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詐略

「や、やあ」


 ゴブリンの群れを撃退した者達から数メートル離れた場所で、ニグルはバイクを停車させた。


 人を食ったような奴、人の心に土足で踏み込もうとする奴、初対面でも知り合い感を出す奴、いきなり距離感零。

 ほんの一部ではあるが、元いた世界で、カトウヒロシがよく言われていた陰口である。


 そんなカトウヒロシでも、強烈な警戒心を前面に溢れさせる相手では、いきなり距離を詰めることができない。


「・・・」


 距離を詰められず、次の言葉には詰まり、ニグルは黙ってゴブリンの群れを撃退した者達の顔を眺めた。

 凶悪な顔の男に眺められたらどんな気持ちになるのか、それは想像に難くない。


「・・・・・」


 ゴブリンの群れを撃退した者達は、武器を握る手に力を込めた。


 硬い表情と力んだ全身。

 それを見れば、相手がいかに緊張し警戒しているのかよくわかる。

 

「俺はニグルと言います。こっちはエル」


 こんな時は男より女だ。

 そう思ったニグルは、落ち着きのある外見美少女の中年クオーターエルフに期待した。


「やあ。おらエル。・・・やあじゃなくて、おす!だっけ?」


 エルはニグルのコミュ力をリスペクトしている。

 緊迫しつつある現状に対する打開策を、過去のニグルの言動に求めた。

 そして失敗した。


「エルったら何言ってんの!?空気を読むって概念知ってる?知らないかー。知ってたら今そんなこと言わないよなー」

「仕方ないでしょ!二十年近く引き篭もってたんだから!会話の機微なんてわからない!」


 思ったことは言わなければ気が済まない。

 人前であることを忘れ、二人はムキになった。




「君達は人類で間違いないか?」


 ゴブリンの群れを撃退した者達の中の一人が、恐る恐る声を発した。


 人前でしょうもない口喧嘩をする男女の悪魔がいるなどという話を聞いたことはない。

 口喧嘩をするほどの知能を持ったつがいの魔物や魔獣もいないであろう。


 ならば人類と思っていいのかも知れない。

 そう思うに至ってようやく、ゴブリンの群れを撃退した者達の中の一人が対話を試みた。


「俺は異世界人、エルはクオーターエルフ」

 

 ようやく話すことが出来る。

 ニグルは安堵した。


「そうか。警戒しすぎた。すまない。私はアオエボという者だ。隊商の警護をしているラズヴェルの冒険者だ」


 アオエボは全身を銀色のフルアーマーで包んでいる。

 経済的に余裕がある冒険者なのだろう。

 

 その余裕は態度にも現れている。

 随分と立派な男のように見える。


「わかってもらえればそれでいい。警戒を怠らないのは優秀な冒険者である証拠だ」


 冒険者になって一年も経っていない。

 その割りにニグルは偉そうである。


 相手が立派そうであればあるほど、ニグルは偉そうにしたくなる。

 虚勢を恥とも思わない、ニグルはそういう男だ。



「ありがとう。しかし君も良くない。そんな威圧的な音を撒き散らす変な乗り物が近付いてくれば、誰でも警戒するだろう」


 アオエボの物腰は柔らかく、しかし低くはない。


「ですよねー。驚かせて申し訳ない」


 ニグルは忘れていた。

 我が愛車がこの世界では違和感の塊であるということを。


「あと、顔が凶悪だ」

「初対面なのに失礼だぞ」


 確かに失礼だ。

 


「君達はラズヴェルを目指しているのだろう?私達と一緒に来るか?」


 アオエボは親切な男であるようだ。


「ありがとう。でも後続する仲間がいるから、この辺りで待っていようかと」

「この辺りは魔物がよく出る。一緒に来る方が安全だと思うが、仲間が心配なら無理強いはするまい」

「マグスもエイダもいるからよっぽど大丈夫だとは思うけど」


 ニグルは意図的にマグスの名前を出した。

 マグスの名には、水戸の御老公の印籠のような効果があることを知っている。


「マグス様!?君はマグス様と共に行動しているのか!そうは見えないが、優秀な冒険者なのだな」

「あ、ああ。まあ、そういうことだな」


 虚勢は続く。


 ニグルは、悪魔討伐の実績こそあれど、決して優秀な冒険者ではない。

 それについてはしっかりと自覚している。


「マグス様がいるなら他のメンバーは心配ないだろう。是非一緒に来るといい」


 アオエボは親切な男のようだが、その上、親切を押し売りするタイプなのかも知れない。

 苦手だなと、ニグルは思った。



「ニグルさん・・・」

 

 エルがニグルの袖を掴んだ。

 エルもこの手の男を苦手に思っているのか、それともニグルに迎合しているのか、エルの眉間には嫌悪の色が浮かんでいる。


「この先はいわゆる東の大陸だ。マグス様の仲間と言えど無名の君達だけでは、正直言って心許ないぞ」

「じゃあ一緒に行こうかな」


 ニグルは早々に、面倒臭くなっていた。

 親切の押し売りを拒絶することに飽きたとも言える。




 都市国家ラズヴェル。

 都市国家と言っても、都市ラズヴェルだけで国家として成立しているわけではない。

 その周辺の農村地帯も含めて一つの国家である。


 草木の多い南方からの街道を進む内に、草木の間から農村地帯が視界に飛び込む。


 周辺の農村地帯の豊かさは、初めて訪れる旅人を驚かせるほどのものだが、ラズヴェルの城壁はそれ以上の驚きを旅人に与える。


 障害物の無い平坦な土地にありながら、農村地帯の外側から臨んでもなお、右を向けば城壁の果てが見えず、左を向いても城壁の果てが見えない。


「馬鹿げたデカさだな・・・」


 悪態をついてみたものの、あまりの壮大さに、ニグルは思わず絶句した。


「キゼトとは比べ物にならないね」


 そう言いつつも、エルには特別な感動はない。


「何百年という時間をかけてここまで大きくなったんだ。凄いだろう」


 アオエボは自慢げに言った。

 浅慮なニグルは、アオエボは自慢するために同行を強要したのだろうかと思った。


「さあ、あの門を通って中に入ろう。私達と一緒なら煩わしい手続きは不要だ。私の顔があれば門番に止められることもない。隊商の一員としてそのまま入れる」

「おお、そつはありがたいね」


 怠惰な中年であるニグルは、煩わしい手続きが苦手である。

 今置かれている立場を素直に喜んだ。



「ご苦労!アオエボが戻ったぞ!」


 アオエボは元気良く門番に声を掛けた。


「アオエボさん!今回は長かったですね」

「西から南を回ってきたからな」


 言いながら、アオエボが視線をニグルに向けた。

 その視線に気付いた門番は、ニグルのバイクを見て驚いた。


「随分変わった乗り物を仕入れてきましたね」

「隊商が仕入れたものではない。俺が不審者を捕まえて連行したのだ。マグス様の知り合いを自称する不審者だ」


 ニグルに向けられたアオエボの視線は、いつの間にか冷ややかなものになっていた。


「取り押さえろ」


 アオエボは抑揚のない冷たい声を出した。


「取り押さえ!」


 門番が声を上げると、門の内側からワラワラと同僚が集まってきた。

 あまりに予想外の展開に、ニグルはただ戸惑うしかない。


「俺?」


 門番に囲まれながら、ニグルは間抜けなことを言った。


「大人しくしろ!話を聞きたい!」


 門番は緊張感漂う顔で叫んだ。


「いや、話を聞きたいだけならそんなに興奮する必要ないだろう。そっちの指示に従うから落ち着け」


 やましいことがないだけに、ニグルは抵抗する気にならない。

 

「うるさい!ついて来い!」


 興奮状態の門番に連れられ、ニグルは門の内側、ラズヴェルの市域に入った。


「こんなの初めてだな」


 ニグルは、緊張感に欠けた顔をエルに向けた。


「・・・・」


 エルは恐怖で顔を歪めている。


「・・・取り敢えず落ち着けよ。お前らが馬鹿みたいに声張り上げるから、この子怖がってんだろうがよ」


 ニグルは、門番達に対して苛立ち始めた。


「なんだその言い方は!大人しくついて来い!」

「だーかーらー、大人しくついて行ってんだよ俺は!お前ら俺が怖いのか?ビビりすぎだろ!しょうもねえ奴らだな!お前らみたいなもんが門番やってんじゃラズヴェルの滅亡の日も近そうだな!」

「暴れるな!」

「いつ暴れた!」


 不毛な言い争いをしながら歩く内に、ニグルとエルはいつの間にか牢屋の中にいた。



「不審者か?」


 一際偉そうな男が、ニグル達を連行してきた門番に尋ねた。


「隊長、不審者であり狼藉者です。不審な乗り物に乗っていました。連行中には大声を出す、暴れる、ラズヴェルを冒涜する、反抗的な態度をとっていました。危険人物と言えます」


 門番は随分と大袈裟な報告をした。

 

「更には、あろうことか、マグス様の知り合いであるという嘘をつきました」

「乱暴狼藉、反逆的発言、虚偽発言。国家転覆罪あたりが妥当かな」


 隊長と呼ばれた男が呟いた。


「何者だてめぇは。門番の親分風情が何様のつもりでありもしない罪をでっち上げてんだよ」

「私は国家防衛隊の隊長だよ。お前の罪状を作り申請するのは私の仕事だ」

「イフォックと同じような立場か?イフォックと比べると、随分と格下感があるな」

「イフォック様とも知り合いだとでも言いたいのか?嘘つきめ」

「ろくに聞き取りもせずに好き勝手言いやがって」

「この乗り物はなんだ?」


 国家防衛隊隊長は、持っていた杖で、壁に立てかけられたニグルの愛車を叩いた。

 ニグルの眉間がピリピリした。


「おい、タンク凹んだらどうすんだよ」


 ニグルは牢屋の格子を握り、消滅させた。


「貴様!何をする!脱獄する気か!」


 防衛隊隊長は、焦りを隠さず甲高い声で叫んだ。


「やかましいぞ。大人しく中にいてやるからマグスを呼べ。マグスはもうすぐラズヴェルに着くはずだ。マグスは俺の後見人でこの子の父親だ」

「また嘘を吐くか!」


 隊長はヒステリーを発症している。


「エル、やっちゃうか」

「うん」


 エルは躊躇わずに同意した。

 黙ってはいたが、腹が立っていたらしい。


「殺すと後が面倒臭そうだから、そこは手加減な」

「うん」


 頷くと共に、エルは柏手を打つように手を合わせた。


「ゴフフウ」


 エルの掌から隊長に向けて強い風が吹き、隊長を吹き飛ばした。


「エル、それいいね。それならそうそう死なないだろ」


 ニグルは、牢屋の格子をサクサクと消滅させながら言った。


「ニグルさんはなるべく手を出さないでね」

「はーい」


 隊長の部下が現れるたびに、エルは強い風を吹かせ弾き飛ばした。

 そうしながら、二人は屋外に出た。


 屋外には、騒ぎを聞きつけた市民の人垣が出来ていた。


「うわああ!反逆者が出てきたぞ!」

「あの顔を見ろ!なんて恐ろしい顔だ!」


 市民が騒いだ。


「うるせぇぞ!顔のことを言うな!俺の親に失礼だろ!」


 ニグルは既に、ラズヴェルが嫌いになっている。

 ラズヴェルの防衛隊以外の市民と接したのは今が初めてなのだが、ついでにラズヴェル市民のことも嫌いになっている。


「あんまり俺を苛立たせるな!お前ら全員殺すぞ!」


 感情に任せてものを言うと、取り返しのつかない事態に陥るのではないか。

 などという心配を全く出来ないほど、ニグルは苛立っていた。

 


 

「恐いこと言うようになったわねぇ!チンピラみたい!嫌だ嫌だ!」


 人垣の向こうからエイダの声が聞こえる。

 人垣の騒音に負けないように、わざわざ大きな声で落胆している。


 ホッとすればいいのか、感情のままに行動する快感を阻害されたことに不満を持てばいいのか、下手な演技を不快に思えばいいのか。

 ニグルとエルは、エイダの声に複雑な思いを持った。


「前世のお前の育て方が悪かったのだ!」


 マグスは地声でも人垣の騒音に負けない。


「私の言うことなんて聞きゃしなかったのよ!」

「親の言うことを聞かず、汚い言葉を撒き散らすような奴には娘をやれないぞ!」

「あんたの娘も一緒になって荒ぶってるじゃない!こっちこそ願い下げよ!」

「親に認められず祝福されずに成就する愛など、果たして幸せなのだろうか!」


 大きな声の三文芝居が気になって、人垣の騒音は収まった。

 それに気付かず、エイダは口を開いた。


「親に認められて祝福された愛だって、必ずしも幸せになれないけど」


 エイダは地声で呟いた。

 これは、ただの本音だ。


 本音を呟いた後でようやく、人垣の静けさに気付き、エイダは赤面した。


「親の夫婦間のことに関する本音なんて、聞きたくないよな。大抵悲しくなる」


 ニグルも本音を呟いた。

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