32.ケーキを焼く才能の方が素敵
ピアノの音に合わせて若い女性が歌い、その側ではアコーディオンが奏でられている。
その様子をぼんやりと眺めながら、王都の舞踏会よりも此方のパーティーの方が断然楽しいかもしれないと思った。
とは言えカサンドラは社交界デビューしたばかりなので、まだ数回しか夜会に出席した事は無いけれど。
ロバートは先程友人に呼ばれて呼ばれて席を外している。
私を孤立させない為なのか誘いを断ろうとしてくれたけど、私が一人でも大丈夫だと言い張った。
残されたカサンドラは途端にソファーから立ち上がり、料理が並べられているテーブルへと近付く。
私ってこんなにも食い意地が張ってた?
ここ二ヶ月、殆んど食欲が無かった反動かしら‥‥。
でもマーフィー夫人の焼いたパンやケーキは絶品なので仕方がない。
早速クリスマスプディングとミンスパイ、イチゴのトライフルをそれぞれお皿に乗せる。
やっぱり、どれも凄く美味しい!
この私を誘惑するなんて‥‥なんて恐ろしいの!
これは本格的に丸くなる危険性が出てきたかもしれない。
悩み抜いた末、明日は絶対に散歩するのよと自分に言い聞かせながら、イチゴのトライフルをもう一つお皿に乗せた。
「メリークリスマス、カサンドラ」
不意に声を掛けられ、食べようとしていたフォークをお皿に戻す。
振り向くと淡い菫色のドレスを身に付けたケアリーがいた。
先日は三つ編みにしていた髪を結い上げていて、とても可愛らしい。
「ケアリー、メリークリスマス。
そのドレスとっても素敵ね。とてもよく似合っているわ」
ケアリーは僅かに頬を赤らめながらにっこりと笑った。
「ありがとう、凄く嬉しい。
貴女はこのパーティーで一番輝いてるわ。とっても綺麗だから」
「よそ者だから浮いている訳でないと良いけれど」
「そんな事ないわ! カサンドラが入って来た時の皆の顔ったら、思い出すだけで笑っちゃいそう!」
「どんな顔?」
「もう皆呆然と間抜けな顔をしてたわ。 貴女みたいに綺麗な女性は、みんな見慣れていないから」
「緊張していて周りが見えていなかった事が残念ね」
「一目で人を惹き付けるなんて凄い才能よね! 羨ましいわ‥‥」
「私としては、美味しいパンやケーキを作る才能が欲しいけれど」
私にそんな才能が開花したとして、今ならもれなくケーキを一つ丸ごと食べてしまいそう。
凄く羨ましくて、なんて恐ろしい才能だろう。
その言葉にケアリーは私の手元にあるお皿を身振りで示し、にっこりと微笑んだ。
「ケーキは気に入ってくれた?」
「えぇ、とっても美味しいわ。
もう随分と沢山食べてしまったのよ」
「気に入って貰えて良かった。
アップルクランブルもすっごく美味しいわよ」
ケアリーにそう勧められ、チラリとアップルクランブルの方を見遣る。
確かにとても美味しそうだ。
明日になったら絶対に散歩に行く事にするわ。
まんまとケアリーに誘惑された私は、アップルクランブルもお皿に乗せる。
「どうもありがとう、ケアリー」
「それじゃ、また後でね。今夜は楽しんで」
ケアリーは愛想よく微笑み、知人への挨拶へ向かった。
再び一人になったカサンドラはアップルクランブルを一口食べ、やはり美味しいケーキを焼ける才能は素晴らしいと思った




