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トシの住民

 東の大陸北部に出現した、東の大陸に転移した異世界人達によって造られた街、トシ。

 トシの主産業は、製鉄であるという。


 異世界人に対する差別心の少ない、トシに対して同情的な宿場町であるクロウラを中継地点として、利益の為なら余計な拘りを捨てるラズヴェルの商人から原料となる鉄鉱石や砂鉄を仕入れ、それらから生成した鉧をラズヴェルの商人に売る。


 そうやって、トシの経済とトシの住民の生活は成り立っている。


「それ以外にも、生活に必要な物資は全てクロウラから仕入れています。クロウラの人達には感謝しか無いですよ」

「クロウラの商人達は上手いですねー」


 タニの話を聞いて、ニグルはクロウラ商人達の商売の仕方に感心した。


「上手い?」


 タニは、納得のいかない顔をした。


「クロウラの商人達は、トシで生産している鉄の流通を独占してるんでしょ?差別しなかった結果」


 ニグルは、素直に感心しているつもりでいる。


「結果的には、そうですね」


 不承不承という雰囲気で、タニはニグルに同調した。

 いい人そうだと思い、その後、胡散臭い奴だと思ったタニのことを、案外純粋なのかも知れないと、ニグルは思い始めていた。

 かと言って、タニと比較して自分の心が薄汚れているのかも知れないとは、ニグルは考えない。


「どこの誰がいつ取引相手になるかわからない。それを理解しているから差別しなかったという見方もできる」

「確かに、それはそうかも知れませんね」


 なんとなく、タニは納得した気になった。




 ニグル達は、トシの全容が確認できる距離まで至った。

 トシの周りには、木の柵が張り巡らされ、その外周に幅の広い空堀が掘られている。

 門へと至る通路は、見たところ一箇所である。

 

 まるで、中世の環濠集落のようである。


「城壁無いんだね」


 ニグルは歩きながら、見て思ったままをタニに伝えた。


「石造りの城壁を作れるだけの人数がいないのです」


 タニは悲しそうな顔をした。


「この世界の連中やら魔物やらに攻められたらひとたまりもないね」

「城壁が無い分、堀を広く深くしてあります。あと、連弩を配備してあります」


 タニは満面の笑みを浮かべながら言った。


「連弩!?諸葛亮が転移してんの?」


 タニの期待通りの食い付き。

 子供の頃のニグルは、横山三国志が好きであった。


「あ、カトウさんは三国志好きなんですね。僕も好きですよ。でも残念ながら諸葛亮はいません。三国志と日曜大工が好きな人がいましてね、暇を持て余して再現したんですよ」

「なんて名前の人?」


 知り合いがいる確率は低いと思われるこの世界で、わざわざ会ったこともない者の名を気にすることなど無いであろう。

 それでもニグルが連弩を再現した異世界人の名を気にしたのは、思いの外、この世界に知り合いが多いからではなく、嫌な予感がしたからである。


「本名は、本人が名乗らないから知りませんけど、今は・・・コウメイと名乗っています」


 タニは、いい終わるや否や吹き出した。


「やっぱり・・・痛い人だねぇ」


 ニグルにとっての嫌な予感は、見事に的中した。


「ニグルって名乗るのやめようかな」

「何故です?」

「異世界人・・・じゃなくて転移者で偽名使ってる奴って、大抵おかしな奴なんですよね。経験上」

「カトウさんはおかしな人じゃないんですか?」

「え、おかしな人だと思ってたの?」

「変な鎧着てますし」


 ニグルの鎧は、モリ謹製の、腹部に大きな魔獣の口が意匠された鎧である。


「まあ、変だよね。この鎧」

「変です。痛い人だと思いました。でも他の冒険者は、言動も痛いですからね。カトウさんはかなりまともな人だと思いますよ。冒険者にしては」


 スキルを持たない異世界人はこの世界の住人に差別され、スキルを持ち冒険者を生業にする異世界人はスキルを持たない異世界人に差別されているのか。

 なんとも不毛だと、ニグルは思った。


「僕らまともな転移者からしたら、スキル持ちだからって冒険者になっている連中は、この世界に迎合している芯のない情けない連中です」


 堰を切ったように、タニは転移者批判を始めた。


「あいつらは転移デビューですよ。高校デビューみたいなもんです。きっと元いた世界では陰キャだったんですよ。浮かばれなかった世界からこの世界に転移して、たまたま好きを持ったからこの世界での強者になって、浮かれているんです」


 妬み、だけではないのだろう。

 自分のことはさて置き、ニグルも他の冒険者に対しては、浮かれ過ぎている連中だと思っている。


「トシにいる冒険者はそんなに浮かれているんですか?」

「浮かれまくっています。周りにこの世界の住人から差別されている同胞がいるから尚更なんでしょうね。自分たちを選ばれし者と名乗って偉そうにしています」

「嫌だねぇ」

「カトウさんはそういう感じがないから、冒険者にしてはまともだと思うんです」

「それはありがとう。素直に喜べないけど嬉しいよ」


 浮かれてはいないが痛い奴。

 それが、ニグルに対するタニの評価である。




 タニに連れられ、一本しかない門へと続く道を通り、ニグルとエルはトシの門前に辿り着いた。


 タニの説明通り、トシの周囲に掘られた空堀は広く深い。

 幅は中型トラックの全長ほどはあるだろう。

 深さは中型トラックの全高ほどか。


「確かに広くて深い。これがトシを一周してるの?」

「そうです。外周約八百メートル、東京ドームより大きいです」


 タニは、誇らしげな顔をした。


「凄いな・・・その労力でそこそこの城壁造れそうだけど」

「・・・」

「掘り出した土はどうしたんです?その土で土壁でも造れば良かったのに」

「掘り出した土で住居を造りました」

「余るでしょ」

「住居の壁を厚くしました。室内の温度が一定に保たれ、夏涼しく冬暖かいです」

「土蔵みたいだな」

「トシ内に外敵の侵入を許した時には、各住居がトーチカの役割を果たします。多分」


 多分、なのである。


 実際に、トシがこの世界の住人に攻められたことはない。

 トシが出来て間がないこともあるのだろうが、個々には嫌っていて見下していて差別していても、それが対集団となると、価値観も文明のあり方も違っていることを不気味に思い、一定の距離を置かれるということもあるのかも知れない。


 


「あ、タニくんおかえり。その人達は?」


 門衛の頭がドレッド。


「さっき出会った冒険者の人達です。転移者なのでご安心を」

「マジ?痛い?」

「冒険者としてはまともな人達ですよ。浮かれてないし」

「腹に口付いてるのに?」

「そこは痛いとこ」

「鎧着てる時点で痛いのに、口付いてんだよ?どう見ても浮かれてるよね」

「話してみると意外とまともなんですよ」

「本当かなー」


 タニとドレッドの好き勝手な会話を聞きながら、エルは戸惑っていた。

 変な服装の男達が、この世界では特別ではないものを馬鹿にしている。


 意匠としては、確かに変だろう。

 鎧とは質実剛健か華美のどちらかなのである。

 凶悪そうな口をわざわざ意匠することは滅多にない。


 滅多にいないと言うことは、ごく稀にあるということである。

 そのごく稀は、押し並べて変人が愛用している。


 そこまで思い至って、エルは少し納得しかけた。

 しかし、鎧自体に否定的な見方には大きな違和感を感じている。



 押し黙るエルの横で、ニグルが突然口を開いた。


「あーそこのドレッド。俺の鎧が変なのは認めるし、鎧を着ていること自体に違和感を持つのも致し方ないだろう。でもな、俺とお前は初対面だ。初対面の相手にその扱いは失礼だろ。お前、この世界でまともな転移者ぶってるけど、元いた世界ではまともな奴じゃなかったんだろ。なあ」


 エルじゃなくてもわかる。

 ニグルは明らかに苛立っている。


「そうですね。これはカトウさんが悪いです。あ、カトウさんってこっちのカトウさんです。カトウさん、こちらの方もカトウさんなんです」


 出会ったばかりのタニにも、ニグルの苛立ちは伝わっている。

 それに、ニグルには非がない。

 

 タニはニグルへの申し訳なさから、焦って仲裁に入ろうとした。


「俺カトウ。よろしくな、ちん毛ヘッド」


 ニグルは時に大人気ない。

 

「喧嘩売ってんの?スキルとかいうのがあるから強気?やっぱ痛い奴なんだなー」

「喧嘩売ってんのはお前だろちん毛ヘッド」


 カトウとカトウは、額をぶつけ合いながらオラつき合った。


「ヒロくん、やめて。恐いヒロくん見たくない」

「・・・わかったよ」


 トシに潜入しに来たというのに、足を踏み入れたかどうかという地点で揉めていては何にもならない。

 違和感に戸惑いつつも、エルは冷静だ。


「娘かと思ったら彼女?とんでもなく可愛いけど歳の差やばくない?ヒロくんてばロリコン?やっぱ痛いわー」


 はたから見ればそうだろう。


 今は、この世界に迫害されているトシに潜入している。

 そうである以上、エルが三十歳のクオーターエルフであることは伏せるべきである。

 それを伏せる以上、否定することも説明することもできない。


「タニさん、早くこの場を離れよう。痛かろうがなんだろうが、俺はスキルを持っている。そのスキルは簡単に人を殺すことが出来る。俺は人を殺したくない。特に転移者は」


 人を、特に転移者を殺したくない、は嘘である。


 この世界に染まっているニグルは、必要であれば人を殺すことを厭わない。

 実際、ニグルは何人も人を殺している。

 それも転移者である冒険者を。


「そうですね。今のはカトウさんが悪いので、あ、こっちのカトウさんですけど、だからカトウさんが痛い冒険者だからってカトウさんの肩を持つことは出来ないです。あ、持てないのはこっちのカトウさんの肩です」

 

 そう言うと、タニは歩き出した。


「カトウさん、リーダーを紹介したいので、ついて来てください。カトウさん、今回の件はリーダーには報告しませんけど、ちゃんと反省して下さいね」

「わかったよー」


 さっきまでの挑発的な言動は蒸発してしまったかのように、ドレッドカトウは緩い声音で間の抜けた返事をした。



「カトウさん、すみませんでした。あっちのカトウさん、悪い人ではないんです。争いを好むタイプでもないですし。ただ、痛い冒険者が大嫌いなだけなんです」


 タニは、ニグルの機嫌を直して欲しいと思っているようだ。

 しかし、焦っているのか、言葉選びが間違っている。


「俺はあくまでも痛い冒険者か・・・それを聞かされて、俺は何を思えばいいんだろう」


 ニグルは呆れている。


「リーダーは元冒険者です。だから、きっと話が合うと思います」


 焦るタニの耳には、ニグルの呆れ声は届かない。


「元冒険者だから話が合うと決めつけるのはどうだろう」


 ニグルは再び呆れ声を出した。


「カトウさんと違って痛くない冒険者だった人です。ちなみに魔法が使えます」


 やはりタニには、ニグルの呆れ声は届かない。


「そうですかー」


 ニグルからは、まともに会話する気が失せていた。




 タニの街並みは、タニの話にあった通り、土で出来ている。

 屋根は木の板、軒が長く張り出している。


「ガラスが無いんですよね。ガラスの作り方知っている人がいないんです。だから軒を長くして窓から雨が入らないようにしています」

「開閉式の板で必要に応じて窓塞げば良くない?」

「・・・」


 ニグルの指摘が意外だったのか、タニは黙った。


「いや、日除けにもなるから軒が長いのはいいと思うけどね。俺の家も軒長いよ。もうずーっと帰ってないけど」


 ニグルは思わずフォローした。


「町造り計画を立てた人が、ああいう家にしようって・・・」


 タニは少しだけ、ニグルの指摘を気にしていた。

 

「いやだから、あれはあれでいい造りだと思うよ」

「でも、台風来たらどうなるのかなと思う時があります」

「台風来るの?」

「いえ、この辺りは、そもそも雨が少ないです」

「じゃあ、それも踏まえてああいう造りにしたんだろうね。素晴らしい」

「そうなのでしょうか」


 気になって仕方ないタニ。

 そんなタニに疲れるニグル。

 完全に空気になって黙って歩くエル。



 タニの町には活気がある。

 建築中の住居が多くあり、造成中の道路が何本もある。

 至るところに、作業に従事する人の影。


「今視界に入っている人、全員転移者?」


 ニグルは驚いている。


「もちろん」


 タニは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「ここだけでもこんなに・・・どんだけ転移してんだよ・・・」


 ニグルだって鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「痛い人たちの共通点ですね。何かを見込まれて召喚されたと思ってたとか言うんです」

「いや、俺はそこまでは思ってなかったけど、転移って、事故みたいな感じだと思ってたから、希少な事例だと思ってた」

「スキルを付与されずに東の大陸に転移した僕達は、そんな事を考える余裕が無かったです。魔物から逃げて、この世界の住人から逃げて、ここに辿り着いて落ち着いた時には、大勢の転移者に囲まれてましたから」

「・・・」


 ニグルは、スキルを付与されずに東の大陸に転移した異世界人達の苦労を偲び、言葉を失った。

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