タニ 爽やかな転移者
落ち着かない時、ニグルは口数が多くなる。
話し相手と情報を共有したいというわけではない。
意図せずに、ただただ言葉が口をついて出てしまうのだ。
それを抑えようとすれば平静さを失うだけであると、ニグルは自覚している。
「異世界人の街の連中ってどんな武器持ってんだろ。剣とか槍とか弓とかかな。それとも銃とか使うのかな」
「じゅうって何?」
「飛び道具。今まで会った異世界人冒険者ってみんな剣とか槍とかだったから、異世界人の街もそうなのかな。そもそもこの世界に銃ってあるの?」
「飛び道具のじゅうって何?」
「ひょっとしたら銃なんて存在しないのかも知れないね。でもわからないのに憶測だけで決めちゃいけないな。いつ弾が飛んでくるかわからないとだけは思っておかなきゃな。油断は禁物だ」
「玉が飛んでくるの?玉を飛ばす道具がじゅうなの?」
「でもバイク乗ってる時点で転移者ってわかるだろうから、奇襲されることはないか。いやでもそれも油断か」
話し過ぎだ。相手の返事をろくに聞きもしない。これはさすがに失礼だ。でもエルはこんな時でも優しく受け止めてくれる。今はエルに甘えよう。平静さを保つことは大切だ。不測の事態に備えなければならない。エルを絶対に守らなければならない。エルはわかってくれる。
「一方的に喋ってるだけじゃない!質問しても答えてくれないし。もういい」
「ごめんなさい」
エルは明らかに苛立っている。
油断だったのか甘えだったのか。
ニグルの予想は、全く外れていた。
「ヒロくん、ちょっと落ち着こうよ。急いで行く必要ないと思う。ルルお姉ちゃん達を待った方がいいと思う。今のままじゃ不測の事態に対応できないと思う」
「そうだな。腰も痛くなってきたし、休憩しようか」
ニグルはバイクを停車させ、エンジンを切った。
エルが下車したのを確認してから、右脚を上げて自分も下車した。
ニグルは、タバコを吸いたいと思った。しかし、この世界にタバコは無い。
この世界に転移した時に持っていたタバコは、とうに尽きている。
仮に残っていたとしても、ニグルが愛飲していたのは電子タバコであり、充電できないのだからどうしようもなかったであろう。
「異世界人の街に何かを期待するとしたら、タバコだな。大量のタバコと一緒に転移した奴がいるかも知れないし、タバコの代わりになるものを製造している奴がいるかも知れない」
ニグルは、まだ遠くに見えている異世界人の街を眺めながら言った。
「タバコって、ヒロくんが転移したばりの頃に、陰でこっそり吸ってた煙が出るやつ?」
他の異世界人に奪われるかも知れないと思い、ニグルは人前ではタバコを吸わないようにしていたようだ。
「そ。俺のは煙じゃなくて蒸気だけどね」
「ハーブでも蒸して、その蒸気吸えばいいのに」
「いやニコチンが」
「にこちん?」
「ん、ニコチンを説明できるだけの知識がないからこの話は終わり」
「にこちんがどんなものかも知らずに吸いたがってるの?異世界人の街に期待しているの?ぼーっと生きてるんじゃないわよ」
「エルちゃん?」
そう言えば、髪の長さは同じくらいだなと、元いた世界で夕食中に見たことがある国営放送のとある番組のキャラクターを、ニグルは頭の中に浮かべた。
「ホンダかー。懐かしいですね」
いつの間に近寄られたのか、ニグルとエルの背後から、声をかける者がいる。
ニグルは、背筋に寒いものを感じた。
「こんにちは・・・悪魔じゃないですよね」
近付いてくる気配に気が付かなかった。
今では杖に成り果てているあの悪魔と遭遇した時の、経験したことのない恐怖感を思い出した。
「悪魔?随分警戒心が強いですね。僕は人間ですよ」
「すみません。気配に気付かなかったので・・・以前、そういう遭遇の仕方をしたことがあって、悪魔と」
「悪魔なんて本当にいるんですね・・・まあ、僕にとって悪魔は・・・いや、なんでもないです」
私にとって悪魔は、の後には、この世界の連中とでも続くのであろう。
つまり、目の前の男は転移者であり、異世界人の街の住人ということになるのであろう。
「気配についてはすみません。気配を消せるのが、僕の唯一のスキルなのですよ」
「なるほど。冒険者ですか?」
「いやいやいや。気配消すことができるだけなので、冒険者として生計を立てるのは無理ですよ」
スキル持ちの異世界人=浮かれた冒険者。
それがニグルの、スキル持ちの転移者に対する先入観であった。
「あの街の人ですよね?」
ニグルは、相手の反応に注意を払いながら尋ねた。
「そうですよ」
異世界人の街の第一街人は、笑顔で普通に答えた。
「良かった。俺は転移者で、あなたの街に向かっているところなんです」
異世界人という言葉は、なんとなく避けた。
この世界の住人は、転移者のことを異世界人と呼ぶ。
異世界人の街というのも、この世界の住人から聞いた名だ。
この世界の住人を敵視しているらしい異世界人の街の住人が、自らを異世界人と名乗っているかどうかわからない以上、異世界人という言葉は避けるべきだとニグルは考えていた。
「そうでしょうね。ホンダのバイクに乗ってる以上、転移者だと思ってましたよ。二人だけで移動してるってことは、冒険者ですか?」
異世界人の街の第一街人は、転移者という言葉を使った。
どうやら、ニグルは正解したらしい。
「そうです。まだ駆け出しですけど」
「スキル持ちなんですね」
「一応」
「あの街には、スキルを持っていない転移者が多く集まっています。スキルを持たない者同士、元いた世界の知識を持ち寄って、この辛辣な世界を生き抜こうとしています」
「スキル持ち、いないんですか?」
「少数ですけどいますよ。スキルでこの世界に馴染むより、同胞とも言える他の転移者と共に生きる道を選んだ人達とか、あの街を拠点にする熟練の冒険者とか」
「なんとなくだけど、後者は浮いてそうな気がする」
ニグルは小さく笑いながら言った。
「そうですね。浮いてます。助け合って生きようというより、同じ世界から来た人しかいないという気楽さだけで寝ぐらにしてる感じですから。ノリが全然違うんです。あくまでも、冒険者としてこの世界に馴染み切っている」
第一街人は、苦笑いしながら言った。
「転移者の冒険者って、痛い奴多いですよね」
ニグルは、常々思っていたことを口にした。
ようやく本音を言える相手を見つけた気がした。
「ですよね。そもそも、そういう奴にスキルが付与されてるって説がありますよ。まぁ、僕も一応スキル持ちですけど」
第一街人は、愉快そうに笑った。
「俺、自分で思ってるより痛い奴なのかなぁ」
ニグルは、腑に落ちない表情で言った。
「あくまでも説ですから」
第一街人は、爽やかに言った。
いい人そうだと、ニグルは思った。
「そう言えば、自己紹介まだでしたね。タニと申します。日本から転移した者です」
爽やか第一街人は、爽やかにタニと名乗った。
「ニグルと名乗ってます。本名ではないです。こっちはエル」
エルの偽名を考えておくべきだったと、ニグルは思った。
しかし今更、即席で考えてもボロが出るだろう。
ニグルは誤魔化そうと思った。
「この世界に馴染もうとしたわけですね」
タニは少しだけ、眉間に力を入れた。
「スキルを付与されただけあって、痛い奴です」
ニグルは真顔で、他人事のように言った。
その様子に、タニは吹き出した。
「本当の名前はカトウです。俺も日本から。って日本以外からの転移者なんているんですか?」
誤魔化したいニグルは、少し急いで元の名を告げ、気になっていたことを問うた。
「いますよ。街に行けばゴロゴロいます」
「マジですか!」
「マジですよ、カトウさん」
「今まで日本人の転移者しか会ったことなかったから意外」
「日本人が多そうですけど、日本人しか転移してないって考えるのも無理がありますよね」
「そりゃそうか」
意外と言えば意外。妥当と言えば妥当。
ニグルとエルは、タニに同行してもらい異世界人の街に行くことになった。
ついさっきまで、後続するモリ達を待つつもりになっていたはずだ。
しかし二グルの中では、それは優先順位争いに負けている。
「タニさん、あの街にタバコありますか?」
バイクを曳いて歩きながら、今のニグルにとって最も大切な確認をした。
「無いですよ。タバコの製造経験者がいないですし、タバコの代わりになりそうな植物が見つかっていないんです」
「そっかー」
ニグルの期待は、街に辿り着く前に裏切られた。
「ちなみにですね、あの街はトシといいます」
ようやく、タニは街の名を告げた。
「え?伝説のボーカリスト?それとも都市?」
「固有名詞ではない都市です」
「ただの都市?それが街名?」
「揉めたみたいですよ。どんな街名にするか。開拓した人達みんな、それぞれ自分の出身地の地名を付けたいと主張したみたいで」
「そりゃそうなるか」
「で、折衷案として、ただのトシ」
「みんなどうやって生活してるんですか?」
「鉄を作ってますよ。鉄を作ってクロウラ経由で各地に流通させてます」
「鉄!マジか。すげぇ」
「この世界でも製鉄はされていて、それは武器や鎧を見ればわかると思うんですけど、製鉄所で強制労働させられてた転移者が脱走して技術を持ち込んだらしいです」
「そっか。この世界にも鉄はあるもんな。つい工業地帯の海際の鉄粉だらけの製鉄所を想像しちゃったけど、もっと原始的な感じですか?」
「たたら製鉄?に近いものらしいですよ。僕はたたら製鉄がどんなものか知りませんけど」
「歴史好きだったし、たたら場の解説図を見たことあるんだけど、しっかり見るほどの興味は持てなかったな」
「なかなかのマンパワーぶりですよ。元いた世界で設計とか生産技術とかやってた人達が、高効率化の為に頑張って知恵を絞っています」
「一昔前の人達だったら、逆に高効率化早かったかもね」
「なんでです?」
「今の技術者は、標準ルールに則って全時代の基礎技術を応用するような仕事しかさせてもらえていないイメージ。あくまでもイメージ」
「なるほど。そうかも知れませんね。僕はサービス業だったのでよくわからないですけど。ところでエルさんは無口な方なんですね」
タニが現れてから、エルは一言も喋っていない。
人見知りで、そうでなくても、そもそもニグルと二人きりの時以外は口数が少ない。
その上、ニグルは敢えて、エルをこの世界の住人と紹介していない。
何かある。嘘をつかない程度に誤魔化そうとしているのかも知れない。
エルはそう察していた。だから、いつも以上に無口になっていた。
「エルは極端に無口なんですよ。必要最低限の七割くらいしか口を開かない」
「肝心なことも伝えられないってことですか?」
ニグルの説明に、タニは少し笑った。
「そう。例えば、ありがとうござ、とか。こんに、とか」
「そういう七割なんですか?」
ニグルのふざけ方がツボに嵌まったのか、タニは腹を抱えて笑った。
ニグルも、タニに合わせて笑った。
実際のところ、ニグルはタニがエルのことを疑っているのかも知れないと思い、必死に誤魔化しているつもりだっただけに、口角だけで笑った。
眉間には少し皺が寄り、目はザブザブと泳いでいた。
「カトウさんは面白い方ですね。トシの雰囲気は決して明るくないですけど、カトウさんが滞在してくれたら少しは明るくなるかも知れません」
「そんな影響力、あるわけないでしょ」
「少しずつでいいから、明るくして下さいよ。カトウさんなら出来ますよ」
ニグルは、タニのことを胡散臭い奴だと思い始めた。




