11.クリスマスローズ
屋敷に戻った翌日、カサンドラは初めて霧の晴れている庭を散策する事にした。
応接間で脱ぎ捨てたままだったローブを拾い上げて確認してみると、今まで綺麗に手入れされていたローブは見る影もない程に所々汚れたり解れていた。
先日、思いきり坂を転げ落ちたせいだ。
この手触りの良い真っ赤な布地と美しい金色の刺繍が施されたローブはお気に入りだったのに。
カサンドラは無性に泣きたくなった。
ローブはこれ一つしか持って来ていないので仕方なく汚れを払い除け、解れは極力気にしないよう自分に言い聞かせて羽織る。
庭へ出て屋敷を見上げてみると、屋敷の内装に続いて外観も第一印象よりもずっと美しかった。
光の加減のせいかしら?
石造りの外壁は相変わらず古くて厳しいが所々に生き生きとした蔓が絡み付き、私の背丈程の低い草木が屋敷の一階部分に寄り添うようポツポツと生えているので、冷たく醸し出す厳格さを植物が程よく和らげていた。
存分に眺め終えると屋敷に背を向けてゆっくりと庭園を散歩する。
そう言えば、庭園の管理は誰がしているのかしら?
今は十二月なので花々が咲き乱れているという訳ではないが、今でさえ緑豊かな庭は暖かい時期になれば美しい花でいっぱいになる事が明確に分かる。
先日転げ落ちた傾斜の場所へ行ってみると、ちょうど私が足を滑らせた所にいくつもの枝が乱雑に散らばっていた。濃い霧の中で私が必死になって集めた薪だ。
今度は足を滑らせないように細心の注意を払いながら落ちている枝を拾い集める。
何時また濃い霧に足止めされるか分からないのだから、使える薪は多ければ多い程良い。
暖炉用の薪が無くては生きていけないと私は身をもって知ったのだから。
一度屋敷に戻って拾った枝を置くと、今度はヒース・コートの敷地の裏手から丘を下って歩いてみる事にした。
カサンドラは此処へ来てから屋敷の正面からしか通った事が無かったので、新たな冒険に心が踊る。
屋敷の正面とは違って裏手にはきちんとした道は敷かれていなかった。
身も凍るような冬なのに健気に咲かせている花を踏み潰さないよう気を配らなければならないが、緑の絨毯のような短くて柔らかい草の上を歩くのはとても心地良い。
遠くの方では野ウサギが草を食んでいた。
ふと小さな水音がしたので足元に視線を向けると、小川が丘を下るように流れている事に気付いた。
危なかったわ……。水の流れる僅かな音に気付かなければ、今度は小川に落ちてびしょ濡れになった事で風邪を引く所だった。
倒れて自由に動けないのはもう懲り懲りだ。
何とは無しに小川を辿って丘を下っていくと遠目に大きな湖を発見し、歓喜にわっと嬉しげな声を上げて湖の側まで駆け足で近付いた。
湖面には氷が張っている。
試しに片足だけ氷の上にそっと乗せてみると、パキンと繊細な音を立てながら亀裂が入った。
まだ少し早いけれど、もう数日経てば更に厚くて頑丈な氷が張るだろう。
そうすればスケート遊びが出来るかもしれない。
私ったら、どうしてこの地へ来る時にスケート靴を持ってこなかったの?
ここなら広いスケートリンクを独り占め出来るのに!
町へ行けば手に入れる事が出来るのかしら?
暫く湖の側に座って景色を楽しんだ後、屋敷への道を引き返す。
行きには目に入らなかったが、帰りの途中で白いクリスマスローズが咲いている事に気が付いた。
酷い事だと知りながらも、カサンドラはその愛らしい花を摘んで帰らずには居られなかった。
きっと屋敷に飾れば、ふとした時に突然感じる悲しさに襲われた時、心の慰めになってくれるだろうと思ったから。
その夜、持ち帰ったクリスマスローズを飾る為の花瓶を探して屋敷中の部屋を右往左往した所、かつて書斎だったらしき部屋の棚に綺麗なクリスタルの瓶を見つけた。
早速応接間へ持って行って花瓶に花を飾っていると、突然背後から憤怒の声が聞こえてきた。
「おい、 そのクリスタルのデキャンタを花瓶代わりにするのは止めろ…!!」
「でも他にこの花に合う花瓶なんて此処には無いわ」
「ウイスキーの空き瓶にでも入れておけ」
「いやよ」
「それは俺のだ」
「私が見つけたんだから、もうこれは私の花瓶だわ」
「それは花瓶じゃなくてデキャンタだ。花を飾るんじゃなくてウイスキーを入れるもんなんだよ」
「…………。」
「聞いているのか?」
「…………。」
「都合が悪くなるとだんまりを決め込むのは止めろ!」
デキャンタの一つや二つくらい私に使わせてくれても良いでしょ。
このクリスマスローズを美しく飾る為には、このクリスタルの瓶が必要不可欠なんですもの。
口煩いロイスの小言を聞き流しつつ、暖炉の熱の影響が少なくて太陽の光が当たりやすい窓辺に花を飾った。
十二月半ば。もうすぐクリスマスだ




