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幕間.あの夜、彼女に拳銃を持たせたのは




グレデナンド湾 オールド・アスレヤ監獄

朽ち果てた執務室にて



 崩れかけた暖炉の前に置いた椅子に深く腰掛けたアーサーは、今しがた此処へ戻った従僕からの報告を聞いていた。

 セオドアの報告の中にあった事柄で気分が良くなった彼は、冷酷な口元を吊り上げてニヤリと笑う。


「ふん、あの間抜けの方から俺に殺されに来るとは。つくづく俺は運がいい」


 レディ・ウィリアムズに罰を与える機会を得る為にセオドアに屋敷を見張らせ、逐一報告をさせているのだが、何やら憎きフレデリックがあの小娘に会いに来たらしい。

 女に会う為だけに遠くまで出向くなんて惨めな男だ。


 窓辺に立っているセオドアは落ち着かない様子で身動ぎをし、アーサーの機嫌を損ねないよう慎重に口を開いた。


「そうさ、君は凄く幸運な男だ。

レディ・ウィリアムズで従弟を誘き寄せる必要は無くなったんだから」


「確かに誘き出す必要は無くなった」


 アーサーの言葉に安堵したセオドアだったが、愉快げにククと喉を鳴らして笑いを溢すアーサーの表情は無情なものだった。

 彼のブルーグレーの瞳は、暖炉の暖かな炎を前にしてなお凍てつく氷柱のように鋭く冷たい。

 セオドアの背中には冷や汗が伝い、震えを抑え切れない。


「だが、俺はあのあばずれに虚気にされたんだ。相応の罰を与えねば気が済まない。

それに俺は、フレデリックに関わった女は皆不幸にしてやると神に誓ってるんだ」


 そこでアーサーは愉快げに瞳を煌めかせ、哀れなもう一人の女を思い出して悪魔のように口角を吊り上げて笑う。



「あの惨めなシャーロット・ウィリアムズのように」



 その言葉を聞いたセオドアはゾッとし、急いでアーサーの話を止めさせようとした。


「やめるんだ、アーサー!

何度も言うが、これ以上はレディ・カサンドラ・ウィリアムズに手を出さない方が良い。


そうじゃないと、君がレディ・シャーロットにした仕打ちまで露見してしまう!」


「レディ・シャーロット。あの女の心を打ちのめすのは愉快だった。

あの女の無様な最期の瞬間の話をお前と分かち合えないのが残念だ」


 アーサーは舞踏会で最期に見たシャーロットの姿を思い出し、ヒステリックに笑わずには居られなかった。

 あんなにも上手くいくとは、やはり自分は神に愛された幸運な男だ。



 フレデリックが妻を迎える事を許す訳にはいかない。 奴に子供が生まれたりなんかしたら、侯爵の地位を得る事は今よりずっと難しくなるのだから。


 そう思ったアーサーはフレデリックとシャーロットの婚約を知るや否や、影でこっそりシャーロットに近付いた。


 シャーロットの美貌の妹カサンドラは社交界デビューを果たすずっと前から注目の的だったし、地味で冴えないシャーロットが、美しい妹にコンプレックスを抱いている事は火を見るよりも明らかだった。



 だからアーサーはシャーロットに悪意を吹き込んだ。


『誰からも愛される妹は太陽のようで、お前はまるで誰の目にも留まらない影のようだ』と。


『今までのように、ようやく得た唯一の愛すらすぐに奪われるだろう』と。


『本当は要領のいい妹の事なんて愛した事は無いんだろう?』と。



 だがシャーロットは、中々アーサーの思い通りにはならなかった。

 妹に強いコンプレックスを抱いてはいても、聡明なシャーロットは動揺しつつもアーサーの悪意ある言葉に惑わされずに気丈に振る舞っていた。

 優秀さしか取り柄の無いシャーロットは、悪意に身を落とすのを随分と長い間拒み続けた。


 何より、自分を愛してくれるたった一人の妹を貶めようなんて考えた事も無かった。


 あの夜、愛するフレデリックに、カサンドラを理由に婚約破棄をされるまでは。



最後にシャーロットに会った時に言った言葉は何だったか………あぁ、あの時に言ったあれだ。


レディ・カサンドラ・ウィリアムズの社交界デビューの舞踏会で婚約破棄され、失意の表情で中庭に立っていたシャーロットに掛けたあの言葉。


『太陽のような妹を殺さなければ、お前に幸福が訪れる時は永遠に来ないだろう』


あの優秀なふりをして気取っていたシャーロットのブルーの瞳が絶望に染まった瞬間は傑作だった……!!

あの生意気な女のプライドを、俺は見事へし折ってやった!


あとはシャーロットが勝手に破滅するのを見ているだけで良かった。

それなのにーーー



 アーサーはそこで一度思い出すのを止め、テーブルの上にあったクリスタルのグラスを手に取り、半分ほど残っていたのウィスキーを一気に煽った。

 そして叩き付けるように大きな音を響かせながらテーブルへ置く。


 先程まで最高に気分の良かったアーサーは、今や最低の気分にまで落ちている。

 眉間には深く皺が寄り、無意識の内に歯噛みしていた。



 俺の計画では、新しくフレデリックの妻になるだろうカサンドラをシャーロットが殺し、シャーロットは『美しい妹に嫉妬して殺した気の狂った女』として世間から無様に爪弾きにされる筈だった。


 長いこと俺の思い通りにならなかったシャーロットは、自分の事を恨む両親や周囲の目に耐えきれずに自殺でもすれば、尚のこと成功だ。



けれど美しさしか取り柄の無い馬鹿女が俺の計画を邪魔した……!!

せっかくの完璧な計画も、あの女のせいで一からやり直しだ。

しかも死ぬ筈だったあの女は、未だに目障りな存在になっている!



 アーサーは剣呑な眼差しで暖炉の炎を見つめた後、地獄の底から舞い戻った悪魔のような低い声で言い放つ。


「計画を実行する時が来たようだ。

今こそ、憎きフレデリックと生意気なレディ・カサンドラ・ウィリアムズを地獄へ送る時だ」


 アーサーの不機嫌な気配を感じて身を縮こまらせていたセオドアには、アーサーの暴走を止める術は無かった。


「分かったよ、アーサー。

僕は君の勝利を心から願ってる」



 少なくとも、自分達の負けが決まっている訳では無い。

 アーサーと自分に勝利の女神が微笑む事を心から祈ろう





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