scene-14 人生とは…余計なところに足を踏み入れないものです!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
「天輝…すまん」
「いや、俺も悪かった」
「おい、こっちを向け。真面目に謝っている」
ラルドはテーブルの上から、奏に抱きしめられたままの天輝を見つめた。
当の天輝は、まだ奏の胸に顔を埋めたままで動こうとしない。
奏も奏で、頬を少し赤く染めながら、そのまま頭を抱いている。
「もう少しだけ」
小さく呟く奏。
「ラルちゃん。龍神らしく電撃でも落として」
琴葉は呆れたようにため息をついた。
照れ隠しだと分かっていても、いつまでも奏の胸に顔を埋めている姿は、さすがに少し腹が立つ。
「まて!」
天輝は振り返った。
「なんだ」
「電撃…でるの?」
怖がっているよりも明らかに好奇心が先行している顔をしている。
「雷神じゃないぞ…まぁ雲を呼ぶことからだな」
面白がられていると解りながらもラルドは答えた。
「それはそうと…」
ラルドは腕を組む努力をしながら、奏を見た。
奏が柔らかな表情でラルドを見返す。
何処かすっきりしたような…穏やかな表情に見える。
この女は、つがいを護ることを厭わない。
そんな気概を感じる。
気負うわけでもなく、自然体で、柔らかな瞳で周りを見ている。
琴葉の話が大袈裟とは思わなかった。
女は役者だと市杵島姫命も言っていた。
それは自分を護るために、周りを護るために与えられた強さのひとつだと。
ただ、ときに使い方を間違える人もいる。
それを見極められるかは、それぞれの人に委ねられる。
だからこそ、創造の主は、人に心眼を与えた。
その心眼が適切に働くかは、その心の育ちによるものだ。
それは、人に限らない。
神仏も神獣も同じだ。
心を育ませ、心眼を開くことで神眼を開けることに繋げることが大切だ…と。
つがいを見つけることの大切さをいつか学んでほしい…と。
「何?」
奏の声にラルドはハッとして、顔を上げ、奏を見詰めた。
柔らかな笑み。
どこか困ったように小さく首を傾げる仕草。
窓から差し込む陽の光を受けた黒髪が肩先で静かに揺れている。
派手さはない。
誰かを圧倒するような美しさでもない。
それなのに、どうしてだろう。
視線を外したあとも、その姿だけが水面に映る月のように心のどこかに残っている。
細く白い指先。
無防備に見えるほど穏やかな表情。
少し気を抜けば消えてしまいそうな儚さ。
そんな事を思わせるのに、その瞳の奥には決して折れない強さが宿っている。
護られる側に見えて、気が付けば誰かを護ろうとしている。
まるであの女神のようだ。
水を司るあの女神。
厳しくも優しく、近くにいるだけで安心できた不思議な神。
と、言ったところで霞の掛ったような記憶にしかその顔はない。
それなのに、奏の微笑みに…その表情を見ていると、なぜか重なってしまう。
思い出せないはずの面影に。
声も。
姿も。
名前すら違うのに。
それら全てを曖昧にしてしまう。
それなのに、水面に零れた月明かりのような記憶だけが残っている。
市杵島姫命。
卵から孵ったばかりのラルドをそっと抱き上げてくれた。
変化に追いつかずに震えていたラルドに、世界のことを教えてくれた存在。
心を育てること。
心眼を開くこと。
そして、いつか大切なつがいを見つけること。
その言葉だけは、いまもはっきり覚えている。
奏を見ていると、その記憶の奥底が小さく波打つ。
似ているわけではない。
同じ顔でもない。
それなのに、何故だろう。
水辺を渡る風の匂いだけが、微かに重なって見えた。
「…変な顔してるぞ」
天輝がニヤリとわざと口角を上げた。
「誰のせいだ」
「俺のせいじゃないのは確かだ」
「私?」
奏がきょとんと目を丸くする。
ラルドは小さく鼻を鳴らした。
たぶん…違う。
きっと……違う。
それでも、もし市杵島姫命が笑うのなら…
こんな表情をするのかもしれない。
そんなことを、少しだけ思った。
「ラルド?」
「ん? なんだ」
「いや、お前の『それはそうと』の続きを待っているけど」
「あ…そうだったな」
ラルドは心なしか頬を赤く染める。
「お前が嫌がる話なのは解かっているが、不幸についてだ」
天輝の顔から笑顔が消えた。
瞳からスッと温かな光が消える。
「そう構えるな」
ラルドは後ずさりするようにして下がり、テーブルから落ちたところを琴葉に助けられた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。これでも神だぞ」
「…見習いぽいけど」
琴葉はクスッと笑った。
そのまま胸元で手を組むようにして、ラルドをその上に乗せた。
ラルドは溜息を吐きながら琴葉を見上げた。
もしかして…つがいになろうと選んでくれている?
妙に親身になってくれるし…
何より、やたら優しい。
そんな事を思いながら、視線を天輝へと向けた。
「その前に…霊気と魔気だったな」
声のトーンが少し低くなる。
少しでも威厳が出るように声に重みを乗せてみる。
天輝の瞳は全く光を宿さない。
まるでときが止まったような、無のような状態にすら思えた。
琴葉がさらりと流した内容は、天輝にとって重いものなのかもしれない。
でも、だからこそ、説明する必要がある。
後で知らなかったでは…きっと天輝を責めるだろう。
ラルドがグッと後ろ脚に力を入れた。
踏ん張るように。
羽がぱたぱたと動く。
琴葉がそっと頭を撫でてくれた。
大丈夫だと言ってくれている。
そんな気持ちになった。
こほん。
「霊気は…それ…あれ?」
ラルドは珈琲カップを見て首を傾げた。
「…それ湯気っていうんだ」
「?」
「温かいお湯や料理から立ち上る白い煙のようなもの…といえばわかるか?」
ラルドが頷く。
「原理の説明は苦手だけど…温度差により冷えた水の粒とでもいうのかな」
「?」
「天輝…それ無理でしょ」
琴葉がため息交じりに切って捨てる。
「水蒸気…水の上にできる靄みたいなものだよ…天河にいたのなら見たことない?」
「! 朝とかに山に掛かるあれか?」
「…たぶん、それで、湯気がどうしたの?」
「…人は常に霊気を食べている。だから不浄に侵されにくい…という予定?」
「私に訊かれても」
琴葉が苦笑する。
「とりあえず勘違いのまま説明してみるか?」
天輝が苦笑した。
どこかまとう空気が柔らかにいなっていた。
「そうだな…それでいこう」
ラルドは何度も頷きながらテーブルの上へとトンと移った。
琴葉が苦笑する。
どうやらラルドは、ラルドで不安だったのだろう。
何度か天輝に言われていてみたいだし…
ただ説明を聞く機会が無かったのだろう。
それでも、気にかかるらしい。
珈琲カップを覗いている。
「まぁ、いいか」
ラルドは改めてテーブルの真中へと移動した。
3人をしっかりと見てコホンと咳払いをする。
「霊気は、見える人と見えない人に分かれる…」
ラルドは言葉を区切った。
時間はないと思う。
でも、丁寧に話すべきだと感じていた。
何かの勘違いはあるが、その辺は適当に修正してくれる。
と…信じることにした。
ここまでどうにかしてくれていることだし…
「見える条件はあるの?」
奏がすぐに口を開いた。
ラルドは一瞬固まる。
「…知らん」
プイっと顔をそむける。
「知らないの?」
琴葉がラルドの頭をつかんで、自分たちの方へとむける。
ラルドの抵抗か、身体が一緒に回転する。
「神は理屈ではなく感覚だからな」
「『神』と使えば許されていると思っていないよな?」
天輝が呆れたように笑う。
「ぐぅぅ…それは置いておいて」
「置いとくのか?」
遠慮の無い突っ込みが飛ぶ。
「その辺は置いておけ。要は…」
「要は?」
「その辺にある正のエネルギーの粒子だ。集まれば見えるし、自然であれば見えない」
「そうなのか」
「ただよく勘違いされているが…『氣』とは人や獣が自分の中に持っている力だぞ」
ラルドはドヤ顔をして見せる。
一瞬の沈黙を挟んで、琴葉が天輝と奏での方へと視線を流した。
「天輝…」
「ん?」
「先に聞きなさいよ」
「えっ」
「! あ、ごめん…聞かれていた」
奏がスマホのメッセージアプリの画面を琴葉に見せた。
ラルドと出会って疑問になったことは『琴葉に説明を求む』とメッセージを流していた。
ただその内容についてはしっかりと覚えていない。
興味もなかったが…できれば気のせいにしたいとさえ思っていた。
そのせいもあって、得た情報は吐き出すことで自分の記憶からは薄れさせてしまう。
その癖をここ十年で、琴葉は嫌というほど思い知らされているのに…忘れていた。
できる人なのか、できない人なのか正直気にかかるところだが…
天輝に絡むと、奏は結構ポンコツになる。
本当に世話の焼ける二人だ。
先輩のはずなのに…
「ラルちゃん。間違えていたら補足して」
「おう!」
「あ~捉え方が違っても」
「任せておけ!」
琴葉は小さくため息をついた。
この蛇が胸を張るときほど…信用ができない。
そもそも、まだアルビノ種の蛇が装飾を身にまとっているようにしか見えない。
人の言葉を話すのだが…
琴葉は、静かに目を閉じた。
胡坐をかくために座りなおす。
ゆっくりと息を吐きながら…呼吸を落ち着けていく。
「『氣』はエネルギーのようなもの。意識することで、二人も感じれるよ」
「ヨガの要領みたいなものね」
奏は琴葉の真似をして座りなおした。
氣を練るように手を動かすことで体内のエネルギーを一点に集める。
ゆっくりとした動きで、自分の中の躍動を感じ取りながら、呼吸をゆっくりとしていく。
「血流に乗せて自分の中を巡らせていく感じで…その流れを『気脈』というんだけど」
「これは俺もできるのか? ラルド」
天輝が囁くように尋ねる。
ひとり取り残されたのが寂しいらしい。
「さぁ。得手……向き……なんだったか、そういうものがあるらしいぞ」
「それなら、無理か…」
「! する前から?」
「火や風が出るなら頑張るけど…」
「……神通力じゃないから、できるかも」
ラルドが悪戯に笑う。
「なるほどな…」
天輝も琴葉の動きをトレースしていく。
見事なまでにチャクラを開き氣を通していく。
途切れることなくその光が循環していく。
その姿にラルドは呆気に取られる。
ルート、セイクラレル、ソーラープレクサス、ハート、スロート…
そこまで通せる人は時々見かけたことがある。
サードアイへと光の玉が上がっていく。
そして、クラウンへと。
きっと天輝は分かっていない。
気付いていない。
ゆっくりと光の玉が7つのゲートを8の字を描きながら登っていく。
ひとつ生み出すだけでも大変な氣の玉が幾つも生まれ、先の玉を追って動いていく。
「ラルちゃん…」
「ん?」
「私、氣の玉を動かす人を見たの初めてだ」
琴葉が呟いた。
「大丈夫。俺もだ」
「…ねぇ、琴…光の玉がゆらゆらしている?」
奏が囁く。
天輝に反応はない。
次の瞬間…天輝の気配のようなものがフッと消えた。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




