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54.ウィリアムズ




カサンドラが漸く泣き止んだ時、高くにあった筈の太陽は既に落ちて窓の外は薄暗くなっていた。

書斎の革張りのソファーに座ったカサンドラは赤らんだ目も気にせずに顔を上げ、執務机の椅子に座るロイスを見た。


彼の濃いブルーの瞳と目が合い、カサンドラは決意する。

座る時に太腿のガーターベルトから外して横に置いていたロイスの短剣を手に取り、ウィリアムズ伯爵家の紋章に触れる。


「これ、ウィリアムズ伯爵家の紋章だわ。私の家の」


「あぁ、そうだな」


そして次に、カサンドラはもう一つの紋章に触れる。 これは、この紋章は……


「こっちはブランシェルシア王家の紋章ね」


そう、これは我が国の王族の紋章。

この紋章を持つ事が出来るのは王家の人間と、大いなる功績を挙げた者のみ。

慄くカサンドラだったが、当の本人は何て事も無いように肩を竦めた。


「そうだな」


「どうして貴方がこの紋章を?」


「遠い昔、大陸の戦の時に武勲を立てただけだ。あの時は死ぬ思いだったが、戦った価値はあった。その紋章入の短剣と、この寂れた土地にある屋敷を譲り受けたんだからな」


それでリュクス・ガーデンの宝物庫ならぬ倉庫にこの場所の地図があったのか。


「大陸の戦争が終わって、心の安らぎを求めて此処で暮らし始めたの?」


私の言葉を聞いて、ロイスは迷っているようだった。彼の心の内を見せるか見せまいか。

ロイスは威嚇するように暫くカサンドラを睨み付けていたものの、断固とした様子で視線を逸らさない私に根負けしたようだった。

長い溜め息を一つ吐き出し、カサンドラの持つ短剣を見遣る。




「俺は当時のウィリアムズ伯爵の庶子だった。

母親はグランヴィル領出身の赤毛の女。偶然グランヴィルに来ていた伯爵と出会って俺を身籠ったが、貴族と庶民が結婚出来る筈もない。

伯爵はすぐに身分の釣り合う貴族の令嬢と結婚した。

それでも母親は精一杯俺を育ててくれたし、俺は自分の父親の事なんかどうでも良かった。

『ロイス』という名は、他でもない母親が付けてくれた名前なんだ。


俺が十歳になった時に母親が流行り病に掛かって死ぬと、父親を名乗る男が現れた。それが当時のウィリアムズ伯爵だ。

伯爵は俺を改めて『ヒースロット』と名付け、ウィリアムズ伯爵領へ連れて行った。

グランヴィル領とは違って暖かいウィルアールは天国かと思ったよ。


伯爵家の跡取り息子。俺の異母弟のアンドルー・ウィリアムズと出会う前はな」


アンドルー・ウィリアムズ。確かに私の曽祖父様だ。肖像画を見た事がある。


「奴は俺のする事なす事全てが気に入らないようだった。俺の物を奪い、壊す。何より奴は、俺の心を打ち砕く事が好きだった」


思わず眉を潜めたカサンドラに、ロイスはニヤリと口角を吊り上げて笑う。


「もちろん全部やり返してやったさ。幸い俺は昔っから心身ともに強靭だと自負してるからな。

奴が俺の心を砕こうとする度、奴のプライドをズタズタに引き裂いてやった。

全て俺がアンドルーに勝利した」


………ロイスは散々私の事を『なんて奴だ』って言って無かった?

私の手に負えない性格はロイスに似てたりして。


「それでもいい加減アンドルーとの攻防にうんざりした俺は軍に入って戦に出た。

昔から腕っ節には自信があったし、そこで死ぬも生きるも神の決める定めだと思ったからだ。

そして俺は生き延び、功績を讃えられるまでになった」


これで、墓石に刻まれた『英雄』の意味が理解出来た。

彼は本当に国を隣国の手から守ったのだ。

そして神は彼に生きる選択を下した。



尊敬の眼差しを向けてみたが、ロイスは嫌そうに顔を顰めるだけだった。そして再び口を開く。


「讃えられた事でアンドルーの怒りに触れた。

あいつはプライドが高いだけの間抜けだったから、庶子の俺が注目を集めた事に嫉妬したんだ。


何時からか命を狙われるようになって、王から賜ったこの地で暮らす事に決めた。

ここならウィルアールから遠く離れているし、冬は雪で道が閉ざされる。

何よりグランヴィルは俺の故郷だ」


そこでロイスは口を噤んだ。

これで彼の生い立ちとヒース・コートへ来た理由は終了。これでおしまい。


では、どうして貴方は死んでしまったの?

アメイサという女性は?


カサンドラはどのように質問すれば良いのやらと思考を巡らせ、数分黙り込んだ末に慎重に言葉を紡いだ。


「私、窓から見える湖のそばの教会へ行ったの。

そこで今日、教会の牧師と話したのよ。

その方、フランシス・ルベルという人なのだけれど」


ルベルの部分を強調してみたけれど、ロイスはむっつりと黙り込んだまま私を睨み付けている。

それでもめげずに口を開いた。


「アメイサという女性の事はご存知かしら?」


彼女の名前を出した途端にロイスの体が強張った。服の上からでも筋肉が張り詰めた事が分かる。


「知っているのね」


「………‥…。」


暫しロイスとカサンドラは睨み合って無言の攻防を繰り広げた。

鋭利な剣のように鋭い彼の視線にもめげずにじっとロイスの瞳を見つめていると、ロイスは漸く重い口を開いた。



「湖の畔の教会に行った時、ルベル牧師の娘。

アメイサ・ルベルと出会った。

彼女の銀色の髪と、不思議な緑の星を宿す榛色の瞳を目にした途端、俺はやっかいな事になると悟った。


足掻こうとしたけど無駄だった。

惹かれ合う気持ちは止まらず、気付いた時には後戻り出来ない程アメイサを愛していた」


そう言ったロイスは頬杖をつき、窓の外へと視線を向ける。丁度教会の見える方向だ。


「お前も既に気付いているだろうが、この地の人間はとても愛情深かい。


中でもアメイサは誰よりも愛情深かく、そして静謐な泉のように神聖な美しさを持っていた。

俺は愛なんて信じていなかったが、彼女の口にする愛だけは何故か信じられた。

アメイサの事が欲しくて堪らず、彼女も俺と同じ気持ちだった」


アメイサの事を語るロイスの瞳はとても温かく、死してなお彼女を深く愛している事が分かる。

口調も何時しか尊大な雰囲気が消えていた。


けれど突然ロイスの表情が曇り、カサンドラの心臓は嫌な音を立てだす。


「俺は自分の置かれている立場を忘れていた。

アンドルー・ウィリアムズに命を狙われているという事を。

奴が俺を殺す手立てを考えている時、俺は呑気に彼女を妻に迎える準備をしていたんだ。


愛に溺れた哀れな男は、弱味など作ったらアンドルーに隙を見せる事になるとすっかり忘れていた」


ロイスの表情が悲痛の色に染まり、声は雷の轟のように低く苦しげだった。

カサンドラは無意識の内にゴクリと唾を飲み込んだ。



ついにその時が来たのだ






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