに出会った。
それに文句を言いうだけで付き合うメスにも出会った。
純粋な相手に対する思いだけを翳して、神たるワシに挑むように睨んできた。
ホント、神をも恐れぬ所業とはこういうことを言うのだろう。
雷撃を落としてやろうか…
そうすれば少し反省するか?
……とりあえず、お仕置きは必要だ。
無茶ばかりする奴らに。
ラルドは小さく息を吐く。
身体を持ったばかりのいまは、以前よりも少しだけ勝手が違う。
肉体という重み。
呼吸という行動。
鼓動というリズム。
そのどれもが、まだ少しだけ借り物のように感じられる。
だからこそ…慎重になる。
意識を深く沈める。
自分の中を抜ける光の玉を意識する。
そして、意識を、自身を光の玉へと重ねていくイメージを強く持つ。
まるで静かな湖へ足を踏み入れるように。
身体からスッとアストラル体だけが抜け出す。
自分の身体が足元に見える。
浮いている。
離れていく。
ラルドの眼下に天輝がいる。
奏が…
琴葉が…
と、気を抜くとそのまま空にいきそうになる。
琴葉が作り出す光の輪と近付いた。
あとは、この光に身を預けるだけだった。
天輝は歩くのを止めた。
目を静かに閉じる。
開けていても暗闇は変わらない。
気持ちを落ち着けるために何度か深呼吸をする。
闇の中にいると、気持ちが闇に引っ張られるから…
奏がそんなことを言っていた。
不安が生まれれば、それはすぐに大きくなっていく。
不安が不安を呼び、闇もまた深まっていく。
上下が判っているときはいいけれど…
見失うと溺れてしまう。
そのまま深く身体が沈み込んでいくから捕まらないように、と。
言われたときもそうだが…
対処法は教えてくれていなかった。
いや、何かを言っていた。
あ~もう面倒だからひとつの言葉を呟いていなさい!
だったはずだ。
そのあとの言葉は、琴葉に振られていた。
いつの間にか一緒にいるのが普通になっている後輩。
オカルト好きで、不思議現象に、都市伝説が大好き…
仕事はできるのに、ヨガにはまっていつのまにかインストラクターになった。
それがあるから、奏が東京を離れるときも名古屋までついてこれた。
名古屋でも仕事ができる。
ネット配信に、オンライン教室…
ホント色々な働き方ができる時代になったものだ。
思い付きを形にするために動けば、どこまでも広がっていく。
近くで見本になるやつがいた。
この闇を晴らすためには…
絡んでくるような重さ…これが奏の言う負の何かなのだろう。
どれだけの時間が過ぎているかは知らないが…
奏は怒っていると思う。
琴葉は「きちんと護るから安心して」とか語っていそうだが…
違う。
探している言葉は…
不意に誰かに右手をつかまれた。
手を繋ぐような優しい握り。
すぐに左手もつかまれた。
ぐっと握られる。
『痛っ』
そう思ってすぐに気づく…痛くないと。
敵意らしいものを感じるのに暖かい。
離さないようにしっかりと力が入れられていた。
ラルドは琴葉の光の循環の流れに合わせて光の玉になっている自分を重ねた。
ビリッとした衝撃があった。
焦るな…そう自分に言い聞かせると、誰かがパシッと手を掴んでくれた。
……掴まれた?
ラルドは視線を泳がせる。
リンクしかけている琴葉のアストラル体が目に映った。
「……っ」
慌てて目を逸らした。
琴葉は気付いていない。
そんな余裕など、いまの彼女にはなかった。
まるで獲物を捕らえるような動物的直観で掴んだのだろう。
ラルドの方が速度が速い。
一瞬で置いていきそうになる。
「ラルちゃん…」
「…あらゆる意味ですごいけど…琴」
「何?」
「会話ができていることがすごい」
ラルドは振り返りもせずに呟いた。
急流から脱出する出口を探すように。
クラウンチャクラを一度抜け、サードアイチャクラへと流れる瞬間…
身体が外に弾き出されそうな感覚に震えた。
咄嗟に右手に力が入る。
ラルドを掴んだ左手じゃないのは分からないが…
ゴリッと音が聞こえてきそうだった。
『痛っ』
さっきよりも強く握られた。
今度は温もりだけではない。
思わず手を振り払いそうになる。
いや、振り払っているのに、しっかりとくっついて離れない。
『なんで?』
天輝は思わず左手を見る。
闇すぎて、もちろん、何も見えない。
「あった」
ラルド呟いた。
次の周回で奏に移るタイミングを計る。
琴葉を掴む手を放す。
…ありがとう、これで…無事に…
ラルドはふっと笑みを浮かべ視界を琴葉に向けた。
つがいになってやれなかったら御免な。
そこには一種の覚悟が混ざっていた。
八割は越えた。
問題は次だ。
五割。
奏がきれいに天輝に合わせてくれているとしても…
ラルドが奏に合わせ切れていなければ…
みんな違うリズムを刻んでいる。
それをシンクロさせるのは至難の業だ。
失敗しても文句は受け付けないぞ。
そう覚悟した瞬間。
奏の光の輪へと飛び込んだ。
身体が後ろにぐっと引っ張られる。
ちっ…ズレたか…
そう思った瞬間、グンとさらに後ろに引っ張られた。
まるで人を二人引っ張っているかのような感じだった。
…え、まさか…
ラルドは視線を過ぎた方向へとむける。
「なんで?」
「いたら駄目なの?」
琴葉が言う。
「良い訳ないだろう」
「どうして?」
「チャクラを通ると時間枠がバラバラになる…」
「だから?」
「奏の記憶を見ることになる」
「…え…恥ずかしい」
琴葉が頬をポッと赤くする。
裸であることを恥ずかしがれ!と言いたくなったが止めた。
その向こう側、琴葉が右手に掴んでいるのは奏だった。
心拍…心魄のリズムを合わせている場合ではない。
長居すると本当に奏に殺されそうな気がする。
というか、二人してアストラル体になるなんて…ほんとどうかしている。
「奏…テンを感じてくれ」
「そこ…一番上をまっすぐに」
ラルドは視線を第7チャクラ…クラウンチャクラへとむけた。
身体が振り回されるほどの荷重がかかっている。
たぶん、第1でも同じだろう。
反転するときに二人とも弾き飛ばされる可能性がある。
それは、幽体離脱しましただけで済むのだろうか。
戻れる可能性は?
集中しないといけないのに…余計なことを考えてしまう。
集中しろ。
余計なことを考えている場合じゃない。
天輝はどこか諦めたように鼻息荒くため息を押し出した。
よく分からないが、両手が誰かにぐっと握られている。
左手は強く握られすぎて冷たくなってきている気がする。
右手は柔らかく包み込むような暖かさがあった。
「かむながらえ」
! 声になった。
「たけふりはらえ」
天輝は声が出ていることに感動しながらうんうんと頷いた。
かむながらえ…たけふりはらえ…
奏が教えてくれた言葉。
二言くらいに感じるが、一言ということにしておこう。
奏はこの手の突っ込みは超が付くほど恥ずかしがる。
確か意味は…調べた。
記憶によれば…
かむながらえ。
たけふりはらえ。
神の御心に委ねる。
心を祓い、穢れを払う。
問題は、俺が無神論者で、ご都合主義の参拝しかしないことだ。
でも、まぁ、俺の女神が言うのなら効果はあるのだろう。
繰り返すたびに、闇のどこかで、小さな光が揺れた。
自分の中が無になるまで、唱え続けよう。
かむながらえ。
たけふりはらえ。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




