scene-13 人生は…正直に謝ることからやり直せます
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
奏が天輝の手を引くようにして自分の方へと引っ張った。
抵抗もなく天輝はそれに従っているように見えた。
まだ、自分の感情を持て余しているのが周りには伝わってしまう。
飄々としている癖に…こうなるとすぐに自分を取り戻せない。
力なく従っているというより、感情を押し殺しているようにも見えた
ポスッと奏の胸に顔を埋める格好になる。
そっと奏は頭を抱くようにして腕を回した。
「大丈夫だから」
ラルドは助けを求めるように琴葉を見上げた。
「人間も三十数年で色々あるのよ」
琴葉は床に胡坐をかいて座り、その上にラルゴを下した。
「怖かったでしょ」
頭を撫でてあげる。
「べ、別に…神だし」
「ん~、でも、神様が気軽に人を不幸にしたらいけないな」
「…それは違うぞ。琴葉」
「ん?」
「神は何もしない。人を不幸にするのはいつだって人だ」
見上げてくるラルゴの瞳が赤く輝いた。
どうやら良いことを言ったぞ!というアピールらしい。
「だからさ…」
「ん?」
『教えて』
小さく動いた口は、そう言っているように見えた。
琴葉は苦笑しながら静かに頷いた。
「知っている範囲だけど」
「これ、よろしくお願いします」
天輝はセントラル・マネージメント・アシスト【CMA】宛の書類を預けた。
「はい、承りました」
佐々木裕子は、ぺこりと頭を下げた。
相手を安心させる笑みを自然に浮かべられる人だった。
それだけで、張り詰めていた心が少しだけ緩む。
流行りの合同オフィスの総合受付をしているだけでもその優秀さをうかがえる。
それでいて、どこか親しみやすい。
「あれ」
「え?」
「疲れている?」
「あ、そういうわけではないのですが」
裕子は少し困った表情を浮かべ、慌てて顔を背けた。
「失礼します」
そう言い残すようにして、受付を離れた。
「藏素さん。いけないんだ~」
裕子の同僚の高山朋子が後ろから声をかけてきた。
朋子は裕子とは対照的に、氷の微笑を浮かべる典型的な美人だった。
もっとも、それが本人のコンプレックスらしい。
初対面でも自分から話し掛けるくらい人当たりは柔らかい。
ただ、一度気を許すと情報が駄々洩れになるので注意が必要だった。
「なにかしたかな?」
「藏素さんじゃないけどね」
朋子は、カウンターに入りながら、端に手招きしてくれる。
簡単に言えば、と話し始めてくれる。
新宿プラントタワーで合同オフィスを運営する株式会社SP。
その創業者は、裕子の父だった。
もともとは地方の小さな工務店『空間計画』。
地域に根差した堅実な仕事で信用を積み重ねてきた会社に過ぎない。
転機となったのは、大学を卒業したばかりの裕子が副社長になったときだった。
父親にすれば、少し経営を学ばせるために、という感じだったのだろう。
本業とは別に賃貸を手掛けることにした。
どうせならと社名を『スペースプランニング』に、株式会社とした。
地方企業向けの合同オフィス事業へ乗り出したが…思うように契約は伸びなかった。
そんな裕子に父は言った。
「建物を貸して終わるようじゃ駄目だ」
それは賃貸事業を開始するときにも言われた理念のようなものだ。
「建てた後も面倒を見る。それが空間計画だろ」
その一言で踏ん張れた。
逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに…逃げることができなかった。
そこでスタートアップ企業を誘致することにした。
駅近で、交通の利便性を求めた結果、うまく回りだした。
もちろんビギナーズラックといわれることも理解していた。
だから、堅実な経営をする。
入居企業同士が自然と相談し合える交流会を始めた。
そこに勉強会が混ざったのは嬉しいおまけだった。
目的は、店子の安定経営だったはずが、事業拡大へと繋がった。
『時代の流れを読み切った経営』
その言葉を付けたのはメディアだった。
若手経営者に焦点を当てた番組作りは裕子にとってもありがたがった。
ただ、それが足元を掬おうとする敵を生み出すなんて考えていなかった。
みんな、協力し合って成長できると信じていた。
事業は少しずつ規模を広げ、関東圏での基盤作りに成功もした。
もっとも、その飛躍を支えたのは創業者ではない。
賃貸事業を預けられた裕子だった。
建物を貸すだけで終わっていては意味がない。
それは父の言葉だった。
立てた後も面倒を見る。
それを実践できるからこそ空間計画は地域では大手よりも信頼があった。
幸いなことに、店子の中に士業は多く支えあう仕組みが生まれてもくれた。
希望を抱き、支えあうこと、助け合うことで、中小零細企業も社会を支えるようになった。
地方の支社的なものもSOHOオフィスに迎えるようにもなった。
法務、会計、秘書業務、登記、融資相談まで…
『会社を育てる合同オフィス』という新しいスローガンも加えた。
企業規模を大きくして出ていく会社ももちろんいる。
でも交流会がそこで生きてくれた。
異業種交流会の規模は膨らんでいき、Win=Winな関係づくりに広がった。
その集大成が、プラントタワーオフィスだ。
新宿駅から徒歩8分。
一フロア約550坪。
無理をしているのは周囲にも分かった。
それでも父や夫、仲間たちが支えてくれた。
一人では続けられなかった事業も、人と支え合うことで前へ進めた。
ロビーでの来客対応をはじめ、店子用の貸し会議室を完備。
新たにビジネススクールのようなものも順調に流れている。
それだけ並べると悩みなどなさそうなものだが…
もちろん、それを面白く思わない者もいた。
現在、プラントタワーの運営責任者は裕子の夫が務めている。
裕子は自分が代表であることを伏せて仕事をしていた。
色々と思うところはある。
メディア戦略での失敗を糧に前面に出るのは控えるようにした。
夫や父を支える裏方に徹していたはずなのに…
店子のCMAの社長、井藤敏樹の嫌がらせが始まった。
それも表立つものではなく、陰湿なものだった。
夫婦で店子を食い物にしている…
それをいたるところで吹聴してくる。
人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。
嫌がらせの証拠は取れないまま、チクチクとされる日々に疲弊していた。
「夫婦で仕事をすると周りを食い物にする。その証拠がある」
その言葉を何度聞いたのかわからない、と朋子はため息をついた。
正直、嫌なら契約を解除すればいいのに、合同オフィスを維持するための特約が足枷になっていた。
「それは疲れるな」
「それだけだったら、無視もできるけどね」
「ん?」
「オフィス長が事故にあったの」
「……まさか」
「その物騒なことはないよ」
朋子が慌てて否定する。
ただ事故の後、「金の亡者の罰が連れ合いに当たった」と噂が広がった。
それでも、証拠がない。
言っていないといえば終わってしまう。
それを判っているから、陰で行動する。
正面切って突き詰められると逃げる。
そんな性格を『ねずみ男』そっくりと朋子は笑った。
「大した力にはならないけど、何かあったら」
それだけを言い残して天輝はオフィスを後にした。
振り返り見上げると夕暮れの陽射しを受けたガラス張りの外壁が青空を映していた。
幾何学的な直線で構成された高層ビルは、威圧感よりも洗練された美しさを感じさせる。
広いエントランスホールへ足を踏み入れると、高い吹き抜けが視界いっぱいに広がった。
磨き上げられた石張りの床。
壁面を彩る観葉植物。
静かに流れる環境音楽。
受付の向こうでは、スーツ姿の男女が落ち着いた足取りで行き交う。
エレベーターホールには企業名が並ぶデジタルサインが表示されていた。
その中で、少し大きめに会社の名前が流れ続けているのがSPの経営するオフィスだった。
警備員は目立たない場所に立ちながらも、館内全体へ自然と視線を巡らせている。
高級ホテルほど堅苦しくはない。
それでいて、誰もが自然と声を落としてしまうような品格があった。
成功と妬みか…
天輝は慣れた足取りで駅へと向かった。
天輝に訃報が届いたのは、その二日後だった。
最初は何のことか理解できなかった。
連絡をくれたのは朋子だった。
震える声で告げられた内容は、裕子が亡くなったという知らせだった。
事故ではなかった。
警察は自殺の可能性が高いと見ているという。
ただ、現場には不可解な点も多く、他殺を疑う声も残っていた。
天輝は、その場で言葉を失った。
受付で見た裕子の困ったような笑顔。
何かを言い掛けて飲み込んだ表情。
あれは、ただ疲れていただけじゃない。
それに気付いていたのに。
助けを求めていたのに…何もできなった。
歯がゆさと虚しさでおかしくなりそうだった。
でも、すべてがもう遅い。
そう思い返したところでときは戻らない。
通夜の会場では車椅子に乗った夫が憔悴しきった顔で喪主を務めていた。
天輝とも面識があった。
柔らかな笑顔で、つまらない冗談で場を凍り付かせたり和ませてくれる。
その面影はいまはない。
いくつもの不審があるのに…誰も何もできない。
証拠というものが存在しないから。
物的はなく状況だけで限りなく黒に近いものはある。
それでもどうすることもできない。
「藏素さん…忙しい中、本当にありがとう」
旦那さんに丁寧挨拶をされる。
感謝をしていると手を握られる。
「裕子がいつも言っていたよ。独立したら、オフィスを構えてもらうって」
「………」
そういえば、そういう夢物語を話したことがある。
いつか、土いじりで食っていけるようになったら…と。
担い手の減っている農地を活用した農業法人を作るのもいいわね…
そんな風に、世界をいきなり広げてくれた。
大規模農場にして、安心安全をうりにマーケットを広げるには都心に事務所が必要ね。
いくつもの言葉が思い出される。
泣くつもりはないのに、涙がボロボロとこぼれていく。
「ありがとう。妻のために」
「いえ、こちらこそ…夢を見させてもらいました」
「夢を、夢にしないことも大事だぞ」
旦那さんは、そういって笑ってくれた。
痛っ…と呻きながら。
焼香を終えた参列者が静かに列を離れていく。
天輝も一礼して、その場を離れようとした。
「!」
急に握られる手に痛みが走った。
反射的に振り返れば、見覚えのある顔があった。
あの日、先にきいていれば受付に預けるような真似はしなかったのに。
井藤。
にやついた顔が妖怪に見えた。
一緒にされるネズミも迷惑だとは思うが…
「!」
再び手に力が加えられた。
「変な気を起こしてはだめだよ。警察も来ているし」
「…いや、俺は別に」
「残念だけど、いまにも人を殺しそうな表情をされて言われてもね」
「すみません」
その甘い声は奏だった。
「初めまして」
旦那様は柔和な笑みで奏に声をかけた。
「藤代奏です」
「高瀬紘一です」
「えっ」
「あ、仕事上は通称で旧姓の佐々木を名乗っていたんだ。たぶん、俺を気遣って」
本当は井藤に手を合わせてほしくないだろう。
それをぐっと我慢している。
「ふん、夫婦で金儲けすると不幸になるんだよ。守銭奴が」
井藤の口は確かにそう動いた。
天輝のジャケットの裾を握っていた奏の手が開かれる。
その次の瞬間。
ぱん!と音が斎場に響いた。
誰もが唖然とした。
「な、暴力だ、訴えてやる」
「個人を侮辱するようなことは許しません。警察が許しても」
奏に駆け寄ろうとした警官が足を止めた。
「なんだと」
威圧感でも出すつもりで声を張り上げたのだろう。
でも、奏はそれを冷たい目で眺めていた。
「鑑定に出しても構いませんが」
奏はスマホの画面を井藤に向けた。
そこには井藤が呟いている顔がしっかりと映っていた。
祭壇に置かれた鏡に反射しているとはいえ…
「な…」
参列者の冷めた視線が井藤に向けられる。
「なるほど。こういう方を『ドブネズミ』と言うんですね」
その一言に、顔を真っ赤にして井藤は奏でに掴み掛ろうとした。
警官がそれを止めようとしたはずなのに、奏はその警官の手の前にいた。
ぱん!
その音が響き、ガシャガシャと幾つものパイプ椅子が転がった。
警官が一瞬、呆気にとられたが井藤を拘束した。
「……なんで」
ラルドがポカンと口を開けた。
「?」
「天輝はどうして暴れない?」
「?」
「奏が殴られたぞ」
「うん」
「自分のメスを護るためにオスは命を懸けるべきだ」
「そこ? まぁいいけど、オスがメスに護られることの方が多いのよ」
琴葉はそう言ってクスクスと笑った。
「でも…」
「それに、奏さんは自分から飛んでいるから」
「?」
「平手打ちで、あんなに綺麗に吹き飛ぶ人なんていないわ」
ラルドは目を丸くした。
「じゃあ…」
「騒ぎを大きくしたかったの」
琴葉はテレビへ視線を向ける。
「それに…」
少しだけ口元を緩めた。
「あの人、ちゃんと撮ってると思う?」
「え?」
「鏡越しだったでしょ」
ラルドは一瞬考え込み、次の瞬間「あっ」と声を漏らした。
琴葉は悪戯っぽく笑う。
「だから奏さんは、煽ったんだよ」
そう言って、琴葉はラルドにどや顔を向けた。
ラルドはしばらく口を開けたまま固まっていた。
「人って……意外に面倒?」
ラルドはぽつりと漏らした。
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




