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ダイリオンは強い

 大都会ラズヴェルをさまよう迷子のルル。

 生あるものの心を読む悪魔ダイリオンに、図らずも羞恥プレーを受け悶々としながらさまようルル。


「どうすればみんなと合流出来るんだろ」


 ショッピングモールやアミューズメントパークで迷子になったのとは訳が違う。

 広大かつやたらと人口過密な大都会での迷子など、絶望でしかない。

 この世界には、通信機器が無いのだから。


 しかし、この世界には魔法がある。

 

「あれほど汗臭い女なのだからな!嗅覚を向上させれば何とかなるだろう!」


 マグスはそういう魔法が使えるらしい。


「お前らの中で最も鼻が利くのは誰だ!」


 そんなことを聞かれても、他人の嗅覚の程を知る者などいないのだから、誰も答えられない。


「誰なのだ!」


 マグスは重ねて聞いたが、当然、誰も返事をしない。


「だ!れ!な!の!だ!」


 マグスはあからさまに苛立ち始めた。


「取り敢えず、魔法が効かない俺には関係の無い話だな」


 仕方なく、魔法無効化スキルを体表に纏うニグルが答えた。


「エルフの血を引く者は五感が鋭いって聞いたことある」


 エイダが、マグスとエルを交互に見ながら言った。


「獣人族は視覚、聴覚、嗅覚が人類で最も優れているって聞いたことある」


 エイダの目を見返しながら、エルが言った。


「私は獣人族の血を引いてるけど、その血は薄い。エルフの血を引くエルちゃんの方が適役でしょ」

「私はクオーターだからそれほどでもない。パパはハーフエルフだからパパの方が適役」

「俺は匂いに敏感すぎて逆にダメだ!俺の大魔法で嗅覚を鋭くしたら、ルルの汗臭さで体調が悪くなる!」

「そんなの私だって同じよ!」

「私だって同じ」


 優れた嗅覚を持つ者同士、押し付け合いである。



「僕がやりましょう!」


 モリが、目を輝かせながら声を張った。


「そうか。モリは匂いフェチなのか」


 ニグルはそう理解した。


「違います!仲間を探すために止むを得ずです!」


 ニグルの方に勢い良く向けられたモリの顔は、すでに上気し始めている。


「他にやりたい奴がいないんだから、モリでいいんじゃないの?」


 ニグルの表情は、完全に無関係者のそれになっている。


「そうだな!ルルと長く旅をしているのだから、匂いの記憶も確かだろうしな!」


 そう言うと、マグスは柏手を打つように手を合わせた。

 詠唱はしない。目を閉じ無言で集中している。


 しばらくそうやった後でマグスが目を開くと、モリの鼻腔に新しい世界が飛び込んできた。


「おぇっ」


 新しい世界を鼻腔に取り込んだモリは、想像とはかけ離れた匂いの情報量の多さに、思わず吐き気を催し悶絶した。


「臭いとかっていうのとは少し違うのですけど、色んな匂いが混ざり合って、気持ち悪いです・・・」


 人類の中で最も五感が鈍いとされている人族の、それも、この世界の人族よりも五感が退化しているであろう現代日本から転移してきた異世界人のモリでもこれである。

 マグスとエルとエイダは、この魔法をかけられた自分を想像し、顔面蒼白になった。



「そんなに色んな匂いを感じるのかー。へー」


 そう言いながら、ニグルはモリの鼻先で、握っていた手を開いた。


「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 モリは殊更に悶絶した。

 悶絶するモリの横で、ニグルは満面の笑みを浮かべている。


「どうした!モリ!」


 マグスはモリの後見人である。

 モリに何かあれば、それなりに心配する。


「に、握りっ屁・・・!」


 モリは、苦しみながらも言葉を絞り出した。


「なんだ!ニギリッペとは!」


 マグスは、初めて聞く言葉に好奇心を爆発させた。

 この世界には、握りっ屁というスキルは存在しないらしい。


「オナラをしたら素早くお尻の辺りの空気を掴むのよ。そしたらオナラの匂いも掴めるのよ。子供がやることよ」


 エイダが、がっかりした顔をしながら説明した。


 前世で腹を痛めて産んだ息子が、四十歳にもなって握りっ屁をして喜んでいる。

 そりゃあ、がっかりもするだろう。


「この魔法は永遠に続くわけではない!早く汗臭い女を探すぞ!」


 マグスが一行を急かした。


「こんな魔法が永遠に続いたら、死ぬ前から地獄ですよ・・・」


 モリは顔を青ざめさせながら、ヨロヨロと歩き始めた。




「うわー」

「うぇっ」

「おー」


 モリは歩きながら常に、一人声を出している。

 一歩踏み出す毎に悶絶しつつも、どうやら、たまにはいい匂いも嗅ぎ取るらしい。


「あ!」


 モリが叫んだ。


「いたか!」


 マグスが食い付いた。


「いました!あっちの方が汗臭いです!ルルさんの脇の匂いがします!」


 モリが指差す方向を、一行が凝視した。

 しかし、誰もそれらしい人影を見つけられない。


「モリは何でルルちゃんの脇の匂いを知っているのよ・・・」


 エイダは、おぞましいものを見る目でモリを見た。


「まだ見える距離ではないらしいな!とにかく、モリが指差す方を目指して行くぞ!」


 どうやらマグスはマグスなりに、必死になってルルを探しているらしい。

 リトルヨシワラのその名もフジヤマでいつも指名していただけに、情があるのだろう。


 


 モリがルルの脇の匂いを嗅ぎ取ったその頃、懲りないルルは再び、両手を上げて両脇を露わにし、ナンパ待ちをしていた。


「あーん。疲れたー。休憩したいなー」


 必死に隙をアピールしているつもりなのだが、やはり誰も声を掛けてこない。

 声を掛けてこないどころか、誰一人見向きもしない。


 仕方なく、ルルは両手を上げたまま路傍のベンチに座り、股を開いて具を露わにした。

 それでもなお、誰も声を掛けてこない。

 いや、誰がこんな怪しい女に声をかけるというのだろうか。


 しかし、これはこれで、人の目を引くはずである。

 にも関わらず、誰もルルを気にかけない。


「何なのよ」


 放置プレーだけはお気に召さないルルは、拗ねた目を人流の先に遣った。

 そのでは、なにやら騒ぎが起こっていた。




「我が名はダイリオン。心を読み切ることができる。お前は、ダイリオンが青白い顔をしているから弱いと思っている」


 騒ぎの渦中にはダイリオンがいた。


「そーだよ。お前みたいなひ弱な奴が、俺に肩をぶつけておいて、何もなしで立ち去っていいわけないだろうが!」


 随分と威勢の良い市民が、ダイリオンに絡んでいた。


「ダイリオンから巻き上げた金で酒でも飲もうなどと考えても無駄だ。ダイリオンは金を持っていない。そしてお前はもうすぐ死ぬ」

「何言ってんだお前」

「お前はダイリオンを怒らせた。ダイリオンは闇雲に殺戮を行わない。しかし、ダイリオンに悪意を向けた者は全て殺す」

「はっ!お前みたいなひ弱な奴がどうやって俺を殺すってんだ!」


 そう言うと、威勢の良い市民は、ダイリオンに殴りかかった。

 それをダイリオンは、無駄な動きを一切せずにかわした。


「この!」


 威勢の良い市民は、ムキになって腕を振り回した。

 ダイリオンは再び、それを容易くかわした。


「逃げるのだけは上手いみたいだな!」


 それは、威勢の良い市民の、最後の言葉になった。


 ダイリオンは、素早く威勢の良い市民との間合いを詰めて、威勢の良い市民の顔面に拳をめり込ませた。

 威勢の良い市民の顔面は、ダイリオンの拳がめり込んだ後、一呼吸置いてから破裂した。


「ダイリオンは心を読み切るだけではない。ダイリオンは強い。強くなるための努力をした」


 拳に付着した血と脂を舐めながら、ダイリオンは勝ち誇った。



「こいつ!」

「誰か憲兵を呼んで!」

「自分で呼びに行け!」

「みんなで一斉に飛び掛かれ!」


 ダイリオンと威勢の良い市民の騒動を鑑賞していた野次馬達は、各々に騒いだ。


「あんな青白い奴なら何とかなるだろう。どんなに強くてもこの人数なら勝てるだろう。俺は後ろから忍び寄ってリスクを減らそう。あんな貧相な奴なら勝てるだろう。顔真っ青。武器を持っていないから大丈夫だ。俺は背後から行こう。あいつ青白いな・・・」


 ダイリオンは取り囲む市民達の心を順に読み切り続けたが、やがて飽きた。


「青白い青白いと、うるさい連中だ」


 ダイリオンは周囲を見回した。


「本当に一斉に飛び掛かられたら、流石にかわしきれないかもしれない。だから、ダイリオンの先制攻撃だ」


 そう言うと、ダイリオンは地上から浮き立ち、取り囲む人垣に沿うようにゆっくりと回転しながら、順次市民達の顔に拳をめり込ませ破裂し続けた。


「ダイリオンは悪魔だ。悪魔になって飛ぶことが出来るようになって、より強くなった」


 取り囲む市民達の感情が害意から恐怖に変化し、ダイリオンは攻撃を飛び回ることをやめた。




「あいつ、強かったんだ・・・」


 さっきとは違うダイリオンの気配を感じ、ルルの汗がひいた。


「急に匂いが弱まりましたね!けどルルさん発見!」


 モリを先頭にしたニグル一行が見たのは、顔を青ざめさせながら脇と具を露わにする、異様とも言えるルルの姿だった。


「ルル!どうした!お前、なんかおかしいぞ!」


 マグスが叫んだ。いつも通りのボリュームで。


「悪魔・・・」


 悪魔討伐に加わり勝利した経験があるものの、圧倒的な強さを見せつけられれば、やはり悪魔は恐ろしい。

 ルルは、短い言葉しか絞り出せなかった。


「被害は!?」

「市民がたくさん死んだ・・・」

「ニグル!出番だぞ!ギルドで聞いていた奴かもしれんぞ!」


 ニグル一行は、ギルドに行った時に聞かされていた。

 どうやら、ラズヴェルに悪魔が紛れ込んだ可能性があると。

 

「依頼のランクも決まってない奴だろ?金になるのかなぁ」


 悪魔討伐実績二回。

 それだけの実績だが、ニグルはすっかり悪魔討伐のエキスパート気分で、リスクより先に利益を考える。


「人が大勢殺されている!ランクは必然的に高くなる!」

「じゃあやるかー」


 ニグルはそう言ったが、眉間はピリピリしていない。

 どう行動するべきか、決めかねている。


「随分余裕そうね。相手は悪魔なのよ?大丈夫?」


 転生し、胎児からこの世界での人生を始めているエイダは、常識的に悪魔に恐怖している。


「んー。まだスキルが発動しそうにないから何とも言えないけど、何とかなるだろう」


 ニグルはいつでもノープラン。


「危なくなったら助けてあげるから、頑張ってね」


 そうは言っても、エイダは悪魔を相手に互角に渡り合う自信はない。

 何故か。

 悪魔は恐ろしいと教え込まれているから、というだけのことである。


「俺がいるから大丈夫だ!あまり安心させるとニグルの気の集中が発動しないかも知れないけどな!」


 マグスはあくまでも引率役である。自分で悪魔を討伐する気はない。

 しかし引率役である。何かあれば当然助ける。

 

「とにかく、行ってみるわ」


 ニグルは何も考えず、取り敢えずで歩き始めた。


「おい!お前!」


 誰が悪魔かわからないまま、ニグルは試しに呼び掛けた。


「!」


 近くにいた市民達が振り向いた。


「俺は悪魔討伐に来た冒険者だ!お前を討伐して金を稼ぐ!」


 ニグルの下衆な悪意を感じ取り、ダイリオンは顔を引き攣らせた。


「悪意を感じた」


 ダイリオンは、ゆっくりとニグルに近付いてきた。


「殺す」


 ダイリオンは、ゆっくりとファイティングポーズをとった。

 その構えは堂々たるもので、ニグルは、スキルなしでは勝てそうにないと、素直に思った。


「金を稼がなければ生活出来ないぞ。そこでじっとしていては、金を稼げないぞ」


 ダイリオンは、穏やかな口調で、ニグルを煽った。

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