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46.過保護な彼が託した短剣




その後二日間ほどは屋敷に籠っていた。

思った以上に疲れていたようで、何もする気にならず、ほとんどの時間を図書室の暖炉の前でグリーンのハンカチに刺繍をしていた。

カサンドラは手を止め、思わずクスクスと笑う。


こんな風に過ごしていると、一気におばあちゃんになったみたいね。


けれどそんな呑気に過ごしている訳にもいかなかった。

食料がまた底を突いてしまったのだ。

空っぽになった食料棚をじっと睨み付けた後、応接間に向かう。

赤いローブを羽織っていると部屋にロイスが現れ、ローブを羽織るカサンドラに鋭い目を向けた。


「出掛けるつもりか?」


「えぇ、そうよ」


「また連れ去られたらどうするつもりだ」


ロイスは元から過保護だったけれど、私が誘拐されてからはさらに磨きが掛かった気がする。

カサンドラは肩を竦めて見せた。


「でも仕方がないのよ。食べる物が何も無くなってしまったの」


「ロバート・シダルに頼めば良いだろ」


その言葉にカサンドラは眉を潜める。


「冗談でしょう? ロビーは便利屋じゃないのよ」


「お前の為なら、あいつは喜んで引き受けるさ」


「とにかく、町まで行ってくるわね」


カサンドラを正面からじっと睨み付けていたロイスだったが、漸く観念したように長いため息を吐き、額に垂れる燃えるような赤い髪を掻き上げた。


「分かった。 その前に一度書斎に来い」


「書斎に? どうして‥‥」


そう問い掛けたものの、既にロイスの姿は応接間から消えていた。


いったい何だというのかしら?

説教する様子は無かったけれど。


渋々玄関ホールの階段を上がり、書斎の扉を開けて中へ入る。

ロイスは既に書斎におり、石造りの壁の側へ立っていた。


ロイスは私が書斎に来たのを確認すると、壁石の一つを手で指し示した。


「そこの石を外してみろ」


「どうして?」


「つべこべ言わずにやってみるんだ」


カサンドラは戸惑いながらロイスの側に行き、示された壁石を見つめてみる。書斎の石壁のサイズはどれも大きい。

この石も他のものと同じに見えるが、ロイスはいったい何をしようと言うのだろう?


恐る恐る手を伸ばして壁石の両端に指を添えてみた。

すると、壁の石は簡単に取り外す事が出来た。

驚きはしたものの、冒険小説が好きなカサンドラはひどく好奇心をそそられる。


「覗いて見てもいいの?」


「あぁ、構わない」


何が有るのかしら? 宝物の地図とか?


高鳴る鼓動を必死に落ち着けながら壁に空いた空間を覗き込んで見ると、窓から差し込む光に反射してキラリと輝く物があった。

けれどこのままでは薄暗くて良く見えない。


振り返ってロイスと視線を見交わし、彼がゆっくり頷いたのを見ると、カサンドラはぽっかり空いた薄闇の中へ手を入れた。

平たく細いけれどずっしりとした重みのある物を掴み、明かりの中へ取り出してみた。

そしてカサンドラは驚いて瞳を丸くする。


しっかりと掴み取った物は、鞘と持ち手に美しい装飾が施された銀色の短剣だった。

鞘の上部には濃いブルーのサファイヤが嵌め込まれている。

良く見ると、柄の部分にはウィリアムズ伯爵家の紋章が彫られているのが分かった。

もう一つ、とんでもない紋章が刻まれている事も。


これって、まさか‥‥。


呆然と短剣を見つめたまま固まっているカサンドラに、ロイスは咳払いを一つして自分に注意を向けさせた。


「その短剣を持ってろ。お前の細腕でも使えない事は無いだろ」


「でも、これは‥‥大切なものなんじゃないの?」


「持ってろと言ってるんだ。

俺はお前を守ってやる事は出来ない。 自分の身は自分で守るしかないだろ」


カサンドラは伯爵家の紋章を指先で撫でた後、静かに短剣を抜いてみた。

良く磨かれ刃の表面には、美しいけれど不可思議な模様が刻み付けられている。

当然ながら刃はとても鋭い。少し触れただけで切り裂かれてしまいそうだ。


カサンドラは短剣を再び鞘に納めると、ロイスと真っ直ぐ目を見交わしてゆっくり頷いた。


「ありがとう、ロイス。もう絶対に負けたりしないわ」


「そいつを使うような事態に陥る前に、普段から良く考えて行動する事だな」


「この剣で勝利を掴み取るのよ! 物語の騎士のように」


「頼むから話を聞いてくれ。騎士の真似事の為に渡したんじゃないぞ」


嫌そうに眉を潜めるロイスを無視し、カサンドラはドレスの裾を掴んで太腿まで捲り上げる。

ロイスは慌てて私に背を向けて怒りに声を上げた。


「どうしてもっと慎み深くなれないんだ!!」


「急に何なの?」


「それは俺の台詞だ」


「ドレスを脱いだ訳じゃないでしょう」


「レディとしての常識は無いのか、マイ・ディア?」


「有るわ。見れば分かるでしょう?」


「有るとは思えん」


カサンドラはロイスの小言を聞き流しながら、短剣を太腿とガーターベルトの隙間へ差し込んだ。

此処ならドレスとローブに隠れて見えないし、ストッキングのお陰で肌に剣先が触れて傷付くのを防げる。


カサンドラはドレスの裾を離すとスカートは元に戻り、ロイスの背中に声を掛けて此方を向かせる。


「どう? 名案でしょう?」


「何がだ」


「武器を持っているようには見えないわ」


ロイスは私の頭から足先まで素早く視線を走らせ、短剣を隠した太腿辺りで止まった。

数秒鋭い視線を向けた後、ブルーの瞳を愉快そうに煌めかせながらカサンドラと目を合わせた。


「まぁまぁ上出来だな」


「易々と見つけたくせに」


「俺はな。 凡人には分からない筈だ」


「貴方は凡人ではないって事?」


私にそう茶化されても、彼は肩を竦めるだけだった。随分と自信満々のようだ。


とにかく、これで少しは心強くなった。

また何も出来ないまま簡単に連れ去られるのはゴメンなのだから。


カサンドラはローブを撫で付けて整えると、にっこりと微笑んで見せた。


「それじゃあ行ってきます」


「注意して行けよ」


「えぇ、もちろん」


そう言ってカサンドラは書斎を出て、玄関ホールの階段を颯爽と下りた




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