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水琴のしらべ~謹んでお断りいたします  作者: 麒麟


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scene-11 人生とは…後悔の連続化もしれません!

本作品はフィクションです。

登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。

また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。

男は椅子に背を預けるように持たれながら綾乃を見つめた。

少し間をおいてから前のめりに座りなおす。

「今回は、たまたま学校側の補助が残っていまして」

男は申し込み用紙を横へ避け、申請用紙と書かれた紙を置いた。

「資格取得助成申請…」

「ええ。こちらは無料になります」

山のひとつを指でぐっと抑えた。

「こっちは半額」

隣の山を指で抑える。

「こちらは1割ですね」

「でも…」

「ざっと4割ぐらい減りますね」

男はニヤッと笑って見せた。

「特別ですけどね。いまなら僕の決済でできるので」

「本当ですか?」

綾乃の表情が少しだけ明るくなった。

正直、悪い人じゃないと思う。

でも、何か気持ちが悪い。

向けられる視線もまとわりつくような厭らしさを感じてしまう。

まるで値踏みをされていくような感覚は気分の良いものでもなかった。

6割の支払いなら…持っている現金で賄えそうだ。

もう一度時間を合わせて会いに来るのは嬉しくない。

名乗りもしない。

名札もついていない。

職員が何も言わないところを見ると職員であるのは間違いない。

手続きもできているし。

「もちろんですよ」

男は静かに言った。


喰いついた。

そう感じた瞬間、男は安堵の表情を浮かべた。

綾乃が警戒を解いたことを確信した。

ここから先が本番だった。

「現金にされますか?」

「いいのですか?」

「もちろん。学生生協は、学生の味方ですから」

「他の人も…利用できるんですよね?」

「もちろん」

男は、ふっと笑みをこぼした。

「ただ、補助枠には限りがありますから。ご案内できる方は限られるんです」

「…そうですよね」

「お友達でお困りの方がいれば、お声掛けください」

「いいんですか?」

「はい。誰もがというわけにはいきませんが」

男は言葉を区切った。

テーブルに手をつき、身体を浮かせて顔を近付けてくる。

「ただ、誰彼構わずにはならないので、僕に声をかけてください」

男はスッと申請用紙を綾乃の方へと送り出した。

これで、自分だけが特別扱いされていると思うだろう。

女という生き物は特別扱いを求めている。

幾つになってもそれは変わらない。

その気持ちをくすぐればいい。


「え」

結衣は隣のブースへ視線を向けたまま、息を呑んだ。

ふわりと黒い靄のようなものが浮かび上がる。

「どうかした?」

小声で結衣の視線を追いながら枦木が尋ねた。

結衣は首を横に振る。

黒い球が集まった靄。

その反対に、人の想いのように色とりどりに揺れる光の球。

そんなものが見えることは、誰にも話したことがない。

話せば変な子だと言われるだけだと、昔から知っている。

だから黙っている。

それでも今日は、その黒さだけが急激に膨れ上がっていくように見えた。

胸の奥がざわつく。

気持ちが悪い。

でも、いまはここを離れたくない。

黒い靄だけが、まるで綾乃を飲み込もうとするように膨れ上がっていく。

こんなに濃い靄を見るのは初めてだった。

何が起きているのかは分からない。

ただ、嫌な予感だけが胸の奥で静かに大きくなっていった。


綾乃は、申請用紙と男の顔を交互に見ながらペンに手を伸ばした。

「支払いはどうされますか? 下ろしに行かれるなら、時間を決めて戻ってきますよ」

「そんな…申し訳ないので、いま」

「え?」

「参考書を買う予定で持ってきていたのですが、カード決済ができたので」

「なるほど」

男は、指で書く場所を指さしながら会話を続けた。

本当は指差しをする必要はない。

書類を読めば記載すべきところはわかる。

それでもするのはサポート感を上げるためだった。

何よりも言われた通りにしていることで考えるのを削ぎ落としてもいた。

「あ」

「え?」

「申し訳ない。ひとつ言い忘れていたことが」

「………」

「そんな緊張しなくて大丈夫です」

「でも」

綾乃の手が止まる。

「軽減を受けた講座だけは欠席しないでくださいね」

「あ…そうですよね」

「ええ。早い者勝ちな感じがあるので」

男は言葉を止めた。

綾乃の視線が自分の方に向くのを待つ。

「補助が無駄になるのは申し訳ないので」

男は苦笑を浮かべたまま、綾乃が書き終えるのを待った。

「ありがとうございます」

男はそう言うと書類の最終チェックを始める。

「これで、問題ありませんね。あ、もし良かったらですが」

「何か?」

「通常三万円ですが無料で受講できます。いかがですか?」

「え、でも」

「ほとんど趣味な講座になりますが…ご興味があればお友達作りにも繋がりますよ」

綾乃は少しだけ迷ってから頷いた。

「…じゃあ」


「確かに」

男はお金を受けとると立ち上がった。

手を挙げて職員を呼ぶ。

職員が領収書帳を手に駆け寄ってくる。

「あ…改めまして」

何かを思い出したように男は言う。

名刺を差し出した。

「学生支援課、飛鳥大学学生生協事務局の柴山です」

穏やかな笑顔だった。

綾乃は疑うこともなく、その名刺を受け取った。

「神崎綾乃です」

名前を交わした。

それだけのこと。

その時は、そう思っていた。

あれから少しずつ学生生活が動き出した。


でも、結衣を紹介することになった。

結衣に頼まれたまま、枦木を頼った。

枦木は確かに良くしてくれた。

柴山が薦めてきた資格のひとつひとつを丁寧に説明してくれた。

そこに隠れていた危うさも説明してくれた。

ただ気にしなければ、問題にならない程度のことだった。

枦木は「巧妙だね」と苦笑した。

柴山が組んだ講座を一つずつ整理してくれた。

親身になって、一緒に過ごす時間が増えた。

ただ、組織としては看過できない問題が混ざっていたらしい。

それでも組織が動くには時間がかかった。

その間も、柴山は何事もなかったように学生と接し続けていた。

だから、結衣が柴山に近付くことになった。

でも、時間の経過は残酷なもので疑いは続くものではない。

最初は就職に役立つ資格を一つ習得した。

学生生協主催の勉強会へ参加し、試験に合格した。

「おめでとう」

そう言われるだけで嬉しかった。

少しだけ自信が持てた。

友達もできた。

勉強することが楽しくなった。

努力すれば結果が返ってくる。

疑う理由など一つもなかった。

そんな当たり前のことが、綾乃には新鮮だった。


二年生になった頃。

「神崎さん」

学生生協顧問の柴山壽が声を掛けてきた。

「頑張っているみたいだね」

結衣は少し照れながら頷いた。

「今日届いたばかりで、まだ生協では掲示されていないんだけど」

と手にしていた封筒の中から1枚チラシを取り出した。

「どうかな?」

見せられたチラシは『認定心理士』についてだった。

幾つかの科目は選択講義で履修している。

ただ二年生で追加講義を入れる必要がある。

「スケジュールの見直しは必要だと思うが、3年生に回せるものは回すというのも」

ぬらりと興味に触れる言葉を拾い上げながら柴山は口にする。

「ん~」

「無理はしなくてもいいよ。ただ、補助が出る科目だから」

その言葉にうっかりと引っかかってしまう。

「できますかね」

「卒業までに単位が取り切れなくても、通信で習得可能だから履修すれば認定されるらしいよ」

「曖昧ですね」

「何せ、いま貰ったばかりだからね。まだ研究の余地はある」

悪びれた様子もなく柴山が言う。

確かにその通りだ。

それに通常の授業の中に幾つか入っていることを考えれば…悪くない話だ。

問題は、追加分だ。

それが可能かどうかが、そこが問題になる。

「ちょっと考えますね」

「あまりゆっくりできないから早い目にね」

「ですよね。講義決めないといけないし」

結衣は苦笑する。

「あ、もう少し時間いかな? 会ったついでと言っちゃなんだけど」

「何ですか?」

オープンカフェのテーブルに柴山がパンフレットを並べ始める。

医療。

福祉。

心理。

キャリア。

聞いたこともない資格が並んでいた。

「いましか学生価格では受けられないやつばかりなんだけど」

「ええ」

「学生に人気がないらしくてさ」

「え?」

「時間が取れたらでいいんだけど…どれも通信系なんだけど」

「………」

結衣は黙ってパンフレットを手に取りながら柴山の嘆きを右から左に流していた。

この一年間、申し訳ないが行動を見てきた。

残念だけど巧妙に講義を受けられるように組めるのを確認してから来ている。

そういう意味では抜け目のない妖怪といえる。

…容姿も何となく妖怪に見えてしまう。

「これとこれは…100%補助」

「えっ」

「ただし条件が、資格証の写しで申請して戻ってくる感じ」

少し残念そうに言う。

ただ気にかかる心理系の民間資格だった。

さすがに一年生の時に受けている資格講座から選んで持ってきているだけはある。

「これに加えて、これは無料になる。ただ、1日の対面授業があるけど」

これが手口だと解っている。

問題は、これにメリットを見ることができるか、ということになる。

枦木の説明では、学校の補助制度は利用実績が翌年度の予算に反映されるらしい。

つまり、利用者が少なければ補助そのものが縮小される。

学生課も学生生協も、利用者を増やしたい事情はあった。

その事情は理解できる。

それでも時間的な都合を確認する必要はあった。

結衣は紹介された5つのチラシを受け取り「検討します」と離れた。

「ほんと、お願い」

「将来きっと役に立つ。俺が保証するから」

そう言われると断れなかった。

頑張れば頑張るほど、次の資格を勧められる。

期待されているわけではないが、使えると思われている。

少なくとも、補助を受けるにあたって幾つかの要件はクリアする必要はある。

それも、クリアできるように推し量ってくる。

策士というものかもしれない。

結局、綾乃も受けたいと言われて一緒に受講することになった。

問題は見つからなかった。

枦木も新藤も確認してくれた。

だから疑わなかった。

いや、信じてしまった。


三年生になり実習が始まると事情が一変した。

授業と実習だけで一日が終わる生活に加えてレポートが混ざる。

バイトのシフトも減らすことはできても休むことができない。

塾の講師や家庭教師に代えが利かない。

これが罠だったのかどうかもわからない。

ただ、2年近くかけて柴山は学校側から追及を受けた。

内容は横領だった。

誰も気付くことができなかったのは、会計事務の担当者と生協の事務局長がグルだったからだ。

でも、ときは既に遅かった。

申し込んだ講座を受ける時間がないことも問題になった。

基礎授業と専門授業が優先される。

当たり前だが落第をする気はない。

ただでさえ神学の就職先は厳しい。

好きで通っている学部。

趣味で勉強を続けるにしても、親にそれ以降の迷惑はかけられない。

学生生協の事務所には連日「キャンセルできますか?」と学生が押しかけている。

「返金できますか?」

「講座の申し込みがされていなかったそうですけど」

そう尋ねる学生は少なくなかった。

そこで初めて知る。

返金どころか、講座への入金そのものが行われていないものまで見つかった。

受講資格のない講座まで申し込まされていた学生もいた。

一つ問題が見つかるたびに、また一つ。

柴山が積み上げてきたものは、静かに音を立てて崩れ始めていた。


結衣の目には、学生会館全体が真っ黒な靄に包まれていくように見えていた。

気持ちが悪い。

逃げ出したい。

でも…

もしかしたら、自分も同罪かもしれない。

得ている資格は民間も含めて確かにある。

利用されたとはいえ、その資格を手にしたのも事実だった。

あの時、何も疑わなかった。

もし、あの時もっと早く気付いていたら…

そんな後悔だけが胸の奥に重く沈んでいた。

でも、それが無理なのもわかっている。

自分が騙されないように、そっちに意識が言っていた。

その結果、その恩恵を受けてきたのは結衣自身だった。

「結衣」

振り返ると綾乃がいた。

その隣に枦木がいる。

いつの間にか恋人になっていた二人。

不謹慎かもしれないが羨ましいと思ってしまう。

「綾乃は大丈夫?」

「うん、私は…追加講義だけ」

「同じか…資格取得では騙されていないけど…というところかな」

結衣は苦笑した。

苦笑しか出なかった。

「明日から実習でしょ?」

「うん、結果は見れないのかな?」

「まだ、何日かはかかるよ」

枦木が綾乃の肩を抱きながら言う。

その2日後だった。

大学側が記者会見を開いたのは…

お読みいただきありがとうございます。


基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。

ご意見、ご要望あればうれしいです。

アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。


タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。

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