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東の大陸

 宿場町クロウラから、マグスとキュアクは西に向かい、ニグルとエルとエイダとモリとルルは北東に向かっている。


「異世界人の街でどう動くのかはニグルに任せる!どういう結果であろうと、一区切りついたらとにかくクロウラに戻るのだ!俺もサノをポルジン王に引き合わせたらクロウラに戻る!クロウラで再集結!いいな!覚えておけ!」


 マグスは別れ際にそう言った。

 どちらかが早々に用を済ませたら時間差が発生する。

 どちらか一方が、いつまでももう一方を待つことになる。

 

 その間の連絡のやり取りは、マグスの使い魔、そう言う名前の伝書鳩に一任される。

 なんとも心許ないことである。



「電話とかインターネットとかって、この世界のどんな魔法より凄いよね」


 ニグルが、便利なものに囲まれて過ごした日々を思い出しながら言った。


「何日も、何週間も、何ヶ月も、いつ来るかわかんない奴をただ待つのって、苦痛だよな」


 便利な通信機器で縛られる生活に慣れ、毎日同じ時間に起きて同じ時間に家を出て同じ時間に働き始める生活に慣れた異世界人達にとって、この世界の時間の感覚は焦燥感を生むことがある。


 サラリーマン生活を二十年近く経験したニグルは、とても異世界人らしい異世界人である。

 あてもなく待ち続ける日々を想像しただけで冷や汗が出そうになる。



「好きなことやりながら、ただ時間が経つのを待っていればいいではないですか!僕はきっと平気です!」


 馬車の荷台の上で、ルルとエイダの服を作りながら、モリが答えた。

 

 元オタクにして元ニート。

 この世界においては、モリは異世界人らしくない異世界人と言える。



「私は筋トレ三昧の生活を送れるならそれもあり」


 裁縫に勤しむモリの代わりに馬車馬を御しながら、ルルが続いた。

 女戦士として覚醒したルルは、すっかりこの世界に馴染んでいる。



「二人で、タンデムツーリングだっけ?に行こうよ」


 ニグルが運転するバイクのリアシートから、ルルが嬉しそうな目で、バックミラー越しにニグルの顔を覗き込んだ。



「あんた達、そういうのは事が済んでから考えなさいよ。場合によっては、こっちの方が遅れるかも知れないんだから」


 一番年下のエイダが、一行の中で一番大人である。




 実際のところ、異世界人の街の状況も、異世界人の街と周囲の都市の関係性もわからない。

 行ったところで何もできないかも知れないし、何かできるかも知れない。


 できる何かを実行するために、途轍もない手間を食うかも知れないし、あっさりと何かしら解決できるかも知れない。

 とにかく何もわからない。


「私はね、なんの考えも無しに厄介そうな街に向かっている今が一番苦痛よ」


 転生前、更にはニグルの父と結婚する前、当時ヒロコだったエイダは銀行員だった。

 定石通り、考え方は堅かった。

 

 元いた世界で、ニグルとエイダはお互いに、まるで思考が違う肉親だと思っていた。

 ニグルの思考は、ヒロコへの反発で構成されたのかも知れない。


「しょうがないだろー。事前情報が何もないんだから。わかんないこと考えても無駄無駄。行かなきゃわかんないなら行くしかないだろ。」


 事前情報を持っていないのは事実である。

 ニグルはクロウラでもその周辺でもここまでの道中でも、情報収集を一切していない。

 

 確かにここまで人地はなかった。

 しかし、たまには冒険者や旅人や商人と遭遇した。

 それでもニグルは、それらと世間話すらしなかった。


 コミュニケーションモンスターと揶揄されることすらあった男が、らしくないことである。

 それは、ニグル一行の誰もが思っている。


 口を閉じて考え事でもしているのかと思いきや、考える事をやめているという。

 ニグルがどういうつもりでいるのか、誰にもわからない。


「誰とでも人見知りせずにお話しできて、いろんな情報を引き出すのがニグルさんの唯一の取り柄なのに、どうしちゃったの?」


 褒めたかと思えば辛辣な言葉。

 エルに悪意はないのだろうが、それが本音なのは間違いないのであろう。


「考え事してんのよ」

「さっきエイダさんに考えても無駄って言ってた」

「俺そんなこと言った?」

「言った」

「そっか」


 支離滅裂な自身の発言など意に介すこともなく、ニグルはまた考え事に集中した。


「何を考えてるの?」

「マグスを待ってる間、何しようかなって」


 そっちか。


「そっちか。バカ息子」

「んー」


 楽しい妄想の最中には、母の言葉が耳に入らない。

 男の子は、そういう生き物なのだ。


「よし!マグスが戻る前にヒトカタノサト目指してタンデムツーリングしよう!」


 ニグルはそう決めた。


「やった!」


 ヒトカタノサトに興味がある訳ではない。

 エルはニグルとタンデムツーリングに行けることが嬉しいのだ。

 

 ニグルと関係を持ってから知った異世界語ではあるが、それが、バイクに乗って二人きりで密着して移動することを指す言葉だと、よく理解している。


「もう一度言うね、ヒロくん。必ずしも、私達がマグスを待つことになるとは限らない。マグスを待たせることになるかも知れない。だから、そんな先のこと考えても仕方ないの。そんな事より・・・異世界人の街で起こりうることを想定してせめて心の準備だけでもしておきなさいよ!」

「うるせーなさっきから!何考えようと俺の勝手だろうが!ちょっと黙ってろよババア!」

「ババアじゃないし!ピチピチだし!」

「ピチピチって言い方がババアなんだよ!」


 始まった親子喧嘩。

 マグスもキュアクもいない。

 仲裁する者も、やかましい親子の意識を逸らすことができる者もいない。


 エルは、自分が喧嘩を止めるしかないと思った。


「二人とも、喧嘩やめて。見てるこっちが疲れる」


 エルなりに頑張った。


「ごめんね、エル。もうやめる」


 ニグルはエルに弱い。


「うるさいわよ小娘!あんたも喧嘩の原因みたいなものなんだから!」


 小娘と言ってはいるが、言っているエイダは十七歳であり、言われているエルは三十歳である。

 見た目は同年代にしか見えないが。


「ごめんなさい」


 元来エルは気が弱い。

 喧嘩を止めに入ったつもりが、エイダの勢いに呑まれて謝ってしまった。


「だいたい、なんなのよ!ヒロくんさっきから私のことは無視するくせにエルちゃんにはちゃんと返事して!」


 エイダはただ、拗ねていた。

 拗ねるエイダは年齢相応に可愛らしいと、中年のニグルは思ってしまう。


「悪かったよ」

「もうお母さんのこと無視しない?」


 しかしその魂が母のそれであると思うと、萎える。


「ああ」


 ニグルは死んだ目を逸らしながら、喉を鳴らす程度に返事した。


「もうほぼ無視してる!」

「わかったわかった。ちゃんと言うよ。無視しない」

「なら許す。ちゃんと異世界人の街での立ち振る舞いのシュミレーションもしてね」

「それは話が別。行ってこの目で見るまで何も考えない」

「この偏屈者!」


 ニグルはエイダを持て余した。


「エルと先に行って偵察してくる!」


 愛車のスロットルを捻り、ニグルは逃げた。




 異世界人の街。文字通り、異世界人の、異世界人による、異世界人のためだけの街。

 異世界人差別の激しい東の大陸で、実際に差別を受け迫害された異世界人達が肩を寄せ合い避難生活を始めたのが、この街の始まりであった。


 飛び抜けた能力を付与されてこの世界に転生した者は、冒険者として尊敬や畏怖の対象となり、この世界の世間を圧倒することも出来る。

 しかし能力を付与されずにこの世界に転生した者は、この世界の世間の異世界人に対する敵意を集めることになってしまう。


 これは西の大陸でも同様のようでありながら、実際には同様ではない。


 西の大陸には、セノベ国のようにそれなりに暮らすことが出来る国もあれば、スブル王国のように奴隷扱いする国もある。

 西の大陸にも異世界人差別はあり、その差別は卑下である。


 それに引き換え、東の大陸の差別は卑下というよりも敵意である。

 距離を置くとか、奴隷扱いするとかではない。

 魔獣や魔物と同じ扱いをされる。


 同じ人類でありながら、戦争でもないのに、命を軽んじられる。

 姿を見られれば、遊び程度の軽々しさで殺される。


 町や村に入り休息をとることもできない。

 魔物や魔獣や飢えの恐怖から逃れようとすれば、同じ人類にしか見えない狩人の獲物にされる。


 ある日突然転移した先で、何も事情がわからない中で、わずかでも安心できる場所が無い。

 それが、東の大陸に、特別な力を付与されずに転移した異世界人達の日常なのである。


 東の大陸に転移して、開放的な宿場町であるクロウラに辿り着いた食べ録の著者は、東の大陸に転移した者の中では、破格の幸運を得たと言える。



 そんな、スキルを持たない異世界人にとっては辛苦の極みとも言える東の大陸で、何も知らずに、ニグルは愛車を走らせている。

 西の大陸の、異世界人に対する差別意識の薄い地域に特別な力を付与されて転移したニグルが、事が済んだ後の楽しみを妄想しながら。


 同じ異世界人でも相容れないものがあるとは、何も知らないニグルには想像もつかない。

 ニグルはただ、一行から離れて自分の好むペースで愛車を走らせているだけなのである。




「あれかな。異世界人の街」


 大きな暗い黒い影を目に留めて、ニグルがリアシートのエルに声をかけた。


「あれ、街なのかな。街ってもっと明るい色だと思う」


 この世界の建物の殆どは、石造りである。

 エルにとって街の色とは、もっと明るく白っぽいものである。


 異世界から転移してきたニグルにとっても、街並みは白っぽいというイメージはある。

 しかし、元いた世界には色々な街があり、街並みのイメージ色は、必ずしも単色ではない。


「確かにこの世界の街っぽくないけど、だからこそ異世界人の街っぽい気がする」

「なるほど」

「もっと近づきゃ嫌でもわかるだろうし、とりあえず近づいてみよう」

「うん」


 見慣れぬ色の大きな影に、エルは少しだけ不安を感じている。

 ニグルの腰に回す腕に力を込めた。


「不安?」

「少し」

「大丈夫だよ」

「なんで」

「俺がいるだろ」

「そうだね」


 裏付けのない自信。

 ニグルは虚勢を張っている。

 エルにはそれがわかる。

 だからこそ、エルは肯定する。


 エルを勇気づけようとしながら、ニグルはエルに勇気づけられている。

 ニグルもそれには気付いている。


 つくづく、いい女だなとニグルは思う。

 絶対に守らなければならないと、そう思わせてくれる。


 同じ世界から転移してきた顔も名前も知らない同胞より、この世界の愛する女。

 男として、これ以上の正解はない。

 ニグルはそう思っている。

 

 異世界人の街と戦争する覚悟をしなければならない。

 かの異世界人たちが、この世界の住人だからという理由だけでエルに害をなすならば、もう戦争しかないのだ。


 何も考えていないと言いつつ、ニグルは密かにその覚悟を決めていた。

 

 平和ボケした、戦争体験のないニグルの覚悟。

 あくまでも妄想の世界でしかない。

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