75.色褪せていく
災難すぎる一夜が明け、カサンドラは近辺に住んでいる治安判事に事の次第を全て包み隠さず話した。もちろん自分の身分も全て。
治安判事は事件の収束を約束してくれた。
カサンドラがヒース・コートに戻った時には日が暮れるかという時間に差し掛かっており、クタクタに疲れていたカサンドラは大雑把に身嗜みを整えると、被害を免れた主寝室のベッドに倒れ込んですぐさま眠りに落ちた。
そして次の日のお昼頃目を覚ましたカサンドラはまず応接間に行って暖炉に火を起こし、それからはめちゃくちゃになった屋敷の片付けをする事にした。
グレスティンの町の親切な誰かが書斎の血痕を拭ってくれたようだが、散乱した家具や割れて床に散らばった窓ガラスの破片はそのままだ。
座り心地の良かった革張りの椅子が、ナイフで裂かれたように破れている事に気付いたカサンドラは泣きたくなった。
傷付いた執務机の上を片付けていると書斎にロイスが現れ、カサンドラは彼がまだ傍に居てくれる事に安堵する。
カサンドラの大切な屋敷がめちゃくちゃにされ、それらを一人ぼっちで片付けるなんて思い出を踏み躙られたような気分だった。
けれどロイスが居てくれるなら違う。
ヒース・コートに思い入れが強い者同士、彼も私も痛みを分け合えるのだから。
ロイスは嫌そうに顔を顰めながら書斎を見渡した。
「おいおい、めちゃくちゃにしやがって。誰の屋敷だと思ってるんだ」
「貴方のお気に入りデキャンターは無事よ。
私が機転をきかせて応接間に持って行ってたから」
「機転だと? お前はただ花瓶代わりに使っただけじゃないか」
「でも、此処に置いたままだったら粉々に砕けていたわ」
肩を竦めながら茶目っ気たっぷりにそう言ってみせたもののすぐに明るい表情は消え、神妙な表情でロイスを真っ直ぐと見つめた。
そして改めてロイスへと頭を下げる。
「ロイス、助けてくれてありがとう。そしてごめんなさい。貴方の大切な書斎がめちゃくちゃになってしまったわ。
貴方が此処から教会の方を眺める事が好きなのは知っていたのに、こんな事になってしまって……」
ロイスは素直な私の様子に一瞬だけ奇妙な表情をし、そしてすぐにその表情を消し去ると、片方の口角を吊り上げてニヤリと笑った。
「お前がしおらしくするなんて、今夜は太陽が昇るんじゃないか?」
「馬鹿にしているの?」
「いいや、そうじゃない。
要するにお前は俺の大事な姪っ子みたいなもんだ。世話を焼くのも悪くない」
「私、貴方に初めてお世話を掛けたみたい」
「冗談だろ」
私がめちゃくちゃになった書斎を片付けている時、ロイスはずっと私の傍についていてくれたし、話し掛ければ面倒くさそうにしながらも返答してくれた。
きっと私が気を落としてしまわないように、彼なりに心を砕いてくれているのだ。
暫くの間彼と書斎で一緒に過ごしていて気がついたのだが、数日前に比べてロイスはぼんやりとしている時間が多くなった。
今まで眠っている彼を見た事は無かったのに、ふと気が付いて彼の方を見ると目を閉じているという事が多々あった。
時間を置くごとに彼の燃える炎のような美しい赤い髪の鮮やかな色合いが薄れている。
私と同じ濃いブルーだった瞳も、今はだいぶ色褪せてしまったように見えた。
その時は、きっともうすぐ訪れる。
彼を失う時、私はどうなってしまうのかしら……?
シャーロットの時のように心が壊れてしまう?
カサンドラには分からなかった。
けれど一つだけ言えるのは、悲しみの感情だけではないということ。
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実は度々来客はあったのだが、カサンドラはそのどれにも応答する事は無かった。
何故なら書斎を片付けていたのと、ロイスと一緒に居られる時間はあとどれ程だろうかと悩んで居たせいで、玄関扉のノッカーの音に気付かなかったのだ。
ようやく来客に気付いたのは書斎の後片付けが概ね終わった午後四時を過ぎたあたりだ。
恐る恐る玄関扉を開けると、玄関ポーチには表情を曇らせたフレデリックが立っていた




