慧眼を持つ町 5
「――っ!?あ、あなたは…!?」
突然、その華奢な聖女は息を呑んだかと思えばどこか怯えたように声を上げる。まるで予想だにしない来訪者にでも会ったと言わんばかりの驚愕の仕方に、少女は少しばかり機嫌を損ねた様子で口を開いた。
「…別にいきなり現れた訳でもないでしょ」
「あっ…こ、これはご無礼を…。何分、見慣れない方でしたので…」
少女が臍を曲げたとでも察したのか、聖女はまごまごとしながらも謝罪の意を示す。そこには確かに他意は含まれていないようだったが、どうも少女は気に食わないようだ。わざとらしく鼻を鳴らしたかと思えば視線を敢えて合わせないように逸らしながら、
「―それで、早速いい?」
「あ、えっと、ごめんなさい。すぐにでも…!」
少女の催促にわたわたと慌ただしく準備を始める聖女。己の周囲に集め置かれている物に慎重に触れるようにして、手探りに確認していく。――やはり、彼女は眼が見えていない。
まぁ、顔を布で覆われているのだから当然だと言えばそうなのだろう。しかしそれにしては、こちらに意識を向けるときに限って存在をしっかりと捉えすぎているように感じる。その矛盾を孕んでいるような様子に少女は違和感を拭えずにいた。
「ねぇ、貴方は見えているの?」
「――いえ、全く」
ふと口をついて出た少女の問いが聞こえた聖女は、忙しなかった手を止め優しい微笑みを浮かべながらそう答えた。確かに少女を見据えて。そして、隠しきれない困惑を見せる少女へと向き直りこう続ける。
「ですがご安心ください。その姿は見えずとも、貴方のことはこの”眼”で視ることができますので」
「あぁ…だから、聖者様なのね」
緊張したものから移り変わった聖女の従容たる態度を受け、少女はどこか腑に落ちた様子を見せた。それに対しても聖女は穏やかなまま頷く。少女は、目の前の聖女が嘯いているとは疑わなかった。その立ち振る舞い、そして先ほどから感じる気配から彼女は視えているのだと納得した。なるほど、”聖者”と言うだけの所以はしっかりとあるらしい。しかし、依然としてそれだけでは信用に足るものではないのだが。
「そう…ですね。誰もがそう慕ってくれています」
聖女が顔を伏せ、僅かに視線を逸らす。程なくして少女の方へと戻すと、ふぅっと軽く息を吐き、
「―では、何を視ればよろしいでしょうか?」
「…希望を出せるの?」
「はい。可能な範囲であれば何でも」
へぇ、思ったより融通が利きそうだ。しかしそうなると一体何を尋ねようか。唐突に思い当たる話題が浮かぶ筈もなく、少女は少しばかり戸惑いを見せる。事前に知っていれば概案は決めていたのだが…。
「――ねぇ」
「はい?何でしょうか?」
「どんなことを聞かれることが多いの?」
「えっと…そうですね…。大体の方は”導きの言葉”――助言をお尋ねになられる場合が多いかと…」
「それは何に対しての?」
「…一概には言えません。各々の真に必要な事柄が対象になる故に、その内容は多岐に渡りますので…」
きょとんと間の抜けた返事の後、聖女は宙に意識を向けてそう言った。助言。導きの言葉。まぁ確かにこういった場では強く望む者がいることも理解できる。さて、それがどれほど当てになるか、だが…。
「――じゃあ、取り敢えず助言を頂こうかしら」
少々の静寂の後、少女のあっさりとした回答がそれを破る。だが聖女にとっては期待したものではなかったらしい。その面を硬く渋いものにして、僅かに重々しく首を縦に振った。
「…承りました。それでは」
聖女はゆっくりと時間をかけ深呼吸を行う。全身の空気が入れ替わるように、深く、長く。この彼女達しかいない大講堂ほどの空間に微かな吐息の音が反響し、二人を包む空気が張り詰めていく。
聖女は意識を鋭敏化させる。彼女は他人のように光によって周囲を認識することができない。だがその代わりに対象の気配とでもいうのだろうか、彼女はそれを”視る”ことができる。そしてそれが放つものの特色や傾向などから、各々が持つ問題点を詳らかにしてそれぞれに沿った提案を行っている。…ただ、それだけだ。今回もそれだけで済む筈だった。
「……何も、視えません」
けれども、今”視えている”ものは、感じているものは、未だかつて見たことのない得体の知れないものだった。
「へぇ」
「あっ、す、すみません。その…、より正確に申し上げますと、私が貴方様をはっきりと捉えられないのです。まるで何かに阻まれているようで…。ですので敢えて言うなれば、貴方様は”何事も妨げられる”ことになる、と…」
ぽつり、と少女の声が響き、不快にさせてしまったのではないかと焦った聖女が矢継ぎ早に言葉を繋げる。そのうち聖女の言い分も無くなり、まくしたてるように続いていた言葉も間延びした場繋ぎのものが増えていく。そして遂に再び空間が静寂に支配され、言い表せないもどかしさが暫く二人の間を流れる。
どれ程の時間をそうして押し黙っていただろうか。酷く長く思えたこの空気を破ったのは、少女が身に纏う雰囲気を変えずに放ったただ一言だった。
「…そ。残念」
彼女はあまりにもあっさりと引き下がる。はなから興味など持ち合わせていないかのように。…いや、期待外れな回答による失望なのかもしれない。
「――あ、あのっ…!」
気付けば、聖女は立ち去ろうと背を向ける少女を呼び止めていた。後に続ける言の葉も用意せずに。
「…なに?」
気怠気な溜息とともに彼女がゆっくりと振り返る。そのどうにも好ましく思えない態度に、聖女は萎縮から声が詰まらせ顔を逸らす。が、それでも呼吸を整えてからもう一度顔を向き合わせて、
「その、この町にはどれほど滞在されるご予定ですか?……もし、暇をお持ちであるならば、今からお伝えする場所にいらっしゃってください」




