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幕間.アーサーという男

※カサンドラ視点ではありません



◆◆◆◆◆◆◆◆◆





グランドリーチにて、黒馬亭の二階の一室。



暖炉の前に置かれたソファーで一人の男がウィスキーを啜っている。


ククと喉を鳴らして笑いだしたかと思うと突然、まだウイスキーの残っていたクリスタルのグラスを床へ叩き付けた。


グラスは無惨にも粉々に砕け、部屋に居た従僕が慌てて片付ける。


「あともう少しで仕留められたのに!

あのあばずれめ、俺の足を突き刺しやがった!」


「それはもう何度も聞いたよ。

頼むから落ち着いてくれ、アーサー」


従僕にそう諭されてもアーサーという男は腹立ちが収まらないらしく、立ち上がって窓辺にある小テーブルを蹴り倒した。


「止めてくれ、アーサー!」


従僕が悲鳴を上げるのを聞き、黒い巻き毛を手で掻き上げて冷静になろうと試みる。

再びソファーへ腰を落ち着け、指先で肘掛けの部分をコツコツと叩いた。


「一昨日はあんなにも無防備に街を闊歩していたくせに、俺を見た途端に警戒心を強めやがった」


「君が怖い顔でもしてたんだろ」


アーサーがギロリと従僕を睨み付けると、従僕は慌てて彼の怒りの矛先を変えようと話題を振った。


「そもそも、その女を殺す必要は無いじゃないか。 そんな事をすれば伯爵家を敵に回す事になる」


「殺すつもりは無いさ。 ただ、あの綺麗な顔を傷付けてやればそれで良い」


「殺さなくとも、敵を作る事になる。

彼女が周囲に与える影響を忘れたのか?」


「‥‥‥‥。」


そう言われ、アーサーは苛立たし気に暖炉の炎を睨みつける。

彼が黙り込んでいる打ちに何とか宥めようと、さらに従僕が口を開いた。


「君の狙いは彼女を傷付ける事じゃないだろ」


「‥‥‥あぁ」


「次期侯爵の地位を得たいなら、もっとやるべき事がある」


「あぁ、そうだ。 あの憎きフレデリックを始末しなければ‥‥!!」


怒りが烈火の如く燃え上がり、アーサーは感情の赴くままクリスタルのデキャンタを壁に投げ飛ばした。

部屋には他にもアーサーの破壊行為の犠牲が沢山ある。


それでも怒りが収まらずにブルブルと震える手で、憎い相手にするように空気をグッと掴んだ。


「あいつを始末しなければ、俺は永遠にミスター・エヴァンズのままだ。

侯爵には俺の方が相応しいというのに!」


「ならさっさとエヴァンズ領なりブランシェルなりに行って、きみの従弟を始末する手立てを考えるべきだ。

此処で小娘相手に遊んでいる場合じゃない」


従僕は何とかアーサーを説得して狙いを変えようとした。

どうしてかあの伯爵令嬢を相手にするのは不吉な予感がするのだ。

このままアーサーと共に、彼の従僕である自分まで破滅しそうで恐ろしかった。


しかし主人であるアーサーは断固として首を縦に振らない。

それどころか、急に喉を鳴らして低く笑い出した。


「俺の人生を奪ったフレデリックに罰を与えてやる。 あの間抜けの大事なものを壊すんだ」


「アーサー、止めた方が良い。

そもそも彼女はフレデリック卿の婚約者という訳では無いんだ。放っておけ」


「漸く見つけた弱味を利用しない手は無いさ」


「そもそも、レディ・ウィリアムズは正気を失ってる可能性もある。

一昨日の様子を見ただろ。 ズボンを履いていたんだぞ」


それを聞いたアーサーは嫌そうに顔を顰める。


俺はあんな気が強くて、ふてぶてしい女は大嫌いだ。 女は従順な方が良い。

フレデリックは一体あんな女の何処が良いんだ?


そうは言っても、使い道なら沢山ある。

例えば___



「あの女を捕らえて、あの間抜けを誘き寄せれば良い」


「アーサー、頼むから僕の話を聞いてくれ。伯爵令嬢に手出しをしない方が良い」


「もしくはあの女を殺して、その罪をフレデリックになすりつけるか」


従僕は仰天して瞳を丸め、慌てて首を横に振って反論をした。


「それは無理だ。 フレデリックがレディ・ウィリアムズを殺す筈が無いとすぐにバレる」


「やってみないと分からないだろ。

フレデリックに疑いが向かなかったところで、俺に害がある訳じゃない」


「だけど、アーサー。 僕は___」


「お前は俺に指図するってのか? 次期侯爵になる、この俺に」


凍てつきそうな程に冷たいブルーグレーの瞳で睨み付けられた従僕は、それ以上何も言えずに閉口した。

主人が激昂するとどれ程恐ろしいのか、彼は身をもって知っている。


だから従僕は主人に従って渋々頷く事しか出来なかった。

それを見たアーサーは満足そうに喉を鳴らして笑う。


「安心しろ。完璧な計画を用意するさ」


「レディ・ウィリアムズの場所は分かるのか?」


「どうして俺達が此処に居ると思うんだ? 既に居場所は突き止めてある。そこでだが‥‥」


アーサーは片方の口の端を吊り上げてニヤリと笑えば、手で従僕の方を指し示した。



「お前も協力しろ、セオドア」




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