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61.国で一番気が短い男




カサンドラが寝室へ入ると同時に部屋にロイスが現れた。

彼は紳士なので、礼儀に倣って今まで私の寝室に現れた事は一度も無かった。

けれど今は話すべき事があるから仕方なく礼儀を欠いたのだろう。


「先日お前を誘拐したって奴は、まさか階下に居る男の従兄じゃないよな?」


「残念だけど、どうやら彼の従兄が私を連れ去ったのよ。

私が気絶してると思ってペラペラ話しているのを盗み聞きした限りでは、名前も目的も一致しているわ。

フレデリック卿を誘き寄せようとして私を捕まえたの」


「なんてこった! お前が脅かされてる理由は、階下にいるあの間抜けのせいって事か」


「彼の名誉の為に言っておくけれど。

彼は真面目で有能な男性なのよ。人伝に聞いた話だけれど」


「人伝ねぇ‥‥」


ロイスは意味深な眼差しでカサンドラを見つめる。身長差が大分あるので、彼の鋭い眼差しで上から見下ろされると落ち着かない気分になる。

悪い行いを咎められている子供のような。


「ロイス?」


「あの男が、お前の姉さんの婚約者だった男か? お前に心変わりして婚約破棄したっていう」


「‥‥‥なにが言いたいの?」


「随分とお前にメロメロじゃないか。

可哀想になる程にな」


そう言われたカサンドラはムッとし、大きなブルーの目を吊り上げてロイスを睨み付けた。


「私は誘惑なんてしてないわ!

お姉様とフレデリック卿が婚約を破棄するまでの間に、彼とは舞踏会で一度挨拶しただけなのよ!」


そう言い返したものの、ロイスは訳知り顔でゆっくり頷くだけだった。

その表情は先程までの鋭さは伺えない。 どうやらわざと私を怒らせて鎌をかけたらしい。


「そうだろうな。お前はわざわざ男を誘惑しようとする必要なんて無いさ」


「それならなぜ意地悪を言うの?」


「一目見ただけで、男をお前しか見えない間抜けに変えるのも素晴らしい才能だと感心してな」


「馬鹿にしてるの、 ロイス・ハンサム?」


「その呼び方は止めろ。

言われなくても、俺がハンサムな事くらい分かってるんだよ。マイ・ディア」


ロイスの言葉を無視してベッド脇のサイドテーブルに近付き、引き出しを開けて中にある水色のレティキュールを掴んだ。そして再び階下の応接間へと戻る。

フレデリックは窓辺に立って外の景色を眺めていた。


「美しい屋敷だ。君がこの地に来る事を望んだのも頷ける。

気候が暖かくなれば庭一面に花が咲き乱れるだろう」


フレデリックはそう言うとカサンドラへの方へ、外と同じ雪景色のような銀色の瞳を向けた。


「君はとても美しい女性だから、美しいものに囲まれていないといけない」


「確かに美しい花は好きだわ。

それよりフレデリック卿、これは貴方が持っていて」


カサンドラも窓辺へと近付き、持っていた淡い水色のレティキュールを差し出した。

興味深げにレティキュールを開けたフレデリックだったが、中に何が入っているかを理解するなり驚愕に目を見開いた。


彼の手にはウィリアムズ伯爵の銃、

つまりあの夜に悲劇を生んだ拳銃が握られていた。


「伯爵の拳銃じゃないか……!! カサンドラ、いったい……」


「弾はあと二発しかないから、本当に必要な時に使ってね」


「‥‥‥伯爵から、君が銃を持ち出した事は聞いていた。

だが、いったいどうして僕にこれを?」


どう話をするべきかと思考を巡らせた後、カサンドラは重い口を開いた。


「とても言い難い事だけれど、貴方は知っておいた方が良いと思うから遠慮せず言うわね。

実はこの辺りにアーサーが……貴方の従兄が居るのよ。


私、もう二度も彼に―――」


それを聞いたフレデリックは最後まで聞かずとも理解したらしく、私の頬に触れて上向かせ、表情に苦痛の色が無いかを確認した。


「アーサーは君に何をした?」


「一度目はグランドリーチからの帰りの宿で、アーサーにナイフを突き付けられたの。

ナイフを奪って命からがら逃げ出したけれど、その時は名前も知らなかったわ。


でも……その、ナイフにエヴァンズ侯爵家の紋章が彫ってあって。私はてっきり―――」


「僕は君に危害を加えたりしない。誓って言うよ」


カサンドラの言わんとしている事を理解したらしく、真剣な眼差しでカサンドラを見つめた。

私も彼の事を理解しているといった様子で、フレデリックの視線を受け止めながら頷く。


「今は少しも貴方を疑っていないのよ。


それで二度目だけど、すぐ側の丘で発砲されたの。

驚いてすぐに林へ逃げ込んだけれど、アーサーの方が私より上手だった。

彼は私を気絶させて、まんまとグレデナンド湾の地下牢に閉じ込める事に成功したの」


カサンドラはちらりと暖炉の方へと視線を向け、思わず戦慄してしまう。

暖炉の傍に立って静かに話を聞いているロイスは、きつく拳を握り締めながら憤怒の表情を浮かべていたのだ。


飛び掛かって来る直前の猛獣の如く怒り狂うロイスを見ていられなくて再びフレデリックへと視線を向けると、彼の表情も険しいものになっていた。

冬景色のような銀色の瞳には怒りの炎を湛えて揺らめいている。


カサンドラは言わなければ良かったと後悔したが、既にもう遅い。



フレデリックは剣呑な眼差しで、さっと素早くカサンドラを頭から足先まで見回した。


「アーサーを見つけ出して、殺してやりたい気分だ。

カサンドラ、奴に恐ろしい目に遭わされていないか? 君の純潔はーーー」


「フレデリック卿……!!

すぐに逃げ出したわ! お願いだから可笑しな事を考えないで!」


私は思わず悲鳴に近い声を上げて彼の言葉を遮る。

フレデリックは憤懣遣るかたない様子だったが、カサンドラの動揺を前にして無理矢理怒りを鎮めてくれた。


「すまない、カサンドラ。君が無事でいて良かった。

きっと僕が妻を迎える事を必死で阻止しようとしているんだ」


「私を使って、貴方を誘き寄せようともしていたわ」


フレデリックはぞっとしたように表情を凍りつかせた。


「アーサーは随分と名案を思い付いたらしいな。その方法なら僕を確実に仕留められるだろう」


「貴方が此処へ来てしまった以上、私より貴方の心配をした方が良いみたい」


アーサーの一番の標的がグレスティンに居る以上、アーサーは私にはもう用がないかもしれない。

そう思いながらフレデリックに注意するよう促したが、彼は気遣わしげに私を見つめた。


頬に添えていた手を移動させ、私の巻き髪に指を差し込みながら暫し躊躇した後、言い難そうに口を開いた。


「君はアーサーの元から逃げ出したと言ったな。それも二度も」


「えぇ、大変だったけれど……やり遂げたわ」


フレデリックの眉間に皺が寄る。とても深刻そうだ。


「アーサーは気が短いな男なんだ。二度も彼の計画を狂わせたなら、きっと君を酷く恨んでいるだろう。


カサンドラに復讐してやろうと思っているかもしれない」



あぁ、神様……ひどいわ…。

私の平穏を何処へやってしまったというの……?





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