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再び響く甲高い声

「キュアクはその悪魔と闘ったことあるの?くさっ」


 試しに焼いてみたヴォデヴィンのもも肉の匂いを嗅ぎ、ニグルは顔をしかめた。


「ある。いや無い」

「どっち。ぶえっ」


 試しに噛んでみたヴォデヴィンのもも肉の臭みを感知し、ニグルは吐きそうになった。


「闘いを始める前に奴の術中にはまってな、身の危険を感じて退却したのだ」


 逃げたのではなく、状況に応じた最良の選択として退却したのだとでもいいたいのであろう。

 しかし、そうではなかったのだろうと誰でも察する事ができるほど、キュアクの表情は曇っていた。


「ぶえっ。ぶええっ」

「一人で闘ったわけではないんでしょ?被害は?」


 会話がおぼつかなくなった元息子を尻目に、エイダが口を挟んだ。


「私以外に二十人ほどいたが、全員行方不明だ」

「それってほぼ全・・・」


 常に自信に満ち溢れているエイダが、言いかけて思わず絶句した。


「ゔぉぉ、はぁ。強いのか弱いのかよくわからんけど、とにかくエグい術を使うのか・・・それって魔法かな」


 臭い肉のダメージは負うが魔法は効かないニグルが、期待を込めてマグスの顔を見た。


「俺はそいつと遭遇したことがないからわからん!しかし、普通に考えれば魔法だろうな!」


 マグスはニグルに迎合した。

 わからないものはわからない。


「じゃあ俺なら余裕だな」

 

 ニグルは得意げな顔でメンバー達の顔を見渡した。

 言わないだけで、皆少しイラついた。


 と思ったら、遠慮する習慣を持たない者がいた。


「貴様、なんだその顔は!」


 ニグルの顔を指差しながら、キュアクは豪快に笑った。

 確かにニグルの得意げな顔は、無表情の時より更に不細工である。


「持って生まれた顔を笑うな!俺の親に対して失礼だろう!」


 つい釣られて笑ってしまいそうになるのを抑えながら、ニグルは怒っているふりをした。


「そうよ!ヒロくんは子供の頃よく私に似てるって言われてたのよ!まあ、子供の頃は今と違って可愛い顔だったけど」


 エイダは本気で怒りかけたが、思い直した。


「今のニグルさんだって可愛いです。色んなとこ舐めると可愛い声出します。そのギャップが可愛いです」


 エルはズレている。


「おい。二人とも、おい」

「相手の母親の前でよくそんな話出来るわね!親の顔が見たいわよ!あ、ソエルお姉様の娘だから仕方ないのか・・・」

「あなたがニグルさんの母親だったのは前世でしょ?今は母親じゃない」


 いつもの親子喧嘩なのか親子喧嘩じゃないのかわからない言い争いが始まった。

 


 この諍いは常に、止める者がいない。


 一行に影響力を持つマグスは、表情が変わらないからわかりにくいが、実は内心この諍いを楽しんでいる。

 だから止めようと思いもしない。


 マグス以外で蚊帳の外の者と言えば、モリとルルがいる。

 しかしこの二人では、止められないであろう。

 ニグルにもエイダにも強く出られない。



「貴様らの会話は混沌としているな」


 こういう時には、やはりキュアクである。


 キュアクは高貴な生まれである。誰に遠慮をするつもりもない。

 つもりがないと言うより、遠慮をするという発想がない。

 なにしろ高貴な生まれなのだから。


「喋っている暇があるならモリ殿を手伝え!」


 高貴な生まれだから、新参者でありながら躊躇いなく命令する。


「ちょっと、新参者のくせに随分偉そうね」


 キュアクに次ぐ新参者でありながら常に上から物を言うエイダが反発した。


「新参者らしくあなたが手伝いなさいよ王子様」

「手伝いたいのは山々だが、作業用の義手が無い」

「解体終わりましたよー!」


 新たな混沌が生まれる危険を察知し、モリは悪臭に耐えながら急いでヴォデヴィンの死体を解体した。


「肉は臭くて食用には向きませんね!討伐証明用の頭蓋骨だけ持っていきます!」

「これはますます、早いとこ東の大陸に行かなきゃだな。たまに現れる魔獣がこんなじゃそのうち食糧がなくなる」


 ニグルはようやく、悪魔討伐に前向きになった。


「そうだ!とっとと峠の悪魔を倒して東の大陸に行くのだ!」


 表情を変えないから分からないが、マグスはニグルが前向きになったことを喜んでいる。


「食料が無くなったら現地調達すればいい」


 キュアクが呟いた。


「は?お前、新しいポルジンを作るとか言ってなかった?」


 ニグルは驚いた。


「冗談だ。移動速度を上げよう。ダイオン、駆けろ!」


 キュアクは大声で愛馬に指示を出した。

 足だけで馬を操れると豪語したわりに、肝心なことは大声任せではある。

 しかし、声で不自由なく馬を操れるのであれば、それはそれで大したものだと、ニグルは思った。




 ポルジンの馬は駿馬揃いである。

 馬車用の馬も、馬車馬としてまた駿馬である。

 ポルジン王から馬を提供される前と比べて、明らかに移動速度が上がっている。


 それでももちろん、バイク移動のニグルには少々ストレスを感じる速度である。


「ちょっと先行する」


 ニグルはキュアクにそう言うと、ゆっくりスロットルを捻り、エルと二人であっという間に豆粒大になった。



 南洋と東の大陸の境である峠までは、街道が整備されているから通過は容易である。

 ただ、街道沿いに人煙は無い。


 街道を整備したのは、南洋統一の功労者ウジマサであるという。

 街道が整備された頃には街道沿いに宿場町のような集落が存在していたらしく、廃墟は残っている。


 宿場町がポルジン国外の街道沿いに点在していることを考えると、ウジマサの死後に内乱が再発してからは、ポルジン軍の略奪の対象として襲われたのかも知れない。


「ポルジンにあって南洋の統一に貢献したウジマサの思いを、後世のポルジン人が台無しにしたんだな」


 ニグルは、バイクを停車させて廃墟を眺めながら呟いた。


「やっぱりウジマサは、南洋の平和を望んでいたのかな」


 ニグルの呟きを受けて、エルが応えた。


「そうとは限らないんじゃない?」

「え?ウジマサの思いってさっき・・・」

「平和を望んでいたかどうかは分かんないよね。会って話をしたわけではないし。ただ、やたらと建物や町を作ってたのは間違いないよね」

「そういう事か・・・生活環境を整えようとしてたのにって事ね」

「そう。まぁ、生活環境が整うってことはつまり、世の中が平和であるってことでもあると思うけど」

「何よ」


 何故さっき否定されたのかと、エルは思った。

 

 実際のところ、ニグルは思いつきで話しているだけであるため、ついさっき自分が何を言ったのかをいちいち覚えていないことも多い。

 


 

「はぁっ。勝手な男だな。ニグルは」


 ニグルとエルの背中を見送ると、キュアクはため息をつきながら呟いた。

 キュアクが呟くのと時を同じくして、街道の上の空を蛇が這った。

 蛇が這った空の下では、蛇が這った分だけ黒い帷が出現した。


「結界だ!あの時と同じだ!」


 キュアクが叫んだ。


「ヒロくんが結界に閉じ込められる!」


 続けてエイダが叫んだ。



 仲間を守る。

 その義務感がキュアクの恐怖の記憶を消し去った。

 キュアクは愛馬を懸命に走らせ結界に向かった。


 息子を守る。

 その思いだけでエイダは乗馬を懸命に走らせた。

 しかしエイダの乗馬は、駿馬の中の駿馬であるキュアクの愛馬に遅れをとり始めている。



 エイダとキュアクが結界に飛び込もうと急ぐ最中にも、蛇は空を這い続ける。

 結界は徐々に形成されていく。


 結界が形成される速度は、決して速くはない。

 かと言ってエイダとキュアクは、まだ結界の間近まで辿り着いていない。

 このままでは結界が完成する前に飛び込めるとは思えない。


 突然、エイダが馬から飛び降り自分の脚で駆け始めた。


「何故馬から降りて走るのだ!早く結界の中に乗り込まなければならないというのに!」


 キュアクはエイダの行動に唖然とした。


「私の方が馬より速いのよ!」


 事実エイダは、先ほどまで騎乗していた馬よりも速く駆け、キュアクに追い付きつつある。


「ヒロくんは私が守る!キュアクはマグス達を守って!」


 氷河の女王は、騎馬民族の王子の真隣を並走しながら指示した。


「わかった!任せたぞ!」


 答えながら、騎馬民族の王子は愛馬に、氷河の女王の隣を駆けさせ続けた。

 これは、騎馬民族としてのただの対抗心である。



 エイダがどれだけ速く脚を回転させようと、僅かずつながらキュアクを引き離そうと、どうにも結界の完成前に飛び込むのは難しそうである。

 それでもエイダは脚を回転させ続ける。


 終わりが始まりに追い付き、黒い帷が隙間を閉じようとしている。

 それでも何とか間に合いそうだと踏んだエイダは、速く大きく跳躍した。


 エイダが結界の内側に着地すると同時に、結界が完成した。



「何故貴様らは急がないのか」


 エイダが結界の中に飛び込んだのを見届けた後、キュアクは馬を停止させ、馬首を後方に巡らせた。


「いや、ですから、ニグルさんは魔法を無効化出来ますから!」


 モリが答えた。


「・・・結界も破れるのか」

「結界って魔法なのですよね?じゃあ破れます!」

「では、余計な心配だったということか」

「そうですね!」

「先に言え」

「凄い勢いで加速されたので無理でした!」

「そうか」


 キュアクの全身から力が抜けた。




 エイダとキュアクが懸命に急いでいる最中、一行から大幅に先行していたニグルとエルは、もちろん結界に囲まれつつあることに気付いていた。


「あれ?これってクタでも見たやつかな」

「そうだと思う」


 エルがそう答えた時、エルの周りの景色が変わり始めた。


「幻術だ・・・」


 幻術を見せるための結界がある。

 エルはそのことを両親から聞かされて知ってはいた。

 しかし、最近まで引きこもりだったエルは、それを見るのは初めてである。


「これ幻術か。俺にも効いちゃってんな。俺が元いた世界で住んでた家が見えるわ」


 魔法無効化スキルの膜から離れている。

 だからこの幻術はニグルにもちゃんと有効なのだ。


「私には私の家が見えてる。魔道具屋始める前の」


 エルの表情がどんどん曇る。


「人によって見えるものが違うんだな」


 ニグルは妙に感心した。


「ヒロくん!」


 ニグルがポカンと口を開けて幻術を眺めながら、バイクを減速させてゆっくり走っていると、後方から自分の名を呼ぶエイダの声が聞こえた。


「エイダの声だ。これも幻術のせいかしら」


 何が幻術の影響下にあって、何が現実かわからない。


「ヒロくん!待って!結界に囲まれている!何があるかわからないから一緒に行動しましょ!」


 緊迫感のあるエイダの声が聞こえるものの、その緊迫感をどこまで真に受ければいいのか。


「もうすぐ結界無くなるからいいよ」

「何がいいのよ!何があるかわからないからちょっと待ってよ!」

「まあまあ」


 現実かどうかわからないエイダの声を気にも止めず、ニグルはバイクをゆっくりと走らせ続けた。




 結界の帷に辿り着き、ニグルはバイクを降りて結界に向かって歩き始めた。


「待ちなさいってば!」


 ニグルを引き留めようとするエイダの金切り声は、ヒステリックな母親のそれそのものである。


「嫌な声」


 ニグルは一人呟きながら、元いた世界で住んでいた家の門に触れた。

 結界が消滅した。


「え?」


 触れただけで結界を消滅させたニグルの姿を見て、エイダは茫然自失とした。


「魔法無効化スキル持ってるって言ったろ?」


 ニグルは、呆れ顔でエイダに告げた。


「ああ。そう・・・だね」


 エイダはなお、正気を取り戻せていない。


 何のために懸命に走り続けたのか。

 そのことを自問自答しようとして、混迷を深めていた。


 


「またニグルかよ!」


 聞き覚えのある性別不詳の甲高い声が聞こえてきた。


「ニグルだよ!またお前かよ!黒くなかったから違う奴かと思ったわ」

「外から見ると黒いけど内側は幻術が見えるようになってんだよ!」

「へー」


 ニグルの生返事。


「興味持て!」

「興味持つまでもないわ」

「ムカつくな!」

「待て、お前が峠に住む悪魔か?」

「そうだ!たまに出かけるけどな!」

「弟探しだっけ?」

「弟はお前に殺されたから探しても無駄だ!」

「じゃあなんで出かけるんだ?ほら、ちゃんと興味持ってやったぞ」

「ありがとう!たまに出かけてるのはお母さんを探すためだ!」

「へー」

「興味持て!」


 悪魔と言えど、どこか憎めないところがある。

 実のところ、ニグルはこの悪魔に興味津々であった。

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