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慧眼を持つ町 4


――翌朝。彼女はいつもよりも早く目を覚ました。だが、活動を始めたのはいつもよりも遅かった。

窓から微かな朝日の入る部屋で、ぼうっと身動きをとらないままに過ごす。ただただ日の光が明るく、深く拡がっていく様を眺め続けている。そうした呆けていた時間がやけに長かった。

「アンナ?そろそろ起きないのかい?」

どれほどの間をそのままで過ごしていただろうか。なかなか起き上がる気配をみせない少女に対し、剣は怪訝そうな様子で訊ねる。だがその声に応えようとする素振りも見せず、身じろぎもしないまま天井に虚ろな視線を向け続ける。それから少々の間の後に、ようやく気怠そうに口を開いた。

「…いいでしょ、まだ時間には早いんだし」

ゆっくりと身体を動かしたかと思えば、そっぽを向くようにして寝返りを打つ彼女。まだベッドから離れる気はないらしい。

「へぇ、君にしては怠けたことを言うね。いつもはもっと無駄に急いているってのにさ」

「別に。そんな日もあっていいでしょ」

やけに棘の含んだ言い回しからも剣は彼女へ対抗心を煽り立てるように挑発をしている。それに少しは感情の起伏を見せる少女だったが、しかしすぐに落ち着いたかと思うとため息とともにそんな言葉を口にする。

どうやら、剣が思うよりも彼女は余程億劫らしい。

「――そんなに嫌なのかい?」

「大丈夫よ。逃げるようなことはしないから」

彼女はそう答えるが、(それ)が気になるところはそこではない。彼女ならばわざわざ取り付けたそれをすっぽかすようなことはしないと言い切れるだろう。たとえそれが不本意なものだったとしても、だ。

だからこそ、剣はそれが気がかりだった。

「…ふぅん。ま、僕は君が血迷ったりしなければそれでいいんだけどね」

しかし剣は仕方なくといった様子でため息をつき、それ以上踏み込もうとしなかった。わざわざ追及するようなことでもない。どうせ意味のないことだ、と。

「…大丈夫だから。貴方のお節介なんていらない」

そして少女も余計な言葉を発そうとせず、ぽつりと半ば独り言のようにか細く答える。

それから日が高く昇りきるまでの暫くの間、一つの小さな宿部屋が動くこともなく音もない静寂なものとなった。

彼女が持つ受付用紙に記されている予定時間が迫り、そろそろ出発しなければ間に合わなくなるといった頃合いになって初めて彼女が動き出す。むくりと上体を起こし、深いため息をついてやっとベッドから立ち上がる。

「…さ、行くわよ」

「時間は大丈夫かい?余裕はなさそうだけど?」

「大丈夫。遊びを持たせる必要がないから」

珍しく移動時間しか考えていない行動開始に、わざとらしい指摘をする剣。だが少女が言うにはそれは逆に無駄になるらしい。一体何故なのか。それは町に出た時におのずと判った。

この町は混雑をしない。より正確に言えば、行き交う人々の流れは決まっているのだ。そのため街並みは効率よく整備され、雑踏を塞き止めることのないものとなっている。だから彼女の予想通り、目的の場所に到着したのはきっかり予定時刻だった。

「へぇ、すごいね。どんぴしゃだ」

「…こういう(ところ)は全部決まっているから、分かりやすいのよ」

素直に感心した剣は少女を称賛するが、彼女はまるで当然のことかのように顔色一つ変えない。そして一層人だかりの出来ている場所、行列の先を目指して迷いなく進む。そこは当然少女の――いや、この町に訪れる者皆の目的地である大聖堂。”聖者の待ち受ける場所”である。

「それにしても、凄い建物だね。流石はこの町の象徴なのかな?」

「…そうね」

その一際荘厳で絢爛な姿には、立ち並ぶ人々も思わず息を呑み全貌を見上げている。なのだが少女だけは気怠そうに列の先を眺めているだけ。その目には期待の色は見えず、むしろ後悔の念すら感じ取れる。明らかに周囲と真逆の雰囲気を放つ彼女は、正に異質な存在として目立っていた。

しかしそんな彼女を気に留めようとする者は誰一人としておらず、皆が今か今かと門番の兵士に順次案内されていく列の先頭を見送っている。別に何か起こっているわけでもないのに、食い入るように見つめる者ばかりだ。

やがて少女の順番へと到達する。他人のような期待とは別の何かを膨らませながら彼女は衛兵と相対する。衛兵は彼女から受付用紙を受け取り、入念に確認した後に顰め面を柔らかい笑顔へと砕けさせて道を開ける。やっと待ち望んでない対面の番が回ってきた。

建物の中は外見からも想像できる通り、豪華で矢鱈とだだっ広い空間が拡がっている。果たしてどう使用するつもりの場所なのか…。

ふと、その先。この中心にぽつんと座る人影。それはそこから動く気配もなく、ただこちらを待っているかのようだ。こんな状況ではあまりに不気味に映る光景だ。

しかし更に異様に思えたのは、その人影の姿。素朴だが高貴さの漂う上質な絹を纏ったそれは、顔の上半分が完全に塞ぐように隠された華奢な娘だった。

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