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迷子のルルとダイリオン

 重複するが、東の大陸の西南に位置するラズヴェルの市街区は、東西南北、四つの街区に分かれている。

 世界でも有数の大都市であるラズヴェルだけに、東西南北それぞれの街区が、それぞれに大きい。

 

 その中でも、マグスに率いられたニグル一行が向かっている西区役所は、他の街区の区役所と比べて大きく立派である。



 南洋半島は東の大陸の南から伸びているのではなく、東の大陸の西から始まり南に伸びている。

 故に、東の大陸の西南に位置するラズヴェルが、南洋貿易の拠点となっている。


 南洋貿易の拠点であるラズヴェルの中でも、その位置する場所が南洋に対するラズヴェルの玄関口であるだけに、西区は多くの貿易商が拠点を構える、ラズヴェルでも最大の商業圏となっている。


 区役所の大きさはつまり、税収額と比例している。



「見たことある建物なんだよなー」


 西区役所の前に立ち、ニグルは一人呟いた。

 西区役所は、中世の日本の城とよく似た形をしている。


「どうせ異世界人が設計したんだろ」


 この世界における異世界人の活躍。

 事あるごとに異世界人達が元いた世界の雰囲気を漂わせる。


 ニグルは少し、うんざりしていた。



「西区役所はウジマサが造ったのだ!」


 マグスが意外なことを言った。


「なぜウジマサ?」


 ニグルは尤もな疑問を持った。

 ウジマサは、南洋半島統一の功労者であって、南洋半島統一の功労者でしかないはずであろう。


「ウジマサが統一したのはあくまでも南洋半島のみであって、勢い余って東の大陸まで侵略したわけではない!」


 マグスがニグルの疑問に答えようとして、その前置きを語った。



「ウジマサは、南洋とラズヴェルの友好の証として、西区役所を造ったと伝え聞いている」


 マグスが前置きを語るや否や、南洋人としての矜持であろうか、キュアクが回答役の座を掻っ攫った。



「ウジマサは、南洋半島統一の功労者としてよりも、建築家として偉大だな」


 ニグルが呟くと、キュアクの眉毛がピクリと動いた。


「統一事業とはつまり英雄的な事業ではないか?紛争が終わり平和をもたらしたのだぞ?」


 キュアクは少しだけ不機嫌になった。


「でも今はもう、南洋半島はまたバラバラになって紛争を繰り返してんだろ?ウジマサの事績は過去のものになり、ウジマサがもたらした平和も今では過去の幻。ウジマサが統一した南洋も、ウジマサがもたらした平和も、今はもうどこにも無い。しかし、ウジマサが造った西区役所だけは今も健在だ。だからウジマサは、建築家としてこそ偉大だ」


 ニグルは、自身の見解を丁寧に説明した。


「貴様、意外と賢いな」


 キュアクは、ニグルの意外な一面を見る思いになった。


「どうせ適当だぞ!ニグルは考えるより先に口が動く!」


 マグスは、そう言い捨てた。


 ニグルはふと思い出した。

 母や教師、先輩や上司から散々、マグスと同じことを言われていたことを。


「確かに、俺は考えるより先に口を動かした時の方が冴えている」


 考えると冴えないのであれば、それはアホではないか。

 ニグルを含む、その場にいる誰もが、そう思った。




「西区長は気難しい!適当な奴が嫌いだ!だからニグルはここで待っていろ!」


 西区役所の前の広場で、ニグルはマグスから、西区長と面会する資格を持たないことを宣告された。


「ニグルさん!残念んでしたね!」


 モリはニヤニヤしながらニグルの背後から声を掛け、ニグルの横をすり抜けて西区役所に向かった。


「モリ!お前もだ!」


 マグスがモリに怒鳴りつけた。

 モリは無言で踵を返した。



「二人とも大人しく待っていてね」


 ルルが涼しい顔で、ニグルとモリの間をすり抜けた。


「ルル!お前もだ!」


 マグスが再び叫んだ。


「何でよ!」


 ルルが食い下がった。


「露出狂である上に汗臭いからだ!」


 ルルは赤面しながら興奮し、鼻腔をヒクヒクさせながら無言で踵を返した。



「貴様らの育ちでは致し方あるまい」


 キュアクが胸を張って、三人を掻き分けながら前に歩を進めた。


「キュアク!まぁ良いか!よし!来い!」


 内心では不安に思っていたらしく、キュアクの顔一面に安堵が広がった。


「ただし!義手は上品な物か無しにしろ!武器はダメだ!」


 キュアクは微笑みながら、無言で串型義手を外した。



「エル!」


 マグスは娘を呼んだ!


「え?」


 エルは、いかにも乗り気ではない様子だ。


「行くぞ!」


 マグスは短く指示を出した!


「嫌だ」


 エルは短く拒絶した。


「行くのだ!」


 マグスは再び指示を出した!


 エルは父親を無視して、無言で踵を返した。


「反抗期か!」


 マグスは娘を詰った!


「ニグルさんが行かないなら私も行かない」


 エルは、ニグルの背後に回り込み、小さな体をニグルの体の陰に隠した。


「ちっ!」


 マグスは娘を持て余した。

 これ以上強要して、嫌われるのは避けたいと思った。



「私はどうする?」


 興味薄げに、エイダが尋ねた。


「氷河の女王だからな!行ってもらえるとありがたいのだが!」


 マグスは、珍しく、精一杯腰を低くした。


「面倒ね・・・」


 エイダは、気怠そうに呟いた。


「可愛い息子がラズヴェルで快適に過ごすために必要な事だぞ!」

「行くわ。母の務めね」


 エイダはちょろい。

 マグスは、そう思った。




 マグスとエイダとキュアクが西区役所に入って行った後、エルと三人の異世界人は、広場でただただ空を見ていた。


「不思議だな。同じにしか見えない空なのに、この空は元いた世界とは繋がってないんだな」


 暇を持て余したニグルは、どうでもいい事を嘆じた。


「そうね」


 ルルの感性には、ニグルの詠嘆は響かなかった。

 モリに至っては、全く聞こえていないかのような顔をしている。



「そっか。空はあっちもこっちも同じなんだ」


 エルにだけ、ニグルの詠嘆が響いた。


 気になった事は無かったし、敢えてニグル達がいた世界の情景を想像するならば、当たり前のように、この空の下に広がる情景を想像したであろう。


 しかし、言われてみれば、確かに不思議な事のように思われる。

 空はどこまでも、情景が広がる限りいつまでもその上に漂っていると思い込んでいた。


 しかし、本当にどうでもいい。


「そんな事より、お腹が空いたわ。ご飯食べに行きましょうよ」


 ルルが、表情の無い顔で提案した。


「そうですね!お腹空きましたね!」


 食事の提案は、モリにも響いた。


「マグス達が戻るまで、ここで待っておいた方がいいだろう。はぐれちゃうぜ」


 こんな時、ニグルは意外と常識的だ。


「じゃあ、私とモリが買って来るから、ここで待ってて」


 そう言うと、ルルは人混みに向かって歩き始めた。


 私とモリが、などとルルは言ったが、モリにその気は無く、モリは無言でルルの背中を見送った。

 買ってきてくれたものを食べればいいと思っていた。




 ルルが一人で人混みの中に消えてしばらくすると、マグスとエイダとキュアクが西区役所から出て来た。


「次はギルドに行くぞ!」


 マグスはニグルら待機組に声を掛けた。

 しかし、待機組の中にルルが見当たらない。


「ルルはどうした!」


 マグスがいつも通りの大声で尋ねた。


「飯を買いに行った」


 ニグルは眠そうに答える。


「この人混みの中に一人で入って行ったのか!探しようが無いではないか!」

「ここで待ってたらそのうち戻って来るだろ」

「時間がもったいない!」


 マグスは地声が大きく、言葉遣いが荒く、眉間には常に皺が寄っている。

 苛立っているのか通常通りなのか、よくわからない。


「私が待っておいてあげるから、行ってきなさいよ」

「しかし、お前もギルドの場所は知らないだろ!」


 エイダがラズヴェルを訪れたのは今回が初めてである。

 当然、エイダはギルドの場所を知らない。


「ここで待ってる。ギルドの用事が済んだらここに戻って来て」


 エイダは、自分が冒険者だとは思っていない。

 あくまでも、自らをニグルの保護者としか思っていない。

 冒険者として取るべき行動の、その諸々を面倒に思っていた。


 ましてや、この世界きっての田舎者である。

 この、果てしない大都会であるラズヴェルの喧騒を苦手に思っている。


 とにかく、人混みにまみれたくない。



「ニグル達はギルドに連れて行かなければならないし、そもそも頼りにならないし、キュアクも頼りにならないし、仕方ないな!」


 ニグルはムッとし、キュアクは寂しそうな顔をし、モリは何も考えていない者の顔をした。


「では行ってくるから、必ずここで待っていろよ!」


 マグスはそう言い残し、ギルドに向かって歩き始めた。

 ニグルとエルとモリとキュアクは、慌てて後を追った。




 ニグル達がギルドに向かって歩いている頃、ルルは、迷子になっていた。

 当たり前である。


 ラズヴェルは計画的に建設された街ではない。

 交易の場としてバザーが開かれ、やがて商人達が住み着き、小さな街が出来、その街が大きくなり、更に人が集まるようになり、拡張を繰り返し、国家を形成するまでに至り、更に拡張を繰り返し現在に至る。

 碁盤の目のように道が張り巡らされている、というわけにはいかない。


 その中でも西区は最も古い街区である。

 バザーは西区の区域内から始まった。

 それだけに、最も無計画な街作りがされている。

 

 そして、最も歴史ある地域だけに、商業地としての伝統もあり、今なお、ラズヴェルの中でも商業の中心地として機能している。

 

 無計画に作られた街である上に人が多い。

 この街を初めて訪れて迷子にならないものは、そういうスキルを持っている者なのだろう。

 

「ナンパ待ちでもするか・・・」


 ルルは元々、いい女である。

 ナンパされることに慣れているし、ナンパをしてくる男の利用方法も心得ている。


 ルルは両手を挙げて伸びをし、脇を顕にして隙を作った。


「あー、疲れたー」


 ルルは周囲に目を配りながら、脇を顕にしたまま、大きな声で独り言をいった。


「・・・」


 ルルの周囲に若い男は大量にいる。

 皆、ルルを見て目を見張るものの、なかなか近付いてこない。


「何か運動をして疲れているのかな」


 しばらく両手を挙げて脇を顕にしたままで立っていると、ようやく、見るからに怪しい男がニヤつきながら近寄ってきた。


「この人混みに疲れてしまっただけよ。静かな場所に行きたいな」


 ルルは、微笑みながら怪しい男に言った。


「そうなのかい?でも、随分と汗臭いから、運動でもしていたのかと思ったよ」


 怪しい男は、食い入るようにルルの脇を見つめ、鼻を伸ばした。


(こいつ、変態だ)


 そう思ったルルも、怪しい男を引き寄せた変態だ。


「そんなに汗臭いと誰も近寄って来ないよ。僕が汗を拭ってあげようか。舌で」


 怪しい男の息がどんどん荒くなる。


 これがニグルやエルなら、せめてモリなら良かった。

 ルルはそう思った。



(こんな気持ち悪い奴に脇舐められたら最悪だわ)


 ルルがそう思いながらも笑顔でいると、


「こんな気持ち悪い奴に脇舐められたら最悪だわ」


 ルルが思っているその通りのことを、ルルではない声が言葉にした。


「何だよお前」


 怪しい男が、背後から聞こえる声の出どころの方に振り向くと、そこには青白い顔の怪しい男が立っていた。


「我が名はダイリオン。生きとし生ける者の心を読むことができる。その汗臭い美女は、お前に対して嫌悪感を持っている」


 青白い顔の男が言っていることを鵜呑みにする者など、普通はいない。

 しかし、言っている内容には、誰もが納得するだろう。


「こんなに嬉しそうにしているのに、嫌がっているわけないだろう!」


 先に現れた方の怪しい男が、怒りを顕にした。


「こいつ蹴り飛ばしてやろう、か」


 ダイリオンはしっかりと読む。


「何を!?」

「無駄だ。お前が瞬時に考えているつもりのことも、ダイリオンには読めてしまう。それもまた瞬時にだ。今お前がダイリオンの胸ぐらを掴もうと思ったことも読めている。読めてしまえば避けることは容易だぞ」

「気持ち悪い奴だな!」


 先に現れた方の気持ち悪い奴は、後から現れた方の気持ち悪い奴に悪態をついて立ち去った。


「たまにはああいう気持ち悪い奴に舐めさせるのもありだったかなぁ。ニグルさんもエルちゃんも最近は相手してくれないし。勿体無いことしたかも」


 ダイリオンと名乗る青白い男は、ルルの方に向き直った。


「ちょっと!やめてよ!勝手に私の心を読まないで!」

「暴露されて恥ずかしいけど、それはそれでちょっと興奮しちゃう」

「もう!やめてってば!」

「やばい、恥ずかしすぎてやばい。ちょっと濡・・・お前の心を読んでいると頭がおかしくなりそうだ」


 ダイリオンは、ルルに背中を向けてその場を立ち去った。

 ルルは、ある意味では、ダイリオンを撃退したと言えるであろう。


「もうちょっとして欲しかった・・・」


 またある意味では、ルルは完全敗北していたとも言える。

 ルルはものの見事に、ダイリオンに生殺されたのだから。



 ダイリオン。

 ルルを生殺したこの男、ありとあらゆる生ある者の心を読み切る、大都会ラズヴェルに紛れ込んだ悪魔である。


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