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 クロウラは、東の大陸の中央、臍のような位置にある。

 東の大陸を東西南北に旅する者が多く立ち寄る、オアシスの宿場町である。


 その割に、ニグル達が訪れている現在、それほど人が多くない。

 

「もっと人が多くて賑やかな宿場町だと思ってた」


 ニグルの言葉は、この日に初めてクロウラを訪れた者達の総意だろう。

 と言っても、この日クロウラを訪れたのはニグル一行だけであり、マグスを除く六人、ニグルとエル、モリ、ルル、エイダ、キュアクの総意でしかないが。



「本当よね。もっと賑やかだと思ってた」

「母さん、子供の頃にマグスと冒険したんでしょ?その時はどうだったの?」


 ニグルはすっかり、エイダを母の生まれ変わりとして認めている。


「ここまでは来てないわ」


 エイダとラシオがマグスに連れられて行った子供の頃の冒険は、東の大陸に入ってすぐに終わっている。



「最近色々あってね、旅人が減っているのよ」


 食堂の女将がぼやいた。


「なんで?」


 ニグルが訊いた。訊かざるを得ないであろう。


「クロウラから北東に向かってずーっと歩いた先にね、異世界人の街が出来たのよ。異世界人だけの街!」


 女将の言葉に、ニグルは驚いた。


「それ本当?」

「本当だよ!異世界人だけで固まるなんて、良くないわよね!」

「いやいやいや、異世界人だけで街を成立させられることに驚いてる。そんなに大勢転移してんの!?」

「ナバタ村もほとんど異世界人だったよ。なんで今更驚くの?」


 驚くニグルを不思議に思い、以前訪れた類似する村の名を出してエルが指摘した。


「村と街じゃスケールが違うだろー」

「村と街の定義に人口が関係あるのでしょうか!」


 モリが横槍を入れた。


「無いか。にしてもだ、異世界人だけのコミュニティが複数存在して、異世界人冒険者がゴロゴロいて、異世界人の奴隷がいる国があって、各地に市民として生活している異世界人がいて、転生者もいるんだろ?多過ぎじゃない?もう民族移動だぞこれは」

「確かにそうですけど、ニグルさん、転移者は選ばれし者みたいに思ってたんですか?ちょっと痛いですね!」

「・・・・・・・・モリに痛いって言われると腹立つな」

「輪廻だな!輪廻は世界線を越えるのだ!勇者がそう言っていた!」


 今度はマグスが横槍を入れた。


「俺は死んでないから輪廻と違う」

「元いた世界で死んでいないというエビデンスを提示しろ!」

「それ、揚げ足取りしか考えてない異世界人から教わった異世界語だろ。イラつくわー。馬鹿の一つ覚えみたいにエビデンス連呼する馬鹿じじいいたわー。沢山いたわー。ストレス感じるわー」

「うるさい!ごちゃごちゃ言ってないでエビデンスを見せろ!

「ねぇよ!でもな、死んだというエビデンスだってねぇだろうよ!」

「ああ言えばこう言う!」

「ああ言えばこう言う奴に限ってすぐにそれを言うんだよ!」

「ヒロくんはそれを言わないけど、子供の頃からああ言えばこう言うよね」


 次の横槍はエイダである。


「そもそもがだ、輪廻なんて転移者が多いことの説明になってないだろうよ!」

「大きい声出しちゃって。あー恐い恐い。ヒロくん昔からそう。不利になると大声出して威圧しようとするんだから」

「俺、孤立してんな」


 ニグルは、寂しそうな顔で地面を見た。


「私はいつでもニグルさんの味方だよ」


 エルの小さな顔が、地面に向けられたニグルの視線を遮った。


「可愛い」


 状況のせいだろうか。

 見慣れている顔ながら、ニグルは改めて見せつけられたエルの美しさに、新鮮な感動を得た。


「急にどうしたの?」


 下からニグルの顔を覗き込みながら、エルが首をかしげて微笑んだ。


「あざといな・・・もう無理!」


 ニグルは堪らずエルを抱きしめ、自分の唇をエルの唇に重ね合わせた。


 こんな時は、舌を絡め合わせる気にならない。

 仲間達の視線があるからではなく、溢れる思いとエルの美しさへのリスペクトから導き出された、心地よい抑制。

 

「ヒロくーん。人前ではしたないわよー」


 母として、エイダがニグルを窘めた。


「エル」

「なぁに?」

「エール」

「なーに?」

「エール!」

「もう、なによ」


 母の言葉が届かないほど、ニグルは溢れる想いに溺れている。

 周りに父マグスを含むパーティーメンバーがいることなど忘れて、エルも溢れる想いに溺れている。


「あんな恐い顔した中年が猫撫で声出して・・・もう本当にやだぁー」


 母親としての感覚なのか、それとも十代後半の少女としての感覚なのか、本人もよくわからない。

 わからないが、とにかくエイダは、ニグルを気持ち悪いと思っている。



「私はこの世界の全てを知っているわけではない。南洋半島を出たのは今回が初めてなのだから、どちらかと言えば私の見聞は狭い。だからわからない。ニグルのあの醜態は、世の男として一般的なのか?」


 キュアクは、世人としては無垢に近い。

 知っているのは戦い方だけと言ってもいいほどだ。


「違うわよ。異常よ。少なくともヒョランドにあんな情けない男いない」


 戦士の国ヒョランドの女王であるエイダにしても、世人としては無垢に近い。


「俺は世界を旅した!見聞はとてつもなく広い!しかしあんな気持ち悪い奴は見たことないな!」


 マグスほど世界に精通した冒険者も少ないであろう。

 それくらい、マグスは世界中を旅している。


「まぁ、元いた世界にはああいう男いたけど、珍しい部類よ。どちらかというと世間から軽蔑されるタイプだわ」


 この世界での冒険者生活に馴染むほどに、筋肉質になり汗臭くなったルルだが、元いた世界では男に不自由しない女であった。少なくない人数の男を経験している。


「私が若い頃には、あんな情けない男いなかったわよ。あっちの世界でも」


 後楽園遊園地が完成した日に生まれたエイダは、男とはもっとカチッとした生き物だと認識している。



 十代半ばの美少女が、私が若い頃にはと言っている。

 食堂の女将にとっては違和感しかない。


「あんた達、いつもこんな風に話が脱線しているの?」


 違和感はともかく、訊かれたから答えただけのつもりの女将は、勢い良く話が逸れていった様に呆れていた。


「こいつらはこんなものだ!情報収集の大切さがわかっていないのだ!」


 マグスが答えた。


 マグスが言っていることは正しい。しかし、話を脱線させた立役者はマグスである。

 あまりにも見事に自分のことを棚に上げるマグスを見て、ニグルは悪感情を抱いた。


「モリ、お前は世間知らずのオタクだから教えてやる。元いた世界の中間管理職によくいるタイプがマグスみたいなタイプだ。部下の管理がまともに出来なくて中間管理職以上に出世できないタイプでもある。クソの役にも立たない知識だけど一応覚えておけ」


 ニグルは、最大限の悪口を言ったつもりである。


「確かにそうかも」


 ルルが思わず吹き出した。


「ほらまた脱線し始めてるよ!」


 女将は異世界人の街の話を続けたいらしく、焦れ始めている。


「すまない女将。異世界人の街の話を続けてくれ」


 異世界人の街のことに興味がある。

 本当は、ニグルは女将の話を聞きたい。

 

「仕方ないわねぇ」


 仕方なさそうな顔をしながら、女将は声を弾ませ話し始めた。



 女将からの情報では、北東に造られた異世界人の街は、四角く味気ない建物ばかりが並んでいるらしい。

 異世界人しかいない街なだけに、服装含め習俗が他の地域の住人と違う。当然だろう。


「そんだけ?今の女将の話からは、旅人が減ってる話と異世界人の街の話が繋がらないよ!」


 ニグルは思わず前のめりになった。


「あんたせっかちねぇ。私の話、まだ終わってないわよ」

「はい」


 女将は話を続けた。

 改めて、女将の情報では、異世界人の街はこの世界の住人達と揉めているらしい。


「それも仕方ないのさ。この大陸ではね、異世界人は人として扱われていないんだ」

「西の大陸では、異世界人だからと言ってあからさまに差別されることはない。しかし、東の大陸は違うのだ」


 真面目な話となれば、マグスの声量も抑えられる。


「そう、だから、あの街の人達はこの大陸の住人達を憎んでいるのよ。もう敵対していると言っていいわね」


 クロウラを訪れる旅人は皆平等。それが宿場町としての、クロウラの信条である。だから、東の大陸の中でも、クロウラは異世界人の街と敵対していない。


 しかしクロウラ以外のほとんどの東の大陸の国家で、異世界人は迫害されてきた。迫害された記憶が、異世界人の街の敵を生み出す。


「街一つで大陸中の国を相手に戦っているんじゃ、先は見えているだろう。同じ異世界人として、見過ごすのは気が引ける。行ってみたいな、その街に」


 ニグルの心にあるのは、好奇心なのか義侠心なのか。それはまだ、ニグルにもよくわからない。

 ただ、どうしても行かなければならないとだけ、ニグルは思っている。


「行って何するの?」


 同じく異世界人として気になるところがあるのか、ルルが尋ねた。


「わからない。何もできないかも知れないし、何かできることがあるかも知れない。自分の目で見て、自分の耳で聞いて、それから考えたい」

「無計画」

「PDCAよりOODAだ」

「はい?」


 ルルは、キョトンとした。



「いいだろう!それも経験だ!ちなみに俺は、西の大陸の住人であり異世界人パーティーに所属していた高名な冒険者だけに、異世界人の街とも友好関係を築いている!」


 さすがマグスだと、その場の誰もが思った。


「ニグル達がスブルに遠征した時に合流が遅れたのは異世界人の街に行っていたからなのだ!」


 そんなこと、初耳なのである。


「何しに行ってたの?」


 マグスの娘が尋ねた。


「異世界人の街と周辺の都市国家の調停に行っていたのだ!東の大陸のとある重鎮からそういう依頼を受けていたのだ!」

「女将から聞いた現状からすると、調停できなかったってこと?」

「無理だった!」

「じゃあ俺が行っても何もできないかも知れないな・・・」

「無理かも知れないな!しかし無駄ではないかも知れないぞ!だから行くのだ!うーだってやつだ!」


 初めて耳にする異世界言葉の意味はわからないが、ニグルならなんとかするかも知れないと、マグスは思っていた。

 東の大陸のとある重鎮から頼まれながら成し得なかった調停を、将来の義理の息子が成し遂げたなら、将来の義理の父として、この世界におけるニグルの保護者として、これほど頼もしいことはないだろう。


「俺はキュアクを連れて西の大陸に戻る!異世界人の街にはお前らだけで行け!」


 マグスの言葉を聞いて、皆ようやく思い出した。

 キュアクはサノを招聘するための使者であり、途中まで同行しているだけなのだと。


「何故なのだマグス様!何故私は異世界人の街攻略に参加させてもらえないのだ!」


 キュアク自身は、自分が何故ポルジンを旅立ったのか、すっかり忘れているようである。


「お前は農業指導者を招聘するための使者だろうが!」

「あ」

「あ、ではない!あとエイダ!」

「何よ」

「お前はきっと異世界人の街に入れない!だから俺と一緒に来い!」

「なんで?生まれ変わる前は同じ世界にいたんだから大丈夫でしょ」

「しかし今のお前はこの世界で生まれたこの世界の住人だ!」

「エルちゃんだってそうじゃない。転生者ですらない生粋のこの世界の住人じゃない」

「エルの服装を見ろ!」


 エルの服装は、モリがモリの趣味に準じて作ったセーラーワンピースとカボチャパンツである。


「明らかにこの世界の服装ではない!」

「カボチャパンツ履いて歩き回ってる奴なんてなかなか居ないけどな。まあ、ワンピースでなら違和感無いか」


 ニグルは久しぶりに見ることになるらしいエルのワンピース姿を頭に描き、微笑んだ。


「それで言ったら、ルルちゃんの装備なんてコテコテのこの世界の装備よ」


 最近、褌すら身につけていないルルは、鎧を脱げば全裸になる。


「それもそうだな!よし!ルルも俺と一緒に来い!」

「嫌だ。モリ、適当に服作って」

「かしこまりました!」

「エイダさんの分もね。それで解決でしょ?」

「ふむ!異世界風の服装で異世界の知識に漏れがないならそれでも良さそうだな!しかしエイダ!」

「何?」

「お前は獣人族だ!絶対に耳を見られるなよ!尻尾もだ!」

「わかったわ」


 獣人族も血が薄くなれば特徴が変わってくる。

 エイダのケモ耳は小さく、髪の毛の中に隠れているとは言えど、確かに存在はしている。


「そういや母さんの耳、見たことないな」

「あるのよ、可愛い犬の耳が。髪の毛の中に隠れるくらい小さいのが」


 エイダは毛量の多い長髪であり、その上、常に頭巾をかぶっているため、ニグル一行は誰一人としてエイダのケモ耳に気付いていなかった。


「そうなんだー。じゃあ、頭巾じゃ違和感あるから、適当に帽子作ってやってよ」


 ニグルは、気軽にモリに頼んだ。


「えー」


 モリは面倒くさそうな声を出した。


「モリ、作って」

「わかりました!作ります!」


 モリは、ルルには逆らわない。


「憎たらしい奴だな」


 ニグルは、変わりつつあるパーティー内の人間関係に、少しだけ寂しさを感じた。

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