36.よく晴れた日に花束を
それから数日は天気がすぐれず、屋敷に籠もりきりになる事を余儀なくされてしまった。
最初は図書室にあった本を持ち出して読んだり、ロイスとボードゲームをして楽しんでいたが、そんな事が3日と続くと飽き飽きしてくる。
一年の終りのその日の朝、寝室のカーテンを開けて窓の外に太陽が顔を出しているの目にしたカサンドラは歓喜にわっと声をあげた。
急いでナイトドレスから着替えて勢いよく応接間に駆け込むと、ソファーに座るような体制で長い脚をスマートに組んでいたロイスが驚いて立ち上がる。
「今度は何なんだ?」
「おはよう、ロイス。 ようやく晴れたわ。町へ行ってくる」
「いったい何時だと思ってる? 」
「今日は忙しいのよ」
「朝食くらい食べて行け」
「そのパンを買いに行くんじゃない。
残念ながら今、屋敷の食糧は空っぽなの」
それを聞いたロイスは眉を寄せ、大きな溜め息をついた。
「どうしてお前はそう、ギリギリで生きてるんだ」
「そういう事だから。行ってくるわね」
ローブを羽織って屋敷を出たカサンドラは先ずマーフィーのパン屋へ向かう。
ドアを開けて店内に入ると、カウンターには亜麻色の髪を三つ編みにしたケアリーが先のお客さんの接客をしているのが見えた。
「あら、いらっしゃい!」
私はケアリーの接客を邪魔しないようにニコリと微笑むだけにし、店内を眺めて何を買うべきかと考えた。
そうしている内に接客を終えたケアリーが近付いて来る。
「随分早起きね、カサンドラ」
「えぇ、そうなの。久し振りに晴れたから、大人しく眠っていられなくて」
「貴女ってとってもラッキーだわ!今パンが焼けた所なの」
「本当に? それなら焼きたてのパンとレモンドリズルケーキ。あとキャロットケーキも買うわ」
「それじゃあ、すぐ包むから待ってて」
そう言われて店の陳列窓から外の通りを眺めていると、厨房の奥から仕事着に身を包んだロバートが顔を出した。
「やぁ、カサンドラ。 君の声が聞こえた気がしたから見に来たんだ」
「おはよう、ロビー」
「パンを買いに来たのかい? それとも僕に会いに?」
カサンドラはクスクスと笑い、首を横に振った。
「残念だけど、パンを買いに来たのよ。貴方のお勧めのキャロットケーキも」
「きっと君も気に入るよ」
「カサンドラ、出来たわ。 ロビー、仕事をサボるとパパがかんかんになって怒るわよ」
「ありがとう、ケアリー。二人ともお仕事頑張ってね」
ケアリーに支払いを済ませて店を出ると、今度は洋品店へ行ってシンプルな淡いグリーンのハンカチを購入した。
これはロバートへクリスマスプレゼントのお返し用に。
この淡いグリーンならロバートの瞳の色ともよく合うし、ワンポイントに小さな刺繍をすればプレゼントらしくなるだろう。
そして最後に花屋へ行き、美しい花束を購入してヒース・コートへ戻った。
「随分と早いな」
玄関ホールにある階段の踊り場にいたロイスが、早々に戻って来た私を見て瞳を丸めた。
「またすぐに出掛けるわ。食事をしに戻ってきただけなのよ」
厨房に行って先程買ってきたパンとハムをお皿に乗せて応接間へと持って行き、サイドテーブルにお皿を置いて椅子に座って食事を始めた。
焼き立てのパンはふわふわで、ほんのりとした甘みも相まってとても美味しい。
不意に顔を上げると、ロイスがマホガニーのテーブル上に置いた花束を見下ろしている事に気付いた。
眉を顰めながら此方へ視線を向けた彼のブルーの瞳と目があう。
「今度は誰に花束を貰ったんだ?」
「貰った訳じゃないわ」
「ならこれは何だ? また此処に飾るとか言うなよ。俺のクリスタルのデキャンタはもう貸さないぞ」
そう言えば、本当にあのクリスタルのデキャンタは彼のだったのね。
本人の居る前で花瓶にしてたという事?
ロイスが怒り狂った理由が分かったわ。
早々に食事を終えたカサンドラは首を横に振り、花束を抱えた。
「これは私からプレゼントする花束よ」
「………誰にだ?」
「内緒よ」
「男に贈るんじゃないだろうな?」
「どうかしらね?」
「おい、あれ程慎重に行動しろと言っただろ!」
「私は何時でも慎重に行動しているわ」
それを聞いたロイスは腕を組み、私を見下ろしながら鼻で嘲笑う。
「どこが慎重だ。 良いか、男を誑かすような真似は止めろ」
「誑かしてなんかないわ」
「良いから聞け。俺は忠告してるんだ」
私はわざと眉を顰めて不機嫌さをアピールし、そしてすぐ後に悪戯っぽく瞳を煌めかせて微笑んだ。
「それじゃあ出掛けて来るから、お留守番をよろしくね。ロイス・ハンサム」
「おい、カサンドラ! 話はまだ終わっていないぞ」
ロイスの小言を無視して急ぎ足で屋敷を出ると裏手の丘を下り、湖の畔にある教会へと急いだ
この美しい花束は、ロイス、貴方への贈り物よ




