33.ヤドリギの下で
「カサンドラ、こっちへ」
ぼんやりと突っ立っていたカサンドラの側へロバートが来て、部屋の奥にある暖炉の方へと腕を引かれる。
そして暖炉の横の壁際で、ロバートと向かい合うように立たされた。
「ロビー。いったいどうしたの?」
訳が分からず困惑しているカサンドラに、ロバートは悪戯っぽく瞳を煌めかせながら頭上を手で示して見せた。
「ほら、上を見てみて」
彼に従って上を向いてみると、漸くこの状況に合点がいった。
頭上にはヤドリギが飾られている。
楽しげなロバートに反抗し、カサンドラはわざとらしく肩を竦めて見せた。
「私は貴方に、まんまと不意を突かれたという訳ね」
「言い伝えは知ってるだろ?
『ヤドリギの下では、女性はキスを拒めない』」
「なら私は貴方にキスをしなくてはならないの?」
「そういう事だよ」
ロバートのグリーンの瞳が色濃く輝いてカサンドラを見つめる。
焦げ付きそうな彼の視線に一瞬たじろいだものの、彼のユーモアは嫌いではない。
ただ今はそんなに見つめられては何も出来ないので、此方もじっとロバートを見つめ返しながら言い聞かせる事にした。
「ロビー、目を閉じていなくてはダメよ」
「あぁ、もちろんさ」
ロバートの目の前で手をヒラヒラと動かして彼がきちんと目を閉じている事を確認すると、カサンドラは背伸びしてロバートの頬に軽く口付けた。
「ヤドリギのキスは終わったわ。もう目を開けても良いわよ」
再びエメラルドの瞳を覗かせたロバートは口付けされた方の頬に手を当て、わざとらしくぱちくりと目を瞬いた。
「まさか、これで終わりなんて言わないだろ?」
「終わりのつもりだけれど」
「そんな…! 僕らはもう大人じゃないか。
きちんとヤドリギのキスをしないと」
「残念だけれど、これが私のヤドリギのキスなの」
「僕は哀れな男だ……。求めた人にクリスマスのキスもして貰えないなんて」
嘆いたように振る舞う彼だけれど、その瞳にはユーモアの輝きが閃いている。
だからカサンドラは、ロバートの言葉にクスクスと笑みを溢す。
「キスならしたわ」
「一瞬だけだろ?」
「それでもキスはキスでしょう」
今度はロバートが肩を竦め、小さく溜め息をつく。
「きっと君は、僕が君に抗えない事を知ってるんだろうな」
「なんの話?」
「つまり、君の言いなりって事」
眉を潜めながら顔を上げてロバートを見ると、此方を見つめていた彼と目が合った。
彼のエメラルドのような美しい瞳は、何時もより色濃くなっている。
どうして私は、何時も危機に瀕しているのかしら?
フレデリックの二の舞いになるのはゴメンだ。
もう少し自分の身の振り方を考えないと。
ロイスが以前言っていたではないか。 どうして忘れていたんだろう?
カサンドラはロバートに曖昧に微笑んだ。
「貴方が? 冗談でしょう」
ロバートは一瞬傷付いた表情をしたものの、すぐに取り繕って微笑んだ。
そしてカサンドラの方へ手を差し出す。
「もうすぐダンスが始まる。一緒に踊ろう」
「ロビー、せっかくだけど‥‥…」
「頼むよカサンドラ。 一曲だけで良いんだ」
そう言われてチラリと此方に差し出された手を見つめ、悩んだ末にロバートの手を取った。
どうしてだか、彼の苦し気な様子を見たく無かったから。
ロバートは蕩けるような優しい笑みを向け、カサンドラの手を引いてダンスフロアへと導いた。
せめてもの救いは、此処で踊るダンスはワルツのように男女二人でくっついて踊るものではなく、三人や四人で踊る類いのダンスだった事だ。
正直、まだワルツを踊る事は出来そうもない。
あの夜、ワルツを踊っている最中の出来事を思い出してしまうから___
そこまで考え、慌てて思考を中止する。
ごちゃごちゃ考えても仕方がない。
今日はクリスマスなのだから、悩むのは後回しにすれば良い。
何と言っても、私は幼い頃からダンスが好きなのだから。
やがて夜も更けてクリスマスパーティーはお開きとなった。
ロバートが送ってくれると申し出た時、一瞬断ろうかと考えたものの大人しく彼の優しさに甘える事にした。
どの道彼とは帰る方向が同じだし、正直昨日の今日で夜道を一人で歩くのは恐ろしかった。
「カサンドラ、今夜は楽しめたかい?」
屋敷の玄関の前でロバートにそう問われ、カサンドラは素直に頷く。
「えぇ、とっても楽しかったわ」
「君が喜んでくれて良かった」
「誘ってくれてどうもありがとう」
その言葉にロバートは穏やかに微笑み、それを見たカサンドラはおかしな雰囲気にならずに済んだ事にホッと安堵した。
「おやすみなさい、ロビー。またね」
挨拶をして彼に背を向けたのだけれど………
「カサンドラ。君が何かに深く傷付いて、怯えた猫のように全てを拒んでいる事は分かってるんだ。
………だから僕は待つよ。君の傷が癒えるまで」
「…………。」
カサンドラは何も答えず、振り向く事もせずに屋敷に入って玄関扉を閉める。
何故か無性に泣き出したくなり、今この場で泣いてしまわないように唇をきつく噛み締めた。
光があると、縋り付いてしまいそうになる。
それは私には許されない事なのに




