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71.英雄の剣が導く勝利を目指して




取り敢えずはロープが切れた。……でも、次はどうすればいいの?


残念ながら状況は先程までよりも悪化している。

カサンドラは両腕が自由になった事をアーサーに気取られないように身動き一つしないまま、忙しなく視線を周囲に彷徨わせて解決する糸口を探す。



アーサーは私の首にナイフをぴったりと突きつけ、私が暴れて逃げ出さないように体に腕を回して強く抑え込んでいる。


アーサーと睨み合うフレデリックは今、拳銃を床へと落として丸腰な上、人質を取られていて手も足も出せない状況だ。


私は私で間抜けみたいに人質にされて、一触即発のその場の空気に圧倒されている。


困り果てていた時、すぐ傍からロイスの声が聞こえてきた。


「カサンドラ、俺が合図したら奴の首にそのロープを引っ掛けるんだ」


ロープって……私の手首を縛めていたロープのこと?


「お前を抑え込んでるおかげで、お前の身長でも届く筈だ。

先ずナイフを持つ手を押さえて、こいつの首にロープを引っ掛る。その後思い切り引っ張って後ろに引き倒せ。

成功すれば、この男を気絶させる事が出来る」


そんな事突然今言われても、一体どうすればいいの…‥…?

私にやり遂げられるかしら?


けれど今はつべこべ言っていられない。

行動を起こさなければ簡単にアーサーに殺されるだけだ。



決意を固めたカサンドラは改めて真っ直ぐフレデリックの銀色の瞳と正面から目を見合わせ、その後視線を落として拳銃をじっと見つめてから、また再びフレデリックへ戻す。

要するに『武器を拾って』の合図だ。


けれどフレデリックは私が自分を犠牲にすると思ったのか、眉を潜めて鋭い瞳で私を見つめ返すだけで動こうとしない。


あぁもう! どうして武器を拾おうとしてくれないの?


自分の無力さが腹立たしくて、つい理不尽な怒りが込み上げてくる。

唇をきつく噛み締めていると、傍で緊張感の滲む声色でロイスの合図が聞こえた。



「今だ、カサンドラ」



合図を聞いたカサンドラは自分の首筋に突きつけられているナイフをアーサーの腕ごとグッと押しやり、腕の拘束が緩んだ隙をつき背伸びをしてアーサーの首にロープを引っ掛けた。


「ぐ…っ…!」


思い切り引っ張って後ろに倒そうとしたけれど、カサンドラの華奢な腕力では彼をよろめかせる事は出来ても、後ろに転ばせる事は出来ない。


「ふざけるな、あばずれめ!!」


思惑とは反対に、激怒したアーサーに力いっぱい払い除けられて執務机に背中を強く打ち付けた。

ハッと肺から息が吐き出され、数秒間息が出来なくなる。


アーサーは痛みで床に蹲るカサンドラに荒い足取りで近付くと、片手で首を掴んで執務机の上にやすやすと引き摺り上げる。


「「カサンドラ…!!」」


悲鳴に近い声でロイスとフレデリックに同時に名前を呼ばれるものの、当のカサンドラは首を掴んで締め付けているアーサーの手を必死で爪で引っ掻いていた。


「お前は男を馬鹿にするのが好きらしいな。俺はそんな生意気な女が大嫌いなんだ」


怒りに突き動かされているアーサーは奥歯を食い縛って歯軋りしながらも、口角を上げてニヤリと笑う。

けれどで私を見下ろす仄暗い瞳は笑っておらず、躊躇せずに左胸にナイフを持った手を振り下ろす。



応接間にドンという爆発にも似た発砲音が響き渡り、その後すぐにナイフが床に落ちるカランという金属音がした。


「…っ、くそ…! フレデリック、貴様ぁ!!」


アーサーは左肩を押さえながら私から離れた。

彼の右手が抑える場所は、赤い染みがじわりと服に広がっていく。


恐ろしい銃声に悲劇の晩の記憶が呼び起こされて執務机の上で暴れ狂う心臓を落ち着けていると、アーサーに向かって発砲したフレデリックが此方へ駆け寄って来て、呆然と瞳を丸めているカサンドラを抱き上げて床に下ろしてくれる。


フレデリックは私の姿を見遣った後、着ていたジャケットを脱いで私に羽織らせて手早く前ボタンをとめてくれながら口を開いた。


「カサンドラ、此処から逃げろ」


「貴方はどうするの、フレデリック……?」


「僕はアーサーを足止めする」


フレデリックは一瞬だけアーサーの方に視線を向け、それに釣られて私もそちらへ視線を向ける。


ブロンドの髪の青年が慌てた様子でアーサーに駆け寄って怪我の手当をしようとしていたが、怒りに駆られたアーサーは青年の方など見向きもしない。

悪魔さながらの表情でフレデリックとカサンドラの方を憎々しげに睨み付けているだけだ。


私達は生きて朝を迎える事が出来るのかしら……?


不安が表情に表れていたらしく、フレデリックは私の方を愛しげな眼差しでじっと見つめた後、私の手に銃を握らせた。


「これは君が持っていて欲しい。

弾はあと一つしかないが、きっと君の役に立つだろう」


私は驚愕に目を見開いてフレデリックを見つめた。

彼の銀色の瞳には覚悟が滲んでいる。


「でもフレデリック、貴方他に武器が……」


「君を失う方が辛いんだ。

君は、僕の愛する人を守って欲しい」


カサンドラは此処に残って、彼の手助けがしたいと思った。

何故なら、この悲劇は全てカサンドラの責任なのだから。


でも、此処で私に出来る事は無い。私を守りながらではフレデリックが不利になる。


………今はまだ。

アーサーの意表を突く事が出来れば、勝利の可能性はある。


カサンドラは唇をきつく噛み締めながら思考を巡らせた後、執務机の上に放り出されたままの短剣を思い出した。

咄嗟に振り返って短剣を掴むと、フレデリックの手に無理矢理押し付ける。


「これを使って。

この素晴らしい英雄の短剣は、きっと貴方を勝利に導いてくれるわ」


カサンドラの想いを受け取ったフレデリックは穏やかに微笑み、アーサーに平手打ちされたせいで赤らんでいる方の頬に優しく手を添えて撫でた。


「ありがとう、そしてすまない。必ず君に勝利を捧げると誓う」



フレデリックが私の頰から名残惜しそうに手を離し、短剣を鞘から抜くのを見届けるなり、私は書斎の出口へ駆け出した。


背後からアーサーが『あの女を追え!』と命令するのが聞こえて来ても、怯む事も振り向く事もせずに




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