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79.夢見た未来へ向かって




「それで、カサンドラ。僕にも君に聞きたい事があるんだ」


カサンドラの疑問が解決した所で満足して紅茶を飲んで体を温めていると、落ち着かない様子で身動ぎをしだしたロビーに声を掛けられた。

私はティーカップを置き、手をひらりとさせて先を促す。


「えぇ、どうぞ」


「この間の夜、君は僕に言ってくれたよね?

えぇと、その……君も僕の事をーー」


「愛してる?」


「うん、そう。良かった。

あの夜僕達の二人にあった出来事は全て、僕の強い願望が作り出した空想かもしれないと思ってたんだ」


「まぁ、そんな風に思っていたの?

私、貴方にキスをしたわ。ちゃんと覚えてる?」


「もちろん覚えているよ。君がキスしてくれた事を忘れる程、僕は大馬鹿者じゃない。


ただ僕にとって君は、欲しくて堪らないけれど僕には手が届かない天使のような存在なんだ。

突然リボンを巻いて『僕のものだ』と差し出されても、夢のようですぐには信じられない」


ロビーに信じて貰えなくて当然だわ……。

だって私は何度も彼を傷付けてしまったし、彼の想いを踏み躙るような事もしたんだもの。


カサンドラは自分の軽率な行動が招いた事態に戸惑い、過去の自分の胸ぐらを掴んで強く揺さぶれたら良いのにと思った。 いっそ自分の首を締めてやりたい。


私はロビーの言葉をしっかりと受け止め、暫し口を噤んで言うべき事を考えた。

間違える訳にはいかない。ロビーを失いたくないのなら尚の事。


私は不安に揺れるロビーのエメラルドの瞳を真っ直ぐに見つめ、誠実に自分の思いを伝える


「私の言葉が信用出来ないのなら、ロビーが信じてくれるまで毎日貴方に愛していると言うわ。

貴方が信じてくれるまで何年でも、何十年でも」


私はどうして素直になれないのかしら?

まだダメ。彼の心を動かす言葉はーーー


「私はもう、ロビーが欲しくて堪らない。

貴方への愛に囚われた私を少しでも哀れな女だと思うのなら、どうか私の愛を受け止めて欲しい」


「カサンドラ……!」


ロビーは突然席を立ってテーブルを回り、思いの丈をぶつけて頬を紅潮させているカサンドラの傍へと急ぎ足で歩いて来た。

私の手を取って立ち上がらせると、もう耐えられないといった様子で私を彼の腕の中へと抱き寄せた。


「ロビー……信じてくれるのね」


「あぁ、信じるとも。君の愛を信じる」


ロビーの逞しい胸板に頬を押し当ててうっとりと彼の温もりに包まれていると、落ち着かない様子で身動ぎした彼に顔を傾けさせられる。

お互いの熱情をはらんだ瞳を見つめ合せた後、どちらからともなく顔を近付けて口付けを交わした。


彼の熱心で甘いキスに酔わされたように体がかっと熱り、つま先立ちしていた足が震えて立っていられなくなる。

カサンドラがよろめきそうになるとロビーがキスを止め、きつく抱き寄せて支えてくれた。

唇が離れてしまって残念そうにするカサンドラの表情を見たロビーは穏やかに笑いを溢し、朱に染まった彼女の頬を撫でる。


「僕がきちんと支えてるから、もう一度キスしても?」


「えぇ、もちろん。私からもお願いしたいわ」


お互いの額を触れ合わせながらクスクスと笑い合った後、どちらの願いも叶えられた




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「カサンドラ、本当に僕で良いのかい?」


彼とキスを交わしたせいで熱った体を落ち着けようと椅子に座って紅茶を一口飲んでいると、傍に立つ彼が神妙な表情で問い掛けてきた。


どういう意味かしら?

まだ私が彼を愛している事を信じられないということ?


怪訝そうに眉を潜めてロビーの方を見つめる私に、彼は慌てて付け加えた。


「カサンドラの事を信じていない訳じゃない。

僕のせいで君の品位を貶めてしまうようで怖いんだ。高貴な君は、貴族の妻になってこそ相応しい」


ロビーが沈んだ声色で話してくれた事をしっかりと考えた後、そんなのは取るに足らない事だと自分で結論付けた。


「家柄の事を言っているなら、『そんなものは、愛し合う事を諦める理由にはならない』と言わせてもらうわ」


彼は驚愕に瞳を丸めながら私を見つめた後、再び重い口を開く。


「僕では君に豪華なドレスも、美しい宝石もプレゼントしてあげられないんだよ」


「私は豪華なドレスが無くても平気よ。どんなドレスでも、私に似合わない服なんて無いわ。

ボロボロの服だってとびっきりキュートでゴージャスに着てみせる。

それに私には宝石は必要ないの。だって輝きを奪われる宝石が可哀想でしょう? 」


悪戯っぽく瞳を煌めかせるカサンドラを見て、ロビーは思わず頷いてしまう。


「確かに、カサンドラは宝石が霞んでしまう程に綺麗だ。

でも君の故郷のウィルアールは気候が恵まれているようだね。 此処で暮らしていたら、君は体を壊してしまうかもしれない」


「バカバカしい。もうグレスティンで一ヶ月も暮しているのよ?

むしろ此処へ来る前よりも、身も心も強くなった気がするわ」


「そうだね。今の君は生き生きしているよ」


この話題が上がった時は神妙な表情だったロビーは、今ではもう表情に不安の色は見えない。

ロビーは私の淡いブロンドの巻き髪に手を差し込み、指先に巻いて弄んでいた。


カサンドラはもう一口紅茶を飲んでカラカラになった喉を潤した後、未来を得る為にもう一つ言わなければならない事を伝えた。



「貴方は先日、私に夢を話してくれたわね」


「夢?」


「そう。仕事から帰って来た貴方と暖炉の前でキスをして、その後に私と貴方の子供達を一人一人抱き締める。

夕食の後ーー」


「夕食の後、ベッドに入る前に君とチェスで『一つだけ言う事を聞いて貰える権利』を駆けて一勝負する。

確かに君に話したね。

君に片思いしていた僕は、無謀にも僕達の未来を夢見てたんだ」


カサンドラはロビーの方を見上げ、大輪の花が咲き誇るようににっこりと微笑んだ。


「ロビーの話してくれた夢は、私が小さい頃から思い描いていたものと同じだったのよ。

貴方は私がずっと夢見ていた男性だわ。ずっと会いたいと願っていた、私の唯一無二の存在」


そうなのだ。私が幼い頃からシャーロットと話していた『結婚したい理想の男性』は、全てピッタリとロビーに一致していた。

むしろ彼と結ばれる事を予知していたのでは無いかと思う程に。


出会ったらすぐ分かるものだと思っていたのに、この人だと見抜くのが遅くなってしまった。

カサンドラはあの襲撃された恐ろしい夜、心からロビーを信頼して彼の胸に飛込んだ時にようやく気付いたのだ。


カサンドラの笑顔を見つめたロビーは再び我慢出来ず、駆り立てられたように屈んでカサンドラへ唇を重ねた。

名残惜しそうに唇を離しても、至近距離で熱に浮かされたようにお互い見つめ合いながら言葉を紡ぐ。


「伯爵はきっと、僕達の結婚を許してくれないだろうね」


「お父様もお母様も優しいけれど、私の結婚となると口煩くなるわ」


カサンドラは考えを巡らせた後、茶目っ気たっぷりにブルーの瞳を輝かせた。

私の無邪気な瞳の煌めきを目にして誘われたのか、再び顔を近付けて来たロビーの唇に人差し指を押し当てて彼の情熱を宥めた。


「待って、だめよ。話を聞いて」


「待ちたくない。けど、君の願いなら仕方が無い」


「良い方法があるわ。

あのね、ガートリー・ロザに行って結婚するの」


ガートリー・ロザとは、グランヴィル領の南部にある、何の変哲もない小さな町だ。

だけどこの町は、誰もが一度は耳にした事のある有名な町なのだった。


何故ならガートリー・ロザは『駆け落ちの名所』でもあるのだから。



カサンドラの提案に、ロビーの美しいグリーンの瞳が煌めいた。 そして彼の唇へ押し当てている人差し指にチュッとわざと音を響かせてキスをする。


「そうと決まったら一刻も早くガートリー・ロザへ行って結婚しよう。

僕の妻になった君を早く愛したくて堪らない」


「結婚したら、ヒース・コートで暮らしても良い?」


「カサンドラが傍に居てくれるなら、僕は納屋だって構わないよ」


私はロビーの軽口にクスクスと笑みを溢した後、手を外して彼の唇へキスをした。


「だめよ、それは私が許しません。

一緒の家で、一緒の部屋で過ごしてくれなくちゃ」


「夜も一緒に?」


「当然でしょう。私を一人で寂しく眠らせるつもり?」


「いいや、そんな事はさせるもんか。神に誓うよ」


目を見合わせて笑い合った後、ロビーが差し伸べた手を取って立ち上がる。


「それじゃあ行こう。今から乗合馬車に乗れば、夜にはガートリー・ロザに着く筈だ」


「貴方の花嫁になるのが待ち遠しいわ」


ロビーに手を引かれてヒース・コートを、グレスティンを出る。

誰にも邪魔されずに愛する男性の花嫁になる為に。



ガートリー・ロザでは正式な結婚許可証は要らない。

愛する恋人同士が教会で誓えば結婚が成立する。



この日の夜遅く、ガートリー・ロザでは新たに愛し合う恋人が、神の御前で永遠の愛を誓って夫婦になったのだった






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