59.もう一度チャンスが欲しい
フレデリックは美しい銀色の瞳で私を真っ直ぐ見つめ、神妙な面持ちで重い口を開いた。
「一年前、僕は一刻も早く妻を迎える必要に駆られていた。
そんな時出会った女性がシャーロットだった」
姉の名前を出され、私は無意識に体を強張らせた。
私の動揺に気付いて気遣わしげに様子を伺いながらも、フレデリックは話すのを止めない。
「舞踏会でシャーロットと出会った時、聡明で礼節を重んじる彼女に惹かれた。
彼女の繰り出す知的な会話はとても楽しくて、何時も時間を忘れてしまう程だった。
それに貴族のレディとして完璧なシャーロットなら、素晴らしい侯爵夫人となってくれるだろうと確信した。
相棒になって僕を支えてくれると思った。
実際、本来彼女はその通りの優秀な素晴らしい妻になっただろう。
けれどウィリアムズ伯爵にカサンドラを紹介された時、君に強く惹き付けられてしまった。
君を見た途端、身体中に稲妻が走ったような、何らかの不思議な作用のような衝撃を受けた。
大輪の花が咲き誇るような君の美しい笑顔を目にした時、僕は君と結婚するのだと瞬時に感じ取った」
彼はそう言いながら空いている方の手をカサンドラのブロンドの巻き髪に差し込み、指に巻き付けるようにして弄んだ。
当時の事を思い出しているらしく、彼の瞳には影が差す。
「シャーロットの深い悲しみにも気付かず、早く君を僕のものにしなくてはならないという思いに突き動かされてしまった。
シャーロットとはもっときちんと話をするべきだったのに、気丈に振る舞う彼女の心の内に気付けなかった。
僕は君を前にすると抑えが効かなくなってしまうらしい。
今もまた、同じ過ちを繰り返そうとしている」
不安になったカサンドラはちらりと一瞬だけロイスの方に視線を向け……
見なければ良かったと後悔した。
ロイスは眉間に深い皺を寄せ、フレデリックをきつく睨み付けている。
強い怒りに駆られている証拠だ。
どうかロイスが、部屋の空気を突然凍りつかせたりしませんように……!
そう心から願うカサンドラの心情など露知らず、フレデリックはカサンドラの手を取って裏返させ、彼女の掌へと唇を寄せた。
「カサンドラ、今もずっと君を愛しているんだ。僕は夜もまともに眠れない。
気の毒にも君に溺れてしまった僕に、チャンスを与えてはくれないだろうか」
どうしてそうなるの?
焦げ付きそうな程に熱をはらむ彼の眼差しから何とか視線を反らし、再び彼の瞳に捕われないよう努力しながら口を開く。
「でも……それが名案とは思えないわ。
だって私、貴方の事を殆ど存じ上げないんですもの」
「これから僕の事を知ればいい」
「私、昔から選り好みが激しいのよ。
『この人!』と感じた人と結婚すると決めているの」
「僕は君を初めて見た時そう感じたが」
フレデリックの言葉を聞いたカサンドラは思わず眉を潜めた。
「貴方だって、私の事は何も知らないでしょう」
「知っている。君は何時も美しいけれど、特に心からの笑顔が素敵だ。
自信に満ちているのに繊細で、人に悪意を向けられる事に慣れていない。
それに見た目や年齢、権力で人を判断せず、その愛らしい無邪気さで人を惹き付ける。
時々見せる危うさは、思わず手を差し伸べて助けてやりたくなってしまう。
すぐに手折られてしまう花のように見えるが、君が凄く勇気ある女性である事は、僕は誰よりも一番知っている」
ずらずらと並べ立てられた事柄に思わず圧倒されてしまったカサンドラは、驚きに瞳を丸めて再びフレデリックの方へと視線を向けた。
「君は信じないかもしれないが、僕はもう君に夢中なんだ」
フレデリックの瞳は銀色の炎のように揺らめき、彼女への堪えきれない想いを雄弁に語っていた。
まんまと彼の瞳に囚えられて身動き出来ずにいると、呆れたような声がもう一方から聞こえてきた。
「こいつ、頭がどうかしてるんじゃないのか?」
本当にね。お姉様の話では、彼は真面目でクールという話では無かった?
それより、こんな所を逐一ロイスに監視されているなんてイヤ!
とにかくこの状況を打開すべく、フレデリックへと微笑み掛けた。
彼がその笑みに見惚れている間に、フレデリックの大きな手から、掴まれている方の手をするりと引き抜いた。
「シャーロットお姉様の事があって、今はまだ結婚の事は考えられないの」
「なら待とう。君の心の準備が出来るまで」
「何時になるか分からないのよ」
「それでも構わない。出来る事なら婚約はしておきたいが」
それは待つというの?
そうは思ったが口には出さず、曖昧に微笑むだけにした。
「でも、貴方はさっき言ってたでしょう?
『一刻も早く妻を迎える必要がある』と」
「それはそうだが……。
カサンドラと出会ってしまったからには、延期せざるを得ないだろう。
君がすぐにでも僕の妻になってくれれば問題は解決するんだが」
私にどうしろと言うのよ。
まだお姉様の喪が開けてもいないのに、婚約者だった人と結婚出来る筈ないじゃないの!
フレデリック卿は、そんなに私を悪女にしたいの?
カサンドラは内心で悪態をついていたが、ふとある事に思い当たってゾッと背筋を凍らせた。
彼はなんて言った?
「あの、フレデリック卿。
こんな事を聞いて、気を悪くしないで欲しいのですけれど」
「あぁ、なんだ」
「その『一刻も早く妻を迎えなければならない』という理由は何かしら?」
自分の想像が当たっていなければ良いのに、と思わずには居られなかった。
けれどフレデリックは深刻そうに表情を曇らせる。
「君を怖がらせたくない」
「いいえ、教えてください。貴方の事を知りたいのよ」
「だが」
「お願い、分かって」
暫しの間、無言の攻防戦が繰り広げられた。
先程迄とは反対にカサンドラがフレデリックをじっと見つめ、彼はどうするべきか悩むように視線を落としている。
当然ながら先に折れたフレデリックは深い溜め息を一つ吐き、渋々自分の置かれている状況を語り出した。
「僕は今、危機的状況にある。
数年前から従兄のアーサー・エヴァンズが、僕をなんとかして闇に葬ろうと必死になっているんだ」




