17.ロイス・ハンサムって呼ぼうかな
屋敷の中はひんやりと肌寒かった。
一度火が消えると一気に屋敷中の温度が下がってしまうので、極力暖炉の炎は大きいままにするよう心掛けている。
けれど思ったよりも外出が長引き、暖炉の炎が消えかかっているようだ。
真っ先に応接間に行って暖炉に薪を放り込む。
暖炉の前に座り込んで火を大きくしようと奮闘していると、横から意地悪くからかう声が聞こえてきた。
「その服のまま暖炉を弄ると、せっかくのローブが煤で汚れるぞ」
「脱いだら寒いじゃないの」
声のした方を見上げると片方の口元を釣り上げて皮肉な笑みを浮かべたロイスが立っていた。
「エメラルドグリーン。良い色じゃないか」
「そうよ、一目で気に入ったの」
「あぁ、あいつの瞳と同じ色だな」
「何が言いたいの?」
「それを着ているとロバートの恋人のように見えるって事だ」
ロイスがどうして急に小言を言い出したのか理解したカサンドラは、思わずクスクスと笑いを溢した。
「ばかばかしい。この辺りには緑色の瞳の人が沢山居るじゃない。
急に父親みたいな小言を言わないで」
「あんまり男心を弄ぶなよ。いずれ痛い目を見ることになるぞ」
痛い目ならもう既に会っている。
私は姉の婚約者のフレデリックを誘惑した覚えは無いけれど、いつも優しい姉にあれ程の憎しみをぶつけられたのだから、きっと私が悪いのだろう。
カサンドラは浮かべていた笑みをスッと消し去り、不愉快そうに眉を潜めた。
「私にはローブの色すら自由に選ぶなと言うの?」
「そうは言ってないだろ。分別を働かせて身を守る事も必要だと言ってるんだ」
「ロイスには関係ないでしょう」
「分別の無い小娘には、年上がきちんと忠告する必要がある」
「年上ねぇ‥」
私はしげしげとロイスのハンサムな顔を見つめる。
まだ二十代後半か三十代前半くらいだろうか。 年上を気取って説教出来るほど年を取っているようには思えない。
ゴーストに見た目の年齢の意味があるのかは分からないけれど。
カサンドラは意味ありげにロイスと視線を交え、意地悪くニヤリと微笑んで見せた。
「随分と具体的な忠告をするのね」
「‥‥‥何が言いたい? 」
「貴方も沢山の女性を泣かせてきたんでしょうね。だから私に説教をするんだわ」
ロイスの眉間の皺が徐々に深くなっていく。険悪な雰囲気を醸すゴーストとは対照的に、カサンドラの方は心底楽しそうだ。
「これからは貴方の事、ロイス・ハンサムと呼ぼうかしら」
「それ以上口を開いたら息の根を止めてやるぞ」
「まぁ、恐ろしいわ」
食い縛った歯の隙間から低く呻くように言うロイスは、まるで肉食獣が威嚇するように見える。
それでもカサンドラは愉快そうに瞳を煌めかせながら肉食獣をからかい続けた。
「どんな女性が貴方に夢中になったのかしら?」
「‥‥‥黙れと言ってる」
「既に夫を持つ、とても美しい公爵夫人とか?」
「俺に殺されたいのか?」
「王女様とか?」
「なんでお前は忠告すらまともに聞けないんだ? 」
風も無いのに暖炉の炎が揺れ、部屋の空気は冷たくなる。
ロイスの剣呑なブルーの瞳を見た事で漸くカサンドラは降参したと言うように片手をヒラヒラさせて見せた。
「わかった、わかったわ。
貴方に言われなくても、誰かと親しくなる気はありません」
私はロイスの返答も聞かずに暖炉の側にある肘掛け椅子に座り、サイドテーブルに置いてあった本を読み始めた。
暫く暖かい部屋で本に夢中になっていたが、唐突にある事を思い出した。
顔を上げずとも部屋にロイスが居るのは気付いていたので、視線を本に向けたまま彼に話しかけてみる。
「ロイス」
「‥‥‥なんだ」
「貴方、町で噂になっているわよ」
「何だと?」
噂と言うか、言い伝えだけれど。まぁ同じようなものだ。
「嵐になると怒りの声が聞こえるとか」
「はっ、気のせいだろ。 俺は誰にも気付かれない。 ゴーストだからな」
「私は?」
「お前が変なんだろ」
「霊能力者になろうかしら。降霊会をするの」
ロイスは馬鹿にするようにククと喉を鳴らして笑う。
「馬鹿げてるな」
「どうして?」
「俺の事も最初は怖がってた癖にな」
聞き捨てならない言葉を聞き、眉を寄せてロイスを睨み付ける。
事実には違いないけど馬鹿にされるのは悔しい。
「‥‥怖がって無いわ。 驚いただけよ」
「一度屋敷から逃げ出して、戻って来るまで随分と時間が掛かってたな?」
「性格が悪い人ね」
「似た者同士という事か」
何を言っても冷静に反撃される悔しさに唇を噛み締めて黙り込んだ。
先程の仕返しをされているのかしら?
そして気が付いた
ロイスにも、ふとした時に激しい怒りに駆られる時があるのだろうか
長い間この屋敷に一人ぼっちで閉じ込められ、後悔と苦しみで叫び、感情を抑えられずに嵐を巻き起こしてしまう程の時が
カサンドラは無性に泣き出したくなった




