アオエボという男
ラズヴェルの城壁外に広がる農地は広大だ。
どの方角からでも、城壁を背にして地平線を見渡せばその広大さがわかる。
全方位に地平線まで農地が続き、実際にどれくらい広いのかわからない程、広大なのだ。
ラズヴェルの人口密度が上限を超える度に、壁が撤去され、農地が潰され、市域が拡大され、新しい市域の外周に城壁が築かれ、元々の農地の周囲の土地が開拓され、新たに農地が拡大される。
ラズヴェルという都市は、これを延々と繰り返して大きくなり、増え続ける食の需要を賄ってきた。
食の確保は国策である。
輸入も盛大に行なっているが、自給率が少ないままで手を打たないというのは、血生臭さ漂うこの世界では座して滅亡を待つようなものである。
しかし、城壁の外には魔物が跋扈している。
コロコロと農民が死滅していては食の確保はままならない。
それでは国家が成り立たない。
農民に自衛力を持たせる必要があると、ラズヴェルの行政府は考えた。
ラズヴェルの行政府は、農民に武器を持たせ、訓練を施し、農民を管理する機関を設けた。
ラズヴェルにおいて、城壁外の農民というのは、すなわち屯田兵なのである。
自称元盗賊のアオエボは、実際のところ、代々の屯田兵の家に生まれた。
ラズヴェルの屯田兵は、農地を魔物から守るための自衛戦力でしかない。
槍で身を立てる、と言った出世物語とは無縁である。
農地に縛られ、命を張って農地を守る。
そういう立場である。
そういう立場に甘んじるには、アオエボのあらゆる欲は強過ぎた。
ついでに言うと、そういう立場に甘んじていられない程度に、頭が回り過ぎた。
下の毛が生えたかどうかという年齢で、アオエボは野望を胸に秘めた。
アオエボの父は優秀な屯田兵であった。
魔物が襲来した際に父と共に魔物を撃退する親戚たちも、アオエボの父に劣らず優秀な屯田兵揃いであった。
魔物が襲来すれば常に撃退し、時には、魔物に襲われる冒険者を助けることもあった。
偉そうにしている冒険者を助けることが出来るほどの力を持ちながら、農地に縛られ、何日も、何年も同じことを繰り返し、上位者から称賛されることもない。
農作物を育てるのが上手く、ラズヴェルの食を支え、その上強いにも関わらず、貢献度に見合った評価をされていないことに父や親戚一同が不満を持たないことが、アオエボの不満であった。
「冒険者になりたい」
アオエボは子供の頃のある日、両親に伝えた。
「お前が冒険者になったら、誰が畑の世話をするのだ」
行政府が管理する屯田兵と言えど、農家としては、自作農規模の農家が乱立している状態である。
開拓民に武器を持たせ、行政府が都合よく管理しているだけなのである。
「・・・・・」
幼いアオエボには、どう答えれば良いのかわからなかった。
アオエボ少年が悶々としながら日々を消化していた時期のある夜、普段は静かな畑が、緊迫感漂う騒がしさに埋め尽くされた。
「暗くて何も見えない!周囲に火魔法を撒き散らせ!」
太い声が闇夜に響いた。
「大火事になるぞ!」
「仕方ないだろ!魔物の姿が見えないんだ!このままじゃやられるぞ!」
「だけど!」
明らかに、冒険者がアオエボの父が開墾した畑の中で魔物と夜戦を行なっている。
「魔物は倒さなければならない!それは冒険者としての責務だ!俺はその責務を全うするためにこの世界に来たんだ!」
リーダー格なのだろうか。
先ほどからやたらと仲間に指示を出している声の主は、どうやら異世界人らしい。
「そんなわけないだろう」
外から聞こえる声に小さく答えながら、アオエボの父は、得物である槍を手に取り立ち上がった。
「貴様ら!俺の畑を踏み荒らすな!」
アオエボの父は、外に出るなり大喝した。
大喝したアオエボの父に、大きな影がかかった。
アオエボの父は、冒険者によって倒された大きな魔物の下敷きになり、死んだ。
畑を潰され、大黒柱を失った。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
アオエボの母は、半狂乱になり奇声を上げながら外に飛び出し、冒険者達の声がする方向に駆けた。
奇声を発する影が、勢いよく迫ってくる。
夜目が利かない冒険者達は新手の魔物が襲って来たと勘違いし、リーダー格と思しき男が、アオエボの母を斬り殺した。
「しまった!人間だ!」
畑を燃やす炎に照らされたアオエボの母の姿を見て、冒険者達は動揺した。
無辜の市民を殺せば、それはただの殺人であり、罪に問われる。
「いっそ家も死体も燃やせ。足がつくかもしれないから、討伐証明は諦める」
殺人の証拠を隠滅するために、冒険者達は火の手を拡大させた。
冒険者達は、アオエボの生家と、アオエボの父が開墾した畑と、魔物の死体と、アオエボの母の死体を焼いて証拠を隠滅した。
魔物の下敷きになったアオエボの父は、冒険者達にその存在を知られることもなく死に、魔物と共に焼かれた。
「女が一人で農業を営むとは思えない。他にも誰かいないか探せ」
リーダー格の男が命じる声が聞こえる。
アオエボは、まだ焼けていない畑の中に身を潜めている。
死にたくないと思ったわけではない。
ただ、生き抜くために行動していた。
生存者がいないか探しながら、アオエボ少年が潜んでいる場所の近くまで、一人の冒険者が近付いてきた。
見つかれば殺されるのだろう。
仮に見つからなかったとしても、このまま潜んでいれば、いずれ焼け出されるのだろう。
アオエボ少年は冒険者をやり過ごすと、その冒険者の背中に飛び付き左手で口を押さえ、持っていた短刀で喉を掻き切った。
冒険者は絶命したが、その様を他の冒険者達が見ていた。
他の冒険者達は、アオエボを捕らえようと駆け寄って来た。
アオエボ少年は、小さな体を活かして畑の中を逃げ惑い、いつの間にか、どこの誰のものかもわからない畑まで逃げ延びた。
「戻っても家も畑もない。家族もいない」
だからと言って、アオエボの胸には、両親を殺されて悲しいという感情は湧いてこなかった。
「これでようやく冒険者になれる」
縛り付けられていた、飛躍と縁遠い立場から解放された。
そのことにアオエボは、むしろ喜びを感じていた。
「毛が生え揃った頃には、生えた毛の数と同じ数だけ人を殺していたさ」
アオエボがよくする逸話だが、それは本当であった。
物心つく前から盗賊だったというのは嘘だが、盗賊だった時期も確かにあった。
たった一人、孤児となると同時に、盗賊稼業を始めた。
物乞いをするには、子供ながらに自分のことを高く買い過ぎていた。
また畑に縛り付けられるだろうと思うと、親戚を頼るつもりにはならなかった。
だから、アオエボは、生きる為に盗賊になった。それを出来るだけの頭と腕を持っていた。
「主に冒険者を襲っていたな。冒険者の中でも特に異世界人の冒険者だ」
畑を潰され親を殺されたことを恨んでいるわけではない。
傍若無人で、理不尽な存在である異世界人冒険者のことが、気に入らなかっただけだ。
「あいつらは人を殺すことに躊躇いがあるし、人に対する油断が大きい。特に子供に対してはな。どんなに強い異世界人冒険者でも大抵そうだ。平和ボケって言うらしいぜ」
現代日本からの転移者が多いのだろう。
アオエボは屯田兵の間で人気がある。
冒険者と言えば、この世界においては異世界人や亜人種が幅を利かせている職業だが、アオエボはこの世界に生まれた人族の冒険者でありながら、異世界人や亜人種に引けを取らないほど強い。
更には、隊商の警護役でありながら、商人以上に如才無く人と接することができる。
自分達が置かれている立場に複雑な思いを持ち、自由を謳歌しながら大きな顔をしている冒険者達に反感を持っている屯田兵達は、アオエボの話を聞くのが好きだ。
「異世界人などと言ってもな、みんながみんな強いわけではない。実績のある異世界人冒険者にしたって、そこまで優秀ではない。あいつらは随分と抜けたところがあってな、油断しているのもそうだが、そもそも魔物には強くても人類には弱い傾向がある。何故か、魔物の知能が低くて、人類の知能が高いからだ。つまり、あいつらは魔物以上人類以下の知能しか持っていないのだ。自信を持て、卑屈になる必要はない。その気になれば、屯田兵は異世界人冒険者にだって勝てる」
アオエボは気分を良くしてくれる。前向きな気持ちにさせてくれる。自信を持たせてくれる。
機嫌が良くなった屯田兵達は、気前良く生産物を売ってくれる。
アオエボは、青果買い付け商人達の間でも人気である。
強く、魔物に襲われれば必ず撃退し、盗賊を寄せ付けず、良い仕入れを手助けしてくれる。
こんなに有益な警護は他の誰にも務まらないであろう。
そんなアオエボには、ギルドを通さずに直接、隊商からの警護依頼が来る。
アオエボの価値に見合った報酬を、商人達は的確に値踏みし支払う。
つまり、その報酬は破格である。
だからアオエボは、冒険者としては本流の生き方ではないと自覚しつつ、旅に出るより警護役を主業務としている。
敵となる魔物や盗賊は、アオエボの手に余らずリスクとしては小さい。そして得られる収入は生きていく上で必要以上。
更には関わる全ての人々から感謝され、優越感に浸れる。
これ以上の仕事など無いであろう。
しかし、今の生活に刺激は無い。
かつて持っていた飛躍への憧れの中には、刺激を求める思いもあったのではないかと、最近のアオエボは考えるようになっていた。
アオエボが冒険者になったのは、成人後のことである。
冒険者になってからは、異世界人を敵視する気持ちを封印していた。
情報交換であったり、強い魔物を倒すための共闘であったり、異世界人と協力関係を築くことが必要になったからだ。
しかし、今の生活の刺激の無さに耐えられなくなった近頃は、気分次第で異世界人に害を成す。
暗殺することもあれば、社会的に殺すこともある。
ニグルは後者の対象に選ばれた。
ニグルはなかなかのストレスを感じたが、アオエボにとってはただの気まぐれでしかなかった。
「アオエボさん、新しい話、あるかい?」
隊商の先頭に立ってやってきたアオエボを見つけて、屯田兵の若者が声をかけた。
「あるぞ」
アオエボは、心に余裕のある強者の笑みを浮かべながら答えた。
「どんな?」
「凶悪な顔をしたいかにも強そうな異世界人を陥れた」
「うんうん」
これだけでアオエボの話が終わるわけがないと、若い屯田兵は、話の続きを促した。
「そいつはマグス様の仲間だと言ってやがったんだ」
「それが本当なら相当強い奴だな」
「しかも、異世界人のくせに、とんでもなく美しいクオーターエルフの女を連れていた」
「それは許せないな!」
「そうだろう。だから不審者として門番に捕らえさせた。今頃牢獄で戸惑ってるだろうな」
「ざまあないな!でも、何で殺しちまわなかったんだ?」
「強そうだったからなぁ」
「異世界人は人間に弱いんだろ?」
「あいつは他の異世界人とは違う目をしていた。躊躇なく人を殺す奴の目だった」
「でも」
「異世界人は変なスキルを持っている奴が多いからな。人を殺すのが苦手な奴が多いのは確かだが、躊躇なく人を殺す異世界人だとしたら、流石に危険だ」
「だけど」
「もし仮に俺が死んだら、誰がお前達を守ってやるんだ?」
アオエボは別に、屯田兵を守るような仕事をしたことはない。隊商を守っているだけである。
屯田兵と隊商を結び付けているという意味では、屯田兵の生活を守っていると言えなくもないが。
「それもそうだな。アオエボさんはいつも周りのことを考えて行動してくれているんだな」
屯田兵の若者に、アオエボへの疑いはない。
「当たり前だろ」
「アオエボさんは損するタイプだな!」
「そういう性格なんだから仕方ないさ」
そんなことは全くない。
それはアオエボ自身が一番変わっている。
「自分だけが得をするより、自分だけが損する方が気が楽だ」
よくもまあこんな言葉が出てくるものだと、アオエボは心の中で自嘲した。
アオエボは運良く、心を読み切るダイリオンと遭遇したことがない。
もしもアオエボが公衆の面前でダイリオンと対峙していたならば、その場で全ての信用を失っていたかも知れない。
いや、アオエボと対峙していたら、その場にいる全ての者が、ダイリオンのことを心を読み切る悪魔と認めなかったかも知れない。
そう思わせるほど、アオエボは接する者全ての心を掴んでいる。




