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56.誰でも良いから嘘だと言って!




カサンドラとロイスの心に巣食い、蝕み続けてきた思いを昇華して解き放った夜から二日が経過した。


罪悪感で押し潰されそうだったカサンドラも、後悔と悲しみに囚われ続けたロイスも、お互い何事も無かったように過ごしている。



それで良い。

二人共わざわざ言葉にしたりしないが、淀んで地に堕ちていた魂が救われた事はどちらも分かっているのだから。


今二人に必要な事はお互いを腫れ物扱いするのではなく、今まで通り良き相棒となる事だ。

だからカサンドラは今まで通り軽口を良い、ロイスは小言を言う。


カサンドラは、ロイスのそういう所が好きだった。

ロイスも同じように私を好きでいてくれれば良いのにと思った。

何故ならロイスはカサンドラをしっかりと導いてくれる、強くて愛情深い叔父だから。



………ロイスの事を叔父と考えて良いのかどうか分からないけれど。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




先日初めてお菓子を作った事で自信をつけたカサンドラは再び町へと繰り出し、食料品店で食材と幾つかのレシピを入手した。

今日はシェパーズパイを作るつもりだ。


食料品店を出ると、パンの配達をしていたケアリーに出くわした。

お互いに他愛のない会話を交わしていたが、ケアリーはふと表情を曇らせる。


「ここ数日、ロビーの様子がずっと変なの。

カサンドラ、彼から何か聞いてる?」


カサンドラは思わず表情を引き攣らせてしまいそうになり、すんでの所でどうにか平静を装った。



私は今、遠回しに咎められているという事かしら?

ロビーはケアリーに私の事を話したの?

二人して私の悪口を言っていたのかもしれない。

既にグレスティン中の人が、私の事を我が儘で底意地が悪いと思っているのかも……。


そこまで考え、慌てて自分の思考を打ち切った。

人を信頼する事を学べと、ロイスに言われたばかりじゃないか。

それにロバートがそんなひどい事をする筈が無いと知っている筈だ。


だからカサンドラは曖昧に微笑み、誤魔化すように問い返す。


「ロビーが? 彼はどんな様子なの?」


「ずっと上の空なの。気が付くとぼんやりしてるし、話し掛けてもちっとも返事は返って来ないし。

パパとママも心配してるんだけど、ロビーは理由を教えてくれないの。

カサンドラなら家も近いから、何か知らないかと思ったんだけど……」


ケアリーの話を聞いたカサンドラは思わず頬を赤らめた。

やはり誠実なロバートはカサンドラの批判なんてしていなかった。 ケアリーの優しさも疑ってしまった。


私が本当に必要なのは自暴自棄になって自分を生き埋めにする事ではなく、人を信頼する事だ。

ロイスの言った通りだった。


今まで周囲の人に好意を向けられる事が当然で、疑るも信じるも無かったから気付かなかったけれど………私って疑り深い性格だったのね。

とんでもない愛想の良さで全部隠してきただけなんだわ、きっと。



カサンドラは動揺を悟られまいと必死で困った表情を作って首を横に振り、ケアリーに何も知らないのだと話した。

ロバートが私の為を思って何も言わずにいてくれたのだから、彼に感謝して今は知らないフリをさせてもらおう。

迂闊に話せば、ロバートの名誉にも関わってしまう事だから。


もう少しだけ時間が欲しいから





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





ヒース・コートの門をくぐった途端に玄関ポーチに人影がある事に気が付き、思わずピタリと足を止めた。

黒い帽子を被り、黒い燕尾服を着た背の高い男性だ。

殆ど黒ずくめで、色合いと言えば男のシャツと首元に巻かれた白いクラヴァットだけ。

カサンドラの背中に冷や汗が伝い、思わず一歩後退る。


もしかしてアーサーかしら……?

コソコソするのを止めて、正面切って私を殺しに来たの?


ドクドクと嫌な音を立てる心臓を落ち着けようと右手を拳にしてキツく握りしめ、警戒しつつ目を凝らしてみた。


スラリと背が高くて肩幅が広く、胸が厚い。

一見細身のようだけれど、服の上からでも男らしい筋肉がはっきりと分かる。

切りそろえた髪は艷やかな黒髪で………





「冗談でしょう?」


姿勢を正して玄関ポーチに立っていたのは、紛れもないフレデリック・エヴァンズその人だった





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