60.エヴァンズ侯爵家の双子
カサンドラは背中に冷や汗が伝い落ちるのを感じた。唇をきつく噛み締めて、体が震えてしまわないように堪えるのに必死だった。
それならあの男は本当にフレデリック卿の従兄だったのね。
そうで無ければ良いのにと思ってたんだけれど……。
カサンドラは頭を抱えたくなったものの、今は静かに彼の話に耳を傾けた。
もしかするとアーサーの企みを打ち砕く方法が何か見つかるかもしれない。
「隠遁生活を心から望む父は、僕が25歳を迎えると同時に爵位を僕に譲り渡そうと考えている。つまりは来年、僕は侯爵になる。
けれど僕に何かあれば侯爵の地位はアーサーが継承する。
彼は何とかして、僕から次期侯爵の地位を奪い取ろうとしているんだ。
実はアーサーは昔から妄執に取り憑かれていて、酷く僕を恨んでいる」
「どうして?」
フレデリックは再び口を閉ざした。
侯爵家の醜聞沙汰をこれ以上話して良いものか考えているのだろうか?
カサンドラは話を聞く為なら手段を選ぶつもりはない。
手を伸ばして両手で彼の手を優しく包み込み、揺らぐ銀色の瞳を正面から見つめた。
「フレデリック、どうか私に聞かせてください。
もしかすると何かお役に立てるかも」
「……ありがとう、カサンドラ。君は本当に素敵だ」
「それで、どうして貴方の従兄は貴方を恨んでいるんです?」
「侯爵、つまり僕の父と、アーサーの父親は双子なんだ。
生まれた数分の差で片方の子は侯爵となった。
アーサーは双子を取り違えたと言い張っている。本来なら自分こそが侯爵となる運命にも関わらず、僕が彼の地位を奪ったと信じて疑わないんだ」
「なんて事……。ただの逆恨みで、アーサーは貴方の命を奪おうとしているという事?」
私の命も!!
その言葉を肯定するようにフレデリックはゆっくり頷き、空いている方の手を上げてカサンドラの巻き毛に指を絡ませた。
「そうだ。実際には赤子の取り違えなんて起きていないし、アーサーの父は侯爵の地位など微塵も興味を示していない。
だがアーサーは周囲の声に大人しく従うような男ではない。昔から僕を毛嫌いし、何とか僕から地位を取り戻そうと躍起になっているんだ。
僕が爵位を継承するまでのタイムリミットが迫り、彼も大分焦り出したようだ。
数年前から僕は何者かに銃で撃たれそうになったり、馬車の行き交う通りで背中を押されたりして、命を脅かされ始めた。
何度か治安判事に訴えたんだが、アーサーはいまだにまんまと逃げ果せている。彼は用意周到で証拠を残さない。
昔から悪知恵の働く奴だとは思っていたが」
「それで結婚を?」
「僕が子供を授かれば、長年アーサーに取り憑いた妄執も消えるだろうと思ったんだ。
たとえ僕を葬る事に成功したとしても、彼は侯爵にはなれない。
エヴァンズ領を彼の手に渡す訳にはいかない。
彼がエヴァンズ侯爵となったら破滅の道を辿る事になる。
僕は領民を守らなければならない」
カサンドラは考えるような素振りの後、神妙な面持ちで問い掛けた。
「私がこんな事を言うのを許してね。
もし……その、アーサーの念願が果たされたとして、貴方の子供だって……えぇと…」
恐ろしい想像のせいで言葉が上手く出て来ない。
顔を蒼白にする私を見て言わんとしている事を悟ったフレデリックは、再び私の手を握り締めた。
「その事は心配するに値しない。
君と子供たちの事は僕が何としても守り抜くつもりだ」
「正気か?求愛してる場合じゃないだろうが!
お前が殺されたら、次は子供が狙われるかもしれないんだぞ!」
再びロイスの悪態が飛ぶ。
カサンドラは、ロイスの言葉がフレデリックに聞こえていれば良いのにと思わずには居られなかった。
何せ次期侯爵に対して、小娘が生意気な口を叩く訳にはいかない。
守れてないじゃないの!
私、もう既に危険な目に遭わされたのよ。それも腹立たしい事に二度も!!
直接言ってやりたい気持ちをグッと抑え、カサンドラはフレデリックと視線を合わせた。
私を襲ったのが本当に彼の従兄のアーサーで間違い無いのか確認しなければ。
「貴方が従兄に最後に会ったのはいつ?」
「彼とは暫く会っていないが、一ヶ月程前はエヴァンズに居たのを確認している。
王都から南西に出てすぐの道を馬で駆けていた時、何者かに発砲された。その時も判事に伝えたが、アーサーは遠く離れたエヴァンズに居たらしい。
おかげで僕は怪我を負い、今まで君を探しに来れなかった」
エヴァンズ領からグランドリーチまで馬で二日と掛からない。
やはりあの黒髪巻き毛のサタンは、彼の従兄のアーサーだろうか。何時から私を見張っていたんだろう?
………待って。
フレデリック卿がヒース・コートに来てしまっては、私達二人を纏めて葬り去る絶好の機会じゃないかしら?
もしかすると今、アーサーは虎視眈々とその時を待っているのかもしれないわ。
カサンドラはサッと素早くフレデリックの頭から足先まで視線を走らせる。
ロイスが私にしたように服の上から武器がないか確認してみようとしたが、残念ながらカサンドラは凡人なので判断出来無い。
仕方がないので素直にフレデリックに尋ねてみた。
「フレデリック卿。お聞きしたいのだけれど、今は武器は持っているのかしら?」
「いいや、持っていない」
カサンドラはブルーの瞳を驚愕で大きく見開いた。
彼は今なんて言ったの?
「剣や銃は持っていないの?」
「武器を持って来て、君を怖がらせたくなかったんだ」
冗談でしょう?
命を狙われている人が此処に丸腰で来たということ?
彼の優しさを嬉しく思うべきなのか、真面目さに敬意を払うべきなのか。
あるいは何処か抜けている彼に呆れるべきなのか。
カサンドラは立ち上がって彼ににこりと微笑み掛けた。
「フレデリック卿、少しの間椅子に座って寛いでいてくださる? 貴方に渡したい物があるの」
「分かった」
フレデリックが元の椅子に戻ったのを確認すると応接間から出て、先日移動した寝室へと向かった
あれは役に立つかもしれない




