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ペテン師と、ペテン師

 ラズヴェルは、東の大陸屈指の商業都市である。

 抱える人口も、東の大陸屈指である。


 資源に恵まれた南洋半島と、先進地地帯と言える東の大陸を結ぶ中継貿易の拠点であるだけに、他国人の出入りも多く、多民族国家であるとも言える。


 人の往来が多くて開放的。全くもって、ラズヴェルは排他的な都市ではない。

 乱暴者と紙一重の冒険者も、得体の知れない異世界人も、ラズヴェルなら腑抜けた顔をして歩くことが出来る。


 そんな都市で、ニグルは不審者として扱われた。



「エイダ!」


 人垣の向こうで三文芝居に興じるエイダに気付き、ニグルはエイダの名を叫んだ。

 叫んだその後に、「何とかしてくれ」と言いそうになった。

 それは母に縋りたい気持ちから出かけた言葉であったような気がして、ニグルは喉から出かけた声を飲み込んだ。


「・・・」


 エイダは返事をしない。


「お母さん!何とかしてくれ!」


 どんな街かもわからない。

 そんな人々かもわからない。

 これ以上、得体の知れない人々にダメージを与えて恨みを買いたくない。


 そんな気持ちから、藁にも縋る思いで、ニグルは試しにエイダに媚びてみた。


 四十歳の凶悪な顔の中年にお母さんと呼ばれ、エイダの口角がずいずいと上がる。

 エイダは満面の笑みを浮かべながらニグルと目を合わせた。



「皆さーん!あの男の人は私の息子でーす!不審者ではありませーん!」


 そう叫ぶエイダの顔を見るラズヴェル市民達の目は、不審者を見る目であった。


 それはそうだろう。


 若く美しい女が、凶悪な顔面の中年を息子と言っているのである。

 未知の種族か、そうでなければ、ただただ頭がおかしい。


 そもそも、エイダが言う「私の」には、何の効力も無い。

 

 エイダは氷河の女王である。

 氷河の国では一応、崇敬されている。

 しかし冒険者としては無名であり、ラズヴェル市民はエイダの顔を見ても誰なのかわからない。



「私は氷河の女王、エイダよ!」


 市民の視線に滲む疑念に気付き、エイダは短く自己紹介をした。

 氷河の女王という存在自体は、それなりに知られているはずだから、女王を名乗れば視線の色合いが変わると踏んだのだ。


「氷河の女王って、あの氷河の国の強くて美しいと噂の女酋長か?」

「確かにいい女だけど、噂の氷河の女王が頭おかしいなんて話、聞いたことないぞ」

「女王と呼ばれる人が頭おかしいわけないよな」


 ラズヴェルの市民達は氷河の女王を見たことがないのだから、自分達の目と耳で得た情報が優先される。

 中年を息子と言う美少女は頭がおかしい。

 それだけのことである。


「・・・」


 エイダは戸惑い、口をつぐんだ。 

 一連のやり取りを見て、ニグルは絶望した。



「皆のもの!俺は大魔法使いマグスだ!」


 満を持して、マグスが叫んだ。

 市民の目の色が変わった。


「おお!マグス様だ!」


 さすがは世界から敬われる大魔法使いにして高名な冒険者である。

 ラズヴェル市民の大半が、マグスの顔を認識している。


「マグス様!マグス様の名を悪用する不届き者を討ち滅ぼして下さい!」


 市民の誰か、声の大きな者が叫んだ。


「あいつは俺の娘に手を出した不届き者でもある!」


 マグスが大きな地声で応えた。


「なんて奴だ!マグス様とソエル様のお子様に手を出すなんて!」


 先ほどと同じ大きな声が、更に答える。


 ニグルが目を凝らすと、大きな声の出どころの人影の腕が、体の割に短い。

 三文芝居には、キュアクも出演しているらしい。


「その俺の娘というのが、あいつの横に居る美少女だ!」


 市民は皆、目を見開き驚いた。

 威厳に満ちた大魔法使いが、憚りもなく自分の娘を美少女と言ったことにも驚いたが、何よりも、当たり前だが、不審者の片割れの美少女が大魔法使いマグスの娘であったことに驚いた。


「マグス様の娘さんは不良なのかねぇ」


 老人が呟いた。


「あの中年に拐かされたのかも知れないねぇ」


 隣の老婆が呟き返す。



「私はマグスの娘ー!隣のこの人は婚約者ー!パパ公認ですからー!」


 大きな声を出すのが苦手なエルが、精一杯に声を張り上げた。

 この苦手は、大きな声を出すのが苦手な者にとっては、急場の努力だけで克服することなど出来ない。

 エルの大声は、マグスの地声より遥かに小さい。


「マグス様!見損なったぞ!不審者と娘の婚約を許すなんて!」

「子供の罪は親の責任だ!」

「だいたい!見た目的には法的にアウトなんですよ!合法ロリとか異世界ファンタジー堪能し過ぎです!」


 ニグルがこの世界に転移して初めて聞いた声と同じ声が聞こえて来た。

 モリだ。


「やかま」

「やかましい!」


 ニグルがモリに怒鳴ろうとしたのと同じタイミングで、マグスがラズヴェルの市民達+モリに一括した。


「あの不届き者が犯した罪は一つだけ!あの顔で絶世の美少女である我が娘に股を開かせたことである!」

「はあぁーっ!」


 ラズヴェルの市民達は戸惑いながらエルの顔に視線を向け、ニグルは呆れつつもエルの顔に視線を向け、エルは数多の視線が集中する顔を真っ赤にして俯き、辱めを受けるエルを見てルルが興奮した。



「あいつは悪魔を二体討伐している!」


 マグスがそう告げると、ラズヴェルの市民達は驚きどよめいた。


「人類の敵と対峙する男が反逆者であるはずがないだろう!」


 言い切ると、マグスはどよめくラズヴェルの市民達を見渡した。


「悪魔を二体も倒したってよ」

「最上級とまではいかないにしても、二流ってこともないよな」


 ラズヴェルの市民達のニグルを見る目が一挙に変わった。


 ラズヴェルの市民達が単純というわけではない。

 この世界において、悪魔討伐は英雄的な善行なのである。

 

「俺の娘に手を出した不届き者であることには変わりないがな!」


 今まで何も言わなかったが、マグスは、ニグルとエルと結ばれたことを腹立たしく思っているのかも知れない。




「そう言えば、あいつらは何をしでかして捕まったんだ?」


 ラズヴェル市民の一人が、誰とも無しに尋ねた。


「牢破りをしたんだろう」

「いやいや、牢破りは捕まった後の話だろう」

「マグス様の知り合いと詐称した・・・と言うことだったのだが・・・」


 市民の疑問に門番の一人が途中まで答え、ゆっくりと口を閉じた。


「本当のことだったんだなぁ」


 他の門番が続いた。


「連行中に暴れたぞ!」


 ニグルを連行した門番が憤慨した。


「連行中に暴れた上に牢破りをしたのだから、それはそれで罪なのだが、何もしていないのに投獄したのなら、それは・・・」


 ラズヴェルの市民の幾人かは、門番に対して不信感を持ち始めていた。


「俺、暴れてないのよ。大人しく着いていったのに暴れるなって言われただけなのよ」


 今こそと、ニグルはラズヴェルの市民達の会話に割り込んだ。


「本当かい?」


 僅かなりとも、ニグルに対する好意が湧き始めている。

 ラズヴェルの市民達は、闇雲にニグルを疑うのはすっかりやめている。


「そりゃ俺も良くない態度をとったのは確かだし、言葉が荒くなったと自覚しているし、俺も良くなかったとは思うんだけどさ」


 自分にも落ち度があったなどと、ニグルは露ほども思っていない。

 それでも、第三者の支持を得るためには、自責の念を前面に出すのが社会人としてのセオリーであろう。


「だからって投獄は・・・ねぇ。裏取りもせずに確証も無しにさぁ・・・初めて来た街で、それもすげぇ栄えてる立派な街でさぁ、ワクワクしてたのにどん底まで叩き落とされた気分だよ」


 印象付けは念入りに。


「じゃあなんであんたは連行されたんだ」

「アオエボって奴だ。あいつが俺を売った。不審者捕まえたって。んで門番どもがそれを鵜呑みにした」

「アオエボさんが?あんないい人なかなかいないけどなぁ」

「ほう。そうかアオエボはいい奴か。なるほど」


 ニグルは思った。

 アオエボは世渡り上手かペテン師のどちらかだ。いや、俺も世渡り上手って言われたことあるけど他人を陥れたことはない。じゃあ、アオエボはペテン師だ、と。


 今ここでアオエボを糾弾するべきではないと、ニグルは判断した。

 今ここで糾弾しても墓穴を掘るだけだと。


「アオエボを勘違いさせるような言動があったのかも知れないな。俺に問題があったんだと思う」


 ニグルは寂しげな笑顔を浮かべながらラズヴェルの市民に自責アピールをした。

 それを横から見ていたエルは、ニグルはペテン師みたいだと思った。




「誤解が解けて良かったな!西区の役所に行くとしよう!」


 マグスが歩き始めた。


「門番とも和解しといた方が良くないか?」


 後腐れはフラグにしかならない。

 ニグルはそれを懸念した。


「西区の役人のことは西区の区長に話を通せばそれで済む!行くぞ!」


 マグスはニグルの懸念など斟酌しない。

 止むを得ず、ニグルはエルに目配せをしてから一緒に歩き始めた。


 マグスを追うニグルとエルを見て、モリとルルとエイダとキュアクも続いた。



 ラズヴェルの市街区は、東西南北の四区に分かれており、それぞれに行政の責任者がいる。


 マグスともなれば、当然それぞれの区の区長と知己である。

 ラズヴェルでの滞在期間を問題無く過ごすためには、区長の庇護を得るのが手っ取り早く手堅い。

 

 マグス一行は、溢れるほどの人の波をかき分けて、西区の区役所を目指して大通りを進んだ。


「人が多過ぎて、ちょっと気持ち悪い」


 この世界の田舎者代表とも言えるエイダが、顔を青ざめさせながら呟いた。


「私も・・・」


 引きこもり歴が長かったエルも、顔を青ざめさせていた。

 引きこもり歴が長かったと言えど、セノベ国きっての都会であるキゼトに住み、引きこもりを解消してからは普通にキゼトで暮らしていたエルでも、ラズヴェルの人混みには耐えかねる。


「ここまで人が多いと俺も気分悪いな」


 人混みが嫌いなニグルは、ただただ苛立っていた。


「・・・・・・」


 本来は人が苦手なモリは、黙ってニグルの足ばかり目で追いながら歩いている。


「私は好きだな。活気があって」


 元いた世界で、首都に生まれ育ったルルだけが上機嫌で歩いていた。



 この世界で有数の大都会であるラズヴェルは、前述の通り多民族国家である。

 元々様々な種族が混在して生活する世界であるだけに、この場合は多くの種族が住んでいるということではなく、種族に関わらず、世界中から異なる習慣や歴史を持つ人類が入り混じって暮らしているということである。


「歴史の本に書いてあった、最盛期の唐の都もこんな感じだったのかなぁ」


 ニグルはそう呟いたが、その呟きは誰にも通じなかった。

 ニグルはただ、ごく普通の独り言を言っただけである。


「お姉ちゃんが住んでいた場所も、こんなに人が多かったの?」


 エルがルルに尋ねた。


「そうねぇ、特に人が集まる場所だと、こんな感じだったわね」


 ルルはふと、望郷の念に頭を任せてみた。


「・・・懐かしい?」

「うん」

「元いた世界に戻りたい?」

「どうだろう・・・」


 少しの間、ルルは黙って歩き、その後で笑顔になってエルの顔を見た。


「自分の力で生きているっていう実感は、今の方があるかな」


 そう言うルルの笑顔は美しい。

 エルは惚れ惚れしながらルルの顔を見つめた。


「じゃあ、ずっとこっちにいてくれる?」

「うん。ずっとエルちゃんのそばにいてあげる」


 エルとルルは、見つめ合いながら笑い合った。



「ずっとこっちにいてくれるも何も、戻る手段があるのかどうかもわかんないだから、そりゃずっとこっちにいるだろうよ」


 ニグルが歩きながら、背中を向けたままで言った。

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