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58.センスの無いあだ名をつけたのは誰?




彼が再び椅子へと座るのを見届けると、今度はカサンドラが神妙な面持ちをする番になった。

暫く躊躇したものの、チラリと一瞬だけロイスとブルーの瞳同士を見交わした後、勇気を出して正直に話す事にした。


「私ずっと……貴方に非難されるんじゃないかと怖かったのよ。貴方は婚約者であるお姉様を失ってしまったし、それにーーー」


「元婚約者だ」


「え、えぇ……そうね。 シャーロットを失ってしまった。それに貴方はそ、その……事故の瞬間を間近で見ていたから。


フレデリック卿、貴方は知っているでしょう?

あの時、ひ、引き金を引いてしまったのが……私だって事…っ…」


言葉にすると悲劇の場面が色濃く思い出され、途端に水の中にいるように息が苦しくなる。

ドクドクと煩い程に鳴る心臓に手を当て、必死で呼吸をする。

見兼ねたフレデリックが立ち上がってテーブルを周り、椅子に座って苦しげに呻くカサンドラに目線を合わせるように床に膝をつく。

そして胸の辺りを押さえていない方の手を、男性特有の大きな手で握った。


「大丈夫か、カサンドラ」


「えぇ、大丈夫」


蒼白の表情で浅く早く呼吸しながらも虚勢を張って強がった。

気遣わしげなフレデリックの優しい視線が辛かった。私は誰にも哀れまれたく無いのに。


「こんな事がずっと続いているのか?」


「いいえ、違うわ。たまにだけ。本当よ」


カサンドラは大きく息を吸い込み、惨めに声が震えない事を願いながら再び口を開いた。


「それで、フレデリック卿。

貴方に非難されるのではないかと不安だったのだけれど」


「初めから君を非難するつもりは無い。あれは事故だった。その事実は変えようがないんだ。

僕は君を責めたりしていない」


「本当に……?」


思いもよらなかった言葉を返されて驚いたカサンドラはぱちくりと瞳を瞬かせ、彼の言葉に偽りが無いかを探るために、彼の銀色の瞳をじっと見つめた。

彼は視線を逸らしたりせず、握っている手に力を込めるだけだった。


「でも……お父様とお母様は…? 私の両親とはお話になった?」


「あぁ。一番最後に伯爵と話したのは、先日ウィリアムズ伯爵家のタウンハウスを訪ねた時だ。

その時に君の送ったクリスマスカードが目に入って、伯爵に君の居場所を教えて欲しいと頼んだんだ。


最初は何も教えてくれなかったが、僕が余りにもしつこく尋ねるから、伯爵は渋々教えてくれた」


それでフレデリックはヒース・コートに来たという訳か。

両親を慰めたくて送ったクリスマスカードが、とんだ墓穴を掘ってしまうなんて。


そんな呑気な事を考えていないと不安に押し潰されてしまいそうだった。


「お父様とお母様は……私を酷く恨んでいた…?」


「お父上は自分を責めておられるんだ。

もっとシャーロットに目を向けていれば良かったと、カサンドラを巻き込んでしまって合わせる顔がないと。

君のお母上は大層心配していた。

君が伯爵の拳銃を持ち出したと知った時、君が自分で頭を撃ち抜くのではないかと取り乱していた程に。


伯爵夫妻は悲しみに暮れはしても、君を邪魔に思う事は無い。

……この答えが君の慰めになると良いが」


「うそ‥‥、お父様‥…お母様‥‥」


「嘘ではない。

二人共、早く君が戻って来る事を願っている。君を深く愛している」


カサンドラには晴天の霹靂だった。

今まで自分の中で真実だと結論付けていた事が、次々にひっくり返されているのだから。


フレデリック卿も、お父様も、お母様も、私を恨んでいない?

憎らしく思っていないということ?

今も私の事を愛してくれているの…?


両親達に見限られていない事に安堵しかけ、慌てて自分を戒める。安心するのはまだ早い。

カサンドラは少し躊躇った後、再びフレデリックへと視線を合わせて震える声で呟いた、


「社交界では、私は恐ろしい悪女と噂されているでしょうね」


「社交界でそのような噂は広まっていない、少なくとも紳士達の間では。

独身の若い紳士達は、君が社交界に戻って来たら何としても求婚するチャンスを作ろうと息巻いている。


君の勇気に感心した者も多いんだ。

自分に向けられた銃口と憎しみにも負けず、愛する姉を止めようと飛び出すなんて誰にでも出来る事じゃない」


あの時は姉を止めようと必死で、何を考えていたのか全く覚えていない。



カサンドラは彼の言葉をゆっくり噛み砕いて理解した後、再び恐る恐る口を開いた。


「友人達は私をとても心配してくれていたけれど、きっと本当は嘲笑いたかったんじゃないかしら?

私‥‥‥哀れみの目で見られるのも恐ろしいわ」


「君の友人達はきっと嘲笑ったりしていないさ。 事故にあった後の君は日に日に衰弱していたから、周囲が心配するのは当然だったんだ。


哀れみの目は……暫く我慢するしかない。僕も同じだ」


「貴方も?」


「あぁ、そうだ。 僕は社交界で『黒侯爵』と呼ばれて哀れまれている」


「……ふ…っ」


黒……なんですって?

誰がそんな間抜けな二つ名をつけたのかしら。


思わず笑いそうになってしまったカサンドラは、慌てて自分の口元に手を添えた。

ロイスの居る方からはクックッと喉を鳴らしながら低く笑う声が聞こえてくる。


ゴーストにも笑われているとは知らないフレデリックは、カサンドラの表情の変化に嬉しそうに強張っていた口元を緩めた。


「元婚約者を悼んで黒い服を着ているかららしい。

僕は元から、黒い服が似合うからと良く着ていたというのに」


「随分とおかしな二つ名をつけられたのね。 誰が言い出したのかしら?」


「多分、僕の友人のトゥリーブスが酒に酔って言い出したんだろう。哀れみなんて所詮そんなものだ。

君が前のように過ごしていれば、すぐに誰も哀れんだりしなくなる」


カサンドラは少し考えるような素振りを見せた後、悪戯っぽく瞳を輝かせた。


「私の事は何て二つ名をつけるつもりかしら?『毒婦カサンドラ』とか?」


「いいや。きっと君はこう呼ばれるだろう」


フレデリックは突然私の頬に手を添えて顔を上向かせ、彼女の濃いブルーの瞳を真っ直ぐ見つめる。

その視線はあの悲劇の夜のように熱くて、カサンドラは焦げ付いてしまいそうだと思った。



「『黒の侯爵夫人』と。


‥‥‥カサンドラ、聞いて欲しい話がある」





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