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67.フランシスの見つめる先




翌日。カサンドラは朝から忙しくしていた。

何故なら今日は、フランシスをヒース・コートへ招待したからだ。


私はどうやら、グレスティンの人達のお節介な性質に影響されてきているのかもしれない。

そうで無ければ、ロイスの曾孫であるフランシスを彼に会わせてあげたい、何て余計なお世話をする筈無いのだから。


それでもカサンドラは三ヶ月前までの自分、

つまり『自信に満ち溢れていて、周囲から好意を向けられる事を当然と思い、そのくせ心を向けるのは愛する家族だけ』という我が儘で内向的な自分より、今の自分の方が好きだった。


そしてその変化は彼女の生活にも表れる。


母が慈しんでくれたオーロラのような淡いブロンドの髪を惜し気もなく高い位置で一つ結びにし、生まれてから18年間一度もした事が無かった掃除をするようになった。


当然料理も同じだ。

今まで調理する前の食材をまじまじと見る機会なんて皆無だったにも関わらず、今のカサンドラはレシピを見ながら必死で厨房を行ったり来たりしている。


幼い頃から大好きだったドレスの新調も着まわしも、趣味のボンネット集めすら随分長いことしたいと思っていない。


今はただティーセットの準備をして身支度をし、来客に備えて応接間を美しく整えたいのだ。

応接間に積み上げたままだった本を図書室に運んで片付けていると、ロイスが珍しいものを見るような目でカサンドラを見つめてきた。


「お前が自主的に本を片付けるなんて珍しいな」


「読み終わった本を片付けるのは当然でしょう?」


「よく言う。『もう一度読むから』とかなんとか言って、俺が何言っても梃子でも片付けようとしなかったお前がか?」


ロイスはそう言うと、片方の眉をクイッと上げて表情だけでカサンドラに理由を問い質す。

彼の尋問に、私はにっこりと微笑んだ。


「たまには貴方の言う通りにしようと思って」


「いったい何を企んでる?」


「失礼ね。 私が善い行いをするたびに裏を探ろうとするのは止めてくれない?」


「なら、もっと慎重に行動する事だな」


ロイスの失礼な言動にムッとし、反論しようと口を開いたものの、玄関ホールの方から来客を報せる音が聞こえてきたので反論する暇が無くなった。


ロイスはブルーの瞳を茶目っ気たっぷりに煌めかせ、カサンドラをからかう。


「おい、またお前の騎士のお出ましか?

あいつも毎日大変だな。我が儘娘に惚れたのが運の尽きってやつだ」


「フレデリック卿じゃない筈よ。

彼には『今日は此処へ来ないで』と言って聞かせてあるから」


「なんだと? じゃあ、いったい誰なんだ?」


カサンドラは彼の質問に答えずに図書室から急いで階下へ向かう。

扉を開けると玄関ポーチにはフランシスが立っており、カサンドラを目にすると黒い帽子を脱いで一礼をした。


「こんにちは、レディ・カサンドラ。

午後のお茶に招待してくださりありがとう御座います」


「いらっしゃい、ミスター・ルベル。

来てくださって嬉しいわ。どうぞ入って」


フランシスを応接間へと案内して椅子を勧めると、座る前に彼の持っていたバスケットをカサンドラの方へと差し出した。


「今日のお礼です。

僕がお茶に誘われた事を喜んだシスターが、朝から張り切って用意していたんですよ。

貴女のお口に合うと良いのですが」


「まぁ、どうもありがとう!」


受け取ったバスケットを見てみると焼色が美しいスコーンと、ニ種類の具材のサンドイッチが入っていた。

どちらもとても美味しそうで、カサンドラの口元は自然と緩む。


「とっても美味しそうだわ。今すぐ教会へ行って、シスターにハグをしたいくらいよ。

お茶を準備して来るから寛いで待っていてね」


「はい、お待ちしています」


カサンドラは急いで厨房へ行ってバスケットから取り出したスコーンとサンドイッチをお皿に移し、そしてカサンドラが作ったイチゴのトライフルも一緒に銀のトレーに乗せて応接間へと戻る。



私が戻った時、ちょうどロイスが応接間へと姿を現した所だった。



 ロイスは何とは無しに客人の方を見遣り、そして驚愕に目を見開かせた。

 彼の濃いブルーの瞳は不可解に揺らめきながら、フランシスに釘付けになっている。


「なんてこった……」


 掠れた声で呟かれた言葉は、彼の感情の全てを教えてくれるようだった。

 カサンドラの行動が正しかった事を知らせてくれるようにも思えた。


やっぱりフランシスは、彼の愛するアメイサに瓜二つなのね。


 そんな気はしていた。

 フランシスは、ロイスが話してくれたアメイサの特徴に良く似ていたから。


 神聖な湖のような中性的な美貌、光の角度によって緑色の星が浮かぶ榛色の瞳。そして美しい銀色の髪。


 でもフランシスの目元の鋭さや勘の良さ、非常に背が高い所など、確かに端々にロイスを彷彿とさせるのだ。


 カサンドラは呆然とするロイスに、にっこりと笑い掛けたい気持ちをグッと堪える。


我慢しなさい、カサンドラ。

此処でロイスに笑い掛けたりしたら、私は虚空に笑い掛ける事になるわ。

そんなの、どう見ても頭がイカれた女じゃないの!


 カサンドラは努めて平静を装い、マホガニー製のテーブルに銀のトレーを静かに置いた。



 ティーポットを手に取ってカップに紅茶を注ぎ、トレーの上のシュガーポットとミルクピッチャーを指し示して問い掛ける。


「お砂糖とミルクはいかが?」


「では、ミルクだけ」


「分かったわ」


 二つのカップにミルクを注ぎ入れ、片方のカップをソーサーごとフランシスの前のテーブルに置いた。


 最初こそ、フランシスと何を話したら良いのやらと悩んだ。

 彼は今までカサンドラに群がったどの男性より静かな人だし、教会の牧師で自分の親戚という事以外、まだ殆ど彼の事を知らないのだから。


 けれど私が片付け損ねたスケッチブックを見つけたフランシスに、絵を見ても良いか訊ねられた事を切っ掛けに話は広がった。


「クリスマスローズですか。

随分と上手な絵をお描きになるんですね」


「まぁ、本当に? 」


「はい。まるでスケッチブックの中で、生き生きと咲いているみたいです」


 その言葉を聞いたカサンドラは嬉しくなって微笑んだ。


「褒めて貰えて嬉しいわ、ミスター・ルベル。どうもありがとう」


 実は私は昔から、絵を描く事が好きなのだ。

 春にはリュクス・ガーデンの庭園にランチボックスを持ちだして一日中花をスケッチしたり、大好きな物語の一場面を想像して挿し絵らしきものを描いた。


 けれど誰かに披露するほど洗礼されたものでは無いし、額に入れて飾った途端に味気無くなってしまうようで、何時もシャーロットに見せるだけにしていた。


 優しいシャーロットは花の絵を『まるでスケッチブックの中で凛々しく咲いているようね』と言ってくれた。

 物語の挿し絵を『物語に魔法をかけるなんて凄いわ、サンディー』と。



そういえば……


「貴方も絵をお描きに?」


「えぇ、ただの趣味ですが」


 それを聞いたカサンドラは嬉しげににっこりと笑い、自分の考えが合っていた事に喜んで一つ手を叩いた。


「やっぱりそうだわ! 牧師館でお茶をいただいた時イーゼルを見掛けたから、もしかするとそうかしらと思っていたのよ」


「景色を描くのが好きなんですよ」


「もしかして昨日も……?」


「はい、リィンベルの近くまで。

今の時期は山に雪が降りかかっていて美しいんですよ」


 リィンベルはグランヴィル領に横たわる雄大な山脈だ。

 暖かい時期は自然豊かで美しいと聞いた事があったが、冬の時期に雪を被った景色も素敵らしいとは知らなかった。

 カサンドラは俄然興味が湧き、自然が豊かで美しいグランヴィルが更に好きになる。


ずっと此処で暮らせるのなら……


「冬のリィンベルがそれ程までに素晴らしいとは知らなかったわ。

私もスケッチに行ってみようかしら」


「でしたらその時は、僕が一番美しいと思う場所へ案内しますよ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 お茶を終えてフランシスが応接間を出る時、不可解な事が起きた。


 窓辺でずっと私達二人の会話に耳を傾けていたロイスの方へ、フランシスがじっと視線を向けたのだ。

 ほんの数秒だったものの、私もロイスもその事に気付いて目を見合わせた。


もしかして、ロイスの事が見えているのかしら?

自分の曾祖父が居ると感じている‥‥?



 お茶の礼を告げて屋敷を後にするフランシスには変わった様子は無く、ゴーストの事は何も言わなかった。

 だからカサンドラには真実は分からない。もしかすると窓の外を見ていただけなのかもしれない。


 けれどカサンドラは、フランシスはロイスを見つめていたのでは無いかと思った。



 そうであって欲しいと願わずには居られなかった





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