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バカの心を読み切ったバカ

 ラズヴェル市民を多数殺害し、騒ぎを起こしている悪魔を討伐しようにも、誰が悪魔かわからない。


「おい!お前!」


 だからニグルは止むを得ず、闇雲に大声を出した。

 周囲のラズヴェル市民が振り向いた。

 結局、誰が悪魔かわからなかった。


「俺は悪魔討伐に来た冒険者だ!お前を討伐して金を稼ぐ!」


 ニグルは続けて、どこにいるのかわからない悪魔を煽った。


「悪意を感じた」


 件の悪魔は、まんまと煽られて、ゆっくりとニグルに歩み寄った。


「殺す」


 ゆっくりとファイティングポーズをとった悪魔を目の当たりにし、ニグルは、スキルなしでは勝てそうにないと思った。


「金を稼がなければ生活出来ないぞ。そこでじっとしていては、金を稼げないぞ」


 煽りに乗って歩み寄った悪魔は、煽っておきながら反応が鈍いニグルを見て、逆に煽った。

 勝てそうにないと思いながらも、穏やかな口調の青白い顔をした痩せた男に恐怖を感じることが出来ない。


 怒りや恐怖を感じなければ、気の集中スキルが発動しない。

 気の集中スキルが発動しなければ、ニグルはただの怠惰な中年だ。


 ニグルは、次に取るべき行動がわからず悩んでいた。



 取り敢えず、何かしらの情報を引き出そうと、ニグルは雑談を試みることにした。


「お前、なんか格闘技やってた?」

「ボクシングをやっていた。プロテストにも受かっていた」

「へー」

「そうだ。元異世界人だ。お前と同じ異世界人だ」

「え?」

「我が名はダイリオン。生きとし生ける者全ての心を読むことができる」

「やめてよダイリオン。俺が今食い物のこと考えてたのバレるじゃん」

「違うな。お前は今、ダイリオンを恐れた」

「・・・そうね」


 確かにニグルはダイリオンを恐れた。

 実績はわからないものの、ダイリオンは元プロボクサーだという。

 今から闘おうと対峙する相手が元プロボクサーというのは、十分な脅威である。


 その上、心が読めるという。

 心と頭、どう繋がっているのかはわからないが、何かに触発されて考えた事を行動に移す時、心と切り離してそれを行うことは難しいであろう。


 

「せい!」


 大声を出せば心を無に出来るかも知れない。

 それが無理でも、大声に惑わされてくれるかも知れない。

 そう思い、ニグルは試しに、大声で気合を入れた。


「取り敢えず気合を入れたのか。次の行動は決まっていないのだな」

「・・・・・」

「図星だぜ、か。言われずともわかっている」

「すわっ!」


 再び気合を入れ、無心のつもりで、ニグルは太刀を頭上に振り上げ地面を蹴った。


 この太刀は、田中の遺品である。

 スキルが発動しない時はほぼ丸腰では心許ないと、今はニグルが携行している。


「上手く使えるか心配なのか。そんな事では、簡単に避けることが出来てしまうぞ」


 ダイリオンは、実際にゆっくりとした動きで、ニグルが振り下ろした太刀を避けた。


「次はどうする?どうしようかねぇ、ではないぞ。心の中でダイリオンに聞くな」

「・・・」

「初見の相手の弱点など、考えたところでわかるまい」

「あ!」


 ニグルは急に声を上げて空を見た。


「ん?」


 ダイリオンはニグルの視線に釣られて、背後の空を見た。

 その隙をついて、ニグルは再び斬りかかった。


 その気配に気付いて、ダイリオンは身を翻して避けた。

 それは、心を読んでとった行動ではなく、元プロボクサーとしての反応である。


 ダイリオンは避けざまに、ニグルの顎に拳をめり込ませた。

 元プロボクサーのダイリオンのカウンターは強烈である。

 ニグルはもんどり打って地面に叩きつけられた。


「いってぇなこの野郎!」


 怒りに任せて、ニグルは叫んだ。


「・・・・・・・・・!」


 ダイリオンが拳をめり込ませた対象は、拳からダイリオンの魔力を注入されて破裂する。

 そのはずであった。


 しかし、注入されるそれが魔力である以上、魔法無効化スキルに体表を覆われているニグルには通用しない。

 そんな事など知らないダイリオンは、目の前で破裂せずに原型を留めているニグルの顔を見て、混乱していた。

 

 

 魔法が効かないとは言え、元プロボクサーの強烈なカウンターを食らったニグルは、なかなか立てずにいる。


「エル!痛い!回復!」


 肘で上半身を支えながら、ニグルは地面に向かって叫んだ。


「痛いだけじゃ何を回復させればいいかわからないよ」


 痛みで悶絶するニグル。自分の魔法が通用せず混乱するダイリオン。ニグルの駄々に困るエル。

 そこに、止まったかのように静かな時が生まれた。




 動こうにも体が言う事を聞かない。

 突っ伏しながら、ニグルはダイリオンの能力を逆手に取り、心理戦を挑むことにした。


「・・・・・」

「その少女がエルか。確かに美しいな」

「・・・・・」

「なんと、三十歳なのか。そうか、エルフの血を引く者か」

「・・・・・」

「惚気るな」

「・・・・・」

「やめろ。卑猥な言葉で心を満たすな」

「・・・・・」

「いちいち喋らなくてもいいから便利だな、ではない。喋りすぎても喉を痛めないし咽せないし便利だな、ではない」

「・・・・・」

「せっかく手に入れた能力なんだから自信を持って活かそうぜ、か。ありがとう」

「・・・・・」

「突然心の中でま○こなどと叫ぶな。中学生か」

「・・・・・」

「突然罵詈雑言を並べるな。情緒不安定か」

「・・・・・」

「多重人格者などと言ってはいない」

「・・・・・」

「だから、卑猥な言葉を連呼するな」


 これが、40歳のニグル中年なりの心理戦である。

 

 随分とくだらない心理戦だが、現状と無関係なことばかりを心に思っている。

 どうやらニグルは、意外なことに、感情のコントロールが出来るのかも知れない。


「・・・・・」

「はっ」


 突然、ダイリオンが身構えた。


「心の中で切るぞって言ったらこいつ、ビビってやがる!」


 ニグルは心を読み切るダイリオンを嘲笑った。


「切られるかも知れないと思ったわけではない。お前の情緒不安定ぶりに驚いたのだ」


 ダイリオンは強がった。



 一方でニグルは、怒りにも恐怖にも支配されない現状に、焦りを感じていた。


 心でダイリオンを混乱させたところで、元プロボクサーであるダイリオンの攻撃は強烈だ。

 しかし、打たれ強いニグルは、それは致命傷にならないと確信している。

 怒りにも恐怖にも支配されないのは、そのせいかも知れない。


「あー痛かった。顔が変形して男前になったらどうしてくれるんだよ」


 ニグルはようやく立ち上がり、ダイリオンに近付いた。


「それは慶事ではないか」


 ダイリオンは微動だにせず、皮肉を言った。


「エルは今の俺の顔が好きなんだよ。男前になってエルに嫌われたらどうしてくれるんだ。なぁ、エル」

「ニグルさんの顔が好きって言うか、私は顔で選ばないから」


 ニグルは、エルの顔を見つめながら固まった。


「心が空白になったな」


 ニグルの心は、ダイリオンの目には筒抜けである。




 近くでニグルの苦戦ぶりを鑑賞しているマグスに、ギルドの職員が近寄り、何かを耳打ちした。


「ニグル!その悪魔の討伐報酬はなかなかのものだぞ!最近、西の大陸諸都市国家を荒らして回っている悪魔だそうだ!」


 マグスがニグルに告げた。


「各都市で甚大な被害が出ています!熟練冒険者も大勢殺されています!無理せずマグス様に頼って下さい!」


 ギルド職員が叫んだ。


「俺に頼っても何もしてやらんぞ!せいぜい頑張れ!」


 マグスには助勢する意思などない。


「心を読む以外に特筆すべき点は?何かある?」


 ニグルは、ギルド職員に尋ねた。


「そんなことは闘いの中で観察し掴むのだ!」


 ギルド職員の代わりにマグスが答えた。


「心を読み切る能力以外には、一つだけしか報告に上がっていません!そいつの拳から魔力を注入されると、どんなものでも破裂するそうです!絶対に食らってはいけません!」


 負けじとギルド職員が叫んだ。


「いやもう食らってんのよ、顔に、あいつの拳」


 ニグルの言葉に、ギルド職員は驚いた。


「ニグルさんは、途轍もない耐久力をお持ちなのですね・・・ダイリオンの拳を受けて顔が微妙に崩れる程度で済んでいるなんて・・・」

「・・・俺の顔、崩れてねぇのよ。元からこういう顔なのよ」

「え・・・あ、やっぱりそうですよね。男らしいお顔だと思います」

「微妙に崩れてる顔でごめんね。誤解を招いてごめんね。俺、どっちかと言うと端正な顔立ちの不細工だと思ってたわ。勘違いしててごめんね」

「本当に、申し訳ございません」

「申し訳ないのはこっちだよ。本当にごめんね」


 ニグルは、殺意溢れる目をしながら詫びた。


「ヒロくん、瞳孔開いてるわよ」


 エイダが、ニグルを窘めた。

 しかしその目は、殺意を漲らせながら、ギルド職員に向けられていた。


「あなたね、私がお腹を痛めながら産んだ可愛い息子の顔を貶せるほど、いい顔ではないわよ」


 ギルド職員を睨み付けながら、エイダが低い声を出した。


「息子?え?」


 十代後半と思しき美少女と、どう見ても中年の凶悪な顔をした息子。

 ギルド職員は混乱した。




「また始まったよお母さんの戯言が」


 蚊帳の外で寂しかったのか、ニグルの気を引くかのように突然、ダイリオンがニグルの心を読んだ。


「ヒロくんたら・・・本当は私のこと、お母さんって認めてくれてたのね・・・」


 エイダが満面の笑みを浮かべた。


「おい、余計なことすんなよ」


 ニグルの眉間が、ピリピリし始めた。


「顔つきが変わったな。ようやく金を稼ぐ気になったか。命を元手に」


 ダイリオンの闘志に火が付いた。

 ダイリオンの構えに、不気味な静けさが宿った。


 明らかに、強い。

 歴戦の戦士であるキュアク、大魔法使いマグスでさえも、ダイリオンに宿った静けさに危険な香りを感じ、顔に緊迫感を漲らせた。

 エイダだけが、母としての怒りの表情でいる。



 実力者たちが緊張する中、ニグルは田中の太刀を鞘に収め、迷いの無い歩みでダイリオンにずかずかと近付いて行く。

 今なら気の集中スキルを発動させることが出来る。

 その確信が自信に繋がり、一歩一歩が力強くなる。


「殺す殺す殺す・・・か。お前にダイリオンを殺す事が出来るとは思えないのだがな」


 ニグルの心の中には、殺意以外の何も無い。

 それを知ったところで、ダイリオンは何も感じない。


「いや殺すよ」


 ニグルは、喋りながらも歩く速さを変えない。


「冒険者は仕方ないよ。それこそ、自分の命を元手に相手の命を奪って生計を立ててんだから。でも一般市民はダメだろ」

「この世界の一般市民だぞ。異世界人であるお前が肩入れする必要などあるまい」

「いやこの世界とか異世界とか関係ない。命を元手にしてない連中から命を奪うのはアンフェアだって話」

「この世界の連中は異世界人を迫害する。天誅だ」

「そんなものは人による。お前は異世界人だから迫害されたんじゃなくて、お前だから迫害されたんだよ。事実俺は、迫害されていない」

「スブルで不快な思いをしたのか」

「俺、そんなこと考えたのか」

「一瞬だが、考えたな。だからダイリオンは読んだ」

「そうか」


 一言発し、ニグルはダイリオンの手首を掴もうとした。

 それをダイリオンは、あっさりかわし、ニグルの顔面に右拳をめり込ませた。

 ニグルはその拳を掴み、消滅させた。


「なんだこれは。どうなっている」

「怒りに身を任せた時、俺の掌に気が集中し、集中したその気は全てを消滅させる」

「ビビった時もですね!」


 モリがちゃちゃを入れた。



 右拳を失ったからと言って、ダイリオンの闘志が消えるわけではない。

 ダイリオンはニグルとの距離を取り直した。


 とにかく捕まえようと、ニグルはダイリオンを追い掛ける。

 しかし、ニグルの動きは決して素早くはない。

 ダイリオンは、蝶のようにひらひらとかわす。


 ニグルの苛立ちは増していく。

 苛立ちが頂点に達し、やがてニグルは、現状を打破しようと落ち着きを取り戻し始める。


「・・・・・」


 ニグルは黙って、ダイリオンの股間に目を向けた。


「何だと?」


 ダイリオンの視線が、ニグルから自身の股間に移った。

 その隙にニグルは、田中の太刀を鞘から抜いて頭上に振り上げ、流れるように振り下ろした。

 ニグルの拙い剣技でも、股間に気を取られている相手を斬ることくらいは容易である。


 ダイリオンの頭から顎までが、二つに割れた。

 それぞれに分かれた目が、恐怖を滲ませながらニグルを見つめている。

 ダイリオンはまだ生きている。


 ニグルは、二つに割れたダイリオンの頭部を一つずつ掴み、順番に消滅させた。


 脳が消滅すれば、悪魔と言えど生きてはいられない。

 ダイリオンは絶命した。




「凄い!あの心を読む悪魔相手に・・・誰も倒せなかったあの悪魔に・・・」


 ギルド職員をはじめ、ラズヴェル市民達は呆然とした。


「何故だ!何故ダイリオンはニグルから視線を外したのだ!」


 高名な冒険者にして天才的大魔法使いのマグスも、流石に驚いている。


「余所見をさせた」


 ニグルは、鈍い表情で答えた。


「どうやってだ!」

「心の中でこう言ったんだ。お前勃起してんじゃね?この状況で勃起するって頭おかしくね?つか我慢汁染み出してね?ちょっと濡れてんぞ?あ、まさか残尿?そういうお年頃?って」

「・・・」


 ニグルが凄いのかダイリオンがバカなのか。

 ニグルもバカでダイリオンはそれ以上のバカなのか。

 マグスはこの場で即座に判断することが出来なかった。


 いや、答えから目を逸らしたいと思った。


「自分の息子がバカで可愛いと思えるのは、幼児の頃だけよね」


 図らずも、マグスのそばでエイダが答えを示した。

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