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バブリー

 ラズヴェルなら何でも買える。

 この世界で取引される全ての商品が、ラズヴェルに揃っている。


「何買う?何買う?何でも買えるぞー!」


 心を読み切る悪魔、東の大陸の諸都市国家を荒らして回ったダイリオンを討伐して得た報酬は莫大で、ニグル一行は急激に潤った。


「バブリー!」


 元いた世界での趣味の一つが散財だった凶悪な顔をしたバカな中年は、完全に浮かれていた。


「バブリーって異世界語?どういう意味?」


 エルは、初めて聞く言葉と、その言葉を発したニグルの浮かれっぷりの関連性に興味を持った。


「大した努力もせずに急に金持ちになるってこと」


 浮かれて、ラズヴェルの商業区を練り歩くことに集中しているバカに代わって、エイダが答えた。


「ニグルさんは頑張った。痛い思いもした。だからダイリオンを倒せた。バブリーじゃないって事ですよね」

「痛い思いはしたけど、頑張ったのかな?」


 エルは、ダイリオン戦でニグルは頑張ったと言う。

 しかし、エイダはまるで腑に落ちない。


 ただ、悪魔という圧倒的な存在にニグルが打ち勝ったのは、紛れもない事実である。

 この世界に生まれた者の常識として、エイダはニグルに敬意を払わざるを得ないとも思える。

 

 エイダはそれが片腹痛く、同時に、母として誇らしく、つまり、何とも歯痒かった。


 が、大金を手に入れて浮かれて散財しようと必死になっている息子の姿を見ると、やはり敬意を払うのが馬鹿馬鹿しく思える。


「相変わらず無駄遣いが好きね・・・やっぱり私の育て方が悪かったのかなぁ。甘やかし過ぎたのかしら」


 エイダはぼやき、ため息をついた。


「きっとそうですよ!ニグルさんがろくでなしなのは、エイダさんのせいに違いないです!」


 モリは、何かしらニグルに対して根に持っているのかも知れない。


「あんたみたいなクソ豚に言われたくないわよ」


 エイダは、メンチを切りながら、モリに悪態をついた。


「口の悪さも親譲り!」


 モリは、エイダにクソ豚と罵られ、幸せそうに頬を赤く染めた。



「モリ!キュアク!何買う?女でも買っちゃう?」


 ニグルは上機嫌で、後ろにいるであろうモリとキュアクに振り返った。

 そのつもりであったが、すぐ後ろにいて目が合ったのは、モリでもキュアクでもなく、眉間に皺を寄せながら目を見開いたエルであった。


「おいニグル・・・」


 エルは、抑揚のない低い声を発した。


「ちょっとだけパンチが効き過ぎた冗談ですやん」


 ニグルは、少し慌てた。


「ニグルさん、プロも好きだもんねぇ」


 プロだった頃に何度も対戦したルルが横槍を入れた。 

 ルルのその目は、妖艶そのものであった。



「穢らわしい!」


 エイダが、ニグルの母として叫んだ。


「こんな、助平な子に育てた覚えはありません!」


 エイダはヒステリーを発症していた。


「意図して自分の子を助平に育てる親が居たら、そいつの頭おかしいわ。俺は至って健康な、歳の割りに元気な中年に育っただけだよー」


 ニグルはそろそろ、エイダが元母である事を認めようと思い始めていた。




「ニグルさん!ダイリオンを倒すのに、なんでスキルを使わなかったのですか!」


 モリは素朴な疑問を投げかけた。


「スキル使ってダイリオンの頭消したけど」

「いえ!決着がついたのはその前ですよね!その時のことです!」

「あー。そう言えばまともな武器で勝ったのって今日が初めてだな」


 ニグルは自嘲した。


「あいつ、ボクシング経験者だったからさ、間合いを取った方がいいと思ったし、気を集中させると気配で気付かれるんじゃないかなと思ったんだよ」


 ニグルはニグルなりに、考えて闘っていた。



「ねぇ、悪魔って強いんだよね?この世界では恐れられているのよね?」


 以前から、ルルには腑に落ちない事があった。


「そうだ!押し並べて強い!俺一人では勝てないほどの悪魔だっているぞ!そしてこの世界の誰もが悪魔を恐れている!深刻な程にな!」


 どんな些細な質問にも、マグスはちゃんと答える。

 態度は大きいが、決して横柄な男ではない。

 相手の立場や年齢など関係なく、常に真摯な態度で相手と対話する。


「それにしては、駆け出し冒険者のニグルさんはもう三体の悪魔を討伐してて、一体目は知らないけど、他の二体は結構圧勝じゃない?本当に強いのか、疑問だわ」


 ルルの疑問はもっともであろう。

 ニグルの冒険者としてのキャリアは、中堅とも言えない、まだまだ駆け出し者のそれである。

 その、雰囲気だけは中堅並みの駆け出し冒険者の中年が、悪魔に三連勝しているのである。


「それはニグルのスキルのお陰だな!かなり特異なスキルを持っている!魔法無効化だけでも、大抵の悪魔を圧倒できるだろう!悪魔は魔法使いが多いからな!」


 よくある、実力が伴わないのに結果を出すタイプのアレである。


「ダメージを喰らわないからか…」

「攻撃にしてもそうだ!悪魔は魔法使いが多いだけに何かしらの魔法耐性を持っている!その上、痛覚がないらしい!物理攻撃でダメージを与えるなら、体の機能を切り取るしかないのだ!しかしそれもまた難しい!」


 マグス節は上機嫌の証だ。


「その点、ニグルの気の集中は、触れば消滅させられるのだから有利だな!しかもそんなスキルは他に聞いたこともないからな!悪魔にとっても予想外でしかない!まず戸惑うだろうな!」


 マグス節を聞いているのか聞いていないのか、ニグルはマグスとルルの会話に混ざらずにいたが、急にマグスの方に顔を向けた。


「そう言えば、最初に倒した悪魔は、魔法も使ってたけど肉弾戦が強かった。爪がでっかいんだ」

「ほう!」

「後になって、まだ生まれたての悪魔だったって聞いたけど、一番苦戦したな」

「そうか!」

「大怪我して、ポーションで怪我が治っても疲労で昏睡して回復に時間が掛かった」

「体力が無いのだな!」



「私は、あの時が一番恐かった」


 エルが口を挟んだ。


「悪魔が恐ろしい存在だって認識があって、実際にすごく恐い思いもして。でも、ニグルさんが勝って、自分の恋人が悪魔を倒せる人なんだって知って。ニグルさんが、何があっても私のことを絶対に守ってくれるんだって思えて、心強くて・・・」


 エルは頬を染めながら、取り止めもなく語った。


「エル。エルを守るために、俺はこの世界に来たんだと思うよ」


 ニグルは臆面も無く、こんなことを平然と口に出来る。

 この凶悪な顔をした男のどの辺りから、こんな歯が浮くような言葉が出てくるのだろうと、キュアクは不思議に思った。


「うん。私もそう思う」


 少しくらい厚かましくなってもいいと思えるほど、ニグルにとって絶対的な存在なのだと、エルは自分自身を評価している。


「あんた達、よくもまぁ親の前で惚気ていられるわね」


 周囲の目を気にせず二人の世界に没頭するニグルとエルに、エイダはただただ、呆れている。


「結界を張って敷地内に閉じ籠って、男を一切寄せ付けなかったあのエルが・・・成長したものだな・・・!」


 マグスは我が娘の成長ぶりに目を潤ませた。

 同時に、エルを成長させてくれたニグルに、心の中で感謝した。


「じゃあしばらくの間、別行動ね」


 最近二人きりになれていない。

 ニグルは、今がチャンスとばかりにエルの手を引いて、一行から離脱した。




「エル、何しよっか。金はあるかなら、豪遊できちゃうぞ」


 ニグルは、討伐報酬を誰にも分けずに一行から離れていた。


「ご飯食べながらお話しして、静かなとこを一緒に歩きたい」


 ニグルの手をぎゅっと握りしめ、エルはニグルの顔を見上げた。


「エル、お前、可愛いな」


 美しく、愛情深く、控えめ目で、贅沢を望まない。

 エルは本当にいい女だなと思い、ニグルは、凶悪な顔を気持ち悪くにやけさせながら言った。


「でもな、エル、この人口過密な大都会のどこに静かなとこがあるんだ!」


 この世界で屈指の大都会、ラズヴェル。

 人が溢れる都度、拡張を繰り返してきた無計画な大都会、ラズヴェル。

 この都市の市域全てに、人が満ちている。


「お店の中に入った方が静かかも知れないよ。入ってみよ」


 エルの提案で店に入るも、そこにもまた人いきれ。

 違う店に入っても、やはり人いきれ。


「もう、城壁の外に出ちゃおう」


 ニグルはエルの手を引き、西門に向かった。


「パパ達とはぐれちゃうよ」

「使い魔で何とかならない?」

「私は使い魔を持っていない」

「じゃあギルドに言伝頼もう」


 ニグルはそう言いながら、西門に向かう足を止めない。


「ギルドはこっちじゃないと思う」

「西門の門番に頼むんだよ。貸しがあるんだから、頼まれてくれるだろ」


 西門の門番詰所に、愛車を預からせている。

 西門の門番達には、ペテン師まがいのアオエボに陥れられたとは言えど、捕らえられ投獄された貸しがある。

 

 受けた屈辱からすれば、愛車を預からせたところで釣りが来る。

 ニグルは、ラズヴェル滞在中は機会あるごとに門番を使ってやろうと考えていた。

 

「ギルドに行ってくれ。マグスへの伝言を頼むんだ。ちょっと西門から外出るねって」


 西門の門番詰所に辿り着くなり、ニグルは門番の一人にそう依頼し、手間賃を渡した。

 バブリーなニグルは、とにかく金を使いたい。

 門番が驚くほどの手間賃を渡した。


「わかりました!」


 ニグルにはラズヴェルの貨幣の価値などわからないが、門番の声の弾みから察するに、ニグルが渡した手間賃は、小遣い程度の金額ではなさそうである。


 後顧の憂いを気にしなくていい程度の体裁は取れたと判断し、ニグルとエルは亀の甲羅ヘルメットを被り、バイクに跨った。


 勢い良くキックペダルを踏み抜き、ニグルはエンジンを始動させた。

 エルの魔法を動力とし、エルの魔法で味付けされたエンジンは、ガソリンを燃料としていた頃と変わらない、単気筒特有の振動と音をニグルに伝える。


 ニグルは俄かに高揚し、スロットルをゆっくりと捻る。

 太く乾いた排気音が、空気をビリビリと揺さぶる。


「うふふ。うふふ」


 ニグルは、背後に座っているエルのことなど忘れて、何度もスロットルを捻った。


「んふふふふふ」

「ニグルさん。うるさいよ。あと、笑い方が気持ち悪い」


 エルは、ニグルの腹部に巻き付けた腕に力を入れた。

 ニグルの腹部は、この世界に転移したばかりの頃と比べて、随分と贅肉が減っている。

 冒険者らしくなってきたのだと、エルは思った。


「この大都会の人口の食を支えるだけの農園があるはずだから、探してみようか」

「市場に果物がたくさん売ってたから、果樹園もあるよね」

「じゃあ果樹園を探しに行こうか」


 本心では、そんな目的はどうでもいいと、二人とも思っている。

 二人はただ、タンデムツーリングを楽しみたいだけ。


 二人を乗せたバイクは、西門から勢い良く飛び出し、南に向かう道を走った。


 

 

 ニグルが頭に亀の甲羅を乗せてバイクを走らせている頃、何の目的があってかラズヴェルに来て早々のニグルを陥れたアオエボは、農園を巡る青果買付商人の警護の任に就いていた。

 冒険者が、青果の買い付けのために農園を巡る商人について回らなければならないほど、ラズヴェルの周辺は危険なのである。


 東の大陸の魔物は強く、数が多い。

 それに対抗して、東の大陸では冒険者が活発に活動している。


 冒険者の数自体は、キゼト辺りと大差無いであろう。

 キゼトはキゼトで、魔物が多く冒険者も多い。


 しかし、熟練度ということで言うなら、その差は歴然である。

 キゼトの辺りの魔物が弱く、東の大陸の魔物が強いからだ。


 より強く、より討伐報酬が多く支払われる魔物を求めて、東の大陸には世界中から手練れが集まる。

 それは必然であろう。


 そしてその必然を支える富が、東の大陸にはある。



 商隊の警護役として、アオエボは評判がいい。

 機転がきき、魔物との戦闘に慣れていて、稀に現れる盗賊をあしらうのが上手い。


「俺は元々盗賊だったんだ。物心つく前からな。言葉を覚えるより先に、物の奪い方と人の殺し方を覚えたのさ」


 アオエボはよく、そう嘯いていた。流石に、嘘であろう。

 しかし、その景気の良い嘘に真実味を持たせられる空気を、アオエボは体全体に纏わせている。


「盗賊なんてのは本来、相手の命ではなく金目のものが欲しいだけなんだ。人の命は換金出来ないからな」


 アオエボにそう断言されると、商人達は皆安心する。

 金品の価値をよく知るだけに、納得出来る。


 アオエボは、人をよく知る男だ。

 しかし、それだけで冒険者としての信頼は得られない。

 アオエボが歴戦の冒険者であることは、紛れもない事実という事である。

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