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62.タイムリミット




「カサンドラ、これは此処へ来る前から言おうと考えていた事だが」


フレデリックは真剣な眼差しで不安に揺らめく私のブルーの瞳を見つめ、私の両肩を掴んで真っ直ぐ自分の方を向かせた。


「君はウィリアムズに帰るべきだ。

伯爵夫妻もひどく心配しているし、僕としても君が此処で一人で暮らしているなんて思うと心配で耐えられない。

ウィルアールのカントリーハウスまで僕が無事に送り届けるつもりだ。


それに君は既にアーサーの怒りを買っている。

伯爵の元で保護されていた方が良い」



私がリュクス・ガーデンに帰る……?


考えてもみなかったが、今となっては私の新たな選択肢に加わった。

ロイスに励まされた事で、今の私に必要な事は勇気を出して周囲の人を信頼し、悲しみに真っ直ぐ向き合うべきだと分かった。


それに、私はきっと周囲の人に責められる事が一番恐ろしかったのね。

だからグレスティンへ逃げ出したのよ。


フレデリックのおかげで両親や友人達が私を非難し、嘲笑っていない事を知る事が出来た。

私に向けられる哀れみの視線は、今はまだ仕方がない。

何しろ事実なのだから。

けれど私が前を向いてしっかりと生きていれば、いずれ誰からも哀れだと思われなくなる。



今こそ、リュクス・ガーデンへと帰るべきだ。

帰って父と母にキスをして、ただいまと、心配を掛けてごめんなさいと伝えるべきだ。

帰りたい、生まれ育った屋敷へ。

両親がとても恋しい。



それなのに、どうしてまだヒース・コートで過ごしたいと思うのかしら……?

ロイスと、ロビーと、アラベラと、フランシスと、ケアリーと………

グレスティンに住む人達と、まだ別れたくない……



どうやら私はいつの間にかこの過酷な土地が好きになっていたようだ。

お節介で人が良くて、とても温かい人達が多い場所。

自然の脅威が恐ろしくも美しい場所。



カサンドラは暫く悩んだ後、思い切ってフレデリックの提案に首を横に振ってみせた。


「貴方の気遣いはとても嬉しいわ。

でも……もう少し此処で過ごしたいの。

お父様とお母様にはすごく会いたいし、貴方の従兄は恐ろしいけれど……」


「恐ろしいなんてものじゃない。

とにかく危険なんだ! 僕の言う事を聞いてくれ」


彼は苦しげに顔を顰め、カサンドラの両肩を掴んでいる手に力を込める。

胸の内の痛みを映したように揺らぐ彼の銀色の瞳が、説得するように私の瞳をじっと見つめている。

それでもカサンドラは首を縦に振らなかった。


「頼む、君が心配なんだ。僕と一緒に帰ろう」


「私にはまだ時間が必要なのよ。

此処が好きだと気付いたばかりなの」


頷こうとしない私に耐えかねたフレデリックは眉を寄せ、少しだけ声を低くして言い聞かせる。


「なら無理にでも馬車に乗ってもらう。

君を抱き上げて馬車に乗り込むのは簡単だ。

本当はそんな手荒な事はしたくないが、君の安全の為なら仕方が無い」



先も述べたようにカサンドラはこういう時、昔から手段を選ばない。

私は手を伸ばして包むようにフレデリックの頬に触れ、彼と真っ直ぐ視線を交わしながら手を滑らせて彼の頬をくすぐった。

咎めるようなロイスの鋭い視線は無視する事にする。


「フレデリック、お願いよ。

私を無理矢理この屋敷から遠ざけたりしないで」


じっと目を見合わせているとフレデリックの瞳から荒々しい光が和らぎ、カサンドラの肩を掴んでいる手を緩めた。

そして片方の手を上げてカサンドラの左手に重ねる。


「カサンドラ、こんなの反則じゃないか。

そんな風に言われたら、僕は君の言いなりになってしまう」


「お願い。今まで以上に用心するから」


フレデリックとカサンドラは見つめ合いながら暫し無言の攻防を繰り広げた。

そして先に折れたのはフレデリックだった。

彼は深い溜め息を吐き、渋々頷いた。


「数日だけにして欲しい。

それが僕の譲歩出来る限界だ」


数日だけ……?

あと数日しかグレスティンで過ごせないの?


「二週間くらいかしら?」


「三日だ」


「………一週間は?」


「カサンドラ、三日にして欲しい」


そんな、三日だけなんて…!!

ヒース・コートにはあと三日しか居られないと言うの?


カサンドラは助けを求めるようにロイスの方へ視線を向けてみるが、それに気付いたロイスはゆっくり頷いた。


「こいつの言う事を聞け、マイ・ディア。

お前なんか簡単に殺されるのがおちだ」


ロイスとはもう永遠に会えないのに、彼はそれでも良いと言うの?

私が彼に見せる最後の姿が、アーサーを恐れて逃げ帰る情けない姿になるということ?


そこまで考えたカサンドラはがくりと肩を落し、惨めな思いでフレデリックの提案に頷く他無かった。

大人しく言付けに従おうというのに、眉を寄せている彼の表情は相変わらず曇ってる。


「カサンドラ。その三日の間に、また僕の前から姿を晦ますような事はしないと約束して欲しい」


「えぇ、分かっているわ」


そもそもフレデリック卿から姿を晦ます為にヒース・コートへ来た訳ではないけれど。


反論しても仕方が無いのでにっこりと微笑みながら頷くと、ずっと優れなかったフレデリックの表情がようやく安堵したように穏やかになる。


「残りの三日間、君は此処で安心して過ごしてくれ。僕が君を守り抜くと誓う」


そう言った後、フレデリックは部屋の中を見渡してからカサンドラへと笑いかけた。


「ここで三日間過ごすのも悪くない」


待って。 フレデリック卿はこの屋敷に滞在するつもりなの?


冗談でしょう‥!!





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