35.濃いブルーの瞳
「大丈夫ですか?」
呆然と墓石を眺めているとフランシスから声を掛けられ、慌てて顔を上げる。
「えぇ、大丈夫ですわ」
「それなら良いのですが、随分と酷い顔色ですよ」
カサンドラは僅かに顔を背け、フランシスに内心を悟られないようにした。
荒れ狂う感情が表情に出ているに決まっているのだから。
カサンドラはパッと立ち上がって景色に目を向けた。
遠目にヒース・コートが見える。目を凝らしてみても良く見えないが、屋敷の角度や自分の歩いた方角を考慮するに、この墓地は書斎の窓から見えるのかもしれない。
「ミスター・ルベル。案内してくださってありがとう御座います」
カサンドラはローブに付いたフードを被ると、フランシスに向き直ってお礼を告げた。
本来ならフードを被ってお礼をするだなんて礼儀に反するが、今は仕方がない。
血の気が引いて青い顔をしているのは自分でも分かるのだから。
それにフランシスという男には、言わずとも表情から内心を悟られてしまいそう。
あの榛色の瞳にじっと見つめられると、心まで読まれてしまいそうで少し恐ろしい。
「これが僕の務めですから。また何時でも訪ねていらしてください」
少し躊躇った末に私は口を開いた。
「今度、花を供えに来ても良いかしら?」
「えぇ、構いませんよ」
彼が頷いたのを見てカサンドラはもう一度フランシスにお礼をした。
その後、フランシスは私を一人にしてくれようと教会の方へと戻っていった。
カサンドラはもう一度しゃがみ込んで墓石を良く見てみる。
「『偉大なる英雄、ヒースロット・ロイス・ウィリアムズ、ここに眠る』」
墓石に彫られた文字に指を這わせて読み上げ、思わず首を捻る。
偉大なる英雄ですって? 誰が?
まさか………ロイス?
というか、ロイスがウィリアムズ家の人間?
有り得ない話ではない。ロイスは今もゴーストとなってヒース・コートに居るのだから。
あの屋敷はロイスのものだったのだ。
そう言えば、私が部屋を散らかすと『俺の屋敷』って騒いでいた気がする……。
暫くの間じっと墓石を見つめた後、立ち上がって教会を後にし、屋敷までの道を足早に引き返す。
無性にヒース・コートに帰りたくなったから。
屋敷に到着して真っ先に応接間へ行き、ローブをコートスタンドに掛けているとロイスが現れた。
ロイスは私の珍しい行動を見て眉を潜めた。
「何時もローブをその辺に放り出しているお前が珍しい事をしてるな」
「私だってやれば出来るのよ」
「何を企んでる?」
「別になにも……」
カサンドラは振り返ってロイスと視線を交え、どうして今まで気付かなかったんだろうと思った。
彼の瞳はウィリアムズ伯爵家の者の特徴として見られる、濃いブルーの瞳をしているのに。
本当に貴方だったのね。
そうは思っても口には出さず、努めて何時も通りに振る舞う事にした。
例え彼がウィリアムズ家の者だとして、今と何か変わるだろうか?
それに多分、彼も私の正体に気付いているだろうから。
何と言ったって、私の瞳もロイスと同じ濃いブルーなのだから。
カサンドラは肩を竦め、暖炉に薪をいくつか放って炎を大きくする。
「私が何かする度に裏を探ろうとするのは止めてくれない?」
「仕方無いだろ。前科があるんだからな」
「前科って?」
「俺の忠告を無視して出掛けて、雪で濡れ鼠になって戻って来たのは誰だ?」
「当て擦りする気?」
「事実だろ」
カサンドラはフンと鼻で笑い、定位置となった暖炉の前の肘掛け椅子に座った。
「仕方が無かったのよ。私の本意じゃなかったわ」
「……なら何があった?」
おっと。
ロイスが片方の眉を上げて先を促そうとする。
カサンドラはまんまと口を滑らせた事を悔しく思いつつ、誤魔化すようにサイドテーブルから本を手に取った。
「大した事じゃないわ。途中の宿の部屋に蛇が出て」
「蛇は冬眠している筈だが」
「じゃあネズミね」
「どうしてお前はそうなんだ………」
ロイスは顔を顰め、深く溜め息をついた。
仕方が無いじゃないの。頭のおかしな男に殺されかけたなんて言ったら、私の頭こそが正気じゃないと疑われるでしょう。
私は何も答えずに手に取った本を開いて読んでいるフリをした。もう議論はしませんの合図。
開いた本を見つめながら、カサンドラは考えていた。
彼はどうしてゴーストになって此処に居るんだろう?……と。
いつかロイスが話してくれるだろうか。
けれど今は聞けない。
きっと彼が真実を話した時、その時に私の愚かな過ちも彼に話してしまいたくなるだろうから。
まだ言えない………言いたくない……、聞けない。




