57.なんて横暴なの!
カサンドラはぱちくりと目を瞬かせ、信じられない思いでフレデリックを見つめた。
何故彼が居るのか皆目見当もつかない。
私がここに居ると知って訪ねて来たのだろうか?
でも何の為に?
………まさか、わざわざこの場所まで私を追い掛けて来て、あの夜の悲劇の事を糾弾するつもり?
『なぜシャーロットを撃ち殺したりしたんだ!』と非難しに来たんだわ!
カサンドラは玄関扉を通る以外で屋敷に入る方法は無いだろうかと考えを巡らせ、そして落胆した。
玄関以外で唯一の扉である使用人用の出入り口には、先日釘を打ち付けてしまったのだ。
それなら窓を割って入るとかどうかしら?
斬新な方法で素敵じゃない。
そこまで考えて馬鹿らしくなり、思わず眉を潜めた。恐れを通り越して腹が立ってきた。
どうしてフレデリック卿は、間抜けみたいにボケっと玄関ポーチに突っ立っているのかしら?
怯えて逃げるなんて惨めな事はもう止める。
カサンドラはツンと顎を上げ、姿勢を正して玄関ポーチまで堂々と歩いて行く。
生意気に見えるが、実は今にも足が震えてしまいそうだった。
それでも私にだってプライドがある。
カサンドラが近付いて来た事に気付いたフレデリックはパッと顔を彼女の方へと向け、ホッと安堵したような表情を浮かべた。
「久しぶりだな、カサンドラ。元気だったか?」
「えぇ、おかげさまで。とっても楽しく過ごしていますわ」
平静を装おうと努力したものの、どうしても厳しい口調になってしまった。
カサンドラの言葉に含まれた棘に気付いたフレデリックは苦しげに眉を寄せ、黒いシルクハットを脱いで敬意を示した。
「君と話がしたくて来たんだ。直接謝罪がしたい。君さえ良ければ屋敷に入れて貰えないだろうか」
フレデリックの口調は有無を言わさぬようだった。
カサンドラは少し迷った末に玄関扉の鍵を開け、彼に入るよう手振りで促した。
いったい何を言うつもりなのやら。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
応接間へとフレデリックを案内し、革張りの肘掛け椅子へと座って貰った。
本当はその肘掛け椅子は私の特等席なのだが、仕方がなく彼へと譲る。
次期侯爵を適当にもてなす訳にはいかないのだから。
急遽用意した二人分のティーセットをマホガニー製のテーブルへと置き、彼の向かい側の椅子に腰を下ろした。
フレデリックは私がティーカップに口を付けて紅茶を飲む様子を見つめているだけで何も言おうとしない。
まるで道化になったように思えて悔しくなり、思わず顔を上げて彼を睨みつけるが、冬景色のような銀色の瞳で見つめられるだけだった。
いったい何をしに来たの?
何時の間にか部屋にはロイスが現れ、神妙に黙り込む二人を興味深げに眺めていた。
片方の口角が吊り上がっているのとブルーの瞳が濃く煌めいているのを見るに、この状況を非常に面白がっているらしい。
道化でいるのが耐えきれなくなったカサンドラは意を決して口を開いた。
「それで、フレデリック卿。お聞きしたいのですが、どうして今日此方へいらしたんですの?」
「先程も言ったように、君に謝罪をする為に来た」
フレデリックはそう言うと椅子から立ち上がり、カサンドラへ向かって礼儀正しく頭を下げた。
謝罪とは聞いていたが、まさか本当に侯爵家の跡取りが頭を下げるとは思っていなかったカサンドラは慄いた。
「まぁ、 止めてください! 」
「カサンドラ、君を矢面に立たせてしまって申し訳無かった。
あの時は僕がシャーロットを止めるべきだった。
そうすれば君が深く傷付く事も、苦しむ事も無かったのに」
「フレデリック卿、頭を上げてください!
次期侯爵に頭を下げさせたなんて知れたら、私が有る事無い事言われてしまうわ」
「婚約破棄の事も、もっと慎重に彼女に話すべきだった。
ウィリアムズ伯爵から君達は仲が良かったと聞いた。君達姉妹を仲違いさせてしまって本当にすまない。
全て僕の軽率な行動が起こした事態だ。カサンドラの責任ではない」
「頭を上げてください!」
「カサンドラ、謝罪を受け入れてくれないだろうか」
なんて事……こんなの横暴じゃない!
腹は立ったものの、こんな風に必死で謝罪をされては受け入れる他ない。
ここまでしてくれた彼に辛く当たったら、私こそが傲慢で底意地が悪い小娘のように思われてしまう。
カサンドラは深呼吸をして感情を落ち着かせてから、努めて平静に言葉を紡いだ。
「分かりましたわ、フレデリック卿。貴方の謝罪を受け入れます」
「君にそう言って貰えて良かった」
フレデリックは漸く頭を上げ、銀色の瞳を煌めかせながら穏やかな笑みを浮かべた。
彼の瞳は磨かれた鏡のようで美しいけれど、カサンドラの呆れたような表情は映らないようだ




