幕間.アーサーという男
※カサンドラ視点ではありません
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グランドリーチにて、黒馬亭の二階の一室。
暖炉の前に置かれたソファーで一人の男がウィスキーを啜っている。
ククと喉を鳴らして笑いだしたかと思うと突然、まだウイスキーの残っていたクリスタルのグラスを床へ叩き付けた。
グラスは無惨にも粉々に砕け、部屋に居た従僕が慌てて片付ける。
「あともう少しで仕留められたのに!
あのあばずれめ、俺の足を突き刺しやがった!」
「それはもう何度も聞いたよ。
頼むから落ち着いてくれ、アーサー」
従僕にそう諭されてもアーサーという男は腹立ちが収まらないらしく、立ち上がって窓辺にある小テーブルを蹴り倒した。
「止めてくれ、アーサー!」
従僕が悲鳴を上げるのを聞き、黒い巻き毛を手で掻き上げて冷静になろうと試みる。
再びソファーへ腰を落ち着け、指先で肘掛けの部分をコツコツと叩いた。
「一昨日はあんなにも無防備に街を闊歩していたくせに、俺を見た途端に警戒心を強めやがった」
「君が怖い顔でもしてたんだろ」
アーサーがギロリと従僕を睨み付けると、従僕は慌てて彼の怒りの矛先を変えようと話題を振った。
「そもそも、その女を殺す必要は無いじゃないか。 そんな事をすれば伯爵家を敵に回す事になる」
「殺すつもりは無いさ。 ただ、あの綺麗な顔を傷付けてやればそれで良い」
「殺さなくとも、敵を作る事になる。
彼女が周囲に与える影響を忘れたのか?」
「‥‥‥‥。」
そう言われ、アーサーは苛立たし気に暖炉の炎を睨みつける。
彼が黙り込んでいる打ちに何とか宥めようと、さらに従僕が口を開いた。
「君の狙いは彼女を傷付ける事じゃないだろ」
「‥‥‥あぁ」
「次期侯爵の地位を得たいなら、もっとやるべき事がある」
「あぁ、そうだ。 あの憎きフレデリックを始末しなければ‥‥!!」
怒りが烈火の如く燃え上がり、アーサーは感情の赴くままクリスタルのデキャンタを壁に投げ飛ばした。
部屋には他にもアーサーの破壊行為の犠牲が沢山ある。
それでも怒りが収まらずにブルブルと震える手で、憎い相手にするように空気をグッと掴んだ。
「あいつを始末しなければ、俺は永遠にミスター・エヴァンズのままだ。
侯爵には俺の方が相応しいというのに!」
「ならさっさとエヴァンズ領なりブランシェルなりに行って、きみの従弟を始末する手立てを考えるべきだ。
此処で小娘相手に遊んでいる場合じゃない」
従僕は何とかアーサーを説得して狙いを変えようとした。
どうしてかあの伯爵令嬢を相手にするのは不吉な予感がするのだ。
このままアーサーと共に、彼の従僕である自分まで破滅しそうで恐ろしかった。
しかし主人であるアーサーは断固として首を縦に振らない。
それどころか、急に喉を鳴らして低く笑い出した。
「俺の人生を奪ったフレデリックに罰を与えてやる。 あの間抜けの大事なものを壊すんだ」
「アーサー、止めた方が良い。
そもそも彼女はフレデリック卿の婚約者という訳では無いんだ。放っておけ」
「漸く見つけた弱味を利用しない手は無いさ」
「そもそも、レディ・ウィリアムズは正気を失ってる可能性もある。
一昨日の様子を見ただろ。 ズボンを履いていたんだぞ」
それを聞いたアーサーは嫌そうに顔を顰める。
俺はあんな気が強くて、ふてぶてしい女は大嫌いだ。 女は従順な方が良い。
フレデリックは一体あんな女の何処が良いんだ?
そうは言っても、使い道なら沢山ある。
例えば___
「あの女を捕らえて、あの間抜けを誘き寄せれば良い」
「アーサー、頼むから僕の話を聞いてくれ。伯爵令嬢に手出しをしない方が良い」
「もしくはあの女を殺して、その罪をフレデリックになすりつけるか」
従僕は仰天して瞳を丸め、慌てて首を横に振って反論をした。
「それは無理だ。 フレデリックがレディ・ウィリアムズを殺す筈が無いとすぐにバレる」
「やってみないと分からないだろ。
フレデリックに疑いが向かなかったところで、俺に害がある訳じゃない」
「だけど、アーサー。 僕は___」
「お前は俺に指図するってのか? 次期侯爵になる、この俺に」
凍てつきそうな程に冷たいブルーグレーの瞳で睨み付けられた従僕は、それ以上何も言えずに閉口した。
主人が激昂するとどれ程恐ろしいのか、彼は身をもって知っている。
だから従僕は主人に従って渋々頷く事しか出来なかった。
それを見たアーサーは満足そうに喉を鳴らして笑う。
「安心しろ。完璧な計画を用意するさ」
「レディ・ウィリアムズの場所は分かるのか?」
「どうして俺達が此処に居ると思うんだ? 既に居場所は突き止めてある。そこでだが‥‥」
アーサーは片方の口の端を吊り上げてニヤリと笑えば、手で従僕の方を指し示した。
「お前も協力しろ、セオドア」




